俺の彼女は幻かもしれない   作:Melolololon

2 / 11
第1章 目覚め 後半

「ねぇ、正道は今日何か用事ってある?」

 

 帰り道、七瀬がそんなことを聞いてきた。

 

「勉強する予定」

 

 俺はそう返事をした。

 

「じゃあさ、一緒に勉強しようよ」

 

「え、でも、二人だと集中できなくないか? 個別に勉強した方が......」

 

「もー......! 正道、自分がなんで入院したか忘れたの?」

 

 俺はそう言われ、あまりにも勉強に集中し、疲労から意識を失ったことを思い出す。

 

「勉強のし過ぎです......」

 

 おそらく、七瀬は俺のために一緒に勉強しようと言ってくれているのだろう。

 それなのに、一人で勉強することを提案したことが申し訳なくなり、敬語で返事をしてしまった。

 

「だから、私が見ててあげないとね?」

 

 七瀬が笑顔で俺の顔を覗き込む。

 

「お、おう......。頼む......」

 

 そんな七瀬に、少しだけ照れてしまった。

 

 

 それから、俺は七瀬の家で一緒に勉強をすることになった。

 七瀬の家は、俺の家と同じく、和風の少しボロッちい家だ。

 七瀬が玄関の扉をガラガラと開け、入っていく。

 俺も七瀬の後に続き、家に入った。

 

「お邪魔しまーす」

 

 家に入り、挨拶をする。

 

「あ、うちのお母さん。今在宅で仕事してるから返事がないかも」

 

「あ、そうなのか」

 

 俺は靴を脱ぎ、家に上がる。

 足音を立てると迷惑になるかもしれないので、すり足で歩く。

 そして、七瀬の部屋に入り、床にバッグを置く。

 

「そういえば、七瀬の家って久しぶりだな。小学四年生とか、それくらい前か?」

 

「あれ? そんな前だったっけ?」

 

 俺は部屋をキョロキョロと見渡す。

 棚には教科書や演劇の本が入っており、勉強机の上にはシャーペンが数本置いてあった。

 それ以外には特徴が無く、飾りなども一切ない殺風景な部屋だった。

 

「あの......。一応女の子の部屋だからさ。ね......? あんまりジロジロ見るのは......」

 

「あ、悪い......」

 

 俺は反省し、おとなしく床に座った。

 

「七瀬、練習頑張ってるんだな」

 

「な、何? 急に?」

 

「いや、今時の女子と言えば、イケメンアイドルや可愛いマスコットにハマって、グッズで部屋を飾ったりもしそうだなぁって思ったんだけどさ。それらに目もくれないほど、頑張ってるんだろうなぁって」

 

 俺は七瀬のストイックさに感心する。

 

「そ、そう? ......それより、勉強しようよ。時間無くなっちゃうからさ」

 

「おう、そうだな。そうだ、まずはお互い問題を解いて採点しないか?」

 

「オッケー。じゃあ、数学からどう?」

 

 俺と七瀬はバッグから数学の教科書やノート、問題集、筆記用具を取り出し、テーブルの上に置く。

 準備を終えた俺と七瀬は、問題集の問題を解き始めた。

 解答をノートに記載していき、二人とも終わったところでノートを交換する。

 そして、七瀬の解答を確認していくが、俺は眉をしかめた。

 

「なぁ......。どんだけ勉強サボってたんだ......?」

 

 七瀬は俺と同じか、それ以上に学力があった記憶があるが、正答率は良いものとは言えなかった。

 

「えへへ......。正道の心配に加えて、演劇の練習もしてたから......」

 

 どうやら、全くと言っていいほど勉強をしていなかったようだ。

 

「はぁ......」

 

 俺は呆れてため息をついた。

 

「じゃあ、みっちり復習しないとな......!」

 

 少しだけ笑いながら、七瀬を脅すように言う。

 

「お、お手柔らかにお願いします......」

 

 それから、勉強をサボり、おバカになってしまった七瀬にみっちりと勉強を教えて。

 

 

「もー無理! ギブ!」

 

 時刻は六時半を過ぎていた。

 七瀬は根を上げ、床に寝転んでしまった。

 

「お疲れさん。それじゃあ、毎日頑張れよ」

 

「えー......」

 

 外は既に日が沈み、暗くなりかけていた。

 道が見えなくなるのを心配した俺は、家に帰ることにした。

 

