俺の彼女は幻かもしれない   作:Melolololon

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第1章 目覚め 前半

 六月の中旬のある日。

 受験勉強が原因で、意識を失った。

 

 

 

 

 

「はっ......!」

 

 目が覚めた。

 目の前には見慣れない白い天井。

 蛍光灯の光が俺の目を刺激し、うまく目を開けられない。

 

 半目で周囲を確認すると、一人の見知った女の子の顔が見えた。

 短髪の黒い髪の女の子だ。

 

「......っ! 目が覚めた!」

 

「な.....なせ......?」

 

 目の前の少女は、おそらく同級生の西森七瀬だ。

 

「大丈夫......!? 自分の名前とか、覚えていることを言って!」

 

「覚えていること......」

 

 俺は、ぐちゃぐちゃな思考を整理し、情報をかき集めていく。

 

「高凪正道......。一三歳......」

 

 そう、俺は中学二年生の高凪正道。

 確か、受験勉強をしてて、それで......。

 

 そこからの記憶はなかった。

 

「なぁ七瀬......。俺は一体、どうしたんだ......?」

 

 俺は自分の状況を知るために、七瀬から話を聞こうとした。

 しかし、気が付いたら七瀬は居なくなっていた。

 記憶の整理をしている間にどこかへ行ってしまったようだ。

 

 

 それから数分後、体を起こせそうになった俺は、起き上がった。

 どうやらここは個室の病室で、俺はベッドに横になっていたようだ。

 あまり広くない白い壁、白い天井、黄色寄りのクリーム色の床の六畳ほどの病室。

 

 唯一ある窓から外を見ると、外は森が続いていた。

 木に隠れつつも少しだけ見える空は、夕焼けで真っ赤になっていた。

 病室の壁に掛けられている時計を見ると、時刻は午後六時を過ぎていた。

 

 腕には針が刺されたと思われる跡があった。

 おそらく、寝ている間に点滴をされたのだろう。

 

 状況整理をしていると、七瀬と医師が部屋に入ってきた。

 

「あっ! 正道! 安静にしてないと! 起きないで寝てて!」

 

 七瀬は俺に駆け寄り、俺の体を横にした。

 

「なぁ七瀬......。俺は一体......」

 

「その件については、私からお話しましょう。あ、ちなみに私は藤波と言います。よろしくね」

 

 藤波という名の医師が眼鏡をクイッっと指で動かしながら言う。

 

「正道くん。君は、受験勉強のストレスで倒れてしまったんだ。それで、ここに運ばれた」

 

「受験勉強......」

 

 そうだ、思い出した。

 俺はこの田舎から出るために、高校の受験勉強をしていた。

 つまらない田舎からいち早く出るために、死にそうになるくらい必死に。

 

「思い出しました......」

 

「そうか、よかった」

 

「本当に良かったよ!」

 

 七瀬は俺に抱き着いてきた。

 

「お、おいよせよ......。心配してくれるのは嬉しいが、俺たちそんな仲じゃないだろ......」

 

「あ、そうだね......。ごめん......」

 

 少しへこみながら離れる七瀬。

 

「ごほん......」

 

 藤波さんが咳払いをする。

 

「二人で色々話をしたいと思うが、私から伝えたいことがある。聞いてくれるか?」

 

「は、はい......」

 

 それから、今後の生活に関する話が始まった。

 

「まず、当分はこの診療所で安静にしながら生活してもらう。そして、私が問題ないと判断したら、退院して今まで通り学校に通ってもらっていい」

 

 藤波さんからの説明は簡素なものだった。

 

「私もお見舞いに来るから! 慣れない生活が続いて大変かもしれないけど、私も手伝いにくるから頑張ろうね!」

 

 七瀬は俺を励ますためか、そう言った。

 

「じゃ、私はこれで。君も明日早いのだろ? もう遅いし、帰りなさい」

 

 藤波さんは七瀬に帰るよう促すと、病室から出て行った。

 

「じゃ、じゃあね。正道」

 

 七瀬は俺のことを心配そうな顔で見つめつつ、藤波さんの後に続いて出て行った。

 

