現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第五章 転校生

 直斗はベッドの上で仰向けに寝ていた。

 

 辺りは真っ暗だった。墨汁で染められたように、真の闇に包まれている。その原因が、自身の目に掛けられた目隠しであると気が付いたのは、少し間を置いてからだった。

 

 直斗はその目隠しを外そうと、手を動かした。しかし、金属が触れ合う音がして、それは叶わなかった。

 

 手首に金属の輪のようなものがはまっている。手だけではなく、足も同じだった。大の字になって、ベッドに磔にされているのだ。

 

 直斗は手足を激しく動かした。しかし、金属同士がぶつかる硬質な音が響くばかりで、枷は外れなかった。

 

 人の気配がした。誰かの手が直斗に掛けられていた目隠しを取り去った。

 

 刺すようなまばゆい光が、直斗の目に飛び込んで来る。

 

 煌々と光を放っているライトの下、誰かが直斗を見下ろしていた。逆光でシルエットになっている。

 

 その誰かは、キスをするかのように、直斗の眼前に顔を近づけた。

 

 シルエットではっきり見えないが、幼い少女だというのはわかった。

 

 少女は笑っていた。小さな唇の隙間から、不自然に長い八重歯が見える。そして、少女は直斗の首筋に唇を近づけた。

 

 少女は甘噛みするかのように歯を立てた。やがて、その歯は、皮膚を破り、体内へと沈み込んだ。

 

 直斗は小さくうめき声を上げた。

 

 少しづつ、自身の血が吸われていくことを直斗は実感した。

 

 

 

 はっと目が覚める。

 

 直斗の寝惚けなまこの目が、人影を捉えた。妹の春香がベッドの脇に立ち、膨れっ面で見下ろしていた。 

 

 「ようやく起きた。さっきから声かけてるのに、全然起きないんだから」

 

 直斗は目を擦りながら体を起こした。ベッドサイドに置かれた時計を見る。すでに、タイマーでセットされた時刻を過ぎていた。どうやら、自分でも気付かない内にタイマーを停止させたらしい。そして二度寝をしたようだ。

 

 「お母さん怒っているよ。早く起きて来なさいって」

 

 春香は、すでに通学のための服に着替えていた。JENNI系のスカートとTシャツで纏めた、カラフルで可愛らしい服装だ。

 

 「わかった。すぐに降りて行くよ」

 

 「お兄ちゃん遅いから、今日は先に行くね」

 

 「うん」

 

 春香とはいつも一緒に家を出ていた。だが、今日はそうも行かないようだ。

 

 春香が部屋から出て行くのを見届けた後、直斗は息を一つ吐き、ベッドに腰掛けた。額を触る。うっすらと汗をかいていた。

 

 嫌な夢だった。妙な生々しさを持っていた。夢の中で少女に噛み付かれた首筋が、今も痛みを持っているような気がする。

 

 直斗は、首筋に指で触れるが、もちろん、そこに傷跡は無かった。

 

 タオルで額の汗を拭きながら、直斗はぼんやりと思う。

 

 どうしてあんな夢を見たのだろうか。

 

 心当たりはあった。今日の高校の行事のせいかもしれない。

 

 留学生が来ると学校側は言っていた。なんでも異文化交流の一環らしい。

 

 一年前の決闘以来、人類と異世界人との交流が始まった。文科省は留学制度を異世界間でも制定し、各学校に推進した。直斗の高校は、リベラル派らしく、積極的に受け入れる姿勢をとった。それが功を奏し、めでたく今日、異世界人が留学する運びになったのだ。

 

 問題はその『人種』だった。そのせいで、あんな夢を見てしまったのかもしれない。

 

 直斗は、ベッドから立ち上がった。窓際に行き、カーテンを開ける。

 

 すでに、強く明かりを放っている太陽が、直斗を照らした。

 

 

 

 直斗は階下に下り、トイレを済ませた後、リビングへと入る。食卓には朝食が並んでいた。向かい合わせの春香の食器は空だった。

 

 対面型キッチンに居る蛍子に朝の挨拶をする。

 

 「おはよう」

 

 「おはようじゃないわよ。遅刻するよ。早く食べなさい」

 

 「うーん、お腹空いてないから牛乳だけにするよ」

 

 直斗はそう言い、食卓の上に置かれたコップに牛乳を注ぎ、口を付ける。

 