「ねぇ正道?」

 

「なんだ?」

 

「......また、一緒に勉強してくれる?」

 

「......断ったって、心配して無理やり勉強することになるんだろ?」

 

「まぁね。それじゃ、気を付けて」

 

「ああ。また明日な」

 

 七瀬は俺に手を振る。

 俺は七瀬に挨拶し、七瀬の部屋を出る。

 

「お邪魔しましたー」

 

 俺は仕事をしている七瀬の母親に聞こえるように言い、七瀬の家を後にした。

 

 

「ただいまー」

 

 家に帰ると、母さんは既に夕飯の支度を終え、食事をテーブルに並べていた。

 

「今日のおかずはマグロのお刺身よ。明日も早いんだから、お風呂入ったらちゃっちゃと食べちゃいなさい」

 

 俺は母さんにせかされ、すぐに風呂に入る。

 パパっと全身を洗い、髪をドライヤーで乾かし、食事を食べ始めた。

 

「ご馳走様でした」

 

 食べ終えた俺は、食器を洗い、収納する。

 そして、自分の部屋に向かい、勉強を始めた。

 

 

 黙々と勉強をしていると、既に時刻は十時を回っていた。

 

「もう少しだけ......」

 

 そう思ったが、俺は倒れたことを思い出す。

 このような積み重ねにより、俺は倒れ、みんなに迷惑をかけてしまったのではないか。

 

「......いや、今日は寝よう」

 

 俺は切り上げ、おとなしく寝ることにした。

 

 

 次の日の朝、目が覚めた俺は学校に行こうとした。

 だが、俺の体調は最悪だった。

 

 

 

「おえぇぇぇ......」

 

 恐ろしいほどの吐き気と腹痛が俺を襲う。

 

「なんだこれ......? 食あたりか......?」

 

 昨日の夕食は刺身だった。

 そして、今は六月、俺が住んでいる場所は海から離れた山奥。

 もしかしたら、運搬方法に不備があり、刺身が痛んでいたのかもしれない。

 

 体を起こしてみるが、学校までの道のりを歩けるかどうか不安になるほどの調子だった。

 俺は本日の通学を諦め、再び寝る。

 保健体育の授業で、吐きそうな時は横向きで寝ると良いということを思い出し、横になる。

 これで吐いてしまっても、喉に詰まって呼吸困難にならないらしい。

 

「正道......。今日は学校に行くのは無理そうね......」

 

 いつの間にか、母さんが俺の部屋に入ってきており、俺の様子を伺っていた。

 

「母さん、ごめん......。今日は無理だ......。吐き気と腹痛が......!」

 

「見ればわかるわよ。先生と七瀬ちゃんには休むって伝えておくから、あんたは寝てなさい。」

 

「うう......」

 

 母さんは坂月先生に連絡するために部屋を出ていった。

 

 それから、しばらく寝ようとするも、吐き気と腹痛が邪魔をし、眠りにつくことはできなかった。

 むしろ悪化し、寒気を感じ始め、布団を頭まで被る。

 

「辛い......」

 

 だが、俺には我慢することしかできなかった。

 涙を流しそうになりながらも、ひたすら耐えて寝ようとする。

 

「あれ......? そういえば、刺身は母親も食べたはずなのに......」

 

 それなのに、何故あんなにも元気なのだろうか。

 

「もしかして、俺だけ入院明けで体調が万全じゃなかったのか......?」

 

 不運が重なり、俺だけ食あたりの症状が出てしまったのかもしれない。

 

「クソ......。最悪だ......」

 

 俺は自分の不運さを恨む。

 それから、二時間ほど苦しんだ後、俺はいつの間にか眠りについていた。

 

 

 目が覚めると、時刻は昼の四時だった。

 まだ体調は回復しておらず、相変わらず吐き気と腹痛が続いている。

 体を少し動かすと、服が汗でびしょ濡れであることが分かった。

 

「うへぇ......。最悪だ......」

 

 俺は体を起こす。

 すると、枕の隣にタオルとビニール袋が置いてあることに気が付いた。

 おそらく、母親が用意してくれたのだろう。

 

 俺は汗だくの体を少しでも早くどうにかしたいと思い、立ち上がる。

 そして、思い通りに動かない体を無理やり動かして風呂場へと向った。

 

 脱衣所に付いた俺は着替え始めるが、あることに気が付いた。

 

