記憶とは何か。
そして、
当たり前だと思っていた日常は、
本当に当たり前なのだろうか。
図書館へ通い続ける高校生・三条時定は、
ある日を境に、
忘れていたはずの過去と再び向き合う事になる。
人気漫画家、その編集者、海洋学者、謎の兄弟等、
様々な住民が済む杜王町・・・三条時定、
彼も住人の1人として杜王町で静かに時を刻むのであった・・・
1999年 春。
杜王町町立図書館。
午後4時。
閉館まで残り二時間。
その日も、一人の高校生が閲覧席に座っていた。
制服姿。
机の上には積み上げられた専門書。
脳科学。
法医学。
毒物学。
心理学。
高校生が読むには妙に偏った本ばかりだった。
ページを捲る。
ペンを走らせる。
またページを捲る。
図書館の司書達は彼を知っていた。
二年前から。
平日になると必ず現れる。
放課後になると必ず来る。
閉館時間まで必ず残る。
ついたネームは【図書館の住人】
そう呼ばれる少年。
名は「三条時定」
時定の視線が一冊の本へ落ちる。
『人間の脳は死の直前、時間感覚が大きく引き延ばされる場合がある』
時定の口元が僅かに緩んだ。
「実に面白い」
小さく呟く。
「興味しかない」
そんな日々が続いた
そんなある日・・・
時定は返却棚へ視線を向けた。
その中に見慣れない背表紙を見つける。
手を伸ばす。
『海洋環境の変化と今後の予想』
「お」
小さく声が漏れた。
比較的新しい書籍だった。
席へ戻る。
ページを開く。
海岸線の比較写真。
数十年前の海洋データ。
水温変化。
生態系の推移。
グラフ。
解析結果。
予測モデル。
時定の目が細くなる。
ページを捲る速度が次第に速くなっていく。
そして止まる。
また読み返す。
さらに別のページへ進む。
気付けば周囲の音は消えていた。
司書が本を整理する音も。
時計の針の音も。
何も聞こえない。
時定は本の中へ没頭していた。
環境の変化。
生物への影響。
長期間の観測。
蓄積された膨大なデータ。
「なるほど……」
小さく呟く。
「実に面白い」
気付けば閉館を知らせる館内放送が流れていた。
時定は顔を上げる。
時計を見る。
閉館五分前だった。
「また続きは明日だな」
名残惜しそうにページを閉じる。
書籍を本棚へ戻した。
そして図書館を後にする。
外へ出る。
西日が強かった。
時定は手をかざす。
夕陽が指の隙間から漏れる。
赤く染まった空を見上げながら、
彼は無意識に考えていた。
人間もまた、
環境によって変化する生き物なのだろうかと。
翌日。
時定はいつものように学校を出た。
向かう先は図書館。
二年間変わらない日課だった。
駅前の通りへ出た時だった。
バス停に五人の男がいた。
全員私服。
制服ではない。
年齢は十八から二十代前半。
煙草。
大声。
路上に座る者が二人。
立っている者が三人。
そして周囲の通行人が少し距離を取って歩いている。
時定は一瞬だけ視線を向けた。
(関わらない方が良い)
即座に判断する。
足早に通り過ぎる。
その時だった。
「おい!兄ちゃん!」
背後から声が飛んだ。
時定は目を閉じる。
(あっ)
嫌な予感がした。
(俺じゃないよな?!)