 食欲が無いのは本当だった。あんな夢を見たせいだろうか。

 

 直斗は牛乳を飲みながら点いたままのテレビに顔を向ける。朝のニュース番組をやっていた。

 

 何かの特集を組んでいるらしい。かなり仰々しい雰囲気だった。画面右上のテロップにはこう書かれてあった。

 

 『決闘から一年!! 世界の情勢』

 

 司会者が慣れた様子で、解説を行っていた。

 

 「決闘から丸一年となった現在、世界各地にある異世界のリウド国へと繋がっている門は、五ヶ所程にまで数が調整されました。その門を通じて各国政府や、専門機関が渡航を行いました」 

 

 テレビ画面は、異世界人が侵攻してきた際に、世界中に出現した『門』の映像に切り替わった。

 

 その『門』は、左右の柱や冠木といった部分に、人や獣、爬虫類が悶え苦しんでいるような彫像が施されている。色は闇から抜け出てきたような漆黒だった。そして、その門を囲むように、検問所等の施設が建てられていた。

 

 「あちらの世界には、こちらの世界には無い物が沢山ありますが、その中でもやはり特筆すべきは、魔法と呼ばれる特殊技術です。まだまだ浸透はしていませんが、一般人でも一部の方は、異世界へと渡航し、その結果、魔法技術を身に付けて帰ってくることも多いそうです。しかし、中には、検問で引っかかったり、魔法が使える道具が規制にかかり、没収されたりと、トラブルも続出しているようです」

 

 次に、画面上には異世界への渡航率を表すグラフが表示された。それによると、日本における異世界への渡航率は2.5パーセント程度らしい。渡航が開始されたのは、つい最近であるため、数値は低い。

 

 反対である異世界側からの渡航は、規制が掛かっており、ほぼセロに近い。やって来るのは、特別な認可を受けた一部の者ばかりだ。

 

 よって、こちらからの渡航者が多いとはいえ、実質、双方の渡航者自体、極々少数であるようだ。

 

 直斗も、例の決闘以来、直接異世界人を見たことはなかった。門戸が開放されてまだ一年程度なのだ。互いの人間交流は未発達なのだろう。

 

 ニュース番組は、続いて決闘時の話題に移った。新しい画像が表示される。そこには緑色マント姿の人物が映っていた。

 

 「我々人類側の勝利を決定付けた通称『ロビン・フッド』の正体は未だにわかっていません。一体、英雄は今、どこでなにをしているのでしょうか?」

 

 テレビ画面に、ニューススタジオが映し出され、アナウンサーはそこで別席にいるコメンテーターにバトンタッチをした。年配のコメンテーターは、講演中の教授のように、澄ました顔で語り出す。

 

 「ロビン・フッドについては色々と憶測が飛び交っています。アメリカの軍で秘匿されていた超能力者だとか、遺伝子操作で造り出された超人ではないかなど、映画の内容を聞いているような、噂同然の情報があります。また、宗教関係者からは、神の使いか、あるいは、キリストの生まれ変わりではないのかという意見もあります。かなりの数の情報がデマやオカルトに近く、確実な情報が現れていない事が窺えます」

 

 コメンテーターは、数字が書かれたフリップを取り出し、解説を続ける。

 

 「また、ロビン・フッドには異世界側から賞金が懸けられているとの情報があります。日本円にして数億は越える額のようで、条件は、生死不問の捕縛ないし、殺害であるらしく――」

 

 「直斗! 食べないなら早く準備しなさい! 本当に遅れるよ!」

 

 キッチンから蛍子が怒鳴った。直斗は我に返り、慌ててテレビから顔を逸らすと、空になったコップをテーブルに置いた。そして急いでリビングを出る。

 

 登校の準備を終え、ブレザー姿になった直斗は玄関で靴を履いた。

 

 土間に春香の靴は無かった。本人が言っていたように、すでに登校したようだ。いつものように、家の前で待っている友達と一緒に行ったのだろう。

 

 「いってきます」

 

 直斗はリビングにいる蛍子に声をかけ、外に出た。目が眩むような朝日が照りつける。六月なのにやたらと日差しが強い。暑くなりそうだった。

 

 直斗は通勤や通学の人間に混ざって、住宅街の中を、学校に向かって歩き出した。

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