「ん......?」

 

 下半身に視線を向けると、ズボンとパンツが交換されていたことに気が付いた。

 

「ま、まさか......」

 

 食当たりで腹を下していたので。寝ている間に便を漏らしてしまったのだろう。

 

「あ、あとで謝っておくか......」

 

 俺は心の底から母親に申し訳ないと思った。

 サッとシャワーで体を流し、風呂場から出た。

 

 自室に戻ると、母親がベッドのシーツを取り外していた。

 その様子を見て、俺は再び申し訳ないと思ったのと共に、恥ずかしくなってしまった。

 

「ご、ごめん......。こんな年にもなって......」

 

 俺はモゴモゴとこもった声で、母さんに謝罪した。

 しかし、母さんは呆れた顔などせず、心配そうな表情をしていた。

 

「しょうがないわよ。体調が悪かったんだから。迷惑だと思ってないから、心配しなくていいわよ」

 

 母さんがそう俺に言い、シーツを持って部屋から出ていった。

 

「うう......。本当に申し訳ねぇ......」

 

 俺はベッドの横に座り込み、落ち込みながら新しいシーツに交換されるのを待った。

 

 

 シーツを交換し、ベッドで寝ているとインターホンが鳴った。

 スマホで時間を確認すると、時刻は四時半を少し過ぎた頃だった。

 時間帯からしておそらく七瀬だろう。

 

 耳を澄ませると、静かに、でも、素早く階段を上る音が聞こえた。

 そして、部屋の扉が開くと、七瀬の乱れた息の音と共に、俺を心配する七瀬の姿が見えた。

 

「正道! 大丈夫!? また倒れたりしてないよな!?」

 

 走ってきたのか、ゼーゼーと息を切らした汗だくの七瀬が俺のベッドの横に膝立ちをし、俺の顔を覗き込む。

 

「あ、ああ。大丈夫だ......」

 

 俺は親指を立て、七瀬に見せる。

 それを見た七瀬は、大きく息を吐き、安心したような表情を見せた。

 

「よ、よかった......」

 

「はは......。すまなかったな、心配かけさせて......。ほら、汗拭けよ......」

 

 母親が汗を拭くためにと、枕の隣に置いてくれた未使用のタオルを七瀬に手渡す。

 

「ありがと......」

 

 七瀬はそれを受け取り、顔をゴシゴシと拭いた。

 

「そういえば、なんで調子が悪くなっちゃったの?」

 

「昨日食った刺身が傷んでて体調を崩したみたいなんだ......。朝から吐き気やら腹痛が酷くて、まいっちまうよ......」

 

「吐き気がするなら、あまりお話しない方がいいかな......? ごめんね、喋らせちゃって......」

 

「い、いいよ......! 気にすんな......! ......うっ......!」

 

 俺は咄嗟に口を押える。

 七瀬は慌ててタオルの隣に置いてあったビニール袋を口元へ運ぶ。

 

 吐きそうになったが、運よく吐き気が収まってくれた。

 

「ねぇ......。一人で大丈夫? 私が見ててあげようか?」

 

「い、いや。大丈夫......。七瀬には迷惑かけられないから......」

 

 心配している七瀬に、俺はそう返事をした。

 その返事には、七瀬に迷惑を掛けたくないという気持ちもあるが、情けない姿を見られたくないという気持ちと、嘔吐している場面を他者に見られたくないという気持ちも含まれていた。

 

「じゃ、じゃあ私は帰るね......? 学校のプリントは机の上に置いておくから......。それじゃあ、お大事に......」

 

「ああ......。今日はありがとな......」

 

 七瀬はプリントを机の上に置くと、部屋から出ていった。

 

 

 七瀬が帰宅し、少し経った後に母さんが部屋にやってきた。

 

「ほら、お粥持ってきたわよ」

 

 俺は体を起こし、母さんはおぼんをテーブルの上に置く。

 

「どうしても無理そうならいいけど、できるだけ食べなさい。食べないと、栄養不足になっちゃうから......」

 

 母さんはそう言い、タオルを回収して部屋から出ていった。

 

「......いただきます」

 

 俺は頑張って口にお粥を運び、飲み込む。

 まだ吐き気は残っているが、なんとか食べきれそうだ。

 

 お粥を食べ終えると、俺は再び眠りについた。

 明日は治っているといいなと思いながら。

 

