『Fate/Zero -Anomaly Log---彼岸に落ちる二重螺旋』 作:りー037
軽快なテンポで繰り返される、チープな電子音のメロディ。
等間隔に並んだ陳列棚の間に、無数のショッピングカートがキュルキュルと車輪を軋ませて行き交っている。精肉コーナーの巨大な冷蔵ケースからは、白く重い冷気が足元へと這い出し、純白の蛍光灯が色鮮やかな野菜やパッケージの群れを容赦なく照らし出していた。
夕飯の献立を相談する家族連れの声と、特売品を知らせるアナウンスの音声が混ざり合う。
「マスター、マスター! これ、見てくださいっ!」
薄っぺらい視界を、強引に塗り替える声が隣で弾けた。
「霜降りがキラキラしてます! まるで芸術品! 今夜は豪勢に、愛妻すき焼きといきましょうか!」
「……すき焼きか。少し予算をオーバーする気もするけど」
陽はカートに寄りかかりながら、パックに貼られた値札を見て淡々と答えた。その声には、喜びも困惑も乗っていない。ただ一定の距離を保った、波一つない水面のような響き。
「むむっ、そこは良妻のやりくり上手でカバーします! もやしでカサ増し大作戦です!」
「すき焼きにもやしを入れるのは、少し違うんじゃないかな」
彼女が放つ、圧倒的なまでの生命力と熱。それだけが、今の陽をかろうじてこの空間の縁に引っ掛けている、唯一の確かな重石だった。
「ネギと焼き豆腐も買おう。カゴに入れていいよ」
「みこーん! 言質、いただきましたっ!」
玉藻の前が嬉しそうに肉をカゴへ放り込み、次なる食材を求めて陳列棚の奥へ向かう。
陽はカートを押し出し、彼女の半歩後ろを静かに歩き始めた。
——キュッ。
スニーカーのゴム底が、リノリウムの床を強く擦る音が鼓膜を打った。
陽の眼が、洗剤コーナーの陳列棚の死角から飛び出してくる『小さな熱源』と、それに伴う急激な動線のブレを捉える。子供特有の、周囲の状況を全く顧みない無軌道な突進。
「っ」
陽は一言も発さず、前方に押し出していたカートのハンドルを力強く手前に引き寄せた。車輪が横滑りし、鉄の枠が急激に軌道を変える。
直後。
棚の角を曲がってきた小学生くらいの男の子が、陽がコンマ一秒前までカートを押していた空間を、猛スピードで通り抜けた。
「あいたっ……」
カートから手を離し、しゃがみ込んで男の子の前に右手を差し出す。
「大丈夫?……怪我は、ない?」
差し出した手を取った瞬間、陽の明滅する瞳は、男の子の皮膚の奥にある骨格や筋繊維の構造を透過して見る。骨にヒビはない。筋肉の断裂もない。正常な生体反応。
「あ、う、うん。ごめんなさい……!」
男の子はペコリと勢いよく頭を下げ、出口の方へと再び小走りで向かっていった。
「マスター、大丈夫ですか? お怪我は?」
玉藻の前がネギを抱えたまま慌てて駆け寄ってきた。
「問題ないよ。ただの接触未遂だ」
「もう、スーパーの中を走るなんて危ないですね。」
走り去っていく男の子の背中へ視線を向けた。
彼が自動ドアを抜けようとした、その時。
走る振動に合わせて、男の子のズボンのポケットから黒い塊がポロリとこぼれ落ちた。
パサッ、と軽い音を立ててリノリウムの床に転がったのは、ナイロン製の小さな折りたたみ財布。先ほど尻餅をついた衝撃で、ポケットの浅い位置までずり上がっていたのだろう。
男の子は落とした音に全く気づくことなく、そのまま外へと走り去ってしまった。
「……キャスター」
陽は、床の財布を指差し、カートのハンドルを玉藻の前へと預けた。
「あれをあの子に届けてくる。お会計をお願いできるかな?」
「あ、はい! もちろんです! レジ袋は二枚重ねでもらっておきますね!」
