佐倉愛里が見ていた世界   作:EXTERMINATION

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第5話 体験学習

二月も半ばを過ぎると、高度育成高等学校の空気は少しずつ変わり始める。

 

冬の冷たさは本格化している。

けれど、夕方の風の中に時々ほんの少しだけ柔らかい匂いが混じるようになっていた。

 

そんな放課後。

グラビアアイドル部の仮部室では、珍しく全員が揃っていた。

長谷部波瑠加は窓際の椅子へ座りながら、

机の上へ広げられた雑誌をぼんやり眺めている。

 

一之瀬帆波はその隣でメイク特集を見ていた。

松下千秋はファッションページをめくっている。

幸村輝彦はノートへ何かを書き込み、三宅明人はカメラの設定をいじっていた。

 

そして。

 

「ねえ」

 

突然、長谷部が机へ突っ伏した。

 

「身体って、どうやったら綺麗に見えるの」

 

部室が少し静かになる。

星之宮知恵が真っ先に反応した。

 

「急に深い話来たわね」

「いや、最近ちょっと思って」

 

長谷部は顔だけ横へ向ける。

 

「撮られるのには少し慣れてきたけど、

なんか……身体の動かし方が分かんないんだよね」

 

三宅が頷いた。

 

「それはあるかもな」

「ある?」

「波瑠加って、普段からちょっと身体固いんだよ」

「えっ」

 

長谷部が顔を上げる。

三宅は悪気なく続けた。

 

「姿勢とか。無意識に縮こまってる感じ」

 

長谷部は思わず自分の肩を触る。

確かに、昔から猫背気味だった。

 

身体のラインを隠したくて。

なるべく目立たないようにしたくて。

気付けば、それが癖になっている。

 

松下が優しく言う。

 

「波瑠加って、立ってる時にちょっと肩が前に入るよね」

「うっ……」

「でも、それって悪いことじゃないと思う」

 

一之瀬も頷いた。

 

「うん。たぶん昔から気にしてたからだよね」

 

長谷部は小さく息を吐いた。

 

否定されない。

笑われない。

それだけで、少しだけ楽だった。

 

幸村がノートから顔を上げる。

 

「姿勢改善なら、ある程度は筋力と柔軟性の問題でもあるな」

「つまり?」

「簡単に言えば運動不足だ」

 

「ゆきむー容赦ない」

 

その時だった。

部室の外から、やたら大きな声が聞こえてきた。

 

「だから走り込み足りねえって言ってんだろ!」

 

長谷部がぴくっと反応する。

 

「あ」

 

三宅も笑った。

 

「須藤だな」

 

どうやら近くの体育館でバスケ部が練習しているらしい。

少し開いていた窓から、ボールの音が微かに聞こえてくる。

 

長谷部は少し考える。

それから、ぽつりと言った。

 

「……バスケ部、行ってみる?」

 

数秒、部室が止まった。

星之宮が真っ先に吹き出す。

 

「急展開!」

「いやでも、身体の使い方とか姿勢とか、そういうの学べるかなって」

 

長谷部は少し言い訳っぽく言った。

三宅は面白そうに笑う。

 

「いいじゃん。須藤絶対喜ぶぞ」

 

幸村は冷静に頷いた。

 

「合理性はある」

「そこまで真面目に分析されると逆に恥ずかしいんだけど」

 

結局。

その日の活動はバスケ部一日体験になった。

 

体育館へ向かう途中。

長谷部は少しだけ緊張していた。

 

「なんか変なことになってない?」

「まあ、グラビアアイドル部が急にバスケ部来たら普通は変だな」

 

三宅が笑う。

 

「みやっち、今さらそれ言う?」

 

体育館の扉を開ける。

途端に、熱気が押し寄せた。

 

ボールの音。

シューズの擦れる音。

掛け声。

冬なのに、館内は少し暑い。

 

須藤健がこちらへ気付く。

 

「お?長谷部じゃねえか」

 

そして、その後ろのメンバーを見る。

 

「……何の集団だ?」

「グラビアアイドル部」

 

長谷部が答えると、須藤が完全に固まった。

 