 

 しかし、食あたりは次の日も続いた。

 そして、初日と同じように吐き気と腹痛に苦しんだ。

 二日目も同じように耐え、食あたりの症状が治ったのは三日目の朝だった。

 

 

 

 朝起きると吐き気や腹痛は治まり、通学できそうなほど回復していた。

 

「いやー......。酷い目にあったなぁ......」

 

 俺は部屋を出て階段を下りていく。

 台所には朝食が用意してあり、母さんは調理道具の片づけをしていた。

 

「あら、今日は大丈夫なの?」

 

「うん、なんとか......。でも、しばらくは生ものは控えた方がいいかも......。また食あたりになったら嫌だし......」

 

「そ、そうね......」

 

 母さんは少ししゅんとしてしまう。

 もしかしたら、自分の責任だと感じてしまっているのかもしれない。

 

「母さんが気にすることないよ。ここまで体調が悪くなるなんて、俺自身も分からなかったし......」

 

 俺はそう言いながら、席に着き、手を合わせる。

 

「じゃ、いただきまーす」

 

 朝食を食べ、制服に着替えるとインターホンが鳴った。

 俺が玄関の扉を開けると、少ししょんぼりしている七瀬の表情が見えた。

 だが、俺の顔を見た途端、急に笑顔になった。

 

「正道! もう大丈夫なの!?」

 

「ああ、心配させて悪かった......」

 

 後頭部を手で掻きながら、七瀬に謝罪する。

 

「本当だよ! 心配したんだから......」

 

「すまん。まだ入院明けで体調が万全じゃないみたいだし、これからは色々と気を付けるよ......。......それじゃ、行こうか。ここで雑談してたら、遅刻しそうだし」

 

「うん、そうだね」

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 俺と七瀬は玄関から出て、扉を閉める。

 そして、七瀬に手を繋ぐよう促され、手を繋ぎ、学校へと向かった。

 

「......なぁ、七瀬。ちょっと聞きたいんだけど......」

 

「ん? 何? 」

 

 俺は、病院で七瀬に会ってからずっと感じていた違和感の正体を確認することにした。

 

「俺と七瀬ってさ。俺の記憶が正しければ、あんまり親しい仲じゃなかったと思うんだよな。学校でもほとんど話さなかったし......」

 

「......うん。そうだね」

 

「それなのに、どうしてここ最近はそんなに良くしてくれるんだ?」

 

 俺がそう質問すると、七瀬は考え始めた。

 

「......寂しくなるなって思ったから?」

 

「寂しく?」

 

「うん。あんまり親しくなかったけど、それでも、いなくなったら少し寂しくなるなって思って......。実際、正道の入院期間中も少し寂しかったし......」

 

「そ、そうだったのか......」

 

「それでね。考えて考えて。私は実は正道と仲良くなりたかったのかなって思ったんだ。だから、いなくならないでほしい。生きてほしいって思って......」

 

 少し恥ずかしそうにしながら話す七瀬。

 そんな七瀬の言葉を聞いていた俺も、少しだけ恥ずかしくなり、顔を見せないようにしていた。

 

「.....やめよっか。この話。お互い恥ずかしくなってどうにかなっちゃいそうだし......」

 

「......そうだな」

 

 それから、俺たちは特に話すこともなく歩き続け、学校に向かった。

 そして、授業を受け、給食を食べ、また授業を受けて帰宅。

 

 帰り道もまだ登校中の気まずさが残っており、口数は少なかった。

 家に帰り、風呂に入り、夕食を食べて、ベッドに入る。

 

 同じ様な日常を繰り返し、いつも通り寝る。

 今までは、こんな日常が退屈で退屈で仕方が無かった。

 

 だが、今は違う。

 七瀬が一緒だ。

 

 同じ様な日常でも、七瀬が居るだけでかなりマシになっていた。

 いや、マシというレベルなのだろうか。

 マシというレベルであるのなら、七瀬のことをこんなにも考えないはずだ。

 

 寝ようとしても、七瀬のことが頭から離れない。

 俺と一緒に過ごしてくれる七瀬が、体調を崩した時に本気で心配してくれた七瀬が。

 そして、今日の朝、俺を必要としてくれた七瀬のことが、頭にずっと残っていた。

 

 もしかして俺は、七瀬のことを好きになったのかもしれない。

 

 

 

 

 

1章 終

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。