彼女の明るい了承の声を背に受けながら、陽は小走りで財布を拾い上げ、自動ドアを抜けてスーパーの外へと出た。
*
自動ドアが開いた瞬間、肌寒い秋の風が陽の前髪を揺らした。
スーパー前の広場。自転車置き場の近くで、先ほどの男の子が数人の友達と笑い合いながらたむろしているのが見えた。
陽は足音を立てずに近づき、背後から声をかける。
「これ、落としたよ」
「えっ? あ! 僕の財布! ありがとうございます!」
差し出された財布を受け取り、男の子はポケットを探ってから、ホッと安堵したような笑顔を見せた。
「気をつけて帰るんだよ」
社会的な礼節だけを口にし、陽はすぐに踵を返した。
玉藻の前が待つスーパーの中へ戻ろうと、再び自動ドアに向かって歩き出す。
その、瞬間だった。
——ピチャリ。
陽の首筋に、ひんやりとした泥のようなものが張り付く感覚。
立ち止まる。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
周囲を行き交う人々の話し声や、道路を走る車のエンジン音が、まるで分厚い水槽のガラス越しに聞いているように、くぐもって遠ざかっていく。
陽の両足の筋肉が、スーパーとは逆の方向——大通りの向かいにある、薄暗いビル群の路地裏へと向かおうと、微かに痙攣した。
『あそこへ行け』
『あの暗がりの中へ入れば、楽になる』
脳の奥底に直接響く、甘く粘り気のある命令。
陽の意思ではない。外部から強引に書き込まれた『宛て先』の変更。
現実の裏側を覗き込む視界。陽の脳髄から、向かいの路地裏の奥底へと真っ直ぐに伸びる『赤黒い糸』が、べったりと空間を這うように可視化された。
(……特定の方向に誘導する干渉。暗示か)
心拍数は、一定のままだ。焦りも恐怖もない。
陽は、自分に絡みついた赤黒い糸を振り払うため、体内の魔術回路へ静かに意識を向けた。
魔力で弾き飛ばすのではない。
自身の『存在比率』をスライドさせる。
スゥ、と。
陽の肉体から、色彩が抜け落ちる。
アスファルトを踏みしめる重力が消える。周囲の風景がセピア色に退色し、陽という存在の重きが、現実世界の実数空間から、裏側の虚数空間へと一瞬だけ深く沈み込む。
深度偏移。現実20パーセント、虚数80パーセント。
プツンッ。
脳髄に食い込んでいた赤黒い暗示の糸は、突如として『繋ぎ止めるアンカー』を失い、空を切って灰のように崩れ去った。実数空間の物質と精神を対象とした干渉は、虚数空間へズレた陽の精神に触れることすらできない。
パチッ。
陽は魔力の循環を戻し、存在比率を再び現実側へ浮上させる。
街の色彩が戻り、車の喧騒が再び鼓膜を打つ。暗示は完全に切断され、足はすでに自由を取り戻していた。
(……実数空間からの干渉なら、ある程度はこれで弾けるな)
陽はスーパーの自動ドアに背を向けたまま、真っ直ぐに大通りの向かい——薄暗い路地裏を見据えた。
虹色の瞳が、ビル群の分厚いコンクリート壁を薄い和紙のように透過していく。物理的な遮蔽物は意味を成さない。
路地裏のどん詰まり。
そこには、周囲から完全に隔離された『ドーム状の青紫色の膜』が張り巡らされていた。そしてその中心に、体内に魔力の熱源を帯びた三人の人間が立っているのが、ハッキリと見える。
(……三人。魔術回路がある。聖杯戦争の参加者だろうか)
振り返れば、玉藻の前が待っている。
あんな罠に自ら足を踏み入れる義理も義務もない。関わらずに日常へ戻るのが、最も正しい選択だ。
しかし。
『行ってみよう』
今度は外部からの干渉ではない。
陽自身の魂の底から、純粋で甘い好奇心が湧き上がってくるのを感じた。
