俺の彼女は幻かもしれない   作:Melolololon

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1・5章 目覚め・現実 中編

 翌日、俺はいつも通り、一人で学校に登校した。

 唯一の同級生が倒れて辛いと思うが、学校はちゃんと通ってほしいという母さんにお願いされたからだ。

 帰りは母さんが迎えに来てくれて、そのまま診療所へ直行。

 

 そして、七瀬の両親の説得となる。

 

 

 日が窓から差し込む、朝の教室。

 俺はぼーっとしながら、教室の窓の下枠に肘を付き、校庭を眺めていた。

 

 昨日の夜、必ず説得をすると言ったはいいものの、俺の頭の中は不安でいっぱいだった。

 自分の娘が倒れ、男だと思い込んでいる最中に、一時的とはいえそのことを受け入れさせろなんて、果たして受け入れてくれるのだろうか。

 

「......正道くん、大丈夫......? ......では、ないよね......」

 

 ガラガラという音と共に入ってきた坂月先生は、俺のことを心配した。

 

「......そうだよね。......唯一のクラスメイトが入院して、寂しいもんね......」

 

「......坂月先生、七瀬の話って聞きました......?」

 

 俺の背後に立っている坂月先生に、振り返らずに質問をする。

 

「......実は、何も知らなくて......」

 

「......七瀬、自分のことを俺だと思い込んでるんです......」

 

「え、えーっと......。どういうことかな......?」

 

 先生は困惑した声で、俺に聞き返す。

 

「......目が覚めた七瀬は、自分のことを高凪正道だと、そして、俺のことを西森七瀬だと......」

 

 坂月先生に状況を説明するも、返事がない。

 

 当たり前だ。

 いきなりこんなことを言われたって、返す言葉に困るに決まっている。

 

「......それで、心配を......?」

 

 俺は振り返る。

 後ろに立っている坂月先生は、困りつつも、俺のことを心配そうに見つめていた。

 

「......信じて、くれるんですね」

 

「......生徒を信じるのは、教員の役目ですから。それに......」

 

「それに......?」

 

「......私は正道くんの家族でもなんでもないけどさ。小学一年生の頃からずっと見てきたんだよ? 私だって、ある程度は分かりますよ。正道くんは、唯一のクラスメイトを思いやる、いい子だって。そんな子が、七瀬ちゃんの嘘を付くはずないって......」

 

「なっ......!」

 

 俺の顔が、急に熱くなる。

 多分、顔が真っ赤になってしまっているだろう。

 

「あっ! ご、ごめんなさい。別に、二人の関係が気になってたからとかじゃなくて、教員として、生徒のことは確認しないといけないから......」

 

「分かってますよ......」

 

 俺はそう言いつつ、赤面を隠すために、再び窓から外を眺め始めた。

 

「......そういえば、七瀬さんのご両親はこのことを知ってるの?」

 

「......多分、まだ知らないかと......」

 

 藤波先生が本当に俺の案に乗ってくれているのであれば、伝えていないと思う。

 倒れてしまい、記憶や人格、認知がおかしくなっていると知れば、今日の夜を待たずに、七瀬に会いに行ってしまうからだ。

 

「......それで、正道くんは何かしてあげたいの? 七瀬ちゃんのこと、助けてあげたいと思っているとは思ってるんだけど......」

 

「......七瀬の精神状況が安定するまで、七瀬が安心する環境を作りたい。......七瀬のことを分かっている俺が、七瀬のフリをすればそれが可能に......。だけど、七瀬の親が......」

 

「......確かに、七瀬さんのご両親は受け入れがたいでしょうね......。自分の娘が倒れて、いきなり自分の子を正道くんとして接しろ、と言われても......。......それで、悩んでたのね......?」

 

 俺は背を向けたまま頷く。

 坂月先生の言う通りだ。

 いきなり自分の娘を、男の正道として接しろと言われて、頷く親は少ないだろう。

 

「......ねぇ、先生も一緒に行っていいかな......? 七瀬さんが心配っていうのもあるんだけど......」

 

「俺は別に構いませんけど......。......放課後、母さんが車で迎えに来て、そのまま直行する予定です」

 

「......じゃあ、先生もそのまま向かうわ」

 

 坂月先生が返事をした瞬間、教室にチャイムの音が響き渡った。

 朝会の時間を知らせるチャイムだ。

 

