俺の彼女は幻かもしれない   作:Melolololon

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第2・6章 青春・気分転換

「ねぇ! 川に魚釣りに行こうよ!」

 

 七瀬にそう言ったのは、六月末の放課後だった。

 

 

 七瀬と別れた帰り道、俺は少し浮かれながら歩いていた。

 

 倒れたとはいえ、七瀬がまた無理に勉強をしてしまう可能性がゼロとは言い切れない。

 そう思った俺は、七瀬が勉強しないよう、家の外に出すことにした。

 せっかく身近に自然があるので、釣りで気分転換でもしてもらおうかと思い、誘ってみたらうまくいった。

 

 七瀬と一緒に遊びに行けることが、とても楽しみだった。

 

 

 だが、次の日。

 朝九時半頃、母さんが部屋をノックし、入ってきた。

 そして、七瀬の母さんから電話がかかってきたと、母さんに言われた。

 俺は母さんのスマホを借り、電話に出た。

 

 

「あ、正道くん。ごめんね、休日なのに連絡しちゃって......」

 

「いえいえ。それより、どうしたんですか?」

 

「実は、七瀬が今日釣竿を買いに行ったのよ。ふもとの街まで......」

 

「えっ!?」

 

 俺は驚いた。

 それと同時に、不安になった。

 

「い、今の七瀬がふもとまで出かけたら、誰かに男装していることを指摘されるんじゃ......」

 

「実は、釣具屋の店主が指摘しそうになったのよ」

 

「それで、七瀬はどうなったんですか......?」

 

「お父さんが一緒に行ったんだけどね、今はジェンダーレスで性別関係なく自由な服装をするのが普通だから、って言ってなんとかなったんだけど......」

 

「そ、そうですか......」

 

 俺はホッとした。

 バレなくて本当に良かった。

 

「でも、今回は大人が相手だったから良かったけど、子どもが相手となると、いきなり指摘しちゃったりするでしょ? だから、七瀬ちゃんが遊びに来るってことにして、すぐに帰ってきてもらうようにしたの。その後、急用でキャンセルになったって伝えるつもりよ。だから、七瀬に何か聞かれたら、急用ができたって答えてちょうだい」

 

「分かりました......。......それと、すみませんでした。俺が釣りに行こうだなんて誘うから、七瀬はふもとに......」

 

「いいのよ。それより、七瀬のこと、よろしくね」

 

「......はい」

 

「それじゃ、切るわね」

 

 携帯の画面を見ると、通話は終了していた。

 

「......今後は、気を付けないとな」

 

 今後は、七瀬がふもとまで行く可能性がある誘いはしないようにしようと、心に誓った。

 

 

 次の日、今日は七瀬と釣りに行く日だ。

 朝食を食べ、着替える。

 それから、リュックサックの中身を確認してから背負い、クーラーボックスの紐を肩にかけ、外に出た。

 日差しはいつもよりも強く感じた。

 おそらく、今日はいつもより暑いだろう。

 

「ちゃんと水分補給しないとな......」

 

 俺は、鞄から凍った水が入ったペットボトルを取り出し、少し飲んだ。

 歩いては飲み、歩いては飲みを繰り替えし、七瀬の家へと向かった。

 

 

 ペットボトルの水が半分になった頃、七瀬の家に到着した。

 玄関の扉を開けると、釣竿などの荷物に囲まれた七瀬が座っていた。

 

「おはよー。今日は朝から暑いねー」

 

 運動したわけではないのに、汗だくになってしまった

 俺はTシャツを指で摘み、パタパタと仰ぐ。

 

「正道も準備できてるみたいだし、それじゃあ行こうか! ......ってあれ? どうしたの?」

 

「いや、何でもない。何でもないから」

 

 七瀬はそう言うと、立ち上がって釣竿と鞄、クーラーボックスの準備をした。

 

「じゃ、じゃあ行ってきまーす!」

 

 準備を終えた七瀬がそう言うと、七瀬と共に釣りへ向かった。

 

 

 畑に囲まれた道を歩き、途中から森へと入り、草で生い茂った斜面を登っていく。

 川までのルートは林の中なので、直射日光を避けられて少し涼しかった。

 

「もうそろそろだよな......?」

 

「うん! もうすぐ!」

 

 七瀬に聞かれ、俺はもうすぐだと返事をした。

 少しだけ、七瀬の息が荒い気がするが、大丈夫だろうか。

 七瀬の顔色を窺いながら、俺たちは川へと向かった。

 

 

「見えたよ!」

 

 俺は川を指差す。

 川の中流であるため、そこそこ勢いがあった。

 俺と七瀬は荷物を砂利の上に置き、腰を下ろす。

 

「はぁぁ......! 疲れた......!」

 