彼らが何を目的に自分を誘い込んだのか。あの膜の中で何が起きるのか。それを見てみたいという、静かで圧倒的な衝動。
「……少し、行ってみるか」
独り言は、秋の風に溶けて消えた。
陽は迷うことなく、スーパーとは逆方向へ足を踏み出す。横断歩道を渡り、ビル群の影へと歩みを進める。
操られているわけではない。完全に正気を保ったまま、自らの意志で、魔術師の張った罠のど真ん中へと向かっていった。
*
日の当たらない路地裏は、カビと湿った苔の匂いが満ちている。
一歩足を踏み入れるごとに、大通りの喧騒が背後へと遠ざかっていく。
路地のどん詰まりにあるドーム状の膜が、脈を打つように青紫色の燐光を放つ。陽の眼には、その結界の術式構造がミリ単位で見えていた。攻撃的な術式の痕跡はない。外界と内界を完全に切り離すための、認識阻害と音の遮断。
陽はゆっくりと息を吐き、その燐光の壁に向かって、何のためらいもなく足を踏み入れた。
——ヌルリ。
水で満たされた風船の中に入り込むような、奇妙な抵抗感。
結界の膜を通過した瞬間、背後から聞こえていた街の環境音が、スイッチを切ったかのように完全に消失した。
外界から完全に隔絶された結界の内部には、カビと湿った苔の匂い、そしてひび割れたアスファルトに染み付いた古い油の悪臭だけが、冷たい空気とともに淀んでいる。
「……ほう。まさか本当に、一人でノコノコやって来るとはな」
絶対の静寂を切り裂いて、淀んだ空気の底から男の冷笑するような声が響いた。
陽は、路地裏のどん詰まりへと静かに視線を向ける。
薄暗いビルとビルの隙間。廃棄された段ボールやひしゃげたドラム缶が転がる空間の中央に、二人の人間が陣取っていた。
前方。ひどく汚れた木箱の上に腰掛ける、ダークグレーのスーツを着崩した男。その斜め後ろに立つ、トレンチコートを羽織った女。
そして陽の背後——入り口を塞ぐように、いつの間にか音もなく着地していた大柄な男。
前方に二名。後方に一名。
完全に退路を断ち、獲物をすり潰すための狩りの陣形。
「随分と、呑気な鼠だな」
木箱に腰掛けた男が、銀色のジッポライターを指先で弾いた。
「暗示にかけられ、自分の足で屠殺場まで歩かされたというのに、状況が分かっていないのか? それとも、恐怖で脳の回路が焼き切れたか?」
彼らが放つ、明確な殺意と熱源。
逃げ場のない閉鎖空間。
「……何かな、君たちは?」
あまりにも状況と乖離したその自然体な空気に、木箱の男の眉が、不快そうにピクリと動く。
「単刀直入に言おう、小僧」
男は、ジッポの蓋をパチンと弾いて炎を消した。
「お前のその腕に刻まれている『令呪』と、お前が喚び出した『サーヴァント』。それを、俺たちに譲れ。……大人しく首を縦に振るなら、命だけは助けてやる」
路地裏の冷たい空気に、彼らの目的が明確な形を持って溶け込んだ。
陽は無言のまま、ただ静かに瞬きをする。
その一切の感情が抜け落ちた無反応な態度を、彼らは『恐怖で凍りついている』と解釈したのだろう。トレンチコートの女が、ひどくつまらなそうに鼻で笑った。
「無様なものね。暗示にあっさりと釣られて。……見込み違いもいいところだわ。本当にただの一般人じゃない」
「命があるだけ幸運と思え。お前のような無知な子供が持っていい代物ではないんだよ」
木箱の男が、路傍の石ころを蹴り飛ばすような、絶対的な優越感を含んだ声で吐き捨てる。
聖杯戦争の参加資格——選定から漏れた、はぐれ魔術師たち。彼らは周囲を散策し、令呪を宿したマスターを殺害して参加枠を強奪しようとしているのだろう。
