「なぁ七瀬。さっき坂月先生が言い忘れたから伝えてくれって言ってたんだけどさ」
授業が終わり、放課後の時間。
お手洗いから戻ってきた七瀬に、正道が声をかけた。
「何?」
七瀬はそっけなく返事をする。
「七瀬がニュースを見たかは知らないけどさ。明日台風が上陸するんだよ。それで、登校が困難だと先生が判断したら、朝家に連絡するってさ」
「そう」
七瀬はあまり興味がないのか、それだけ言うと鞄を持ち、教室から出た。
「明日は家で一日中勉強かな……」
夕焼けの光が差し込む廊下を一人で歩きながら、七瀬はボソッと呟いた。
「うぅ……」
「正道……!? 目が覚めた……!?」
俺を呼ぶ声がだんだんと大きくなる。
目を開けると、七瀬が膝枕をし、俺の顔を覗き込んでいたことに気がつく。
「うわあああ!!」
俺は驚き、咄嗟に体を起こした。
すると、俺と七瀬の頭が衝突してしまう。
「いったぁ!」
「いてぇ!」
二人揃ってうずくまり、頭を手で抑える。
しばらく頭を抑えていると痛みが治ってきて、お互い体を起こす。
「正道! 体調は大丈夫!?」
七瀬が俺の顔を覗き、確認する。
「あぁ、なんとか……」
「良かった……! 携帯は圏外だし、正道を運ぶのも無理そうだったし、置いてくのも心配だったから……! 何事もなく目を覚ましてくれて良かった……」
七瀬は急に安心したせいか、涙目になっていた。
「そ、そんなに心配だったのかよ……」
「あ、当たり前でしょ! 好きな人が急に倒れたら誰だって……。……あっ!」
七瀬は咄嗟に口を手で押さえる。
だが、既に七瀬の気持ちは言葉となり俺の耳に届いていた。
「わ、忘れて……! 今のは忘れて……!」
顔を真っ赤にし、俺から目を逸らす七瀬。
「……なぁ」
「な、何……?」
こんな状況だが、俺はチャンスだと思ってしまった。
七瀬の発言により、友達としてではなく、異性として好きであり、両思いであることがわかった。
「俺も、実は……」
だったら、俺たちは付き合えるんじゃないか。
「七瀬のことが……」
俺は気持ちを伝えようと、必死に声を出そうとした。
だが、緊張で言葉が出ない。
「私が、何……?」
困惑する七瀬。
気持ちを伝えようとしても、なかなか言葉が出ない。
言葉が詰まったおかげで、今自分がしようとしていることがおかしいことに気が付いた。
流石にこのタイミングで告白するのは、急すぎるのではないか。
「......ごめん。何でもない」
「......そっか」
それから、気まずい雰囲気が続いた。
俺たちは木漏れ日に照らされつつ、お互い顔を背けながら佇んだ。
「そ、そろそろ帰らない? ま、正道がまた調子悪くなったら大変だし……」
沈黙を破ったのは七瀬だった。
「そ、そうだな」
俺は立ち上がるが、まだ体調が完全に回復していないのか、少しだけふらついた。
「ちょ、大丈夫!?」
ふらつく俺の体を、急いで立ち上がった七瀬が支える。
「あ、あぁ……」
「この調子だと、魚を運んで帰るのは無理そうだね……。悔しいと思うけど、正道が釣った魚はリリースしよう……」
「ち、畜生……」
俺は悔しい思いをしながら、クーラーボックスを開け、釣った魚を川へと流した。
行きと同じ重さのクーラーボックスの紐を肩にかけ、釣り竿を鞄に引っ掛ける。
「そんなに落ち込まないで。私の魚分けてあげるから……」
「あ、ありがとう……」
七瀬にお礼を言う。
「それじゃ、帰ろうか……」
「そ、そうだな……」
七瀬が準備を終えたことを確認すると、俺は家に向かって歩き始めた。
帰り道は行きと違い、会話はなかった。
そのせいで蝉の鳴き声が目立ち、とてもうるさく感じた。
気がつくと森の出口付近まで到達しており、自宅周辺の畑道が見えていた。
