現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第四十七章 カラクリ

 扶桑高校の自クラスにて、直斗は友人のスマートフォンに目を落としたまま、じっと押し黙っていた。

 

 すでに授業は始まっているものの、生徒たちが春日小学校占拠事件のライブ映像に夢中であるため、授業そっちのけで動画鑑賞の場と化していた。

 

 なにせ、世界中どころか、異世界中も含め、関心の的であった『ロビン・フッド』の正体が、白日の下に晒されようとしているのだから。

 

 現代国語の担当である塩塚教諭も、当初は生徒たちを注意したが、内容が内容なだけに、結局、自身のスマートフォンで鑑賞を始める始末であった。

 

 塩塚教諭は、典型的なワイドショー好きの中年女性だった。世界を救った英雄の正体が判明するのならば、生徒の成績よりも、好奇心のほうを優先させる性分の持ち主だったらしい。

 

 直斗は教室に蔓延る喧騒の中、スマートフォンの画面を注視した。

 

 画面には、テレビ局のライブ映像が映っており、アナウンサーの澄んだ声がかすかに漏れ聞こえている。

 

 映像は、空から春日小学校を捉えたものだ。しかし、画面に映っているのは、とても奇妙な物体であった。

 

 本来学校があるべき場所に『森』が生えていた。郊外の山に群生しているような森林の一部が、そのまま移ってきた感じだ。

 

 そして、もっと妙なのは、その『森』がつい今しがた生まれた点である。

 

 直斗は、先ほどまで、正面玄関前にて展開されていた光景を思い出していた。

 

 『ロビン・フッド』がフードを外そうとした瞬間、それが起こったのだ。

 

 発端は、襲撃犯たちのメンバーと思しき異世界人である。

 

 熊のような姿の人物だ。そいつが地面を叩くアクションを取った直後、木々が生えてきて、すぐさま学校全てを飲み込んだのだ。

 

 『森』は非常に大きく、春日小学校を外界から全て遮断してしまった。今現在、飲み込まれた者たちの動向はうかがい知れない。

 

 そこには人質の小学生たちのみならず、『ロビン・フッド』と自身の妹である春香も含まれていた。

 

 なぜ、春香が人質として選出されたかの疑問はいまだ解決されていないが、妹であったのは間違いがなかった。

 

 始め、正面玄関に連れてこられた女子児童が春香であることを確認した際、直斗は驚きのあまり思わず声に出してしまった。すぐに裕也に心配されたが、今は随分と落ち着いていた。

 

 直斗が容易く平静を取り戻した理由に、『ロビン・フッド』の存在がある。『彼』に任せていれば、いずれ解決の光が見える確信があるからだ。

 

 そう。ルカに任せていれば――。

 

 「どうなってんだよ。何も見えなくなったじゃん。せっかく『ロビン・フッド』の正体がわかりそうだったのに」

 

 突如発生した『森』を画面越しに見ていた俊一が、口を尖らせる。野次馬根性が剥き出しの言葉だ。

 

 「これって魔法だよね? まさか皆死んだんじゃ……」

 

 志保も、自身のスマートフォンを覗き込みながら言う。

 

 二人が言及したように、『森』が出現し、小学校全域を飲み込んだあとは、何の進展もなかった。映像は、ただ動かない木々をショットしているだけの自然番組となっている。

 

 それもこれも、『森』内部の様子がまるで確認できないためだ。

 

 ヘリからの空撮でも駄目。木々の梢が邪魔をし、上空からの視線をシャットアウトしている。

 

 今や春日小学校は、外から完全に隔離されている空間であることを示していた。

 

 実の妹が巻き込まれている直斗は、その点について、焦ることも動揺することもなく、むしろ満足していた。おおよそ、予測の通りだからだ。

 

 直斗は、以前、ルカと交わした会話を思い出していた。今回の『ロビン・フッド』登場のカラクリである。

 