 七瀬は相当疲れたのか、砂利の上に寝転んでしまった。

 

「お疲れー。お水飲む?」

 

 俺はペットボトルを鞄から取り出し、七瀬の額に置いた。

 

「冷たっ! あ、ありがとう......」

 

 七瀬はペットボトルを受け取り、体を起こす。

 そして、水をごくごくと飲み始めた。

 

「それじゃ、さっそく釣りしよ!」

 

 俺は肩にかけていたクーラーボックスを置き、その上に座った。

 そして、鞄から取り出した餌を針に取り付け、川に投げ込んだ。

 

「すげー手際良いな」

 

「へへっ。釣り好きだったからね。正道はあんまりやったことない感じ?」

 

 昔、父さんに川に遊びに連れて行ってもらったことが何度かあったので、釣りには慣れている。

 最近は演劇の練習に力を入れるため、一緒に出掛けることはなくなってしまったが、まだ体が覚えていた。

 

「は、恥ずかしながら......」

 

 どうやら、七瀬は釣りをほとんどしたことが無いようだ。

 しかし、最低限の知識はあり、自分で餌を取り付け、竿を振った。

 

 

 それから、俺と七瀬はボーっと川を見つめながら、魚が引っかかるのを待った。

 そんな七瀬を見て、勉強から離れて休めているかな、と思っていた。

 

「おっ? おおっ!?」

 

 突然、俺の釣竿に魚がかかった。

 リールを回しつつ、必死に引っ張っている。

 

「七瀬、手伝おうか!?」

 

 七瀬は立ち上がり、俺の後ろから釣竿を持つ。

 そして、一緒に引っ張ること数十秒。

 釣竿を引いた瞬間、川から四十センチほどの魚が飛び上がり、地面へと落ちた。

 

「やった! 釣れた!」

 

 俺は魚の口に刺さった釣り針を外すため、魚に駆け寄る。

 

「なんの魚だ?」

 

 七瀬はポケットからスマホを取り出して調べようとした。

 

「正道ー! 手伝ってよー!」

 

「あ、悪い」

 

 七瀬は魚に駆け寄り、体を抑える。

 その間に、俺は釣り針を外した。

 

「よっこらせっと......」

 

 俺は魚を運び、クーラーボックスへと入れた。

 

「すごいな。そんな軽々と運べるなんて」

 

「え......? あ......。こ、これも演劇の訓練の賜物かな?」

 

 腕を曲げ、上腕をポンポンと叩く俺。

 一般的に男性の方が力が上だから、なんて絶対に言えない。

 振る舞いだけでなく、身体能力に関しても気を付けなければいけないな、と思った。

 

「それに比べて俺は......」

 

 俺と自分を比べ、落ち込む七瀬。

 

「ま、まぁ正道は頭いいから......!」

 

 すかさずフォローしたが、七瀬は落ち込んでしまった。

 

 

 それから数時間後。

 日陰のこの場所も気温が上がり始めた。

 

「正道? 大丈夫?」

 

「ああ、ちゃんと水を飲んでるから、大丈夫だとは思う」

 

 七瀬はペットボトルに入った水を飲む。

 日陰なので分かりにくいが、少しだけ顔色が悪いような気もする。

 

「本当に大丈夫......?」

 

「大丈夫だって......」

 

 そう言いながら、スマホのカメラ機能で自分の顔色を確認する七瀬。

 

「......あれ?」

 

 次の瞬間、七瀬は急に頭を手で押さえ始めた。

 

「正道? 正道!?」

 

 俺は正道と声をかけながら、七瀬に駆け寄る。

 

「大丈夫!? ねぇ!」

 

「あ、頭が......」

 

「どうしよう......! と、とりあえず横にして......!」

 

 俺は七瀬の体をしっかりと持ち、地面に寝かせる。

 そして、七瀬は気を失ってしまった。

 

 

 

「ど、どうしよう......!」

 

 俺は七瀬の顔色を伺う。

 

「熱中症......。の割には顔は赤くないし、むしろ白っぽい......! 貧血か......!?」

 

 俺はスマホで症状を調べようとした。

 だが、電波が全然入らず、調べることができなかった。

 

「だったら......。一旦急いで家に帰って、七瀬の母さんを......!」

 

 俺は七瀬をどこかに寝かせ、助けを呼ぼうと考えた。

 

「うぅ……」

 

 だが、七瀬が声を上げた。

 どうやら、意識が戻ったようだ。

 

「正道……!? 目が覚めた……!?」

 

 俺は、七瀬に声を掛け続けた。

 すると、七瀬の目がカッと見開いた。

 

「うわあああ!!」

 

 七瀬は驚き、咄嗟に体を起こした。

 すると、俺と七瀬の頭が衝突してしまう。

 