「......そうだ。正道の家で魚の調理してもらってもいい? 私のお母さん、魚料理あまり得意じゃなくて……」
「ああ、いいぞ」
「本当? それじゃあ、正道の家へ行こうか」
森を抜けた俺と七瀬は、二人で並んで歩き始めた。
先ほど七瀬が口を開いたことがきっかけで気まずい雰囲気は解消され、普段通り会話しながら家へと向かっていった。
玄関を開け、クーラーボックスや鞄を下ろすと、母親が玄関までやってきた。
「あら、おかえり。お魚釣れた?」
「はい! 釣れましたよ!」
七瀬はクーラーボックスを開け、魚を見せる。
「これはイワナかしら? よーし、それじゃあお母さんが今から焼いちゃうから、二人は部屋で待ってなさい」
「お願いします!」
七瀬がそう言うと、靴を脱ぎ、俺の部屋へと向かっていった。
俺も靴を脱ぎ、七瀬について行く。
部屋に入ると、俺はベッドに座り、すぐに横になった。
「はぁぁ……。疲れた……」
「正道お疲れー。あ、そうだ。まだ体調が万全かわからないから、そのまま少し休んだら? 正道のお母さんが呼んだら起こすからさ」
「いいのか? それじゃ、少し眠ろうかな」
俺は仰向けになり、足を組んで目を閉じる。
そして、釣りのことを思い出す。
その時、気を失ってしまった時のことも思い出した。
その時に見た夢。
あれは、おそらく二年前の学校での出来事だ。
夢に出てきた七瀬は、かなり素っ気なかった。
俺の記憶が正しければ、あれが本来の七瀬である。
今の七瀬は、不自然なくらい距離感が近い。
何故、急激にこんなに距離を縮めてきたのだろうか。
(……あれ?)
七瀬の距離感が近いこと以外にも、まだ違和感が残っているような気がした。
倒れた時に見た夢に、違和感が。
(あれ、なんでだろう……)
明らかにおかしい違和感。
俺は考える。
何故、あんな記憶が存在しているのか。
思い返してみると、あの記憶あるのはおかしいはずだ。
考えようとするが、疲労のせいで意識が遠のいていく。
そして、俺は眠りについた。
「はぁ......。ううぅ......」
七瀬は壁に手を付き、家の廊下を歩いていた。
顔色は真っ青で、今にも意識を失いそうだった。
意識が遠のきそうな中、必死に歩き、台所へと入っていく。
「私は......! 絶対に......!」
歯を食いしばりながら歩き続け、冷蔵庫の扉を開ける。
霞んだ視界で必死に何かを探し、目的の物を見つけると、それを手に取った。
七瀬が手に取ったのは、カフェイン入りの栄養ドリンクだった。
冷蔵庫にもたれかかり、力が入らない手でドリンクの瓶の蓋を開ける。
そして、中身を一気に飲み干すと、その場で倒れてしまった。
「んんぅ......! ......うわっ!」
俺は体を起こすと、体は汗でびっしょりだった。
「嫌な夢だったな......」
今回の夢は、おそらく俺が入院する直前の記憶だろうか。
今まで記憶から消えていたが、こんな感じの出来事があったような気がする。
ただ、夢だからなのか、何故か自分が七瀬になっていた。
勉強漬けで苦しい中、自分に鞭を打ち、限度を間違えて倒れてしまった嫌な出来事。
今後はこんなことが起こらないように気を付けたい。
「......あれ? 七瀬は......?」
部屋を見渡すと、七瀬の姿は無かった。
もしかして、台所で母さんの手伝いをしているのだろうか。
俺は立ち上がり、部屋を出た。
「ん......?」
階段を降り、台所に近づくとコソコソと話す声が聞こえてきた。
「......そういえば、どうですか? まだ......」
「そうね......。まだあの子は......」
話しているのは、七瀬と母さんだった。
どうやら、俺の話をしているようだ。