 

 

 

 体育館裏にて、直斗とルカは向かい合わせに立っていた。血のような夕日が差し込み、周囲は赤く染まっている。

 

 煉獄のような空間の中、ルカは口を開く。

 

 『作戦』についての説明だ。

 

 「簡単に言うと、本物の『ロビン・フッド』が現れなければ、問題はないはずです」

 

 瞳に夕日を反射させながら、ルカはそう話す。

 

 現在二人がいる体育館倉庫の裏手は、人の気配がなく、静まり返っていた。体育館から聞こえる部活動の生徒たちの声のみが、雑音として響いている。

 

 「本物の? どういうことだ?」

 

 直斗は訝しむ。

 

 「つまるところ、『ロビン・フッド』ではない者が『ロビン・フッド』の格好をし、小学校へ赴き、襲撃犯たちを撃退すればいい。ようは偽物が身代わりになって、戦うのです」

 

 ルカの提案を理解した直斗は、はじめははっとしたが、すぐに不可能であることを悟る。

 

 「いやいや、待てよ。それだとすぐに偽物だってばれるじゃん。相手は素顔を晒すことを求めてるんだぞ」

 

 「問題ありません。考えてみてください。誰も『ロビン・フッド』の素顔を知らないのですから、晒されても、それが本物かどうかの区別は付かないはずです」

 

 「確かにそうだけど、そうなると、『偽物』が『ロビン・フッド』として世界中に知られてしまうぞ。その身代わりになった奴は、間違いなく真っ当な人生を送れなくなる」

 

 ルカはほくそ笑んだ。

 

 「もちろん、その懸念があります。しかし、実際のところ、問題はないのです。先ほど、本物か偽物かの区別が付かないと言いましたが、そもそもが、世界中に姿が晒される状況にはならない可能性が高いのです」

 

 「はあ? どういう意味だ?」

 

 直斗は目が点になる。襲撃犯の目的は、『ロビン・フッド』の正体を世界中にお披露目させることではなかったのか。

 

 ルカは直斗の疑問を読み取り、頷いた。

 

 「確かに、向こうは『ロビン・フッド』の素顔を白日の下に晒そうとしています。しかし、それはただ単に、世界中の人間へのサービスではないということです」

 

 「意味がわからない」

 

 ルカが何を言いたいのか、直斗は理解できなかった。

 

 直斗は質問する。

 

 「ようするに、襲撃犯たちがなぜ『ロビン・フッド』を狙っているのかわかったってことか?」

 

 ルカは首を振った。夕日に照らされた銀髪が、オレンジ色の光を撒き散らす。

 

 「いいえ。それはわかりません。しかし、相手が取る『行動』を予測できるのです」

 

 「予測?」

 

 いまだにルカの考えが読めない直斗は、間が抜けたように返す。

 

 「はい。先ほど説明したとおり、襲撃犯の目的は『ロビン・フッド』の正体を世界中に知らしめることではないのです。奴らが目指すのは、『ロビン・フッド』の情報の独占」

 

 「なぜ、そう言える?」

 

 「当然の帰結です。当初、襲撃犯たちは人質を取り、『ロビン・フッド』へ向けて素顔を晒すことを要求しました。ですが、実際のところ、それは効果的ではありません。現実的に考えて、強大な力を持つ『ロビン・フッド』が、その脅しに容易く応じるはずがないのですから」

 

 直斗は、何となく、ルカの主張の意味がわかってきた。

 

 「なるほど。つまり、敵はこっちが脅迫に屈せず、戦ってくることを見越して準備していたわけか」

 

 「おっしゃるとおりです」

 

 ルカは微笑み、頷いた。そして、ルカは直斗の話を継ぐ。

 

 「それに加え、おそらく、相手には『ロビン・フッド』が本物かどうかを見極める術を持っている者が存在すると思われます」

 

 「……そんなことができる奴いるのか?」

 

