俺の彼女は幻かもしれない   作:Melolololon

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1・5章 目覚め・現実 後半

 七瀬のことを、七瀬の両親のことを心配しながら、授業を受ける。

 昨日よりは幾分かマシだが、授業のことは頭にあまり入らなかった。

 そのまま時刻は過ぎていき、昼になり、放課後になった。

 

 帰る途中、七瀬の両親に説得の続きをしに行こうか考えた。

 だが、あんな様子だったのに、連続で説得しに行くのは迷惑だと思い、家に帰ることにした。

 

 

「......ん?」

 

 家の目の前に、赤い車が止まっていることに気が付いた。

 おそらく、七瀬の家の車だ。

 

 俺は駆け足で家へと向かう。

 玄関を開けると、そこには俺の両親以外の大人の靴が置いてあった。

 

 靴を脱ぎ、リビングの扉を開ける。

 すると、ソファに座り、俺の母さんと七瀬の母さんが話をしていた。

 

「正道、おかえり......」

 

「正道くん......」

 

「あ、どうも......」

 

 俺はお辞儀をする。

 そして、自分の部屋へ向かおうとした。

 

「......正道、こっちへ来なさい」

 

 そんな俺のことを、母さんが呼び止めた。

 

「......うん」

 

 俺は母さんの隣に座り、会話に参加することになった。

 

「正道くん......」

 

「な、なんでしょうか」

 

 俺は無意識に姿勢を正す。

 

「......七瀬のこと、お願いできるかしら」

 

「っつ......!」

 

「私たちより、学校で一緒の正道くんの方が、七瀬のことに詳しいと思うから。......私たち、両親よりも......」

 

「ど、どういうことですか?」

 

 俺の方が詳しいとは、どういうことなのか。

 

「......あの子、ここ数年は部屋に引きこもってばかりで、会話もあまりなくて......。思春期だからって、私たちはそこまで気にも留めてなかったんだけど......」

 

 七瀬の母さんの声が、段々と消え入りそうな声になっていく。

 七瀬は、俺や坂月先生だけではなく、両親とも距離を置いていたなんて、知らなかった。

 

「その結果が、倒れて入院。私たちが、娘のことを放っておいたから。親である私たちが、あの子のことを気に留めなかったから......。私たち、両親失格よ......」

 

「そ、そんなことは......」

 

 俺はすかさず否定するが、この状況で意味はあったのだろうか。

 

「だから、二人で決めたの。正道くんに託してみないかって......」

 

「つまり......」

 

「お願いできるかしら......。七瀬を、七瀬を救ってあげて......!」

 

「......はい。任せてください」

 

 俺は立ち上がり、深々とお辞儀をする。

 

「......ありがとうございます。七瀬を、俺に任せてくれて......」

 

「ま、正道くんはいいのよ! 頭を上げて! お願いしてるのは、私たちなんだから!」

 

 俺は七瀬の母さんに促され、頭を上げる。

 

「......でも、不安ですよね。正道が、どこまで演技ができるか分からないですし......」

 

「......母さんの言う通りだ。......じゃあ、少しだけ、確認してもらえませんか?」

 

 俺はそう言い、軽く咳をする。

 

 それから、七瀬の真似をしていく。

 七瀬のそっけない態度、口調、振る舞い。

 それを再現し、見せつけていく。

 

 

「......どうでしょうか」

 

「少なくとも、私が家で見た七瀬にそっくりだわ......!」

 

「ありがとうございます。......やっぱり、七瀬は家でもこんな感じなんですね......」

 

 本当に、七瀬は学校でも家でも、態度を変えない、孤立した存在だったのか。

 

「......あの、俺から少し提案があるんですけど、いいですか?」

 

「な、何かしら......?」

 

「思ったんですけど、倒れた直後に、ここまで冷たくされては、七瀬も精神的に辛いと思うんです。......だから、少しだけ、明るい女の子として振る舞った方がいいと思ったんですが、どうでしょうか......? 例えば......」

 

 俺は深呼吸をする。

 

「お、おはよう! ねぇ、テスト勉強した? してない? 私もなんだよねぇ......。......みたいな感じで、どうでしょうか。幼い頃の七瀬に寄せてみたんですけど......」

 

「確かに、今の七瀬に厳しい言葉を投げかけるのは、あまり良くないわよね......」

 

 七瀬の母さんは考え始めた。

 三十秒ほど考えると、顔を上げた。

 

「......分かったわ。ただ、いきなり口調を変えると違和感を持たれちゃうかもしれないから、少しずつ変えていく感じで、ね......?」

 

「分かりました。それじゃあ、その方針で進めましょう」

 

「ええ」

 

 七瀬の母さんは立ち上がり、俺の手を握る。

 