気になった俺は隠れてコッソリ話を聞こうと悩んでいると、偶然母さんと目が合ってしまった。
「あ、あら! 起きたの正道!」
「あー! おはよう正道! ぐ、ぐっすり寝てたね!」
七瀬と母さんは少しだけ慌てたような口ぶりで話す。
怪しい、物凄く怪しい。
「なぁ、さっき俺のことを話してたような気がするんだけど......」
「え? あぁ! なかなか起きてこないから、相当疲れたのねって話をしてたのよ! ね? 七瀬ちゃん?」
「そ、そうそう! あはははは......」
「......怪しいな」
「まあまあ! お魚の調理終わったからさ。ほら、一緒に食べよ! ね!」
俺は七瀬に服を掴まれ、ダイニングに誘導される。
そして、肩を掴まれて強制的に椅子に座らされた。
「な、なんだよ......」
七瀬は台所に戻り、焼き魚が盛られた皿と箸を運んできた。
「とりあえず食べようよ! ほら、まだ温かいうちにさ!」
「わ、わかったよ......。......いただきます」
俺は急かされ、七瀬が釣った魚を口に運ぶ。
「私もさっきちょっと味見したんだけどさ。美味しいでしょ?」
「......うん。美味い」
釣りたて、というわけでもないが、とても美味かった。
「でしょー。私も食べよっと。あ、そうだ。あとでちょっとお話したいことがあるから、正道の部屋に行ってもいい?」
「あ、ああ。いいけど......」
「ありがとね。それじゃ、いただきまーす」
七瀬も椅子に座り、魚を食べ始めた。
パクパクと食べ進めており、七瀬の魚はどんどんと無くなっていった。
「七瀬、食べるの速いな」
「え? そ、そう? もしかしたら、魚が美味しくて無意識に早食いしちゃってたかも。えへへへへ......」
そう返事をし、再び食べ始める七瀬。
先ほどまでの早食いではなく、普通のペースで食べていた。
「ふーん......」
少し気になったが、本当に無意識に早食いをしていただけかもしれないので、これ以上突っこまないことにした。
「あ、そういえばさ。昨日どうしたんだよ。遊びに来たっていうから急いで帰ってきたのに」
「え? 昨日?」
きょとんとする七瀬。
それから、少しだけ黙り、七瀬は口を開いた。
「あ、あー......。実は、お母さんに遊びに行くなら宿題をやれって言われてたのを忘れてて......。えへへ......」
七瀬は笑いながらそう言ったが、少しだけ不自然な感じがした。
まるで、何かを隠しているような。
「......本当か?」
「ほ、本当だよ! ね、正道のお母さん!」
七瀬が台所にいる母さんに聞くと、母さんは頷いた。
「ほら! 嘘じゃないって」
「す、すまん......。本当だったんだな......」
「まったくもー......」
七瀬は少し不機嫌になりながら、魚を口に運んだ。
俺の勘違いで疑ってしまい、申し訳なくなった。
「あ、そうだ。あとで正道の部屋に行ってもいい? 少しお話があって......」
「ん? ああ、いいぞ」
「あ、ありがと......」
少しだけ俯きながら、七瀬は返事をした。
気のせいかもしれないが、一瞬、少しだけ不安そうな顔をしていたような気もする。
そんな七瀬に話しかけるのが気まずくて、これ以降会話をすることはなかった。
それから、俺は七瀬と共に部屋入った。
俺はベッドに腰を下ろすと、七瀬も隣に座った。
距離が近い気がして、顔を無意識に七瀬の反対側に向けてしまう。
「そ、それで話ってなんだよ......」
七瀬に顔を向けず、話を振る。
「正道はあの時の発言、どう思った......?」
「あの時って......?」
「あの......。川で正道が倒れた時の、その......」
チラッと七瀬に視線を向けると、手を太ももに挟み、モジモジしている。