「七瀬......」

 

 俺は疑問に思っていた。

 

「俺と七瀬って、そんなに仲が良い関係だったっけ......?」

 

 同じ学校、同じ教室で一緒に過ごしているはずだが、話すほどの仲では無かったはずだ。

 俺は気になったが、気を失い、倒れた身だ。

 少し、記憶が混在しているのかもしれない。

 これ以上考えても無駄だと思った俺は、考えるのを止めた。

 

 

 それから、俺の入院生活は続いた。

 味の薄い診療所の食事、娯楽はテレビのみ、定期的な検査。

 

 正直、最悪だった。

 大切な時間を、こんな診療所で過ごしたくないと感じた。

 いや、こんな場所で過ごしていてはいけないと、強く思っていた。

 

 そんな俺の元に、七瀬が何度もお見舞いに来てくれた。

 学校であったことや、勉強したことを教えてくれる。

 他愛もない会話だが、そのおかげで、最悪な時間がかなりマシになっていた。

 

 それと、両親も毎日お見舞いに来てくれた。

 だが、俺が倒れたのがショックだったのか、それとも、体調が悪そうだからと気を使っているのか、会話がはずむことはなかった。

 

 

 

 

 

 そして、一週間ほど経過した頃に、俺に転機が起きた。

 学校終わりの七瀬が、笑顔で俺に話しかけてきた。

 

「ねぇ正道! さっき藤波さんから聞いたんだけど、三日後に退院していいってよ!」

 

「本当か!?」

 

 その言葉を聞き、俺は嬉しくなった。

 ついに、この退屈な入院生活から解放されるのだ。

 

「ただ、まだ一人で生活させるわけにはいかないから、通学から帰宅まで私が同伴することが条件だけど......」

 

「いや、嬉しいよ! でもさ......」

 

「ん?」

 

「それじゃあ七瀬に迷惑かかるんじゃ......」

 

 俺はそれを不安視していた。

 だが、そんな不安を聞いた七瀬は笑顔になる。

 

「全然気にしてないよ! むしろ、一緒にいれて嬉しいし!」

 

 七瀬が俺の手を掴み、じっと見てくる。

 

「これからよろしくね!」

 

 そして、満面の笑みでそう言った。

 

「お、おう......」

 

 俺はあまりの押しに少しどもってしまった。

 何故、七瀬はここまで良くしてくれるのだろう。

 距離の詰め方が急すぎて、少し怖くなる俺だった。

 

 

 三日後、藤波さんによる検査が行われ、問題無いと判断された。

 定期的に検診を受けに来なければいけないが、入院生活とは完全におさらばだ。

 俺は、両親が持ってきた服に着替えて家に帰宅した。

 

 

 

 俺は母さんに車で送られ、家に帰ってきた。

 築三十年のボロい家だ。

 

「診療所のご飯の味、薄かったでしょ? ご飯用意して冷蔵庫に入れてあるから、久しぶりに味のあるご飯を楽しみなさい」

 

 車から降りる直前、母さんにそう言われる。

 俺は家に上がり、台所へ向かった。

 

 冷蔵庫を開けると、俺の皿に料理が盛られ、ラップがかけられた状態で置かれていた。

 レンジで温め、その間に箸の準備をする。

 

 「いただきます」

 

 台所に入ってきた母親にいただきますと言い、食事を始めた。

 本日の献立は野菜炒めだった。

 野菜炒めに手を付ける前に、みそ汁を一口飲む。

 

 「......美味い」

 

 診療所のみそ汁は味が薄かったので、家のみそ汁がとても美味く感じた。

 食欲をそそられた俺は、すぐに夕食を平らげてしまった。

 

 

 食事を終えた俺は、風呂に入った。

 湯船に浸かりながら、全身の力を抜き、リラックスする。

 

「はぁ......。やっと普通の生活ができるな......」

 

 入院生活が終わり、明日から普通の生活ができることが嬉しくて仕方がなかった。

 

「よし、明日から勉強頑張るぞ」

 

 俺は頬を軽く叩き、気合いを入れた。

 