「......七瀬さんのことが心配なのは分かるけど、チャイムが鳴っちゃったから、授業を始めましょうか......」

 

「......はい」

 

 俺は自分の席に、坂月先生は教団へと向かった。

 

 

 

 授業を終え、校門の前で坂月先生と二人で待つ。

 時刻は午後四時。

 空はまだ青く、セミの鳴き声が辺りに響き渡っている。

 

 額から汗が垂れ、目に入る。

 俺は手の甲で汗を拭う。

 

「正道くん、暑くない......? お母さんが着いたら呼んであげるから、校舎の中で休んでいたら......?」

 

「いえ、大丈夫です......」

 

 汗でビショビショになった顔を、ひたすら拭いながら答えた。

 この汗は、日光に晒されていることだけが原因ではない。

 

 緊張による冷や汗が少し、いや、半分以上がそうかもしれない。

 だからこそ、暑い夏の日に、体が震えているのかもしれない。

 

「......そういえば、坂月先生は先に行かないんですか? 車があるから、先に行けば......」

 

 すると、坂月先生は少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「......行けたら、いいんだけどね」

 

「......どういう意味ですか?」

 

「......先生の性格、知ってるでしょ? ......正道くんと同じで、緊張してるの......」

 

 ということは、俺と話しをして気を紛らわせたいのだろうか。

 だが、どうして坂月先生が緊張をしているのだろうか。

 説得するのは、俺だというのに。

 

 

 数分後、見覚えがある車が、未舗装の道を走って向かってくる。

 

「もしかして、あれがお母さんの車?」

 

「はい」

 

 車は俺と坂月先生の前に停止すると、運転席に座っている母さんが窓を開けた。

 

「坂月先生......。いつもお世話になっております」

 

「あ、こちらこそ、いつもお世話になってます......」

 

 お互い挨拶をし、お辞儀をする。

 

「もしかして、坂月先生もお見舞いに......?」

 

「はい......。私も担任として、七瀬さんの様態を把握したいと思いまして......」

 

 それから、母さんと坂月先生は少しだけ七瀬の話をした後、坂月先生は自分の車へと向かっていった。

 

「それじゃあ正道、乗りなさい」

 

「うん......」

 

 車のドアを開け、座席に座る。

 扉を閉めたことを確認すると、母親は車を発進させた。

 

 

 数十分後、診療所へと到着した。

 俺と母さんが車から降りると、坂月先生の車が到着した。

 坂月先生が車から降りるのを待ち、俺たちは診療所へと入った。

 

 診療所に入ると、待ち椅子に座っていた藤波先生が立ち上がる。

 

「おや、正道くんと、後ろの女性二人は......」

 

「私は正道の母です。そして、こちらの方は......」

 

「わ、私は正道くんと七瀬さんの担任をしております。坂月と申します」

 

 二人はお辞儀をする。

 

「私は藤波。ここの医院長をしています」

 

 同じ様に、藤波先生もお辞儀をした。

 

「藤波先生。今日は俺と母さん、坂月先生の三人で説得します。ご迷惑をおかけしますが、どうか、この場所を借りることをお許しください」

 

 俺は深々と頭を下げる。

 

「そ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。......私も、正道くんに成功してほしいと思っていますし......」

 

 藤波先生は俺の肩に手を置く。

 

「......頑張ってくださいね」

 

「はい......」

 

「......七瀬さんのご両親がここに来るまで、まだ時間はあります。椅子に座って、最後の準備をしてください」

 

 藤波先生に促され、俺たちは椅子に座った。

 端の席に俺が座り、その隣に母さん、坂月先生と並んで座る。

 

 俺のことを、母さんと坂月先生が心配そうに見つめる。

 おそらく、俺の緊張が表に出て、顔が真っ青になってしまっているのかもしれない。

 

 だが、俺は決意したんだ。

 七瀬のために、説得を成功させると。

 

 俺は手のひらで頬を叩き、気を引き締めた。

 

 

 

 夜七時を過ぎた頃。

 診療所の外から車のエンジン音が聞こえてきた。

 そして、男女の話し声が、こちらに近づいてきた。

 

 俺は心の中で身構える。

 大きく息を吸い、吐く。

 再び、頬を手のひらで叩いた。

 

 診療所の扉が開く。

 そこには、七瀬の両親が立っていた。

 

「すみません。遅くなってしまって......」

 

「いえいえ。それより、お二人のお体の方は大丈夫ですか? 」

 

