翌日、俺はいつも通り、一人で学校に登校した。
唯一の同級生が倒れて辛いと思うが、学校はちゃんと通ってほしいという母さんにお願いされたからだ。
帰りは母さんが迎えに来てくれて、そのまま診療所へ直行。
そして、七瀬の両親の説得となる。
日が窓から差し込む、朝の教室。
俺はぼーっとしながら、教室の窓の下枠に肘を付き、校庭を眺めていた。
昨日の夜、必ず説得をすると言ったはいいものの、俺の頭の中は不安でいっぱいだった。
自分の娘が倒れ、男だと思い込んでいる最中に、一時的とはいえそのことを受け入れさせろなんて、果たして受け入れてくれるのだろうか。
「......正道くん、大丈夫......? ......では、ないよね......」
ガラガラという音と共に入ってきた坂月先生は、俺のことを心配した。
「......そうだよね。......唯一のクラスメイトが入院して、寂しいもんね......」
「......坂月先生、七瀬の話って聞きました......?」
俺の背後に立っている坂月先生に、振り返らずに質問をする。
「......実は、何も知らなくて......」
「......七瀬、自分のことを俺だと思い込んでるんです......」
「え、えーっと......。どういうことかな......?」
先生は困惑した声で、俺に聞き返す。
「......目が覚めた七瀬は、自分のことを高凪正道だと、そして、俺のことを西森七瀬だと......」
坂月先生に状況を説明するも、返事がない。
当たり前だ。
いきなりこんなことを言われたって、返す言葉に困るに決まっている。
「......それで、心配を......?」
俺は振り返る。
後ろに立っている坂月先生は、困りつつも、俺のことを心配そうに見つめていた。
「......信じて、くれるんですね」
「......生徒を信じるのは、教員の役目ですから。それに......」
「それに......?」
「......私は正道くんの家族でもなんでもないけどさ。小学一年生の頃からずっと見てきたんだよ? 私だって、ある程度は分かりますよ。正道くんは、唯一のクラスメイトを思いやる、いい子だって。そんな子が、七瀬ちゃんの嘘を付くはずないって......」
「なっ......!」
俺の顔が、急に熱くなる。
多分、顔が真っ赤になってしまっているだろう。
「あっ! ご、ごめんなさい。別に、二人の関係が気になってたからとかじゃなくて、教員として、生徒のことは確認しないといけないから......」
「分かってますよ......」
俺はそう言いつつ、赤面を隠すために、再び窓から外を眺め始めた。
「......そういえば、七瀬さんのご両親はこのことを知ってるの?」
「......多分、まだ知らないかと......」
藤波先生が本当に俺の案に乗ってくれているのであれば、伝えていないと思う。
倒れてしまい、記憶や人格、認知がおかしくなっていると知れば、今日の夜を待たずに、七瀬に会いに行ってしまうからだ。
「......それで、正道くんは何かしてあげたいの? 七瀬ちゃんのこと、助けてあげたいと思っているとは思ってるんだけど......」
「......七瀬の精神状況が安定するまで、七瀬が安心する環境を作りたい。......七瀬のことを分かっている俺が、七瀬のフリをすればそれが可能に......。だけど、七瀬の親が......」
「......確かに、七瀬さんのご両親は受け入れがたいでしょうね......。自分の娘が倒れて、いきなり自分の子を正道くんとして接しろ、と言われても......。......それで、悩んでたのね......?」
俺は背を向けたまま頷く。
坂月先生の言う通りだ。
いきなり自分の娘を、男の正道として接しろと言われて、頷く親は少ないだろう。
「......ねぇ、先生も一緒に行っていいかな......? 七瀬さんが心配っていうのもあるんだけど......」
「俺は別に構いませんけど......。......放課後、母さんが車で迎えに来て、そのまま直行する予定です」
「......じゃあ、先生もそのまま向かうわ」
坂月先生が返事をした瞬間、教室にチャイムの音が響き渡った。
朝会の時間を知らせるチャイムだ。
