現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
ルカが手を振ると、一筋の雷光が迸った。
ルカが放った電撃は、木々の根のようなジグザグな動きを見せつつ、熊の姿の異世界人へと向かった。
ルカの目から見ても、アルティオスは相当な強者だ。だが、ルカの正体を見たことによる影響で、動揺が生じているのをルカは感じ取っていた。
自身へと襲いくる電撃を前に、アルティオスは確かに、反応が遅れた。
これはルカの『作戦』どおりだった。
春香の体を掴んでいた異世界人は、電撃の直撃を食らい、その身を帯電させながら、大きく背後へと吹き飛んだ。盾にしていたはずの春香は、感電すらせず無事だ。
しかし、春香は開放された衝撃で、前のめりに倒れそうになる。ルカは素早くそばに近づき、春香の体を支えた。
「春香ちゃん、大丈夫?」
ルカが、腕の中にいる春香の顔をのぞき込んだ。春香は意識があり、怪我もしていないようだ。
「ルカ君!」
春香はルカの体にしがみついた。寒さに凍える子犬のように、体が震えている。
「もう大丈夫ですよ」
ルカは春香の頭を撫でながら、優しく声をかける。それから、アルティオスのほうへ顔を向けた。
アルティオスはちょうど立ち上がるところだった。身に付けていたインカムやボディカメラはショートしたのか黒焦げになり、小さく煙を吹いていた。あれではもう使い物にならないだろう。
アルティオスは、王のような憤怒の表情で、ルカを睨みつけている。
その瞳の奥底に、かすかな怯みが潜んでいることにルカは気づく。おそらく、先ほどルカが放った攻撃に対し、疑問を覚えているのだろう。
ルカが高校の体育館裏で、直斗に語ったように、『ロビン・フッド』が本物かどうかを見極める『眼』を持っている者がこのアルティオスであることに間違いはない。
だったら、気づいたはず。先ほどのルカの魔法が奇妙な性質を帯びていることに。
ルカが使った雷の魔法は、元々、ルカが保有しているものだ。魔素もルカ自身から供給されている。
ゆえに、魔法の反応も、他の魔法と変わらない性質を持つ。つまり、通常の異世界人同様、何ら変哲もない魔法を行使しているだけのように映るだろう。
通常ならば。
だが、直斗から与えられた『血の力』によって、ルカの雷の魔法も変化をみせていた。本来、人質を盾にされていたあの状況なら、ルカの電撃は人質にすら影響を及ぼしていただろう。春香を無傷で救い出すことなど不可能だったはずだ。
だが、直斗が自身の血を染み込ませた『ロビン・フッド』の服一式ならば、その限りではない。まるで魔法が何倍にも昇華されたかのような現象をみせたのだ。
本来可能な雷の操作領域よりも、遥かに自由自在に操れるようになっていた。ルカにとっても、ブレイクスルーを垣間見た瞬間だった。
とはいえ、ルカの魔法が行使されていることに変わりはないので、魔法反応はちゃんと発生する。ルカが『ロビン・フッド』だと判明するまでは、自身の魔法を使って戦わなかったのは、このためだ。
そして、現在、ルカの雷の魔法と、直斗の『血の力』のハイブリット化により、極めて強力な力へと変貌していた。
魔法反応も特殊性を示すようにもなっているだろう。今、アルティオスは、さぞかし困惑しているに違いない。
目の前で、一体何が起きているのかと。
しかし、とルカはつくづく思う。直斗のこの『力』が不思議でならなかった。このような能力、前代未聞である。直斗の能力を行使していて、その強さに舌を巻いてしまっていた。
服に染み込ませた血を利用しただけで、どんな異世界人をも超える戦闘力を発揮しているのだ。信じ難い現象である。
ますます直斗に興味が湧いてしまった。必ず、彼を手に入れる。ルカは心に誓った。
「貴様、何をした?」
アルティオスが、地に響くような声で問いかける。ルカは春香を胸に抱いたまま、肩をすくめた。
「言った通り、僕が何者かというあなたの疑問に応えただけですよ」
ルカが言い終わるのとほぼ同時だった。アルティオスは片手を掲げ、背後に控えていた部下に命じる。
「やれ」
二人の部下は、即座に行動に移る。弾かれたように、こちらに向かって一気に間合いを詰めてきた。
一人は馬のような容貌の異世界人であり、もう一人はドーベルマンのような顔を持つ異世界人だ。
二人の異世界人が、ルカの眼前にまで迫る。ルカは依然、春香を胸に抱いたまま身動き一つしなかった。