「は?」

「いや、だからグラビアアイドル部」

「待て待て待て待て」

 

須藤は頭を抱えた。

 

「何そのパワーワード」

 

三宅が笑いを堪えている。

幸村は真顔だった。

須藤はしばらく混乱していたが、最終的には、

 

「まあいいや!やるなら走れ!」

 

で全部押し切った。

そこから地獄が始まった。

 

「きっつ……!」

 

長谷部は開始十分で息が上がった。

 

体育館を走る。

止まる。

また走る。

 

須藤は容赦がなかった。

 

「止まんな!」

「いや無理だって!」

 

長谷部が叫ぶ。

一之瀬は意外と普通についていっている。

松下もフォームが綺麗だった。

櫛田はできる風を維持しようとしていたが、途中から明らかに息が乱れていた。

 

「はぁ……っ、はぁ……」

「櫛田、顔作れてないぞ」

 

三宅が笑う。

 

「ちょっと、今それ言う……!?」

 

珍しく櫛田が本気で疲れている。

その様子に、長谷部は少しだけ笑ってしまった。

須藤はそんな彼女たちを見ながら言う。

 

「お前ら、姿勢は悪くねえのに身体の使い方が下手なんだよ」

 

長谷部が息を切らしながら聞き返す。

 

「どういう意味……」

「変に力入ってる」

 

須藤は実際に長谷部の肩を軽く押した。

 

「ここ固ぇ」

 

長谷部は少し驚く。

 

「……ほんとだ」

「力抜けって。動きづらいだろ」

 

その言葉は、思った以上に胸へ残った。

 

力を抜く。

 

それは最近、三宅にも何度も言われていた。

 

カメラの前でも。

姿勢でも。

表情でも。

 

長谷部はずっと、無意識に力を入れて生きてきたのかもしれない。

 

その後。

 

軽いシュート練習になった。

須藤は普通に上手かった。

フォームが綺麗で、動きに迷いがない。

長谷部はそれを見ながら、少し感心する。

 

「須藤くんって、バスケしてる時ほんと別人みたい」

「なんだそれ」

「いや、なんかちゃんとしてる」

「普段はちゃんとしてねえみたいに言うな!」

 

体育館に笑いが広がる。

 

一之瀬も笑っていた。

松下も肩を揺らしている。

そして長谷部は気付く。

 

今、自分は身体を見られるものとして意識していない。

 

ただ動いている。

走っている。

息を切らしている。

 

それだけだった。

 

その感覚が少し新鮮だった。

 

休憩中。

長谷部は壁際へ座り込む。

 

「無理……足死ぬ……」

「体力なさすぎだろ」

 

須藤が呆れる。

 

「うるさいなぁ……」

 

長谷部は息を整えながら天井を見る。

 

体育館の照明が眩しい。

汗で少し髪が張り付いている。

でも、不思議と嫌じゃなかった。

 

三宅が隣へ座る。

 

「どうだった?」

 

長谷部は少し考える。

それから小さく言った。

 

「……なんか、変な感じ」

「変?」

「身体のこと考えなくて済んだ」

 

三宅は少しだけ目を細める。

長谷部は続けた。

 

「今まで、身体ってずっと見られるものだったんだよね」

「うん」

「でも、走ってる時ってそんなこと考えてる余裕ないっていうか」

 

長谷部は自分の手を見る。

 

「ただ動いてるだけでさ」

 

その言葉を聞きながら、三宅は静かに頷いた。

須藤が遠くから叫ぶ。

 

「おーい!休憩終わりだぞ!」

「鬼……」

 

長谷部が呟く。

 

でも、その顔は少しだけ笑っていた。

 

帰り道。

外の空気は冷たかった。

けれど、身体はまだ少し熱を持っている。

長谷部は歩きながら、自分の肩を軽く回した。

 

少し痛い。

でも嫌な疲れじゃない。

 

一之瀬が隣で笑う。

 

「なんか青春って感じだったね」

「筋肉痛確定だけどね……」

 

松下が苦笑する。

櫛田は少し不満そうだった。

 

「私、絶対明日動けない……」

「キョ……」

 