「......七瀬さんのことが心配なのは分かるけど、チャイムが鳴っちゃったから、授業を始めましょうか......」
「......はい」
俺は自分の席に、坂月先生は教団へと向かった。
授業を終え、校門の前で坂月先生と二人で待つ。
時刻は午後四時。
空はまだ青く、セミの鳴き声が辺りに響き渡っている。
額から汗が垂れ、目に入る。
俺は手の甲で汗を拭う。
「正道くん、暑くない......? お母さんが着いたら呼んであげるから、校舎の中で休んでいたら......?」
「いえ、大丈夫です......」
汗でビショビショになった顔を、ひたすら拭いながら答えた。
この汗は、日光に晒されていることだけが原因ではない。
緊張による冷や汗が少し、いや、半分以上がそうかもしれない。
だからこそ、暑い夏の日に、体が震えているのかもしれない。
「......そういえば、坂月先生は先に行かないんですか? 車があるから、先に行けば......」
すると、坂月先生は少しだけ悲しそうな顔をした。
「......行けたら、いいんだけどね」
「......どういう意味ですか?」
「......先生の性格、知ってるでしょ? ......正道くんと同じで、緊張してるの......」
ということは、俺と話しをして気を紛らわせたいのだろうか。
だが、どうして坂月先生が緊張をしているのだろうか。
説得するのは、俺だというのに。
数分後、見覚えがある車が、未舗装の道を走って向かってくる。
「もしかして、あれがお母さんの車?」
「はい」
車は俺と坂月先生の前に停止すると、運転席に座っている母さんが窓を開けた。
「坂月先生......。いつもお世話になっております」
「あ、こちらこそ、いつもお世話になってます......」
お互い挨拶をし、お辞儀をする。
「もしかして、坂月先生もお見舞いに......?」
「はい......。私も担任として、七瀬さんの様態を把握したいと思いまして......」
それから、母さんと坂月先生は少しだけ七瀬の話をした後、坂月先生は自分の車へと向かっていった。
「それじゃあ正道、乗りなさい」
「うん......」
車のドアを開け、座席に座る。
扉を閉めたことを確認すると、母親は車を発進させた。
数十分後、診療所へと到着した。
俺と母さんが車から降りると、坂月先生の車が到着した。
坂月先生が車から降りるのを待ち、俺たちは診療所へと入った。
診療所に入ると、待ち椅子に座っていた藤波先生が立ち上がる。
「おや、正道くんと、後ろの女性二人は......」
「私は正道の母です。そして、こちらの方は......」
「わ、私は正道くんと七瀬さんの担任をしております。坂月と申します」
二人はお辞儀をする。
「私は藤波。ここの医院長をしています」
同じ様に、藤波先生もお辞儀をした。
「藤波先生。今日は俺と母さん、坂月先生の三人で説得します。ご迷惑をおかけしますが、どうか、この場所を借りることをお許しください」
俺は深々と頭を下げる。
「そ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。......私も、正道くんに成功してほしいと思っていますし......」
藤波先生は俺の肩に手を置く。
「......頑張ってくださいね」
「はい......」
「......七瀬さんのご両親がここに来るまで、まだ時間はあります。椅子に座って、最後の準備をしてください」
藤波先生に促され、俺たちは椅子に座った。
端の席に俺が座り、その隣に母さん、坂月先生と並んで座る。
俺のことを、母さんと坂月先生が心配そうに見つめる。
おそらく、俺の緊張が表に出て、顔が真っ青になってしまっているのかもしれない。
だが、俺は決意したんだ。
七瀬のために、説得を成功させると。
俺は手のひらで頬を叩き、気を引き締めた。
夜七時を過ぎた頃。
診療所の外から車のエンジン音が聞こえてきた。
そして、男女の話し声が、こちらに近づいてきた。
俺は心の中で身構える。
大きく息を吸い、吐く。
再び、頬を手のひらで叩いた。
診療所の扉が開く。
そこには、七瀬の両親が立っていた。
「すみません。遅くなってしまって......」
「いえいえ。それより、お二人のお体の方は大丈夫ですか? 」
藤波先生が立ち上がり、七瀬の両親を出迎える。
