現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。 作:佐久間 譲司
銀髪の髪を持つ吸血鬼種を飲み込んだ『森』の魔法は、留まることを知らず、ひたすら増殖を続けた。
アルティオスは、持ち得る限りの魔力を使い、自身が作り出した『森』に注ぎ込んだ。『森』は火山の噴火のように噴出し、周囲一体を飲み込む。
当初『隔離』のためにアルティオスが生み出した運動場を囲む『森の壁』の内側をさらに『森』が埋め尽くし、緑の大地が形成されていく。
ルカという名の吸血種の少年は、緑の津波に飲み込まれ、すでに姿が見えない。人質である小学生の少女も、ルカに抱かれたまま『森』の中に埋没していた。
アルティオスは、地面に打ち下ろしていた拳を上げた。大きく息を吐き、眼前に覆い茂る無数の樹木を見据えた。
あいつは死んだか。自身の全身全霊の魔力を込めて作った『森』だ。殺傷力も、自然界に存在する樹木より遥かに強力だ。
ふらつく体を何とか保持しながら、アルティオスは耳を澄ませる。辺りは静寂に包まれ、物音一つしない。
かすかに、外を飛んでいるであろう報道機関や、警察関係のヘリコプターらしき駆動音が聞こえるのみだ。
空も天蓋のように樹冠が覆い、外部からの視線は完全にシャットアウトされていた。最初に『壁』を作った以上に、内部の様子は把握が困難だろう。
戦闘中にインカムが破戒されてしまったので、李天祐との連絡が取れなくなっていた。おまけにボディカメラすら損壊し、彼は現状把握ができなくなっている。
そのため、春日小学校の情報を得るには、報道番組からの映像のみとなっているはずだ。おそらく、今頃さぞかしやきもきしていることだろう。
雇い主である李天祐については、アルティオスはほとんど知らない。背後に何かしらの組織のような存在があるのは察していたが、詳細までは伝えられなかった。
だが、アルティオスの『野生』の勘が告げている。
――こいつらと敵対してはいけない、と。
現時点で李天祐の存在すら、危険分子と呼べるものだった。一個人として考えるならば、異世界人かつ、傭兵でもある自分にとって、殺すのは容易いだろう。赤子の手を捻るようなものだ。
だが、事はそう単純な話ではなかった。なんというか、背後にいる『組織』に逆らえば、全てを終わせることができる『魔王』の逆鱗に触れてしまうような、そんな直感がアルティオスに訴えかけているのだ。
だからもし、先ほど吸血鬼種が提言したように、アルティオスから背後関係が露呈してしまうと、死ぬよりも、傭兵稼業が終わるよりも、遥かに悲惨な結末が待っている気がしてならないのだ。
――私は負けるわけにはいかない。このまま死んでいけ。吸血鬼種。
『森』に飲み込まれ、姿が消えたルカに対し、アルティオスは心の中でそう叫んだ。
李天祐は、手に持っていた老酒のグラスをテーブルに置くと、目の前のモニターを注視した。そこには、報道局が春日小学校を撮影しているライブ映像が映っていた。
今や春日小学校は、巨大な森に覆われていた。人類が滅亡したあとの過程を描いたドキュメンタリー作品を見たことがあるが、ほとんどの人工物は緑に覆われ、姿が変わっていた。
春日小学校は、今やそんな状態だった。いくつもの樹木が何万年もかけて侵食したように、大量の『森』で埋め尽くされていた。
これは熊に酷似した獣人である森のヴァルデ』こと、アルティオス・ヴァルデの仕業だった。
アルティオスは占拠部隊の隊長として春日小学校を占拠していたが、アルティオスからの通信が途絶えて、幾ばくか時間が経っていた。
傭兵隊長が行った作戦により、標的である『ロビン・フッド』が姿を現した。
李天祐たちの罠に掛かる形となった『ロビン・フッド』の正体を独占しようと、アルティオスは『森の魔法』により壁を作り、春日小学校の敷地を外界から隔離させたのだ。
そのあとアルティオスは、人質の命を盾に『ロビン・フッド』に正体を明かすように脅し、それに応じた世界の英雄は、顔を晒したのだ。
だが、その下から現れたのは、どう見てもこの世界の人間ではなかった。その姿は、銀髪の少年で、異世界人と思しき人物だった。一瞬、どこかで見たような気がした。
まさか『ロビン・フッド』の正体が、異世界人だったとは。