陽は、自身の肉体から一切の魔力が漏れ出ていないことを自覚している。
彼の存在の二割は、常に実数空間の裏側である『虚数空間』へと沈み込んでいる。そのため、通常の魔術師の探知では、ただの無知な素人にしか見えないのだ。
「なるほど」
陽は伏し目がちに呟き、ゆっくりと瞬きをした。
「君たちの読みは、当たっているよ。俺は魔術の知識なんてない一般人だったし、令呪が宿ったのも、召喚に巻き込まれたのも、すべてはただの偶然だ」
命を脅かされている人間の声帯から発せられるべき『恐怖』が、一切存在しない。
相手の魔術回路の鼓動を観測し続けながら、静かに言葉を紡ぐ。
「魔術師という存在は、召喚したサーヴァントから聞いて知っている。……君たちも、目指しているものがあるんだろう。聖杯という願望機を使ってまで叶えたい、さぞ崇高な思想や悲願があるんだろう。俺と違って、はっきりとした目的を持っている。素晴らしいことだ」
言葉の表面だけをなぞれば、それは純粋な賞賛。
そのトーンには、皮肉も煽りも、一切の悪意も含まれていない。心の底から「目的がある人間は凄い」という事実だけを、観察結果として淡々と述べたに過ぎない。
しかし、それはプライドの高い魔術師たちの精神を無意識に逆撫でする、最も残酷な異物感だった。
圧倒的な強者であり、生殺与奪の権を握っているはずの自分たちが、路傍の石ころに『評価』されている。その異常な構図に、背後の大柄な男がチッと苛立たしげに舌打ちをする音が響いた。
「……随分と、減らず口を叩くガキだ。暗示が深すぎて脳が溶けてるんじゃないのか?」
「召喚された直後であれば、どちらでもよかったんだ」
陽は、男の言葉を遮るように、静かなトーンのまま続けた。
「聖杯戦争のマスターという立場にも、命のやり取りにも、何の執着もなかったから」
「なら、大人しく腕を差し出せ」
「でも、今の俺には、一つだけ目的ができた」
黒い瞳が、万華鏡のように極彩色の虹色へと明滅する。
瞳の解像度が上がる。結界のドームに張り巡らされた魔力ラインの全容が、陽の脳内に情報の奔流としてダウンロードされていく。
「先に進みたいと、思ってしまったんだ」
虚数という未知の深淵を理解し、この世界における自分の『立ち位置』を確立するための特訓。それを隣で支え、共に歩むと誓ってくれた神霊の確かな温もり。
「この戦争に参加したいと考えている君たちには申し訳ないが、俺自身は、聖杯には全く興味はない」
「……あ?」
「だが、それでも、この枠を失うわけにはいかない」
陽は、ゆっくりと相手を見据えたまま、首を横に振った。
「誰かのためじゃない、俺自身のために」
だから。
「——悪いけど、邪魔しないでくれ」
静謐な、しかし絶対的な拒絶の言葉。
それが結界の空気に溶けた瞬間だった。木箱に座っていた男の顔から、余裕の笑みが完全に消え失せた。
代わりに浮かび上がったのは、一般人ごときに評価され、あまつさえ「邪魔をするな」と一蹴されたことに対する、魔術師としてのドロドロとした怒りと屈辱。
「……そうか。交渉は決裂だ。なら、その腕ごと物理的に切り離すまでだ」
急激な魔力の高まり。大気中のマナが収束し、殺意を伴った術式として編み上げられていく。
背後の大柄な男が、鈍い金属音を立てて腕に仕込んだ拘束具を起動させた。アスファルトを砕くほどの脚力が、陽の背中へと向かって跳躍する。
前方の女の指先からは、高度に圧縮された不可視の真空の刃が形成され、空気を切り裂く鋭い風切り音とともに放たれた。
(来るか)
前後からの同時攻撃。
それでも陽は、逃げる素振りも見せない。防御の構えすらとらない。ただ、だらりと両腕を下げたまま、襲い来る魔術と暴力の連鎖を静かに観測している。