「娘さんが倒れて心配なのも分かりますが、だからといって無理な看病は禁物ですよ」
話を聞く限り、俺がお見舞いに行った時に七瀬の両親がいなかったのは、倒れた日に付きっきりで看病し、体調を崩してしまったからだろう。
となると、俺は運が良かったのかもしれない。
もし、七瀬の両親が体調を崩していなければ、昨日もお見舞いに来てしまい、七瀬の様子を見られてしまったかもしれないからだ。
「もしかして、正道くんと正道くんのお母さん、坂月先生は七瀬のお見舞いに......?」
「はい。お見舞いと、あと、用事が......」
俺が話している途中に、七瀬の父さんが先生に迫る。
「それより! 七瀬は無事なんですか!? 意識が戻ったとは聞きましたが......!」
「お、落ち着いてください......! 今は病室で安静にしています......!」
「そうか......! よし母さん。様子を見に行くぞ!」
七瀬の父さんは母さんの手を握り、病室へと向かっていく。
「ま、待ってください!」
俺は立ち上がり、七瀬の両親を呼び止める。
「何? どうしたの、正道くん......」
「......七瀬に会う前に、僕の話を聞いてもらえませんか......?」
若干、視界がぼやける。
胃液がこみ上げ、吐きそうになる。
だが、俺は踏ん張り、七瀬の両親に向き合う。
「すまないが、話はあとでいいかい......? 今は、七瀬が......」
「お願いします......! 七瀬に関わる、大切なことなんです......!」
俺は土下座をする勢いで、頭を下げる。
「......ねぇ、何か訳ありみたいだし、聞いてみない......?」
七瀬の母さんが、父さんの服の袖を引っ張りながら言う。
「......七瀬に関わるって、どういうことだ......」
「実は......」
俺は、七瀬の状態について説明した。
七瀬が自分のことを正道と思い込んでいることを。
逆に、俺のことを七瀬だと思い込んでいることを。
緊張しすぎて、うまく説明できているか分からない。
七瀬の両親の奇怪な顔が、更にプレッシャーを与えてくる。
「......と、いうことなんです」
七瀬の両親は黙っていた。
今にもパニックになりそうな、困惑した顔で。
「ふ、藤波先生......。正道くんが言ってることって、悪い冗談か何か......ですよね......」
震えた声で、七瀬の母さんが先生に問う。
「......事実です」
藤波先生が、眼鏡をクイッと動かしながら言う。
「せ、先生......? 先生までご冗談を......」
七瀬の父さんも続いて確認をする。
「......残念ながら」
「そ、そんな......! あなた......!」
七瀬の母さんは目から涙をこぼし、床に崩れ落ちる。
そんな七瀬の母さんを、七瀬の父さんは肩を抑えて支える。
「うう......。ううぅ......!」
大人とは思えないくらい、子どものように泣きじゃくる七瀬の母さん。
「......そこで、僕に提案があります。七瀬は精神、肉体、共に不安な状態です。今、真実を伝えてしまえば、七瀬は悪化し、最悪の場合......」
自害してしまうかもしれな、なんて口が裂けても言えなかった。
「......だから、今は七瀬の思い込みを受け入れ、安定するのを待つべきだと思うんです」
「で、でも......! 本当にこれが正しいんですか!? 先生!」
泣き続ける七瀬の母さんの隣で、七瀬の父さんが先生に問いかける。
「......正直、真実を伝え、治療を進めていくのが一般的でしょう。しかし、人間というのは完全には読めません。医者が正しいと思っていても、実際は正しくない可能性だってあります。だから、正道くんの意見も完全には否定できないというのが、私の意見です......」
「でも......。でも......! 今まで育ててきた七瀬を、いきなり正道くんとして接するのは......!」
かなり抵抗があるだろう。
それは分かっている。
「ですが......。どうかお願いします......! 勿論、俺や俺の両親、坂月先生も協力します! 七瀬の両親だけに背負わせません! だから......どうか......」
「ううぅ......七瀬......! 七瀬ぇ......!」