長谷部の口が止まる。

櫛田がこちらを見る。

長谷部は少しだけ視線を逸らした。

 

「……櫛田さん、体力なさすぎ」

 

言い直した。

 

でも。

 

ほんの一瞬だけ。

 

キョーちゃんが戻りかけた。

 

櫛田は気付いていた。

 

でも何も言わなかった。

 

ただ、少しだけ嬉しそうに笑った。

 

その帰り道。

長谷部はふと思う。

 

身体は、見られるためだけのものじゃない。

 

動くためのものでもある。

 

走るためのものでもある。

 

笑うためのものでもある。

 

そう考えると。

 

今まで少し嫌いだった自分の身体が、ほんの少しだけ遠くなくなった気がした。

 

 

三月に入っても、高度育成高等学校の朝はまだ冷える。

だが、二月までとは空気が少し違っていた。

 

風が柔らかい。

日差しが少し長い。

校舎の窓から差し込む光にも、冬の鋭さが少しずつ薄れてきている。

 

そんな昼休み。

 

グラビアアイドル部の仮部室――第三準備室では、珍しく静かな時間が流れていた。

 

長谷部波瑠加は机へ突っ伏しながら、小さく唸る。

 

「……筋肉痛まだ残ってる」

「そりゃあれだけ走ればな」

 

三宅明人が笑う。

 

須藤のバスケ部一日体験から数日。

 

女子陣はほぼ全滅だった。

特に長谷部と櫛田は酷い。

階段を降りるたびに顔をしかめるレベルで足へ来ている。

櫛田桔梗は椅子へ座ったまま、小さくため息を吐いた。

 

「本当に無理……脚が重い……」

「イキって最後まで走るからだよ」

 

長谷部が言う。

櫛田はじとっと睨む。

 

「長谷部さんも途中から負けず嫌い発動してたでしょ」

「……否定はしない」

 

松下千秋が苦笑した。

 

「でも、長谷部さんちょっと姿勢良くなった気がする」

「え?」

 

長谷部が顔を上げる。

松下は自然な口調で続けた。

 

「昨日から肩の位置が少し変わったのよね」

 

その言葉に、一之瀬帆波も頷いた。

 

「うん。前より縮こまってない感じする」

 

長谷部は少し戸惑う。

自分ではよく分からない。

でも確かに、バスケをしていた時は、自分の身体を隠すものとして考えていなかった。

 

ただ走って。

動いて。

疲れて。

それだけだった。

 

その感覚が、まだ身体のどこかへ残っている気がする。

 

その時だった。

 

コンコン。

 

控えめなノック音。

部室の空気が少し止まる。

 

「はいはーい」

 

星之宮知恵が返事をする。

 

扉がゆっくり開いた。

 

そこに立っていたのは、椎名ひよりだった。

 

部室の空気が一瞬、静かになる。

 

ひよりはいつものように穏やかな表情で、小さく頭を下げた。

 

「突然すみません」

 

長谷部が少し驚く。

 

「椎名さん?」

 

ひよりは静かに部室を見回した。

 

机。

カメラ。

雑誌。

照明。

 

そして、壁に貼られた活動予定。

その全部を見てから、小さく微笑む。

 

「最近、楽しそうな部活ができたと聞きまして」

「誰情報?」

 

三宅が聞く。

ひよりは少し考える。

 

「龍園くんです」

「なんで龍園くんが知ってんの!?」

 

長谷部が思わず声を上げる。

 

ひよりは困ったように笑った。

 

「変な部活ができてると言っていました」

「言い方!」

 

部室に笑いが広がる。

 

ひよりはその空気を見ながら、少しだけ安心したように目を細めた。

 

長谷部は改めてひよりを見る。

相変わらず、静かな人だと思った。

いるだけで空気が落ち着く。

騒がしさを吸い取るみたいに。

 

星之宮が楽しそうに言う。

 

「で?今日はどうしたの?」

 

ひよりは少しだけ迷うように視線を下げた。

 

それから、静かに口を開く。

 

「皆さん、最近ずっと見られることについて考えているようでしたので」

 

長谷部たちは少し黙る。

確かにそうだった。

 