 そろりと不安の影が差す。本物の『ロビン・フッド』を選別可能な者がいるとしたら、直斗自身にとって、極めて脅威である。

 

 「そう考えるのが妥当です。とはいえ、おそらく、あなた自身を判別できるほどではないはずです。例えば、異世界人が使う魔法を感知できる能力を持ち、そうじゃない『力』を行使した場合、逆説的に区別できるとか、そういったレベルであると思われます」

 

 「よくわからない。具体的にどんなものなんだ?」

 

 直斗が訊くと、ルカは肩をすくめた。女子のような華奢な肩が上下する。

 

 「正確なことは僕にもわかりませんが、着地点を模索すると、自然とそこにたどり着くのです。しかし、少なくとも、あなたの正体が発覚する所までは行き着かないでしょう。安心してください」

 

 落ち着かせるような口調でルカは言う。直斗は腕を組んだ。

 

 ルカの言い分は、憶測が大半だ。鵜呑みにするのは無謀だろう。だが、否定もできない事実がある。

 

 そして何より、打開策も展望もない現状では、憶測だろうとすがる他ないのだ。

 

 「……わかった。信じるよ。だけど、そうなると、その偽物が『ロビン・フッド』じゃないって発覚するわけだろ? 本末転倒じゃないか?」

 

 ルカは自身の顎に手を当て、こちらを指差した。

 

 「そこで直斗さんに質問があります。あなたのその『血の力』、他人に貸すことは可能ですか?」

 

 「血の力を?」

 

 「ええ。何かしらの形で、他者が行使できるようにはなりませんか? 例えば、血を染み込ませたハンカチを持たせて、力を発現させるとか」

 

 直斗は考え込んだ。今まで思いもしなかった使い方である。なにせ、これまでは、対峙した相手以外、誰にも知られることがなかった能力なのだ。

 

 そして、その対峙した相手のほとんどは死んでいる。共用だなんて、本来あり得ない話であった。

 

 直斗は想像を巡らせたあと、答えた。

 

 「不可能じゃないと思う。他の人間があとから使えるように調整してから、血を染み込ませた『何か』を渡すのは」

 

 ルカは表情を輝かせた。

 

 「良い答えです。ならば充分に解決できるでしょう。僕があなたから『血の力』を込めた物品を貰い、それを身に着けて春日小学校へ赴きます。もちろん『ロビン・フッド』の格好をして。それから占拠犯たちを倒していきます」

 

 ルカはプレゼンテーションを行う若手ビジネスマンのように、得意げに説明を行う。

 

 「その時に僕が使う能力は、直斗さんの『血の力』。相手に能力を判別できる者がいたとしても、誤魔化すことが可能です」

 

 ルカの言葉によって、次第に解決の道筋が示さていく。自らの胸の内にあった影のような不安が、徐々に晴れるのを直斗は感覚として捉えていた。

 

 「良い案だと思うけど、お前は大丈夫なのか? 正体を晒されたら、お前の人生は破滅だぞ」

 

 おそらく、異世界からも大量の『刺客』が送り込まれてくるだろう。異世界の侵略を阻止した唯一無二の『シルバーバレット』の正体が、白日の下に晒されたのだ。そいつさえ殺せば、また侵略が可能となる。その考えの下、異世界側は確実に息の根を止めようとしてくるはずだ。

 

 そればかりではない。『ロビン・フッド』には多額の懸賞金がかけられている。テュポエウスのような金目当ての傭兵や、ハイエナのごとき賞金稼ぎの連中も、血眼になってルカを狙うだろう。

 

 こちらの世界でも、大きな動きがあるにはずだ。アメリカや中国、日本といった大きな国が『ロビン・フッド』獲得のために、死に物狂いで迫ってくる展開も考えられる。

 

 二つの世界からその身を狙われ、もはや地獄のような生活を送ることは必至でああった。

 