 藤波先生が立ち上がり、七瀬の両親を出迎える。

 

「娘さんが倒れて心配なのも分かりますが、だからといって無理な看病は禁物ですよ」

 

 話を聞く限り、俺がお見舞いに行った時に七瀬の両親がいなかったのは、倒れた日に付きっきりで看病し、体調を崩してしまったからだろう。

 となると、俺は運が良かったのかもしれない。

 もし、七瀬の両親が体調を崩していなければ、昨日もお見舞いに来てしまい、七瀬の様子を見られてしまったかもしれないからだ。

 

「もしかして、正道くんと正道くんのお母さん、坂月先生は七瀬のお見舞いに......?」

 

「はい。お見舞いと、あと、用事が......」

 

 俺が話している途中に、七瀬の父さんが先生に迫る。

 

「それより! 七瀬は無事なんですか!? 意識が戻ったとは聞きましたが......!」

 

「お、落ち着いてください......! 今は病室で安静にしています......!」

 

「そうか......! よし母さん。様子を見に行くぞ!」

 

 七瀬の父さんは母さんの手を握り、病室へと向かっていく。

 

「ま、待ってください!」

 

 俺は立ち上がり、七瀬の両親を呼び止める。

 

「何? どうしたの、正道くん......」

 

「......七瀬に会う前に、僕の話を聞いてもらえませんか......?」

 

 若干、視界がぼやける。

 胃液がこみ上げ、吐きそうになる。

 だが、俺は踏ん張り、七瀬の両親に向き合う。

 

「すまないが、話はあとでいいかい......? 今は、七瀬が......」

 

「お願いします......! 七瀬に関わる、大切なことなんです......!」

 

 俺は土下座をする勢いで、頭を下げる。

 

「......ねぇ、何か訳ありみたいだし、聞いてみない......?」

 

 七瀬の母さんが、父さんの服の袖を引っ張りながら言う。

 

「......七瀬に関わるって、どういうことだ......」

 

「実は......」

 

 俺は、七瀬の状態について説明した。

 

 七瀬が自分のことを正道と思い込んでいることを。

 逆に、俺のことを七瀬だと思い込んでいることを。

 

 緊張しすぎて、うまく説明できているか分からない。

 七瀬の両親の奇怪な顔が、更にプレッシャーを与えてくる。

 

「......と、いうことなんです」

 

 七瀬の両親は黙っていた。

 今にもパニックになりそうな、困惑した顔で。

 

「ふ、藤波先生......。正道くんが言ってることって、悪い冗談か何か......ですよね......」

 

 震えた声で、七瀬の母さんが先生に問う。

 

「......事実です」

 

 藤波先生が、眼鏡をクイッと動かしながら言う。

 

「せ、先生......? 先生までご冗談を......」

 

 七瀬の父さんも続いて確認をする。

 

「......残念ながら」

 

「そ、そんな......! あなた......!」

 

 七瀬の母さんは目から涙をこぼし、床に崩れ落ちる。

 そんな七瀬の母さんを、七瀬の父さんは肩を抑えて支える。

 

「うう......。ううぅ......!」

 

 大人とは思えないくらい、子どものように泣きじゃくる七瀬の母さん。

 

「......そこで、僕に提案があります。七瀬は精神、肉体、共に不安な状態です。今、真実を伝えてしまえば、七瀬は悪化し、最悪の場合......」

 

 自害してしまうかもしれな、なんて口が裂けても言えなかった。

 

「......だから、今は七瀬の思い込みを受け入れ、安定するのを待つべきだと思うんです」

 

「で、でも......! 本当にこれが正しいんですか!? 先生!」

 

 泣き続ける七瀬の母さんの隣で、七瀬の父さんが先生に問いかける。

 

「......正直、真実を伝え、治療を進めていくのが一般的でしょう。しかし、人間というのは完全には読めません。医者が正しいと思っていても、実際は正しくない可能性だってあります。だから、正道くんの意見も完全には否定できないというのが、私の意見です......」

 

「でも......。でも......! 今まで育ててきた七瀬を、いきなり正道くんとして接するのは......!」

 

 かなり抵抗があるだろう。

 それは分かっている。

 

「ですが......。どうかお願いします......! 勿論、俺や俺の両親、坂月先生も協力します! 七瀬の両親だけに背負わせません! だから......どうか......」

 

「ううぅ......七瀬......! 七瀬ぇ......!」

 

