現世に侵略してきた異世界人を撃退して世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。   作:佐久間 譲司

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第八章 魔法

 担当教諭が教室に入ってきて、数学Ⅱの授業が始まった。将来にどうしても必要とは思えない微分積分を習う。しかし、期末試験が迫っているので、真面目にやらなければならない。

 

 にも関わらず、授業の最中、クラスメイト達は、どこか落ち着きがないような雰囲気を纏っていた。留学生二人の事が、意識から離れてくれないせいかもしれない。

 

 やけに長く感じる数学の授業が終わり、休み時間へとなった。

 

 裕也が、座に直斗の席にやってくる。

 

 「行こうぜ。レイラの所に」

 

 直斗は裕也と連れ立って、隣の二年二組の教室へ向かった。

 

 二年二組の前には、すでに人だかりが出来始めていた。教室の入り口や、開け放たれた廊下側の窓から、別のクラスの生徒が中を覗いている。そのほとんどが、男子生徒だった。

 

 直斗も、裕也と一緒に、他生徒達の間から、二年二組の教室の中を覗いた。

 

 教室の前方付近の席に、レイラはいた。周りは同じクラスの女子生徒が、守るように取り囲んでおり、質問責めを行っているようだった。

 

 レイラは、天使のように整った顔を時折ほころばせながら、受け答えをしていた。

 

 「やっぱり可愛いな。見惚れるよ」

 

 レイラの姿を見た裕也が、感嘆したように、呟いた。

 

 「うん」

 

 直斗も同意見だった。こうして近くで見ると、さらに可愛さを実感する。日本の美少女アイドルといわれる人種など、足元にも及ばないのではないかと思うほど、可憐な容姿をしていた。

 

 「いいよなー。俺もお話したいよ」

 

 いつの間にか、隣へ来ていた俊一が、あえぐように言った。

 

 「じゃあ、お前が声をかけてこいよ」

 

 裕也は、俊一にそう進言する。俊一は、かぶりを振った。

 

 「無理だよ。こんなに人が多い中で、声をかけるなんて」

 

 俊一の言うとおり、この状況だと、よほど無神経じゃない限り、声をかけられる人間はいないだろう。ほとんどの男子生徒は、遠巻きに眺めているだけだ。

 

 すると、その時、妙なことが起こった。

 

 談笑していたレイラが、ふと何かに気が付いたように、直斗達がいる方へ顔を向けた。二重の綺麗な目が、直斗達の周辺に注がれる。その視線が、自分に向いているような気がして、直斗の心臓は少し波立った。

 

 「こ、こっち見ているぞ。どうしたのかな?」

 

 俊一がうわずった声を上げた。

 

 直斗の周囲に居る俊一以外の人間も、突然の美少女からの熱視線に、身を固くしているようだった。

 

 しかし、すぐに取り巻きの女子に声をかけられ、レイラは再び談笑へと戻ってしまった。

 

 「なんだったのかな?」

 

 俊一が呟いた。レイラに目線を外され、少し残念がっているようだった。

 

 「俺を見ていたようだったぞ。目があった気がする」

 

 隣にいる裕也は半ば、本気で言っているようだった。

 

 「そんなわけないだろ。俺を見てたんだよ」

 

 俊一も冗談か本気か、小学生のように張り合った。

 

 二人も直斗と同じように、自分を見ていたと、そう受け取ったらしい。もしかしたら、周辺の生徒達もそう感じているかもしれない。

 

 レイラがこちらに視線を注いだ理由は不明だが、直斗は、レイラが自身を見ていたのは、ただの勘違いだったのだと考えた。

 

 その後も二年二組は、希少な動物を展示している檻の前のように、大勢の生徒達で溢れ返っていた。

 

 そして、チャイムが鳴ると潮が引くように、各自の教室へ戻っていく。次の休み時間も同じだった。休み時間の度に、二年二組の教室前は、人でごった返すようになった。そのため、ついには、教師の警告が飛び、用事がない者は、近づくことを禁じられた。

 

 驚くべきことに、ルカが編入した一年四組も、ほぼ同じ末路を辿ったらしい。こちらは女子生徒が大勢押しかけたようだ。

 

 直斗と同じクラスの神崎志保(かんざき しほ)が、それを教えてくれた。

 

 「ルカ君、めちゃくちゃ美少年だったよ。うちの弟より可愛かった」

 