 湯船から出て、脱衣所に移動し、花柄のタオルで体を拭く。

 少し可愛らしい、俺のタオルである。

 拭き終わった後は、トランクス、パジャマのズボン、服の順で着替えていく。

 

「よし」

 

 着替え終えた俺は、自室に直行した。

 

 自室に入った俺は、明日に備えてすぐに寝ることにした。

 部屋の電気を消し、ベッドに寝転がる。

 

「うーん。少しスースーするような......」

 

 入院中の下着が診療所で用意されていたブリーフで、久しぶりにトランクスを履いたせいか、少しだけ気になって寝付けなかった。

 そのため、これからのことを少し考えてみることにした。

 

「そういえば、七瀬が家に来てくれるのか......」

 

 まだ不安があるということで、通学から下校まで常に七瀬の付き添いが必須となる。

 少し過剰なような気もするが、気を失ったことがあるので、心配されているのだろう。

 

「なんで七瀬はこんなに俺のことを気にしてくれるんだろうな......。もしかして......」

 

 もしかして、七瀬は俺のことが好きなのではないかと思った。

 それで、今回の入院が話すきっかけになると思い、お見舞いに来たとか。

 

「って、何考えてるんだ俺は......」

 

 同級生の妄想をして少し恥ずかしくなってしまった。

 だが、なんだかんだ色々なことを考えてしまい、気が付いた時には寝てしまった。

 

 

 次の日の朝。

 俺は準備を済ませる。

 途中、インターホンが鳴ったため、準備のペースを上げた。

 

「おはよー。よく眠れた?」

 

「んー、まあまあかな......」

 

 俺と七瀬が話していると、母さんが割り込んできた。

 

「......七瀬ちゃん。正道のことをよろしくね」

 

「はい! 任せてください!」

 

「じゃ、いってくるよ」

 

 俺は母さんにそう言い、玄関のドアを開けて外に出た。

 

 

 目の前は土の道、畑、林。

 いつも見慣れていた光景だが、久しぶりに家から出たせいか、懐かしく感じた。

 

「じゃ、行こうか!」

 

 七瀬は俺の前に手を出す。

 

「な、なんで手を繋がないといけないんだよ」

 

「だって、途中で倒れたりしたら危ないでしょ」

 

「でも、手を繋ぐのは恥ずかしい......」

 

「いいじゃん! どうせ家から学校まで人なんてほとんどいないんだし!」

 

 そう言われ、無理やり手を繋がれた。

 そして、七瀬が先に進む形で学校に向かうことになった。

 

 

 いつもは学校に行くために、使われていない畑や林、数軒の家しか存在しない退屈な道を、三十分かけて一人で歩いていた。

 だが、今日は違う。

 七瀬がいるので、退屈することはなかった。

 

 今日は霧が発生しており、遠くの景色は見えなかった。

 だが、そんな風景も幻想的で、美しかった。

 

「霧......。霧かぁ.....」

 

 七瀬が突然つぶやき始めた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「私たちの人生もさ、霧が発生した今みたいに、先が見えないよね」

 

「なんだよ突然」

 

「いや、霧を見てたら、ふと思って......。今は学校っていうはっきりした目標があるから進めるけど、人生でも今日みたいに進んでいけるかなぁって......」

 

「......でもさ、将来の夢とかはあるだろ? だったら、それを目標にして歩けば進んでいけるんじゃないか?」

 

 俺は、少し考え、それっぽいことを言ってみた。

 

「あー。確かに......。じゃあ安心だね!」

 

「安心ってわけではないと思うけど......。ちなみに、七瀬の夢って何だ?」

 

 何となく七瀬に聞いてみた。

 

「......笑わない?」

 

「......内容による」

 

「......実は私ね。将来演劇の役者になって食っていきたいんだ」

 

「演劇ねぇ......。大変なんじゃないのか? 演技の練習は勿論、体力を付けたりもしないといけないし......」

 

「うん......。でも、どうしてもなりたいんだ。演者として有名になって、この地元を人気にしたい」

 

 七瀬は少し恥ずかしそうに言った。

 

「七瀬、いいやつなんだな。しかも、ちゃんと将来も考えてて......」

 