「七瀬のこと、お願いね」

 

「......はい!」

 

 俺も七瀬の母さんの手をしっかりと握る。

 

「それじゃあ、そろそろ私は帰るわね」

 

 七瀬の母さんは、玄関へと向かっていく。

 俺と母さんは外まで見送り、家へと戻った。

 

「......しかし、正道が役者を目指してるのって、本気だったのね」

 

「......本気だよ。役者の夢」

 

「......頑張りなさい。あなたの夢を目指す力で、七瀬ちゃんを救ってあげてね」

 

「うん......」

 

 母さんは家へ戻っていく。

 俺も母さんに続き、家へ戻る。

 

 

(......神様。もし、俺のことを見ているのであれば、許してください)

 

 口調のこと。

 あれは、七瀬のことだけを考え、提案したのではない。

 

(......でも、俺は七瀬と......)

 

 あれは、俺と七瀬が。

 

(付き合いたいんだ......!)

 

 あの提案は、俺と七瀬の距離を縮めるためでもある。

 女性と認知されている今の立場を利用し、片思いしている七瀬に近づくために。

 

 

 

 それから、俺は演技力を上げるための練習をしつつ、七瀬にお見舞いに行く日々を過ごした。

 そして、七瀬のお見舞いに行き、演技が通用するか試した。

 

 七瀬は俺のことを七瀬だと強く信じているようで、気が付かれる様子は無かった。

 それと、地声からあまり声を変えなくても、七瀬には女の子の声に聞こえているようだった。

 異性の声を出すのは喉に負荷がかかるため、安心した。

 

 

 

 

 

 数日経つと、七瀬の体調は回復し、ついに退院できることになった。

 

 

 ある日の下校中、車に乗った七瀬の母さんとすれ違った。

 

「あ、こんにちは。七瀬のお迎えですか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「......じゃあ、明日から本格的に始まるんですね」

 

「......そうね。......私も頑張るから、頼んだわよ。正道くん......。いや、七瀬ちゃん、ね」

 

「お互い頑張りましょう。......正道のお母さん」

 

「それじゃ、行くわね」

 

「はい」

 

 俺はペコリとお辞儀をし、七瀬の母さんの車を見送った。

 

 

 そして、俺と一緒に登下校をすることを条件に、家から学校へ通うこととなった。

 俺と七瀬の制服を入れ替えているので、俺はスカートで登校するのだが、慣れなくて少し恥ずかしい。

 だが、それを我慢して七瀬を迎えに行き、玄関で準備が終えるのを待つ。

 

 少し待つと、俺の制服を着た七瀬が玄関に来た。

 

「おはよー。よく眠れた?」

 

 俺は七瀬に挨拶をする。

 

「んー、まあまあかな......」

 

 俺と七瀬が話していると、七瀬の母さんが割り込んできた。

 

「......七瀬ちゃん。正道のことをよろしくね」

 

「はい! 任せてください!」

 

「じゃ、いってくるよ」

 

 七瀬はそう言い、玄関の扉を閉じた。

 

「じゃ、行こうか!」

 

 俺は七瀬の前に手を出す。

 

「な、なんで手を繋がないといけないんだよ」

 

「だって、途中で倒れたりしたら危ないでしょ」

 

「でも、手を繋ぐのは恥ずかしい......」

 

「いいじゃん! どうせ家から学校まで人なんてほとんどいないんだし!」

 

 そう言い、手を繋いだ。

 そして、俺が先に進む形で学校に向かうことになった。

 

 

 いつもは学校に行くために、使われていない畑や林、数軒の家しか存在しない退屈な道を、時間をかけて一人で歩いていた。

 だが、今日は違う。

 七瀬がいるので、退屈することはなかった。

 

 今日は霧が発生しており、遠くの景色は見えなかった。

 だが、そんな風景も幻想的で、美しかった。

 

「霧......。霧かぁ.....」

 

 無意識に、ボソっと口に言葉を出してしまった。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「私たちの人生もさ、霧が発生した今みたいに、先が見えないよね」

 

「なんだよ突然」

 

「いや、霧を見てたら、ふと思って......。今は学校っていうはっきりした目標があるから進めるけど、人生でも今日みたいに進んでいけるかなぁって......」

 

「......でもさ、将来の夢とかはあるだろ? だったら、それを目標にして歩けば進んでいけるんじゃないか?」

 

 七瀬に、なんかいい感じのことを言われた。

 

「あー。確かに......。じゃあ安心だね!」

 

「安心ってわけではないと思うけど......。ちなみに、七瀬の夢って何だ?」

 

 七瀬は、俺の夢について聞いてきた。

 

「......笑わない?」

 

「......内容による」

 

「......実は私ね。将来演劇の役者になって食っていきたいんだ」

 