この驚愕の事実に、李天祐は『DC会議』のメンバーに情報を伝えようと、スマートフォンに手を伸ばした。
そこで聞こえてくるアルティオスの焦った声。モニターを見ると、アルティオスは『ロビン・フッド』に質問を行っていた。
どうやら、直接相対していたアルティオスは何か違和感を覚えたらしい。疑問を口に出していた。
相手の正体以外にも、不可思議な現象を感じ取っていたようで、まるで現場に投入された新人兵士のようにうろたえていた。守銭奴とはいえ、百戦錬磨のはずの傭兵が。
やがていくつかの会話のあと、雷光が瞬き、映像と音声が途絶えたのだ。
李天祐は、テレビ局が撮影している春日小学校のライブ中継映像から顔を逸らし、隣のモニターに目を向けた。
そこには傭兵たちのボディカメラの映像が映っている。現在は停止しており、中途半端な風景のまま固定されていた。
李天祐は、キーボードを操作し、映像を再生させた。メインに表示されているのは、アルティオスのボディカメラからの映像となる。
『……自己紹介がまだだったな。私の名前はアルティオス。隔離は済んだ。さあ、フードを外せ!』
交渉の場である薄暗い正面玄関にて、アルティオスは叫んだ。正面には、フード付きのコートを着用した『ロビン・フッド』の姿がある。
『ロビン・フッド』は、言われるまま、フードに手を掛けた。大人しく従っているのは、小学校の生徒を人質に取られているためだ。
やがてフードの下から現れる銀髪の少年。
李天祐は、映像を停止させた。そして、少年の顔をアップにする。
こいつは一体、何者だろう。
李天祐は、首を捻った。異世界人であることは間違いがないが、本当にこの少年が『ロビン・フッド』の正体なのか。
何だか釈然としない。少年の姿を確認した時のアルティオスの反応も気になる。
それに、どこかで見たことがある気がするのだ。
李天祐は、記憶の奥底にある紐を手探りで引っ張り始めた。そう。自分はこの少年を知っている。しかし、どこで知った?
いくつか記憶を引っ張り上げたが、該当する姿はなし。それを何度か繰り返した。
やがて導き出す『答え』。
李天祐は、正面のモニターに向き直ると、キーボードを操作した。ブラウザを立ち上げ、ネット検索を行う。
表示されたのは、木更津にある扶桑高校を元にした記事である。
『異世界人の襲撃? 巨大な獣が現れる』
一時期、テレビニュースでも取り上げられた話題だ。
『DC会議』でも発起人である中島が、組織を立ち上げる契機となった事件でもあった。
説明によれば、異世界に存在する一つの『傭兵部隊』が扶桑高校を襲撃し、一時大混乱を招いたという内容だ。
その傭兵部隊の目的は不明。漆黒の毛を持つ巨大な狼のような獣が放たれ、大勢の生徒が襲われたとのこと。
しかし、扶桑高校に交換留学生として訪れていた一人の異世界人が活躍し、襲撃を企てた傭兵部隊は壊滅、襲撃犯のリーダーである赤い髪を持つ男も殺されたらしい。
しかも、それだけ大規模なテロリズムでありながら、扶桑高校側には死者はおろか、負傷者一人も出なかったという奇跡のような結末が生じていた。
その時に活躍した異世界人の容貌が、今まさに目の前のモニターに映っている銀髪の少年に酷似しているのだ。
名前は『ルカ・ケイオス・ハイラート』。DC会議でも何度か名前が挙がった人物でもある。
李天祐は、テーブルに片肘をつき、顎に手を当てて考える。
袖山が死亡する直前に、中島に送ったというメール。そこには『ロビン・フッド』と繋がりのある女子小学生の存在が示唆されていた。
名前まではわからなかったが、春日小学校に通う女子児童とい点までは突き止めていた。
ゆえに、李天祐は自身の『警備会社』を動かし、襲撃を企てた。
主に五年生の教室を丸ごと人質に取れば、繋がりがあるはずの『ロビン・フッド』が動くきっかけになるだろうと踏んで。
想定どおり、『ロビン・フッド』は現れ、姿を見せた。だが――。
やはりこの『ルカ・ケイオス・ハイラート』が『ロビン。フッド』なのか。
DC会議の時、御神龍司がこの異世界人に対して言及していたが、その際は確定的な物言いではなかった。
しかし、この映像を見る限り、『ルカ・ケイオス・ハイラート』と『ロビン・フッド』は、イコールで結び付くのではないか。