「そう?」

 

「俺なんて、とりあえず勉強してここから出ていくことしか考えてなかったし......」

 

 だからこそ、中学二年生の今から必死に勉強して偏差値が高い高校へ合格し、それと引き換えにこの田舎を出るつもりだったのだ。

 自分を育ててくれた田舎を捨てようとしている自分と比較すると、七瀬はとてもいいやつだ。

 

「ちなみに、演劇の練習ってしてるのか?」

 

「実はちょっと......」

 

「へぇ。うまくなったら見せてくれよ」

 

「うん......!」

 

 こんな感じで他愛もない会話をしていると、気が付いた頃には学校の前までたどり着いていた。

 

「学校も久しぶりだなぁ......」

 

 木製で一階建ての校舎を眺めながら言う。

 

「そういえば、俺がいない間お前一人だったんだろ? 寂しくなかったのか?」

 

 この地域は過疎化が進み、中学生以下は俺と七瀬しかいなかった。

 そのため、俺が入院している間は、先生と七瀬の一対一の授業、そして、一人で寂しい休み時間を送っていただろう。

 

「流石に私のことを不憫に思ったのか、先生がずっといてくれたよ。それに、正道がいた時だって全然話してなかったから、先生がいなかったとしても全く問題なかったと思うよ。多分」

 

「......言われてみればそうだな」

 

「でも、いないよりはいた方がいいからね。正道が来てくれて嬉しいよ」

 

「はは、そう言われると照れるな......」

 

 俺は無意識に頭を手で掻いた。

 

「今までは恥ずかしくて話しかけられなかったけどさ。私たちも仲良くなったわけだし、これからはいっぱいお話しようね!」

 

 七瀬はニコッと笑う。

 その顔を見て、俺の鼓動が少しだけ早くなった。

 

 

 

 学校に入り、玄関で上履きに履き替える。

 俺と七瀬しかいない、静かな校舎を、足音を鳴らしながら歩いていく。

 

 小さな建物なので、下駄箱から二十歩ほど歩いたら教室に到着だ。

 教室の扉には四角い大きな窓が付いており、扉を開けようとすると先生の姿が確認できた。

 

「坂月先生。おはようございます」

 

「おはようございまーす!」

 

 俺は扉を開け、席がたった二席しかない教室に入る。

 

「あっ......。えっと、その......」

 

 俺たちに挨拶された坂月先生は、あたふたし始めた。

 

「お、おはようございます。その......。正道くん。体の方は大丈夫なの?」

 

「大丈夫ですよ。実際、登校できましたし......。それより坂月先生。さっきの慌てっぷりは何だったんですか?」

 

 気になった俺は、先生に質問する。

 

「あー......。実は、久しぶりだからどう挨拶すればいいかなって思ってたら、いきなり来たもんで......。えへへ」

 

 坂月先生が照れる。

 

「もう......。別にいつも通りでいいじゃないですか」

 

「えへへ。確かにそうね......。先生、気にしすぎだったみたい」

 

 俺たちが話していると、チャイムが鳴った。

 朝会開始の五分前のチャイムだ。

 

「あ、チャイムが鳴ったから。お話は終わりにして、準備しましょう」

 

 先生はそう言うと、俺たちを机に座るよう促した。

 

 

 それから、三人だけの教室で授業が始まり、一時間目、二時間目と授業が進んでいき、時間が過ぎていく。

 そして、四時間目の授業が開始した。

 四時間目は国語の授業だった

 

「それじゃあ、えーっと......。七瀬ちゃん! この前の小テストを返すね!」

 

 坂月先生がテスト用紙を取り出し、七瀬は先生の前に近づく。

 

「......あれ? 先生。ここ、採点ミスしてますよ?」

 

 七瀬はテスト用紙を指差し、指摘する。

 

「え......? あ、あー! 本当だ! いやー、先生うっかりしてたなー」

 

 坂月先生は笑いながら言う。

 

「もう......! 先生、しっかりしてよー」

 

 七瀬もつられて笑い、笑顔を見せる。

 