馬のような姿をした異世界人が、懐中からマシェトに似た形状の短刀を取り出す。そして、振り上げた。
一目見ただけで、魔法道具だとわかる。おそらく、切りつけた相手を発火させる炎の魔具。
ルカは指を鳴らした。直斗の血が染み込んだ手袋が擦れ合う。次の瞬間、馬の容貌をした異世界人の体が爆ぜた。まるで、真空の衝撃波を食らったかのように、バラバラに吹き飛んだのだ。
血飛沫が舞う中、間髪いれず、ドーベルマンに似た姿の異世界人が襲い掛かってくる。両手には、斧が握られていた。これも魔具に違いない。カタログで見たことがあるが、カマイタチを発生させる武器であると思われた。
ルカは、手袋に染み込んだ血を消費し、それを魔素に変換した。それから右手を突き出し、電撃を発生させる。
目もくらむような光が周囲を照らす。同時に、雷鳴が轟いた。馬の姿をした異世界人は、黒焦げになって、横向きに倒れる。眼球が破裂し、舌が突き出ている様は、轢死したカエルを思わせた。
ルカは、春香の頭を撫でながら、優しくそばに立たせると、一人残ったアルティオスへ体を向けた。
ルカは訊く。
「あなたに再び質問します。どうして、この学校をあなた方は襲撃したのですか? あなた方の狙いは何?」
そう、アルティオスがルカに様々な矛盾を感じるのと同様、こちらも占拠犯たちに対し、大きな矛盾を感じているのだ。
当初からの疑問であった春日小学校を襲撃した理由。おそらく、『ロビン・フッド』の関係者を狙ったものであり、それが篠崎春香なのだろうが、敵はどうして彼女の存在を知ったのか。にも関らず、その標的である春香を完全に捕捉できていない節もあった。
学校を占拠した時点で、人質全員を尋問してもよさそうなものだが、やっていないのだろうか。
それに加え、なぜ春香がこうして交渉の材料に選ばれたのか。見た限りでは、『ロビン・フッド』の関係者としててではなく、ただの都合の良い人質として選ばれた節がある。
つまりは、偶然にアルティオスは春香を選び出したということになる。
色々と複雑な展開をみせ、ルカも混迷をきたしていた。どうなっているのだろうか。
アルティオスはルカの質問には答えず、口を一文字に結び、こちらを睨んだままだ。部下二人をあっさりと殺され、動揺していると思ったが、どうも違うらしい。おそらく、アルティオスにとって、部下はただの捨て駒だったようだ。
つまるところ、こいつらはただの寄せ集めの傭兵に過ぎないのだ。ということは、背後にいる存在は、自分の部隊や兵士を持たない者であることが推測される。少なくとも、アサインされている異世界人たちは、雇われた兵隊なのだろう。
もしかすると黒幕は、こちらの世界の人間である可能性も出てくる。袖山と関係性が示唆されていることへの証明にもなり、ある程度、敵の範囲が絞れる可能性が出てきたのは、朗報であった。
無言のままのアルティオスを前に、ルカはため息をついた。
「応える気はないということですか。まあいいでしょう。それで、戦いは如何しますか? このまま続けますか?」
すでに雌雄は決している状況だった。アルティオスは確かに強力な術士だが、直斗の能力とルカの魔法のコラボレーションにより、圧倒的優位に立っている。
このまま戦闘を続けても、確実にこちらが勝つ算段だった。
「僕としては、無益な殺生は好みません。あなたが投降し、小学校を占拠している武装集団を解除させ、人質を解放するなら、命までは取りませんよ」
ルカは、背後にいる春香を守りつつ、アルティオスに一歩近づいた。アルティオスが最大限に警戒心を引き上げ、身構えたことが伝わってくる。
「その上で、願わくば、あなた方を雇い、指示を出している人物について話して欲しいのですが……」
ルカがそう述べると、アルティオスの熊のような風貌の中にある眉根が、ピクリと動く。どこか、痛いところを突かれた時のような反応だと思った。
とはいえ、やはりアルティオスは無言を貫いた。この獣人は、先ほどから、一切合切、こちらの質問に答えていなかった。徹底的に情報を閉ざすつもりなのだろう。
すなわちそれは、背後に何か大きな存在との繋がりを示唆させるリアクションとも取れる。ルカが直斗に語った推察が、真実味を帯びてきているのだ。
そしてそいつは、今は壊れてしまっているが、目の前のアルティオスが身に付けていたボディカメラとインカムの向こうに存在しているのだ。
「……私は降伏するつもりはない」
アルティオスは、吐き捨てるように呟くと、自らの両の拳を前の前で打ち鳴らした。威嚇ではない。これは『攻撃』だ。