七瀬の父さんは一人で独り言を言い、母さんは泣きながら七瀬の名前を呼び続けてばかりだ。
もう、説得どころではない。
こんな状況でどうしたらいいか分からなくなり、俺まで泣き叫んでしまいそうだった。
「......七瀬さんのお父様、お母さま......」
そんな状況を打開しようとしたのか、坂月先生は俺の前に出た。
体の震えから、坂月先生も緊張していることが分かる。
「どうか......どうか......」
坂月先生は突然、床に膝を付いた。
「正道くんのお願いを......。聞いてもらえませんか......。お願いします......。七瀬さんの......ために......」
先生は床に正座し、手を付く。
そして、頭を床に叩きつけた。
「さ、坂月先生!」
俺は土下座をしている先生に駆け寄り、先生の肩を掴む。
「お願いします......! どうか、信じてください......! 七瀬さんと一緒に過ごしてきた私たちならきっと、七瀬さんが安定するまでどうにかできると......! そして、信じてあげてください......! 七瀬さんなら、きっと回復するって......!」
流石に七瀬の両親も驚いたのか、父さんは独り言をやめ、母さんは泣き止んだ。
「せ、先生......! どうか頭を上げて......!」
七瀬の父さんも坂月先生に駆け寄り、手を掴む。
しかし、坂月先生は頭を上げようとしない。
「七瀬さんを救うために......! 協力してもらえるまで、頭を上げることはできません......!」
「ううう......。......どうする、母さん......」
七瀬の父さんは、床に崩れ落ちている七瀬の母さんに意見を求める。
「ど、どうするって言われたって......」
「......受け入れていただけたら、俺たちも徹底的に付き合います。破綻して、嘘がバレてパニックにならないように、徹底的に演技をします。七瀬が退院するまで、七瀬として振る舞う練習をします。だから、俺からも......」
俺も坂月先生に続き、土下座をしようとした。
しかし、七瀬の父さんに腕を掴まれ、制止される。
「......分かった。君たちの誠意は分かった......。......だが、少しだけ考えさせてくれないか......」
七瀬の父さんは、か細い声でそう言った。
涙を流しつつ、崩れ落ちる七瀬の母さんを支えながら。
「......お願いします。七瀬のために......」
俺は両親にお辞儀する。
そして、一向に頭を上げない坂月先生の元へ駆け寄り、肩を軽く叩く。
しかし、反応が無い。
「......坂月先生!」
俺は肩を揺すった。
すると、坂月先生は床に倒れてしまった。
坂月先生の呼吸が、異様に速い。
「ちょっと! 大丈夫ですか!」
藤波先生はそう言いながら、坂月先生に駆け寄った。
「......過呼吸です! と、取り合えず坂月先生を病室へ運びますね......! 担架を持ってくるので、正道くんのお母さんは協力してくれませんか!?」
「え、ええ......」
藤波先生は担架を取りに、走って行った。
そして、藤波先生と母さんにより、坂月先生は担架で運ばれていった。
それから、俺と母さんは入口の椅子に座って待っていた。
藤波先生によると、緊張によるストレスで過呼吸になってしまったそうで、一晩だけ病室で安静にしてから帰るそうだ。
それだけ伝えると、藤波先生は坂月先生を看病しに戻っていった。
七瀬の両親は、決して七瀬であることを伝えないということを条件に、七瀬の様子を見に行っている。
トラブルはあったが、俺たちの思いは伝わったようだった。
ひと段落し、俺は大きなため息を吐いた。
「正道、あんたは大丈夫? 少し、調子が悪そうだけど......」
「え......? 大丈夫......多分......」
今までにないくらい緊張した場面だったので、疲れてしまったのかもしれない。
気を抜いたら眠ってしまいそうだが、反射的に大丈夫と答えてしまった。
「......良かったわね。少なくとも、断固否定という感じではなさそうで......」
「......良かったけど、まだこれからだよ......」
そう、まだこれからだ。
これはまだ始まりだ。
それから、俺と母さんはそれ以上話すことはなかった。
そして、七瀬の両親が戻ってくるまで、二人揃って眠ってしまった。