倒れて目が覚めた後、七瀬が発したあの言葉。
好きな人が急に倒れたら誰だって。
「っ......!」
あの時のことを思い出し、俺は再び顔を背けた。
多分、今俺の顔は真っ赤になっているに違いない。
そんな恥ずかしい所を、七瀬に見られたくはなかったのだ。
「正直さ......。正道はどうなの......?」
俺の気持ち。
「俺は......」
俺は、七瀬のことが好きだ。
だが、それを口にする勇気が出ない。
倒れた直後のあの時は少しおかしかったのか、むしろ自分から告白をしようとしていた。
だけど、今はあの時とは違い、思いを口にできそうにない。
「......やっぱ、そうだよね」
「......え?」
「......正道は私のこと興味ないよね」
笑ってはいるが、悲しさが伝わる表情で言う七瀬。
ここで何も返事をしなかったら、七瀬と付き合うきっかけが、いや、これから仲良くなっていくことすら難しくなるかもしれない。
「......ごめんね。私、もう帰るね」
七瀬は立ち上がり、俺の部屋から出ようとした。
せっかく七瀬と仲良くなり、お互い一緒に過ごすようになり、好きになってしまった。
七瀬と離れたくない。
一緒に居たい。
「待ってくれ!」
気が付くと俺は、帰ろうとした七瀬の肩を掴んでいた。
「俺は......! 七瀬のことが......!」
「ま、正道......! こ、声大きい......!」
「あっ......!」
こんなに大きな声を出してしまったら、家族に聞かれてしまう。
ただでさえ真っ赤で見せられないような顔が、もう見るに堪えない顔になっているだろう。
「ゴ......ゴホン......」
気を紛らわすために、咳払いをしてみる。
「俺も......好きだ......!」
目線を合わせず、若干下を向きながら、思いを伝えた。
「あまり仲良くなかった俺を看病してくれて......支えてくれて......!」
「正道......」
「それで好きにならない方が無理がある......。俺は、七瀬のことが好きだ.....!」
言った。
ついに思いを伝えた。
「......なーんだ。良かった......」
七瀬の体がプルプルと震えている。
足元に向いている視線を七瀬の顔に向けると、目から涙が零れ落ちていた。
「な、七瀬......」
「良かった......! 本当に......!」
涙に加え、鼻水も少し垂れてくると、俺は咄嗟にティッシュ箱を持ってきて、七瀬の顔を拭いていた。
優しく顔を拭き、ティッシュをゴミ箱に捨てる。
「ご、ごめん......。嬉しくてさ、つい......」
俺が持っているティッシュ箱からティッシュを数枚取り、鼻をかむ七瀬。
「はは......。ごめんね、本当に。醜いところを見せちゃってさ......」
「いや、大丈夫だ......」
「それじゃあ......。その、これからよろしく......お願いします。......ってあれ、なんで敬語なんだろ......。あはははは......」
「ああ、こちらこそよろしく......」
こうして、俺たちは付き合うことになった。
「じゃあ、また学校でね......!」
「......ああ!」
七瀬が手を振り、俺の部屋を出ようとした。
部屋から顔を出し、階段を下る七瀬を見守る。
「......っ!」
突然、俺の視界がぼやける。
あの時と同じような感じだ。
川に釣りに行き、倒れる直前の時と同じ。
「な、なんだ......!?」
部屋を出ていく七瀬の姿。
その姿は、俺が先ほどまで見ていた七瀬とは違う人物だった。
まるで、自分と全く同じ姿。
ドッペルゲンガーの様に、自分と全く同じ見た目。
そんな姿をした七瀬は階段を下っていき、母さんに挨拶をして家から出ていった。
第2章 終