 昼休みになり、志保は、健康的なショートカットを揺らしながら溜息をもらした。明るいイメージを与える、大きな眼を潤ませている。

 

 志保は続けた。

 

 「ルカ君、どんな子がタイプかなー。私みたいなお姉さんはタイプだと思う?」

 

 「知らないよ。本人に聞けば」

 

 直斗は、呆れたように答えた。志保も、裕也達と同じようなことを言い出していた。

 

 どうやら、女子生徒もかなりの数が、ルカに骨抜きにされたようだ。

 

 しかし、直斗も気持ちはわかっていた。あくまでレイラの場合だが、あの容姿を見れば、心を奪われるのも仕方が無いと思う。こちらの世界には無い、美貌を誇っているのだ。

 

 直斗は志保と別れ、裕也、俊一と共に学食へ向かう。

 

 食事をしている最中、周りの生徒達が留学生二人を話題にしているのが耳に入る。内容は概ね、裕也や俊一、志保とほとんど変わらない、留学生に対する羨望の声だ。

 

 「留学生、本当に人気があるね」

 

 直斗は定食の味噌汁を啜りながら、感想を漏らした。朝、昼食を抜いたので、サイドメニューを加えていた。

 

 「一瞬で全校生徒のアイドルになったな。二人共」

 

 裕也は、から揚げを口に運びながら答える。

 

 「そうだね。良い意味で人間離れした容姿だもんな」

 

 俊一が同意する。

 

 今や、全校生徒、留学生に対する警戒心や恐怖心は微塵も残っていなかった。むしろ、真逆の感情を抱くに至っていた。これだと保護者の方も、生徒自身の意見で完封できるだろう。

 

 つまり、御神が推し進めた留学企画は、見事成功した形になったのだ。御神は、事前に留学生二人に会っていたはずだから、それを見て、生徒の心の移り変わりも計算に入れていたのかもしれない。

 

 三人は昼食を終え、教室に向かう。途中で俊一は、用事があるからと、どこかへと消え去った。

 

 教室では、木場が相変わらず魔法を披露していた。しかし、話題は留学生に移っていたので、朝ほどは皆の興味を引いていなかった。女子が三名ほどが集まっているだけだった。

 

 「良くやるよ。そんなに注目されたいかね」

 

 直斗の横の席に座った裕也が、木場を見やりながら、溜息混じりに呟いた。羨む気持ちが幾分か薄れたようだった。

 

 その後、十分ほど二人が談笑をしていると、突然、二年二組のクラスから壁越しに、歓声のようなものが聞こえた。ホームランを目撃した時のような、感極まった歓声だった。

 

 その声はかなり大きかった。教室にいた他のクラスメイト達も気が付いたようだ。

 

 「なんだろ?」

 

 裕也が怪訝な顔をして、二組と三組を隔てる教室後方の壁を見る。直斗もつられて目を向けた。目に入るのはロッカーや掲示板だけで、当然、二組の中を覗くことが出来ない。

 

 しばらくすると、何名かのクラスメイトがバタバタと教室の中に入ってきて、別のクラスメイトに興奮した口調で何かを話し始めた

 

 俊一もその中の一人だった。俊一は、直斗達の元へやってくると、UFOでも目撃したかのような様子で口を開いた。

 

 「さっき、二組の教室でレイラさんを見てたんだけど……」

 

 「どこかに行ったと思ったら、レイラを見に行ってたのか。それに、センコー達に見物禁止食らっただろ? 大丈夫なのか?」

 

 裕也が遮った。

 

 「二組に友達がいるんだよ。そいつに頼んで、こっそり教室の中に入れてもらった。それで、中からレイラさんを見てたわけ」

 

 俊一は続けた。

 

 「レイラさんの近くに俺はいたんだけど、途中、魔法の話になってさ。それで二組の女子が聞いたんだよ。『レイラさん魔法使える?』って」

 

 「マジか。それで?」

 

 興味を惹かれたように、裕也は身を乗り出した。

 

 「レイラさんは『使える』って頷いたんだよ。それで周りの女子達が見たいって騒ぎ出してさ。仕方なくって感じだったけど、レイラさん、魔法を披露したよ」

 

 それを聞き、裕也は羨望の声を上げた。

 

 「やっぱりレイラちゃん、魔法使えたんだ。すごいな」

 