歩く速度を少しだけ上げる。
「おい!」
「そこのお前!!逃げるな!」
(やっぱり俺か・・・)
時定は心の中でため息を吐いた。
(頼むから絡まないでくれ・・・)
(図書館に行きたいんだ。)
しかし願いは叶わなかった。
「お前ー虹村形兆って男を知ってるか?」
その名前を聞いた瞬間。
時定の足が止まる。
「同じ高校だろ?」
「呼んで来いよ!」
「ちょっと話があるだけだからさぁ~」
時定は男達を見る。
五人。
煙草。
酒の臭い。
瞳孔の開き方。
態度。
全員素人ではない。
少なくとも喧嘩慣れしている。
面倒な相手だった。
「知りません」
時定は答える。
「急いでいるので」
「他の人に聞いてください」
出来るだけ丁寧に。
出来るだけ刺激しないように。
そして歩き出そうとした。
だが。
肩に強い力が加わる。
リーダー格らしい男の手だった。
「おいおい!」
「無視するんじゃねーよ!!」
時定は心の中で天を仰いだ。
(あーーー……)
(面倒臭い)
振り返る。
その間に残りの四人が動く。
右。
左。
後ろ。
前方。
いつの間にか逃げ道が塞がれていた。
(あーーー……)
(面倒臭い)
時定は心の中で呟いた。
逃げ道は無い。
既に、五人に囲まれている。
しかも、相手は虹村形兆を探している。
説明するのも面倒だ。
関わるのも面倒だ。
殴られるのはもっと面倒だ。
時定は小さく息を吐く。
「仕方ないか……」
誰にも聞こえない程の声。
そして。
静かに呟いた。
「リワインド・ゼロ」(Rewind Zero)巻き戻る時間 原点回帰的な意味
その瞬間。
世界が軋んだ。
五人の男。
通行人。
走る自転車。
道路を進む自動車。
空を飛ぶ鳥。
遠くの列車。
全てが。
三秒前へ戻る。
音が逆再生される。
煙が戻る。
足が戻る。
言葉が戻る。
世界だけが巻き戻っていく。
ただ一人。
三条時定だけを残して。
そして。
時定は三秒後に起こる未来を知ったまま、
静かに一歩横へ移動した。
時定は男が持っていたタバコを、相手のシャツの中に入れ込んだ・・・
そして歩いて数メートルの距離をとった。
3・2・1・・・0
3秒の時間が巻き戻った瞬間・・・
「え!?」「はあ??」「何処に行った??」「ぎゃああ熱い!熱い!!」
シャツの中が燃えている・・・
5人がそれそれの顔を見渡す。そして焦る。戸惑う。悲鳴を上げる。・・・
追ってはこない。
時定は始めから5人を痛めつける気や、
正義の味方として、バス停の治安を守るつもりも無い・・・
数メートルに渡り、五人の悲鳴が聞こえる。
だが時定は振り返らない。
興味が無かった。
彼らが火傷しようが。
喧嘩を始めようが。
警察を呼ぼうが。
どうでも良かった。
時定は腕時計を見る。
午後4時12分。
「五十秒」 小さく呟く。
たった五十秒。
だが時定にとっては違った。
人間の寿命は有限だ。
時間は失えば戻らない。
一秒。 十秒。 三十秒。 五十秒・・・
それは命そのものだった。
次の信号を見る。
信号は点滅している。
あと数秒で赤になる。
(声を掛けられた)
(囲まれた)
(五十秒失った)
(無駄だ・・・実に無駄だ)
そう思った。
五人の男達より。
火傷より、喧嘩より。
失われた五十秒の方が重要だった。
時定は再び歩き出す。
向かう先は図書館。
昨日読み終えられなかった。
『海洋環境の変化と今後の予想』 あの書籍の続きを読むために。
まだ背後から悲鳴は聞こえる。
だが振り返らない。
時定にとって重要なのは、 五人の男達ではない。
五十秒でもない。
まだ知らない興味への答えだった。
図書館へ向かう足取りだけが、 少しだけ早くなっていた――。
図書館が閉館時間となり時定は家路に着く
帰宅してた時定は、靴を脱ぎながら、
「ただいま」と母に告げる
母親がリビングから出て来て
「時定、おかえり」
「今日も図書館?」 と軽く話しかける
「うん」
母親は少し呆れながら
「好きねぇ」
時定は少し考えた。
「
好きというより、知らない事が多いだけさ、」
母親は少し笑った。
それを見て時定も少しだけ笑い、
制服を脱ぐために自分の部屋に向かう為に階段を登った。
母親は、階段を登る時定の背中を見て、何かを言いかける。
しかし言葉は出ない。
その表情は、どこか寂しそうにも見えた。
時定は気付かなかった。
第一章 終
先ずは、沢山の良質、極上な小説の中から、
選んでいただき感謝申し上げます。
そして、第一章を読んでいただき、ありがとうございました。
この後
第二章、三章・・・と続きます。
毎週、各1章か2章くらいのスピードで、アップしていきます。
初めての小説デビューなので、出来るだけたくさんの方に読んでいただき、
感想や、コメント。
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