「死ね」
女の指先から放たれた真空の刃が、陽の首筋へと到達する。
背後の大柄な男の丸太のような腕が、陽の肩を掴み、へし折ろうと迫る。
両者の物理的・魔術的干渉が、陽の肉体に接触する。
——《可変存在解像度(モザイク・シフト・マニュアル)》。
陽は、体内に繋がれた『回路』へ向け、静かに意識のスイッチを押し込んだ。
魔力を放出して防壁を展開するのではない。己の『存在の重さ』そのものを、実数空間から虚数空間へとスライドさせるための、自己位相の偏移。
深度偏移。現実20パーセント、虚数80パーセント。
スゥッ……。
陽の肉体から、色彩と光の反射が完全に抜け落ちた。
真空の刃が、陽の首を薙ぎ払う。
大柄な男の剛腕が、陽の肩を掴みにかかる。
だが、どちらも陽の肉体を『すり抜けた』。
不可視の刃は空気を空しく切り裂き、そのまま陽を透過してレンガ壁に深く突き刺さり、粉塵を巻き上げる。
大柄な男は、陽の体を通り抜けたことで完全にバランスを崩し、前方の木箱に激突しそうになって慌てて靴底を擦り、踏み止まった。
「……なっ!?」
幻術ではない。高速移動による残像でもない。
水に落とした一滴の黒いインクが、じわじわと滲んで広がるように。そこに確実に立っているはずの少年の姿が、黒いモヤのような不確定な影へと変質していく。
「なんだ、これは!?」
「どうなっているの!? そこにいるはずなのにッ……!」
魔術師たちが、自身の眼球と脳の処理のズレに混乱の声を上げる。
触れることもできない。意識を向けることすらできない。
ただの一般人だと思い込んでいた少年の姿が、魔術の理を完全に逸脱した、異常な『現象』そのものへと成り果てている。
(……物理干渉も、この範囲なら遮断できている)
陽は、自身をすり抜けていった魔力の軌跡と暴力の余波を冷静に観測しながら、砂嵐の混じった視界で三人の魔術師たちを見つめ動き出す。
彼らの怯え、混乱、そして焦燥の感情が、色を持ったオーラとして可視化される。
——ピキッ。
唐突に。
結界という閉鎖空間の『外側』から、空間そのものにヒビが入るような、硬質で冷たい音が鳴った。
陽の虹色の瞳が、周囲の魔術師たちがその異変に気づくよりも早く、路地裏の中心地を捉える。
淀んだ空気を。
傲慢な魔術師たちの命を。
物理法則という概念すらも、ただ一枚の薄紙を破るかのように。
空間を真横に薙ぎ払う、目も眩むような『蒼い閃光』が、突如として結界の内部へと顕現した。
それは魔力によって編み上げられた炎でも、雷撃でもない。純粋な神秘の塊が、圧倒的な速度と質量を持って極小の点に収束し、世界そのものを一直線に切り裂いて通り抜けた『斬撃の軌跡』。
「え——」
前方に立っていた女の口から、間抜けな声が漏れた。
閃光が、女の首筋を撫でるように、音もなく通過していく。
ぬるり、と。
女の首が、肩のラインからの不自然に『ズレ』。
重力に従い、美しい髪を揺らしながら、切断された頭部がゴトリと鈍い音を立ててアスファルトの床に転げ落ちる。
「……は?」
噴き上がる血の雨の中、首のない女の胴体が、膝から崩れ落ちて水たまりに倒れ込む。
圧倒的な、死の結果。
つい数秒前まで絶対の優位を確信していたはずの路地裏が、一瞬にして理解不能な殺戮の舞台へと裏返った。
残された男達の絶叫が、路地裏の壁に反響する。
真っ赤に染まった視界の中。
黒瀬陽は、黒いモヤのように存在をブレさせたまま、ただ無表情に、その足元に転がる『事象の結果』を静かに観測し続けていた。
次回
【位相の剥離と、虚構の投擲、そして収束する死の因果】