見られる。

見せる。

撮られる。

評価される。

 

この部活が始まってから、ずっと考えている。

 

ひよりは続けた。

 

「時々、見られない時間も必要かもしれないと思いまして」

 

その言葉に、長谷部は少し反応する。

 

見られない時間。

 

ひよりは小さく微笑んだ。

 

「もしよければ、茶道部へ来ませんか?」

 

数秒。

 

部室が止まった。

 

そして。

 

「茶道部?」

 

長谷部が聞き返す。

 

ひよりは頷く。

 

「はい。一日だけでも」

 

星之宮が真っ先に反応した。

 

「面白そう!」

「ほしみー、反応が軽い」

「でも良くない?静かな時間って」

 

松下も興味深そうだった。

 

一之瀬も柔らかく笑う。

 

「ひよりちゃんのところ、落ち着きそう」

 

櫛田は少し困った顔をする。

 

「正座とかあるよね?」

「あります」

「終わった……」

 

部室に小さな笑いが広がった。

 

結局。

その日の活動は、茶道部一日体験になった。

 

茶道部の部室は、特別棟のさらに奥にあった。

第三準備室とは空気がまるで違う。

 

静か。

落ち着いている。

畳の匂い。

障子越しの柔らかい光。

部屋へ入った瞬間、長谷部は思わず声を落とした。

 

「……なんか、空気違う」

 

ひよりは静かに頷く。

 

「茶室は、そういう場所ですから」

 

いつもの部室みたいに騒ぐ空気にはならない。

 

自然と声が小さくなる。

自然と背筋が伸びる。

それが少し不思議だった。

 

「では、まず座ってみてください」

 

ひよりが言う。

長谷部たちは恐る恐る正座する。

 

数秒後。

 

「無理」

 

長谷部が即座に言った。

 

「早いですね」

 

ひよりが小さく笑う。

 

櫛田も限界そうだった。

 

「待って、足の感覚消えそう……」

「まだ一分も経ってない」

 

三宅が笑う。

 

「男子は黙ってて!」

 

長谷部が即座に返す。

一之瀬は意外と綺麗に座っていた。

松下も自然だった。

星之宮だけ妙に慣れている。

 

「ほしみーなんで普通にできるの」

「昔ちょっと習ってたのよ」

「万能か……」

 

長谷部は呻きながら足を押さえる。

 

だが。

 

不思議と嫌な空気ではなかった。

 

静か。

誰も急かさない。

誰も見ていない。

 

いや、正確には見られてはいる。

 

でも、評価する視線ではない。

 

どう見えるか。

どう映るか。

 

そんなことを考えなくていい空気。

それが長谷部には少し新鮮だった。

 

ひよりが静かに茶を点て始める。

その動きは、驚くほど滑らかだった。

無駄がない。

でも機械的ではない。

 

静かな所作。

 

長谷部は思わず見入ってしまう。

 

「……綺麗」

 

気付けば呟いていた。

ひよりは少し驚いたように目を瞬かせる。

 

「ありがとうございます」

 

長谷部は視線を落とす。

今、自分は初めて、見せるとは違う綺麗さを見ている気がした。

 

茶道には、派手さはない。

目立つポーズもない。

でも、所作一つ一つに空気がある。

 

呼吸がある。

整えられた静けさがある。

 

やがて、ひよりが静かに茶碗を差し出した。

 

「どうぞ」

 

長谷部は少し緊張しながら茶碗を受け取る。

思ったより温かい。

両手で持つと、掌へじんわり熱が伝わってきた。

 

「こういうの、ちゃんと飲んだことないかも……」

 

長谷部が小さく呟く。

ひよりは柔らかく微笑んだ。

 

「作法は気にしすぎなくて大丈夫ですよ」

 

長谷部は恐る恐る茶を口へ運ぶ。

その瞬間。

 

「苦……っ」

 

思わず顔をしかめた。

部屋の空気が少し揺れる。

三宅が吹き出した。

 

「顔分かりやすすぎだろ」

「いや無理でしょこれ……めちゃくちゃ苦いんだけど!」

 