「演劇ねぇ......。大変なんじゃないのか? 演技の練習は勿論、体力を付けたりもしないといけないし......」

 

「うん......。でも、どうしてもなりたいんだ。演者として有名になって、この地元を人気にしたい」

 

 少しだけ恥ずかしくなったが、夢を言い切った。

 

「七瀬、いいやつなんだな。しかも、ちゃんと将来も考えてて......」

 

「そう?」

 

「俺なんて、とりあえず勉強してここから出ていくことしか考えてなかったし......」

 

 だからこそ、中学二年生の今から必死に勉強して、この田舎外の、頭のいい高校に合格し、一人暮らしの許可を貰う。

 それが、七瀬の夢であり、七瀬の倒れた理由。

 

「ちなみに、演劇の練習ってしてるのか?」

 

「実はちょっと......」

 

「へぇ。うまくなったら見せてくれよ」

 

「うん......!」

 

 夢について話していると、いつの間にか学校の前までたどり着いていた。

 

「学校も久しぶりだなぁ......」

 

 七瀬が学校を眺めながら言う。

 

「そういえば、俺がいない間お前一人だったんだろ? 寂しくなかったのか?」

 

 寂しかった。

 片思いしている七瀬と接点が無くて、ずっと寂しかった。

 

 だが、そんなことを言えるはずがない。

 

「流石に私のことを不憫に思ったのか、先生がずっといてくれたよ。それに、正道がいた時だって全然話してなかったから、先生がいなかったとしても全く問題なかったと思うよ。多分」

 

「......言われてみればそうだな」

 

「でも、いないよりはいた方がいいからね。正道が来てくれて嬉しいよ」

 

「はは、そう言われると照れるな......」

 

 照れる七瀬。

 そんな七瀬が、とても可愛かった。

 

「今までは恥ずかしくて話しかけられなかったけどさ。私たちも仲良くなったわけだし、これからはいっぱいお話しようね!」

 

 俺は、七瀬とこれからたくさん話をしたいと思い、そう言った。

 

 

 

 七瀬と一緒に登校し、学校で会話し、下校した。

 それがすごく楽しかった。

 家に七瀬を誘ってみたりもした。

 自分の私物は全て隠したので、男子の部屋だと思われることもなかった。

 

 俺と七瀬の距離は、少しずつだが、縮まっていっているような気がする。

 

 

 だがある日、七瀬が体調不良で休んでしまった。

 学校が終わり、急いで七瀬の家へ向かう。

 

 息を切らしながらインターホンを押し、七瀬の母さんが出てくるのを待つ。

 

「あら、七瀬ちゃん......。お見舞いに来てくれたの......?」

 

「七瀬、いや違う......! 正道は!? 正道は大丈夫なんですか!?」

 

「大丈夫だけど、まだ若干......」

 

「すみません! お邪魔します!」

 

 俺は七瀬の母さんの横を通り過ぎ、靴を脱いで階段駆け上がった。

 そして、七瀬の部屋の扉を開く。

 

「正道! 大丈夫!? また倒れたりしてないよな!?」

 

 ここで、俺の心臓が大きくドクンと動いた。

 

(や、やべ......)

 

 急ぐあまり、俺は口調を崩してしまった。

 してないよな、ではなく、してないよね、と言わなければいけなかったのに。

 

「あ、ああ。大丈夫だ......」

 

 七瀬は親指を立て、俺に見せる。

 それを見た俺は、大きく息を吐き、安心したような表情を見せた。

 

(気にしてないようで良かった......!)

 

「よ、よかった......」

 

「はは......。すまなかったな、心配かけさせて......。ほら、汗拭けよ......」

 

 七瀬は、俺に未使用のタオルを渡してくれた。

 

「ありがと......」

 

 俺はそれを受け取り、顔をゴシゴシと拭いた。

 

「そういえば、なんで調子が悪くなっちゃったの?」

 

「昨日食った刺身が傷んでて体調を崩したみたいなんだ......。朝から吐き気やら腹痛が酷くて、まいっちまうよ......」

 

「吐き気がするなら、あまりお話しない方がいいかな......? ごめんね、喋らせちゃって......」

 

「い、いいよ......! 気にすんな......! ......うっ......!」

 

 七瀬は咄嗟に口を押える。

 俺は慌ててタオルの隣に置いてあったビニール袋を口元へ運ぶ。

 

 吐きそうになっていたが、吐き気が収まってくれたようだ。

 

「ねぇ......。一人で大丈夫? 私が見ててあげようか?」

 

「い、いや。大丈夫......。七瀬には迷惑かけられないから......」

 

「じゃ、じゃあ私は帰るね......? 学校のプリントは机の上に置いておくから......。それじゃあ、お大事に......」

 