 七瀬の父さんは一人で独り言を言い、母さんは泣きながら七瀬の名前を呼び続けてばかりだ。

 もう、説得どころではない。

 こんな状況でどうしたらいいか分からなくなり、俺まで泣き叫んでしまいそうだった。

 

「......七瀬さんのお父様、お母さま......」

 

 そんな状況を打開しようとしたのか、坂月先生は俺の前に出た。

 体の震えから、坂月先生も緊張していることが分かる。

 

「どうか......どうか......」

 

 坂月先生は突然、床に膝を付いた。

 

「正道くんのお願いを......。聞いてもらえませんか......。お願いします......。七瀬さんの......ために......」

 

 先生は床に正座し、手を付く。

 そして、頭を床に叩きつけた。

 

 

 

「さ、坂月先生!」

 

 俺は土下座をしている先生に駆け寄り、先生の肩を掴む。

 

「お願いします......! どうか、信じてください......! 七瀬さんと一緒に過ごしてきた私たちならきっと、七瀬さんが安定するまでどうにかできると......! そして、信じてあげてください......! 七瀬さんなら、きっと回復するって......!」

 

 流石に七瀬の両親も驚いたのか、父さんは独り言をやめ、母さんは泣き止んだ。

 

「せ、先生......! どうか頭を上げて......!」

 

 七瀬の父さんも坂月先生に駆け寄り、手を掴む。

 しかし、坂月先生は頭を上げようとしない。

 

「七瀬さんを救うために......! 協力してもらえるまで、頭を上げることはできません......!」

 

「ううう......。......どうする、母さん......」

 

 七瀬の父さんは、床に崩れ落ちている七瀬の母さんに意見を求める。

 

「ど、どうするって言われたって......」

 

「......受け入れていただけたら、俺たちも徹底的に付き合います。破綻して、嘘がバレてパニックにならないように、徹底的に演技をします。七瀬が退院するまで、七瀬として振る舞う練習をします。だから、俺からも......」

 

 俺も坂月先生に続き、土下座をしようとした。

 しかし、七瀬の父さんに腕を掴まれ、制止される。

 

「......分かった。君たちの誠意は分かった......。......だが、少しだけ考えさせてくれないか......」

 

 七瀬の父さんは、か細い声でそう言った。

 涙を流しつつ、崩れ落ちる七瀬の母さんを支えながら。

 

「......お願いします。七瀬のために......」

 

 俺は両親にお辞儀する。

 そして、一向に頭を上げない坂月先生の元へ駆け寄り、肩を軽く叩く。

 しかし、反応が無い。

 

「......坂月先生!」

 

 俺は肩を揺すった。

 すると、坂月先生は床に倒れてしまった。

 坂月先生の呼吸が、異様に速い。

 

「ちょっと! 大丈夫ですか!」

 

 藤波先生はそう言いながら、坂月先生に駆け寄った。

 

「......過呼吸です! と、取り合えず坂月先生を病室へ運びますね......! 担架を持ってくるので、正道くんのお母さんは協力してくれませんか!?」

 

「え、ええ......」

 

 藤波先生は担架を取りに、走って行った。

 

 

 そして、藤波先生と母さんにより、坂月先生は担架で運ばれていった。

 

 

 それから、俺と母さんは入口の椅子に座って待っていた。

 藤波先生によると、緊張によるストレスで過呼吸になってしまったそうで、一晩だけ病室で安静にしてから帰るそうだ。

 それだけ伝えると、藤波先生は坂月先生を看病しに戻っていった。

 七瀬の両親は、決して七瀬であることを伝えないということを条件に、七瀬の様子を見に行っている。

 

 

 トラブルはあったが、俺たちの思いは伝わったようだった。

 ひと段落し、俺は大きなため息を吐いた。

 

「正道、あんたは大丈夫? 少し、調子が悪そうだけど......」

 

「え......? 大丈夫......多分......」

 

 今までにないくらい緊張した場面だったので、疲れてしまったのかもしれない。

 気を抜いたら眠ってしまいそうだが、反射的に大丈夫と答えてしまった。

 

「......良かったわね。少なくとも、断固否定という感じではなさそうで......」

 

「......良かったけど、まだこれからだよ......」

 

 そう、まだこれからだ。

 これはまだ始まりだ。

 

 

 それから、俺と母さんはそれ以上話すことはなかった。

 そして、七瀬の両親が戻ってくるまで、二人揃って眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 藤波先生に起こされて帰宅した俺は、家に帰り、風呂に入るとすぐにベッドで気を失ってしまった。