扶桑高校襲撃の件の際、一部報道や噂で『ロビン・フッド』が現れたとの情報があったが、それすらも事実である可能性が浮上してきた。
全ての材料が、ルカを『ロビン・フッド』であるという方向に指し示しているのだ。
しかし、どうもしっくりこない。アルティオスの反応も含め、違和感があった。坂棘のような不快な感覚。
李天祐は再び、映像を再生させた。出現した『ロビン・フッド』がフードを外した直後からになる。アルティオスは、少女を人質に取った状態だ。
フードを外した『ロビン・フッド』に対し、アルティオスは驚愕を示す。これは不自然ではないだろう。『ロビン・フッド』の正体が異世界人であったのだから。
だが、直後に起きた出来事こそが、李天祐の意識の網に引っ掛かった。
「ルカ君!」
少女は、姿を披露した異世界人に対して、そう叫んだのだ。
既知の仲の反応。李天祐は耳を疑い、同時に驚愕した。
人質として連れてきた少女が、偶然にもルカの知り合いだったのだ。
画面の中のアルティオスも狼狽を隠せないでいた。だが、気を取り直したのか、いくつか会話を交わす。そして、そのあと雷光が発生し、ボディカメラが破戒されたのだ。
その場にいた部隊員の中で、ボディカメラを装備していたのはアルティオスのみだったため、以降は『ロビン・フッド』とのやり取りは把握できなくなる。
ブラックアウトした映像を前に、李天祐は老酒を一口飲んだ。かっと喉元が熱くなる感覚と共に、濃い液体が胃の奥に流れていく。
一体どういうことだろうか。
李天祐は、モニターを前に腕を組んだ。
当初、袖山がもたらした情報によれば、春日小学校には『ロビン・フッド』に繋がる生徒がいるとの話だった。
その『ロビン・フッド』の正体がルカであり、ルカの知り合いが春香という事実が存在する以上、袖山が報告していた春日小学校にいる女子生徒は、この春香であるという図式が成立するのだ。
つまり、アルティオスは、ピンポイントで目当ての女子生徒を引き当てたことになる。
いや、待てよと思う。李天祐は再度老酒を一口飲んだ。
そう言えば、春香を人質に取ったのはアルティオスではなかった。最初、あいつは別の生徒を選んだではないか。そして、その生徒があまりにも怯えていたため、一人の女子生徒(おそらく友人だろう)が代わりを申し出たのだ。
小学五年生にしては、非常に肝の据わった行動だが、一連の繋がりを考えると何か引っ掛かるものがあった。
李天祐はグラスを置き、パソコンを操作して一つのデータベースにアクセスした。そのデータベースには春日小学校の全生徒の情報が載ってある。
そこに春香の名前で検索してみる。すぐに名前が映し出され、個人の詳細が記載された履歴書のようなプロフィール欄も、下部に表示される。
『篠崎春香』
はじめてフルネームを知りえたが、それ以外のプロフィールは極めて凡庸だった。特に注目するべき項目はないように見受けられる。
しかし、一点だけ気になる箇所があった。家族関係を示す欄の部分だ。
父親と母親の名前が書かれてあり、さらに兄の名前も記載されてある。どうやら篠崎家は四人家族のようだ。
李天祐が着目したのが、兄の項目である。高校二年生の男であり、名前を『直斗』というらしい。妹と結構年が離れている点も気になるといえば気になるが、要点はそこではなかった。
通っている高校名だ。『直斗』は扶桑高校に現役で通う高校生なのである。
これは果たして偶然だろうか。今のタイミングで扶桑高校に在籍中となれば、例の異世界人達の襲撃事件も経験しているだろうし、この春日小学校襲撃の一件もリアルタイムで把握し、妹が人質に取られたことも知っているはずだ。
おそらく、親は保護者説明会や警察からの話を聞いているのだろうが、この『直斗』は、今何をしているのだろうか。妹が人質に取られて、指を咥えて見ているのか。
一介の男子高校生が、テロ事件に対し、何か手を打てるはずがない。しかし、必ず動揺や混乱をしているはずなのだ。
扶桑高校は、『DC会議』のメンバーである御神龍司が経営する高校である。ゆえに、当然ながら、そこに通う生徒は御神の管理下の存在だ。
李天祐は、老酒のグラスを掴むと一気に飲み干した。そして、スマートフォンに手を伸ばし、手に取ると、操作を行った。