藤波先生に起こされて帰宅した俺は、家に帰り、風呂に入るとすぐにベッドで気を失ってしまった。
そして翌朝。
起きると、体が酷く疲れていた。
気を張りすぎて、体に負荷をかけてしまっていたようだ。
それでも俺は、いつも通り通学の準備をし、家を出た。
昨日のことを思い出しながら、両側が草で生い茂っている道を歩く。
七瀬の両親を見る限り、七瀬はとても愛されながら育ってきたのだろう。
だからこそ、一時的とはいえ、娘を騙すことを受け入れてくれるのだろうか。
「......いや、受け入れてもらわないと......」
七瀬のために、七瀬のためになるはずなんだ。
だから、受け入れてもらわないと。
「......そうだ。七瀬の演技が上手くなれば、受け入れてもらえるかもしれない」
今回の作戦は、俺の演技力にかかっているはずだ。
俺の演技力に不安があり、受け入れにくくなっている可能性もあるはずだ。
だから、俺の演技が上手くなれば、受け入れてもらいやすくなるかもしれない。
「......おはよ」
試しに、俺に対する七瀬の挨拶を真似してみた。
「......ねぇ、ちょっといい......?」
七瀬の特徴であるそっけない態度を思い出しつつ、口に出していく。
幸い、俺の地声のままでも、七瀬からしたら七瀬の声に聞こえているようだったので、喉への負荷はかからなさそうだった。
「......今思い返してみると、七瀬ってほとんど喋らないよな......」
俺に対してではなく、教師や親にすらそっけない態度を取っていた。
それほど俺たちのことに興味がなかったのか、それとも、嫌いだったのか、真意は分からない。
そこで、一つの疑問が頭に浮かび上がった。
「......病人に対して、こんな態度を取るのはいいのか......?」
倒れて苦しんでいる七瀬に対し、こんなそっけない態度を取るのは、精神的に問題ないのだろうか。それに、俺の性格と違いすぎるため、何かあった時にうっかり言葉選びを間違えてしまうかもしれない。
「......この点に関しては、相談するか......」
今は説得力をどうにかするため、七瀬を真似ることだけを考え、学校に着くまでの間、ずっと真似をし続けた。
「あれ......」
学校に着いたが、学校の校門は閉じていた。
坂月先生がまだ到着していないのだろう。
「......そもそも、今日って何時頃に来るんだ......?」
今思えば、元気になっているとしても、準備のためにいったん帰らないといけないため、いつも通りに来ないはずだ。
やらかしたな、と思いつつ、草むらに座り込む。
幸い、朝なので気温は高すぎず、少し暑い程度だった。
「......おはよう、先生」
坂月先生が来るまでの間も、口調を真似る練習を続ける。
「......正道、調子はどう? ......そう」
七瀬の数少ない会話の場面を思い出し、必死に真似ていく。
「......やっぱり、そっけないと精神的に良くなさそうだよなぁ......」
俺はゴホゴホと軽く咳払いする。
「......正道、おはよう! ......坂月先生! おはようございます!」
こちらの方が、明るくていい気がする。
「......そうだ」
俺は思いついた。
この口調であれば。
そんな俺の思考は、車が近づいてきた音によって掻き消えた。
音が聞こえる方向を見ると、坂月先生の車がこちらに向かってきていた。
車は校門の前で止まり、中から坂月先生が慌ただしく出てきた。
「ごめんね! 少し寝過ぎちゃって......! 今、校門と校舎の鍵を開けるから......!」
「それより先生、体調の方は大丈夫ですか......?」
「藤波先生のおかげで、体調の方は何とか、ね......。......お財布の方は厳しいけど......」
少しだけ笑いつつ、校門を開けながらそう返事をした。
「......先生、昨日はありがとうございました。七瀬のために、頭を下げてくれて......」
「......当然ですよ。先生が生徒のために動くのは、当たり前なんですから......」
先生は鍵を開け、門を開く。
「さ、授業を始めましょう。......七瀬さんのことをどうするか、ご両親のことを考えなら......」
先生はそう言って、校舎へ向かって歩いて行った。