 そんな二人の様子を見て、俺は思った。

 日常が戻ってきてよかったと。

 

「じゃあ、ここ修正して......。はい! どうぞ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 七瀬がテスト用紙を受け取ると、席に戻る。

 

「なぁ、結果はどうだったんだ?」

 

「えへへ......。実は、そんなに良くなくて......」

 

 七瀬が俺にテスト用紙を見せる。

 左上には、六十点と赤ペンで書かれていた。

 

「あれ? 七瀬っていつもこんな点数だったっけ?」

 

「だから、今回はあんまりだったんだって......! そのぉ、最近夜更かしばっかりしちゃって、ね?」

 

「......もしかして、俺のことを心配して......」

 

 俺は七瀬をおちょくる。

 

「そ、そんな訳ない! 違う! 違うって!」

 

 七瀬は顔を少し赤くし、照れながら言う。

 

「悪い悪い。冗談だって......」

 

「もう......」

 

「さあさあ、お話はそこまでにして、授業を再開しますよー」

 

 坂月先生が手を叩きながら俺たちに言う。

 

「そうだ。俺は難関校に合格しないといけないんだ。しっかり勉強をしないと......」

 

 入院生活のせいで目標を忘れかけていた俺は、意識を切り替える。

 そして、授業が終わるまではお互い話すことはなく、四時間目の授業を終えた。

 

 

 それから、給食、昼休みを終え、体育の時間となった。

 グラウンドに俺と七瀬は集合する。

 少し待つと、チャイムの音と共に坂月先生が校舎から姿を現す。

 

「正道くん。入院明けだから、無理しちゃダメだからね......?」

 

「心配ありがとうございます。でも、病院でリハビリをして体を動かしていたので、大丈夫だと思いますよ」

 

 俺はそう言い、心配する坂月先生を安心させる。

 

「じゃあ、準備運動を始めますね」

 

 坂月先生がポケットからスマホを取り出し、ラジオ体操の音声を再生した。

 俺たち三人では広すぎると感じるグラウンドの中心で、ラジオ体操をする。

 

「正道! 久しぶりの運動なんだから、しっかりと体を動かしときな!」

 

「言われなくてもわかってるよ!」

 

 俺はサボらず、真面目に準備運動に取り組む。

 すると、長かった入院生活に対し、思ったより体が動いた。

 

「おーいいねー! 体がなまって無さそうで良かったじゃん!」

 

「おう!」

 

 それから準備運動が終わり、短距離走をすることになった。

 短距離走は三ヶ月ぶりであり、全力で体を動かす運動はしていなかったので、いい記録が出るか少しだけ不安だった。

 

 俺と七瀬はスタートレーンに並び、合図を待つ。

 

「位置に付いて......。よーい、ドン!」

 

 坂月先生の合図と共に、俺と七瀬は走り出す。

 

「は、速い......!」

 

 俺は七瀬の足の速さに驚いた。

 

「いや、俺が遅いのか......?」

 

 俺の記憶では、七瀬はそこまで速くなかったはずだ。

 しかし、俺の体がなまりすぎているのか、七瀬が速く感じた。

 

「私の勝ちー!」

 

 ゴールラインを超えた七瀬が、両腕を上に挙げながら喜ぶ。

 俺は遅れてゴールし、息を切らす。

 

「えーっと、七瀬さんは自己ベストです!」

 

 七瀬は坂月先生がメモ帳に書いたタイムを見る。

 

「やったー!」

 

 七瀬は再び喜ぶ。

 俺も覗き込むように七瀬の記録を見ると、俺の記憶よりも一秒ほど速かった。

 

「えへへ......。自主練習した甲斐があったなぁ......!」

 

「自主練習......? あ、もしかして。演劇のための体力作りか?」

 

「実はね......! 走り込んでたから、成果が出たみたい!」

 

「そうか、良かったな」

 

「うん!」

 

 七瀬は笑顔で返事をする。

 それから、数本ほど走り、休憩を少し挟み、また数本走ると、体育の授業を終えた。

 そして、本日は五時間目で終わりなので、帰る準備をし、七瀬と共に学校を出た。

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