ルカは背後にいる春香の体を抱くと、胸元に抱え込んだ。
直後、大きく地響きが発生した。地震というよりかは、巨大なトラックが通過した時のような振動。
ルカは瞬時に察する。周囲から触手のようなものが何本も、鞭のごとく『しなり』ながら、こちらに向かってきていた。
これは木の蔓だった。大人の腕ほどもある蔓が襲い掛かったのだ。
蔓は、ルカの全身にたちまち絡み付く。そして、胸の中の春香ごと締め上げようと力が込められた。
うん。やはりこの獣人は強い。とんでもないくらいに。直斗《ロビン・フッド》の『血の力』がないと勝てていたかどうか……。
だが、今のルカにとっては、赤子同然である。
ルカは全身に力を漲らせた。途端に、雷のような轟音が発生し、周囲は青白い光に包まれた。
ルカに撒きついていた蔓が、真っ黒焦げになり、千切れて風に流されていった。ルカに撒き付いていた部分だけではなく、根元からそっくり焼け焦げて崩れているのだ。
ルカが抱きかかえている春香は無事だ。ぎゅっと目を瞑り、身を任せている。
アルティオに目を向けると、熊の獣人の唖然とした様が目に映った。大きな口をあんぐりと開けている。人の指ほどもある猛獣特有の牙が垣間見えた。
「いかがします? まだ続けますか?」
ルカの発した質問が終わる寸前だった。突如、ルカの足元が割れた。そして、巨大な樹木の幹が下から『生えて』きたのだ。
樹木の幹は、鰐の口のように大きく裂けた。そして、ルカをぱっくりと飲み込んだ。
しかし、これも無駄だ。強いとはいえ、所詮は異世界人レベル。『化物』の力は超えられない。
樹木に飲み込まれたルカは、再び電撃を発生させた。電気ウナギのごとく、全身から撒き散らすように。
アルティオスが作り出した巨大な樹木は、一瞬にして帯電し、黒焦げになる。力を失った樹木は、ゆっくりと風化するようにして崩れ落ちた。
ルカは、内部から春香を抱えたまま外へと出て、地面へと着地する。
アルティオスが正面に見えた。先ほどと同じ場所に立っており、たじろいでいる様子が伝わってくる。為す術なし、といった風情であった
こちらの強さに加え、『ロビン・フッド』の能力の効果と、異世界人の魔法の効果の混成により、現状の把握が困難になっているせいもあるのだろう、怖気づいている様がはっきりと現れていた。
ルカが学校で直斗に説明したとおり、上手くこちらの思惑に引っ掛かってくれているようだ。
ルカは春香を地面に降ろす。そして、アルティオスに一歩近づいた。アルティオスはすぐに一歩後ずさりする。
ルカはアルティオスに再度、忠告を行った。
「もう諦めてください。勝負は見えています。命は助けますから、黒幕の名前と居場所を教えてください」
ルカは穏やかに言った。この獣人にしてみれば、すでに『詰んでいる』状態だろう。目当ての『ロビン・フッド』は偽物の可能性が高く、かといって、倒して尋問する行為も不可能ほど相手は強く、逆立ちしても勝てない。
アルティオスは雇われた傭兵であるため、背後に存在する『黒幕』からの命令は絶対であるが、すでに任務失敗と言っても過言ではなく、作戦続行は困難となっている。
追い詰められた優秀な傭兵は、このあとどう出る? 逃亡? いや作戦放棄は信頼を失墜させ、多額の賠償を背負うことになるだろう。ましてや、ここまで大事になった現状、敗走は傭兵家業の終焉を意味する。
とすれば、アルティオスが取るべき道は一つ。
ルカの説得の言葉を聞き、アルティオスはしばらく硬直していたが、やがてふっと笑った。大きな口が吊り上がり、ナイフのような犬歯が垣間見える。
アルティオスは右手を掲げた。そして、勢いよく拳を地面に叩き付けた。
地響きが発生する。先ほどのよりも遥かに大きな、ロデオにでも乗っているような揺れ。
ルカははっと目を見開いた。地面全体が盛り上がった。そして、下方から生まれ出てくる緑の群れ。
ルカは春香を抱きかかえ、上へ飛んだ。吸血鬼としての身体能力と、直斗の『血』の力により増幅した跳躍力で、瞬時に校舎よりも高い位置に到達した。
だが、それでも足りなかった。下方を見て、ルカは絶句する。地面から湧き上がる樹木は、まるで緑色のの津波だった。
『森の魔法』。まさに、その名を体現した光景だった。
下から大量に伸びてきた樹木の群れは、ルカと春香を飲み込んだ。ヒュドラのごとく、次々にルカたちい喰らい付いてくる。
ルカは、樹木の中、胸に抱いた春香の頭をそっと撫でた。