「いったぁ!」

 

「いてぇ!」

 

 二人揃ってうずくまり、頭を手で抑える。

 しばらく頭を抑えていると痛みが治ってきて、お互い体を起こす。

 

「正道! 体調は大丈夫!?」

 

「あぁ、なんとか……」

 

「良かった……! 携帯は圏外だし、正道を運ぶのも無理そうだったし、置いてくのも心配だったから……! 何事もなく目を覚ましてくれて良かった……」

 

 視界が霞む。

 どうやら、涙が出てきたようだ。

 

「そ、そんなに心配だったのかよ……」

 

「あ、当たり前でしょ! 好きな人が急に倒れたら誰だって……。……あっ!」

 

 俺は咄嗟に口を手で押さえる。

 

「わ、忘れて……! 今のは忘れて……!」

 

 俺の顔が熱くなる。

 七瀬から視線を逸らし、顔を隠した。

 

「……なぁ」

 

「な、何……?」

 

「俺も、実は……」

 

「七瀬のことが……」

 

「私が、何……?」

 

 突然、告白直前のような雰囲気になり、緊張する。

 まさか、向こうから告白されてしまうのだろうか。

 

「......ごめん。何でもない」

 

「......そっか」

 

 だが、そんなことは無かった。

 

 それから、気まずい雰囲気が続いた。

 俺たちは木漏れ日に照らされつつ、お互い顔を背けながら佇んだ。

 

 

「そ、そろそろ帰らない? ま、正道がまた調子悪くなったら大変だし……」

 

 俺は七瀬に提案した。

 

「そ、そうだな」

 

 七瀬は立ち上がるが、少しだけふらついた。

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

 急いで立ち上がり、七瀬の体を支える。

 

「あ、あぁ……」

 

「この調子だと、魚を運んで帰るのは無理そうだね……。悔しいと思うけど、正道が釣った魚はリリースしよう……」

 

「ち、畜生……」

 

 七瀬は悔しそうにしながら、魚を川へ流した。

 

「そんなに落ち込まないで。私の魚分けてあげるから……」

 

「あ、ありがとう……」

 

 七瀬がお礼を言う。

 

「それじゃ、帰ろうか……」

 

「そ、そうだな……」

 

 俺と七瀬は、家へ帰ることにした。

 

 

 帰り道、七瀬の家で魚を調理してもらうことになった。

 家に着き、七瀬の母さんに魚を預ける。

 

 七瀬の体調不良を心配した俺は、七瀬に休むよう促した。

 七瀬はその提案を受け入れ、自室へ入った。

 

 そして、俺は七瀬の母さんと台所へと向かった。

 

「あ、そういえば七瀬が、今日体調を崩して......」

 

「え、大丈夫だった?」

 

「少し気を失ったんですけど、なんとか自分の足で帰ってこれました。でも、しばらくは外に出かけない方がいいかもしれません......」

 

 俺は七瀬の母さんにそう伝えた。

 

 

 それから、七瀬の母さんの手伝いをして過ごした。

 そこで、再び七瀬との話になった。

 

「......そういえば、どうですか? まだ、完全に正道だと思い込んでますか?」

 

「そうね......。まだあの子は正道くんだと......」

 

 そう言いながら、七瀬の母さんが扉の方を向いた。

 

「あ、あら! 起きたの正道!」

 

 俺も扉を見ると、七瀬が台所を覗き込んでいた。

 

「あー! おはよう正道! ぐ、ぐっすり寝てたね!」

 

「なぁ、さっき俺のことを話してたような気がするんだけど......」

 

「え? あぁ! なかなか起きてこないから、相当疲れたのねって話をしてたのよ! ね? 七瀬ちゃん?」

 

「そ、そうそう! あはははは......」

 

 俺と七瀬の母さんは、笑って誤魔化した。

 

「......怪しいな」

 

「まあまあ! お魚の調理終わったからさ。ほら、一緒に食べよ! ね!」

 

 俺は七瀬の服を掴み、ダイニングに誘導する。

 そして、肩を掴んで強制的に椅子に座らせた。

 

「な、なんだよ......」

 

 俺は台所へ戻り、焼き魚が盛られた皿と箸を運び、テーブルに置いた。

 

「とりあえず食べようよ! ほら、まだ温かいうちにさ!」

 

 先ほどの会話を忘れてもらうために、七瀬を急かした。

 

「わ、わかったよ......。......いただきます」

 

 七瀬は魚を口に運んだ。

 

「私もさっきちょっと味見したんだけどさ。美味しいでしょ?」

 

「......うん。美味い」

 

「でしょー。私も食べよっと。あ、そうだ。あとでちょっとお話したいことがあるから、正道の部屋に行ってもいい?」

 