「ああ......。今日はありがとな......」

 

 俺はプリントを机の上に置くと、部屋から出た。

 

 

 階段を下りる途中、七瀬の母さんを無視して家に上がり込んだことを思い出した。

 俺は謝罪しようとしたが、玄関にはいなかった。

 

 おそらく台所にいるのだろうと思い、台所を覗き込む。

 七瀬の母さんは、椅子に座り、麦茶を飲んでいた。

 

「あ、あの......」

 

「あら、七瀬はどうだった?」

 

「吐き気はあるそうですが、重症ではなさそうだったので安心しました......。それと、勝手に家に上がったごめんなさい......」

 

「気にしなくていいわよ」

 

 七瀬の母さんがそう言ってくれて、俺はホッとした。

 

「でも、何があったんですか? 食あたりらしいですけど......」

 

「あの子は、食あたりと思ってるのね......」

 

「え......?」

 

 食あたりだと思っている、ということは、食あたりではないのだろうか。

 

「......正道くん。学校で、生理って習った? 女の子の日って言われてる、一ヶ月半前後でやってくる日」

 

「す、少しだけなら知ってますが、詳しいことは......」

 

「......あれよ」

 

「あ、あんなに大変なんですね......」

 

 俺は七瀬の苦しむ姿を見て、女性の大変さを知った。

 

「多分、数日経てば元気になるとは思うから、安心してね」

 

 そうは言われたが、あそこまで苦しむ姿を見せられると、心配で仕方ない。

 

「でも、食あたりと思い込んでくれてるなら都合がいいわね。お腹を下してるって思ってるだろうし......」

 

「な、何のことですか?」

 

「正道くんは気にしなくて大丈夫よ」

 

「そ、そうですか......」

 

 

 それから、俺は麦茶を貰い、少しだけ休ませてもらった。

 そして、七瀬の家を後にした。

 

 

 次の日、七瀬が登校できるかは不明だが、家に向かうことにした。

 七瀬の家について現状を聞くと、どうやら登校できるそうだ。

 

 だが、昨日はあんな状況だったので、本当に大丈夫なのだろうか。

 俺は心配になりながら、七瀬を待った。

 

 しかし、制服姿の七瀬が現れ、俺は嬉しくなった。

 

「正道! もう大丈夫なの!?」

 

「ああ、心配させて悪かった......」

 

 七瀬は後頭部を手で掻きながら、俺に謝罪する。

 

「本当だよ! 心配したんだから......」

 

「すまん。まだ入院明けで体調が万全じゃないみたいだし、これからは色々と気を付けるよ......。......それじゃ、行こうか。ここで雑談してたら、遅刻しそうだし」

 

「うん、そうだね」

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 七瀬が玄関から出て、扉を閉める。

 そして、七瀬に手を繋ぐよう促され、手を繋ぎ、学校へと向かった。

 

「......なぁ、七瀬。ちょっと聞きたいんだけど......」

 

「ん? 何? 」

 

「俺と七瀬ってさ。俺の記憶が正しければ、あんまり親しい仲じゃなかったと思うんだよな。学校でもほとんど話さなかったし......」

 

「......うん。そうだね」

 

「それなのに、どうしてここ最近はそんなに良くしてくれるんだ?」

 

 俺は、少しだけドキッっとした。

 だが、咄嗟に誤魔化すことにした。

 

「......寂しくなるなって思ったから?」

 

「寂しく?」

 

「うん。あんまり親しくなかったけど、それでも、いなくなったら少し寂しくなるなって思って......。実際、正道の入院期間中も少し寂しかったし......」

 

「そ、そうだったのか......」

 

「それでね。考えて考えて。私は実は正道と仲良くなりたかったのかなって思ったんだ。だから、いなくならないでほしい。生きてほしいって思って......」

 

 誤魔化しているとはいえ、話していて恥ずかしくなってしまった。

 

「.....やめよっか。この話。お互い恥ずかしくなってどうにかなっちゃいそうだし......」

 

「......そうだな」

 

 それから、俺たちは特に話すこともなく歩き続け、学校に向かった。

 そして、授業を受け、給食を食べ、また授業を受けて帰宅。

 

 帰り道もまだ登校中の気まずさが残っており、口数は少なかった。

 家に帰り、風呂に入り、夕食を食べて、ベッドに入る。

 

 寝ようとしたが、七瀬のことが頭から離れない。

 俺と仲良くしてくれる七瀬が、俺のことを頼りにしてくれている七瀬が。

 そして、今日の朝、照れ顔を見せてくれた七瀬のことが、頭にずっと残っていた。

 

 やはり俺は、七瀬のことが好きなのだろう。

 

 

 

 1・5章 終

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