 そして翌朝。

 起きると、体が酷く疲れていた。

 気を張りすぎて、体に負荷をかけてしまっていたようだ。

 それでも俺は、いつも通り通学の準備をし、家を出た。

 

 昨日のことを思い出しながら、両側が草で生い茂っている道を歩く。

 七瀬の両親を見る限り、七瀬はとても愛されながら育ってきたのだろう。

 だからこそ、一時的とはいえ、娘を騙すことを受け入れてくれるのだろうか。

 

「......いや、受け入れてもらわないと......」

 

 七瀬のために、七瀬のためになるはずなんだ。

 だから、受け入れてもらわないと。

 

「......そうだ。七瀬の演技が上手くなれば、受け入れてもらえるかもしれない」

 

 今回の作戦は、俺の演技力にかかっているはずだ。

 俺の演技力に不安があり、受け入れにくくなっている可能性もあるはずだ。

 

 だから、俺の演技が上手くなれば、受け入れてもらいやすくなるかもしれない。

 

「......おはよ」

 

 試しに、俺に対する七瀬の挨拶を真似してみた。

 

「......ねぇ、ちょっといい......?」

 

 七瀬の特徴であるそっけない態度を思い出しつつ、口に出していく。

 幸い、俺の地声のままでも、七瀬からしたら七瀬の声に聞こえているようだったので、喉への負荷はかからなさそうだった。

 

「......今思い返してみると、七瀬ってほとんど喋らないよな......」

 

 俺に対してではなく、教師や親にすらそっけない態度を取っていた。

 それほど俺たちのことに興味がなかったのか、それとも、嫌いだったのか、真意は分からない。

 

 そこで、一つの疑問が頭に浮かび上がった。

 

「......病人に対して、こんな態度を取るのはいいのか......?」

 

 倒れて苦しんでいる七瀬に対し、こんなそっけない態度を取るのは、精神的に問題ないのだろうか。それに、俺の性格と違いすぎるため、何かあった時にうっかり言葉選びを間違えてしまうかもしれない。

 

「......この点に関しては、相談するか......」

 

 今は説得力をどうにかするため、七瀬を真似ることだけを考え、学校に着くまでの間、ずっと真似をし続けた。

 

 

「あれ......」

 

 学校に着いたが、学校の校門は閉じていた。

 坂月先生がまだ到着していないのだろう。

 

「......そもそも、今日って何時頃に来るんだ......?」

 

 今思えば、元気になっているとしても、準備のためにいったん帰らないといけないため、いつも通りに来ないはずだ。

 やらかしたな、と思いつつ、草むらに座り込む。

 幸い、朝なので気温は高すぎず、少し暑い程度だった。

 

「......おはよう、先生」

 

 坂月先生が来るまでの間も、口調を真似る練習を続ける。

 

「......正道、調子はどう? ......そう」

 

 七瀬の数少ない会話の場面を思い出し、必死に真似ていく。

 

「......やっぱり、そっけないと精神的に良くなさそうだよなぁ......」

 

 俺はゴホゴホと軽く咳払いする。

 

「......正道、おはよう! ......坂月先生! おはようございます!」

 

 こちらの方が、明るくていい気がする。

 

「......そうだ」

 

 俺は思いついた。

 この口調であれば。

 

 

 そんな俺の思考は、車が近づいてきた音によって掻き消えた。

 音が聞こえる方向を見ると、坂月先生の車がこちらに向かってきていた。

 

 車は校門の前で止まり、中から坂月先生が慌ただしく出てきた。

 

「ごめんね! 少し寝過ぎちゃって......! 今、校門と校舎の鍵を開けるから......!」

 

「それより先生、体調の方は大丈夫ですか......?」

 

「藤波先生のおかげで、体調の方は何とか、ね......。......お財布の方は厳しいけど......」

 

 少しだけ笑いつつ、校門を開けながらそう返事をした。

 

「......先生、昨日はありがとうございました。七瀬のために、頭を下げてくれて......」

 

「......当然ですよ。先生が生徒のために動くのは、当たり前なんですから......」

 

 先生は鍵を開け、門を開く。

 

「さ、授業を始めましょう。......七瀬さんのことをどうするか、ご両親のことを考えなら......」

 

 先生はそう言って、校舎へ向かって歩いて行った。

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