「あ、ああ。いいけど......」

 

「ありがとね。それじゃ、いただきまーす」

 

 俺も座り、魚を食べ始めた。

 お腹が空いていたため、魚が物凄く美味しく感じた。

 

「七瀬、食べるの速いな」

 

「え? そ、そう? もしかしたら、魚が美味しくて無意識に早食いしちゃってたかも。えへへへへ......」

 

 明かに中学生の女子の食事ペースで無かったことに気が付き、俺は速度を落とした。

 

「ふーん......」

 

 少し怪しまれたような気がしたが、それ以上突っ込まれることはなかった。

 

「あ、そういえばさ。昨日どうしたんだよ。遊びに来たっていうから急いで帰ってきたのに」

 

「え? 昨日?」

 

「あ、あー......。実は、お母さんに遊びに行くなら宿題をやれって言われてたのを忘れてて......。えへへ......」

 

 昨日、七瀬の母さんから、急用で帰ったということにしてあると言われたことを思い出し、咄嗟に理由を考え、笑いながら誤魔化した。

 

「......本当か?」

 

「ほ、本当だよ! ね、正道のお母さん!」

 

 俺が台所にいる七瀬の母さんに聞くと、母さんは頷いた。

 

「ほら! 嘘じゃないって」

 

「す、すまん......。本当だったんだな......」

 

「まったくもー......」

 

 少しだけ不機嫌なフリをしてみた。

 

「あ、そうだ。あとで正道の部屋に行ってもいい? 少しお話があって......」

 

「ん? ああ、いいぞ」

 

「あ、ありがと......」

 

 俺は少しだけ照れながら礼を言った。

 

 

 それから、俺は七瀬と共に部屋入った。

 七瀬はベッドに腰を下ろしたので、七瀬の隣に座った。

 

「そ、それで話ってなんだよ......」

 

 七瀬はベッドに腰を下ろし、俺はその隣に座った。

 

「正道はあの時の発言、どう思った......?」

 

「あの時って......?」

 

「あの......。川で正道が倒れた時の、その......」

 

 俺はあの時確信した。

 今、俺たちは両想いではないかと。

 

 そのため、一か八か、七瀬の思いを確認してみることにした。

 

「っ......!」

 

「正直さ......。正道はどうなの......?」

 

「俺は......」

 

 だが、本当に七瀬は俺のことが好きなのだろうか。

 俺が下手なことをして、嫌われたくない。

 

「......やっぱ、そうだよね」

 

「......え?」

 

「......正道は私のこと興味ないよね」

 

 だが、俺は諦めきれなかった。

 押してダメなら引いてみろ。

 自分で行くのがダメなら、相手に任せろ。

 これで、七瀬の様子を伺うことにした。

 

「......ごめんね。私、もう帰るね」

 

 俺は立ち上がり、部屋から出ようとした。

 

「待ってくれ!」

 

 立ち上がった七瀬が、俺の肩を強く掴み。

 

「俺は......! 七瀬のことが......!」

 

「ま、正道......! こ、声大きい......!」

 

「あっ......! ゴ......ゴホン......」

 

 七瀬は咳払いをする。

 

「俺も......好きだ......! あまり仲良くなかった俺を看病してくれて......支えてくれて......!」

 

「正道......」

 

「それで好きにならない方が無理がある......。俺は、七瀬のことが好きだ.....!」

 

 言った。

 思いを伝えてくれた。

 

「......なーんだ。良かった......」

 

 両想いで良かった。

 俺の体は緊張で、いつの間にか震え、涙が零れ落ちていた。

 

「な、七瀬......」

 

「良かった......! 本当に......!」

 

 七瀬は咄嗟にティッシュ箱を持ってきて、俺の顔を拭いた。

 優しく顔を拭き、ティッシュをゴミ箱に捨てる。

 

「ご、ごめん......。嬉しくてさ、つい......」

 

「はは......。ごめんね、本当に。醜いところを見せちゃってさ......

 

「いや、大丈夫だ......」

 

「それじゃあ......。その、これからよろしく......お願いします。......ってあれ、なんで敬語なんだろ......。あはははは......」

 

「ああ、こちらこそよろしく......」

 

 こうして、俺たちは付き合うことになった。

 

「じゃあ、また学校でね......!」

 

「......ああ!」

 

 俺は七瀬の部屋を出て、階段を下りた。

 そして、七瀬の母さんに挨拶をし、家を出た。

 

 

 さっき、七瀬の目の前で泣いてしまった。

 あれは、七瀬に告白され、嬉しかったことだけが理由ではない。

 

 この立場を利用し、七瀬を騙している罪悪感。

 こうでもしないと好きな子に振り向いてもらえないような、自分の情けなさも、涙を零した理由に含まれていた。

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