 「どんな魔法だったの?」

 

 直斗の質問に、俊一はさらに熱を帯びた話し方に変わる。

 

 「氷の魔法だったね。一瞬で、机の上に、バスケットボールくらいの白鳥の氷像が出来上がって、皆驚いたよ」

 

 「あの時の声は、そのせいだったんだ」

 

 直斗は納得したように頷きながら、氷の魔法か、と心の中で思う。ミノタウロスの爆発する魔法よりは穏健な印象だが、殺傷能力はあるはずだ。

 

 やはり高校生と言えど、異世界人らしく魔法を使えるようだ。もう一人の留学生も同じだと見るべきだろう。

 

 「俺も見てみたいぜ。レイラちゃんに言ったら披露してくれるかな?」

 

 裕也が、期待を込めた口調で言う。

 

 「直接はわかんないけど、いずれは見れると思うよ。しばらくの間、レイラちゃんはこっちに居るはずだし」

 

 俊一が答えた。

 

 留学生二人の留学期間は、一年間の予定になっていた。条件を満たせば、期間延長もあるらしい。また、学費の面も、およその留学制度と同じで、留学先の学費は免除され、在籍校のみの学費支払いになっているようだ。事前に、学校側がそう説明を行っていた。

 

 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、二人は直斗の元を離れて行った。

 

 午後の授業も、期末試験のために気合を入れた授業となっていた。全てのコマが終わると、生徒達の間に弛緩した空気が流れる。

 

 一日の最後を締めるSHR(ショートホームルーム)が終わった。遠田の神経質そうな掛け声を皮切りに、放課後へと突入する。

 

 直斗は、部活へ赴く裕也達に別れを告げ、帰路についた。あと少ししたら、期末試験のため部活停止が始まるはずだった。その時は、裕也達と一緒に帰ることになるだろう。

 

 直斗は、登校の時に通って来た通学路を、逆走する。木更津地区から、大田山公園の横を抜けるルートを歩く。途中にあるセブンイレブンでジュースを買い、清見台地区を目指す。まだ少し早い時間帯のせいか、歩道は帰宅途中の小学生の姿ばかりだった。

 

 清見台の自宅へと着いた直斗は、鍵を開けて、玄関へと入った。上がりがまちには、赤いランドセルが置かれてあった。どうやら春香は一旦帰ってきて、再び外出したようだ。友達の家にでも行っているのだろう。

 

 蛍子がパートから帰ってくるのは、夕方なので、しばらくは一人だ。

 

 直斗は二階の自室へ上がり、着替えを済ませてから学習机へ座った。期末試験対策と今日の復習を兼ねて、通信添削『Z会のキソドリル』に手を伸ばしかける。しかし、ふと思い立って、学習机の隣に備え付けられたPCの電源を入れた。

 

 ウィンドウズが立ち上がり、直斗は、検索サイトで『異世界』『魔法』と入力して検索を行う。

 

 多数のサイトがヒットする。魔法の存在が現実のものとなったせいで、魔法に関するサイトが、ウィルスのように増殖し、ネットの海に氾濫していた。それらの内容は、魔法に対する考察や、個々の目撃情報、異世界側からもたらされた魔法についての知識など、多岐に渡っていた。

 

 その中からいくつかピックアップする。

 

 直斗は自分自身が体験したことも含め、テレビやネットによって、魔法に対する知識は僅かだが蓄えていた。しかし、それらは、受動的に覚えたものばかりだった。

 

 レイラや木場のように、身近に魔法を使える人間が現れ始めた以上、魔法についての知識習得は必要なのだと考えるようになった。

 

 そのため、勉強を保留にし、しばらく魔法について調べることにしたのだ。

 

 一時間近くを費やし、ネットから情報を釣り上げる。

 

 そして、いくつか概要が頭に入った。

 

 魔法を行使するには大きく分けて、二種類あるようだ。一つが、木場が行っていたように、魔法が込められている道具を使う方法。

 

 そして、もう一つが、魔法を己に宿す方法である。

 

 前者の場合は単純で、木場がやっていたように、行使したい魔法が込められた道具を用いるだけで済む。

 

 後者の魔法を己に宿す方法がやや複雑で、生まれついて備わっている者や、精霊、悪魔などの特定対象との契約、手術、薬物、紋章、などといったものがある。それらは多岐に渡っており、また、魔法を宿すこと自体は、そう難しくないらしい。