長谷部が本気で困惑する。

その隣で、一之瀬は静かに茶を飲んでいた。

 

「でも、美味しいね」

 

穏やかな声。

松下も小さく頷く。

 

「うん。落ち着く感じする」

「えぇ……ほんとに?」

 

長谷部は信じられないものを見る顔をした。

 

櫛田も恐る恐る飲む。

そして微妙な顔になる。

 

「……あ、いや、でも確かに雰囲気込みなら……」

「今ちょっと無理したでしょ」

 

長谷部が即座に突っ込む。

櫛田は少しだけ笑った。

 

「長谷部さんほど顔に出してないだけ」

「いや絶対苦いってこれ……」

 

そのやり取りを見ながら、ひよりが小さく笑う。

 

「最初は皆さんそう言います」

 

静かな茶室。

畳の匂い。

湯気。

 

女子たちの小さな笑い声。

その空気の中で、長谷部はふと気付く。

今、自分は誰からどう見られているかを、ほとんど気にしていない。

 

それが少しだけ、不思議で。

少しだけ心地良かった。

 

ひよりが静かに言う。

 

「茶道は、綺麗に見せるためだけのものではありません」

 

長谷部は顔を上げる。

ひよりは続けた。

 

「自分を落ち着かせるための所作でもあります」

 

その言葉が、長谷部の胸へ静かに落ちる。

 

自分を落ち着かせる。

 

最近の自分は、どう見えるかばかり考えていた気がした。

 

身体。

姿勢。

写真。

視線。

 

でもここでは違う。

 

ただ座る。

呼吸する。

茶を飲む。

それだけだった。

 

長谷部は小さく息を吐く。

その時。

 

「……痛っ」

 

隣で櫛田が小さく呻いた。

どうやら足が限界らしい。

長谷部は思わず吹き出す。

 

「キョ――」

 

口が止まる。

櫛田がこちらを見る。

長谷部も止まる。

 

ほんの一瞬。

空気が静かになる。

 

長谷部は少しだけ目を逸らした。

 

「……櫛田さん、顔やばい」

 

誤魔化した。

 

でも。

 

今度は、完全にキョーちゃんが出かけていた。

 

櫛田は気付いていた。

けれど何も言わない。

ただ、少しだけ嬉しそうに笑った。

 

その笑顔を見て、長谷部の胸が少しだけざわつく。

 

戻りたいわけじゃない。

 

全部を許したわけでもない。

 

でも。

 

完全に切れてしまったわけでもない。

 

そんな曖昧な感情が、今の二人の間にはあった。

 

茶道体験が終わる頃には、全員ぐったりしていた。

特に長谷部と櫛田は、立ち上がる時に本気で呻いている。

 

「足……死ぬ……」

「これ撮影よりキツくないか?」

 

三宅が笑う。

 

「運動部より静かな地獄だったな」

 

幸村が珍しく同意した。

 

だが。

部屋を出る頃には、不思議と気持ちは軽くなっていた。

 

帰り道。

夕方の校舎を歩きながら、長谷部はふと呟く。

 

「……なんか、久しぶりに何も考えてなかったかも」

 

一之瀬が隣で笑う。

 

「分かるかも」

 

松下も頷いた。

 

「見られることを考えなくていい時間って、意外と大事なんだよね」

 

長谷部は少し空を見る。

夕焼けが薄く広がっていた。

 

グラビアアイドル部。

 

最初は、佐倉愛里が見ていた世界を知りたかった。

 

でも今は、それだけじゃなくなっている。

 

身体をどう見るか。

どう見せるか。

どう受け入れるか。

 

そして。

 

どう力を抜くか。

その全部を、少しずつ学んでいる気がした。

 

長谷部は静かに息を吐く。

 

「……茶道って、意外と悪くないね」

 

ひよりは少しだけ微笑んだ。

 

「またいつでもどうぞ」

 

その穏やかな声を聞きながら、長谷部は小さく思う。

 

自分にはまだ知らない世界がたくさんある。

 

でも。

 

それを知りたいと思えるようになったこと自体が、

少しだけ前に進んでいる証拠なのかもしれなかった。




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