 するとルカは、平然とした調子で肩をすくめた。

 

 「仰るとおりです。その点が、僕が述べた『敵はテロリストだけではない』部分と『色々と問題がある』というものです」

 

 おそらく、前者は学校を撮影している報道機関や、野次馬などに対するリスクのこと指しているらしい。後者は、今まさに直斗が指摘した『ロビン・フッド』の身代わりになった場合に降りかかる厄災についてだろう。

 

 いずれにしろ、ルカにリスクが生じるということである。

 

 「しかし、あなたから『血の力』を借りられるのならば、状況は違ってきます」

 

 直斗は頷くと、先を促した。

 

 ルカは続ける。

 

 「敵は僕が本物の『ロビン・フッド』だと思うはずです。そして、ボディカメラや監視カメラで正体を探ろうとします。しかし、それが上手く行かない場合、ある行動に出ると思われます」

 

 「ある行動?」

 

 「はい。おそらく、『ロビン・フッド』の前に姿を現し、人質を盾にして『ロビン・フッド』に姿を晒すよう脅すはずです。相手はそれしか道はないのですから」

 

 「だけど、そうなったら、こっちも困るだろ。罪のない子供が殺されちまう」

 

 「はい。なので僕はあえてその脅迫に乗り、姿を見せます」

 

 「はあ? だからそんな真似をしたら、お前の人生は終わりなんだって言ってるだろ。敵のボディカメラだけじゃなく、学校が報道局によって、どこからでも撮影されてるって自分でも言ってたじゃんか」

 

 直斗が唾を飛ばしながら反論すると、ルカは宥めるように手を振った。

 

 「ですから、そこは不安視する必要はないのです。先に説明したとおり、敵が堂々と学校を占拠したあと、報道局を集めたのは、あくまでも牽制。わざわざ世界中に『ロビン・フッド』の正体を明かすためではありません」

 

 怪訝な表情の直斗に対し、ルカは一拍置くと、話を続けた。

 

 「おそらく相手は『ロビン・フッド』が正体を明かそうとした瞬間、何かしらの力を使い、外界との隔離を行うはずです」

 

 「隔離?」

 

 「はい。相手には異世界人が多数います。その誰かが魔法か魔具を用い、障壁に類するものを展開、そして外からの『目』を遮断する行動に出るはずです。それから隔離した環境で、『ロビン・フッド』の正体をボディカメラで撮影し、情報を独占できる状況を作ります。それが敵の真の狙い」

 

 「……そのあとは?」

 

 「そこまではわかりません。襲撃犯たちを裏で操っている者が一体何を目的にしているのか。脅迫でもするのか、あるいは……。しかし、今言った状況に陥れば、本物の『ロビン・フッド』にとっては、ひとたまりもありません。確実に危機を迎えるでしょう」

 

 「だから、お前が出張るわけか」

 

 「はい。僕の姿を相手が確認すれば、僕が異世界人だとすぐに気づくでしょう。しかし、あなたから預かった『血の力』があるため、『ロビン・フッド』であるとも認識してしまう。その二つの矛盾に相手は混乱するはずです」

 

 ルカは勝ち誇ったように、笑みを浮かべた。

 

 「その隙を突きます。相手が想像を絶する強者じゃない限り、一撃で葬れるでしょう」

 

 「残りの敵は?」

 

 「可能な限り倒します。わざわざ相手が外界から学校を隔離してくれたので、僕はリスクなく動けます。相手のボディカメラにいくら映ろうとも、映像を独占しているため、世界に広まる恐れもない。相手は偽物の僕にとって、都合が良い環境を作り出してくれているのです」

 

 直斗は納得して頷いた。ルカの『作戦』が理解でき、希望が胸に満ちる。

 

 「勝てそうか?」

 

 ルカは小さく息を吐き、胸を張った。

 

 「勝ちます。あなたのために」

 

 ルカは堂々と言い放った。

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