 

 問題は、魔法を行使するために必要な『魔力』の存在だ。魔法にとって『魔力』は、ガソリンのようなもので、せっかく魔法を宿しても、『魔力』が無いと行使ができない。そして、『魔力』を保持しているかの有無や、多寡は、先天的な素養に大きく影響されてしまうようだ。

 

 こちらの世界で『エルフ』と呼ばれるような、耳が尖っている種族が異世界にいるが、その種族は、先天的に『魔力』を多く生み出せる性質を持つらしい。その種族は、豊富な『魔力』を根源に、宿した魔法を強力かつ、多数、行使することが可能なのだ。

 

 逆に『ミノタウロス』と呼ばれる頭が牛になった、筋骨隆々とした種族は、『魔力』の保持率が低く、行使する魔法も比較的弱い。しかし、その種族は、圧倒的な身体能力を有している。

 

 残念ながら人間は、『魔力』も『魔法』も保持していない『ノーマジック』の種族に分類されるらしい。そのため、通常の方法では、魔法を行使することが出来ない。仮に、魔法を宿すことに成功しても、魔力がないため、その魔法は、無用の長物と化す。

 

 おまけにフィジカル的な強さも哺乳類としては低いので、個々の戦闘能力は、異世界人と比較すると、かなり不利なようだ。そのことは異世界人との戦闘で、嫌というほど、人類は目にしていた。

 

 人類側のアドバンテージは、文明的な能力らしい。異世界側、少なくともリウド国を凌駕する文明を人類は築き上げており、魔法に依存しない物質的な乗り物やスマートフォンなどの文明の利器なども、異世界人が身を見張るほど卓越したものに映るという。

 

 直斗は以前、テレビで異世界の風景を見たことがあった。そこにはルネサンス時代を彷彿とさせる中世時代のような街並みが広がっていた。主な交通手段は馬車らしく、赤瓦屋根を持つ家々の間を、馬のような生き物が駆けていくその姿は、おとぎの国の映画を観ているようだった。

 

 文明の規模自体は、こちらの世界における十六世紀ほどのレベルだと言われていた。しかし、それも、一概に照らし合わせることが出来るものではなく、いくつかの部分は、こちらの現代文明に近い技術も確立しているようである。

 

 たとえば、テレビ放送やインターネットに似通った物も存在しているらしい。それは通信技術やインフラ技術が発達していることを意味している。それを踏まえ、PCやスマートフォンに近しいガジェットも異世界人は保持しているようだ。

 

 それらは魔法をベースにしたものであり、こちらの世界のものと比べると、圧倒的に質が低いという。

 

 理由は、やはり、異世界の魔法は、破壊や殺戮などの『戦い』に特化しており、文明発達のメソッドに組み込んだ場合、途端にその精度は、著しく低下するのだという。

 

 そのような立ち位置に魔法があるからこそ、異世界人は個々の戦闘能力が強大である反面、築ける文明は、低レベルに留まっているのだと言われている。

 

 直斗はそこまで調べ上げた後、手を止めた。

 

 魔法についての情報は莫大にあるが、いざ調べ始めると、どれも似たり寄ったりな内容ばかりだった。魔法について、こちらの世界で判明している絶対数そのものが少ないせいだろう。

 

 これから徐々に明らかになっていくはずである。そのため、この先、リアルタイムで魔法に対する情報収集を心がけるようにした方がいいかもしれない。

 

 直斗はウィンドウズを終了させ、先ほど手を伸ばしかけていた『Z会のキソドリル』に手を付けた。

 

 勉強に没頭しているうちに帰ってきた春香が、直斗の部屋に乱入し、纏わり付いて来る。やむなく中断し、相手をしてやる。

 

 据え置き機のゲームで一緒に遊んでいると、蛍子がパートから帰ってきて、夕食となった。父の辰三(たつぞう)の姿はない。今日も残業らしい。

 

 食卓を囲みながら、春香の学校での出来事や友達についてのお喋りに相槌を打ちつつ、夕飯を口に運ぶ。途中、蛍子が留学生について質問してきたが、心配ないのだと直斗は断言した。やはり、他の保護者同様、異世界人に不安を抱いているようだった。

 

 夕食を終え、入浴を済ませた後、直斗は就寝まで勉強を行った。キリがいいところで参考書を閉じ、床に着いた。

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