緑松石に関する物語   作:箱葉

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記憶はいつか草木となる

 

 

 歌摘みたちが歌い、踊りの好きなアランナラが体を揺らす。木々に隠れたいくつもの種たちが、コソコソと興味深そうにこちらを覗いてる。

 

 ナラアルハイゼンは一気に賑やかになった周りを見回した。何も言わないけど、この顔は……きっと楽しいって思ってる顔だ。多分。

 アランナラを観察してるカレを観察してたら「アランラミャ!」と声がした。振り向くとそこには、赤い布を付けた友達が立っていた。

 

「あ、アランマだ。どうしたの?」

「アランラジャに頼まれて、みんなにキミたちのことを伝えてたんだ。もう怖がるアランナラはいないよ、安心して」

「わあ、ありがとう! すごく助かった」

 

 ナラアルハイゼンがアランマのほうを向く。

 

「手を貸してくれたのか。ありがとう」

「わっ、ナラに話し掛けられちゃった! どういたしまして、銀色のナラ。アランラジャが待ってる。案内しようか?」

 

 親切に提案してくれたけど、アランラミャは頭を横に振った。

 

「ううん、アランラミャがするから大丈夫。またね、アランマ」

「またね! 今度、キミのアランラカラリをもっとよく見せて!」

 

 手を振り合ってから「行こう、ナラアルハイゼン」とカレを引っ張る。

 

「アランマとは友達なのか?」

 

 歩きながらアランラミャは笑った。

 

「うん! アランマは若いけど勇敢なアランナラなんだ。アランラミャを助けてくれたし、一緒によく遊んでる」

「ほう……アランナラにも年齢があるのか。君はどのくらい生きているんだ?」

「アランラミャはずーっと昔からいる。忘れちゃったことが沢山あるから、どこまで昔かは分からない。でも、アランマが生まれたときのことは覚えてる」

 

 アランラミャはおめでとうと言って、アランマに『売り物』だったカルパラタ蓮を『特別サービス』であげたんだ。カルパラタ蓮は高いところにあるから滅多に取れない。

 アランマはびっくりしながら喜んでくれて、それが嬉しかったからよく覚えてる。

 

 

 ――あちこちを見て質問してくるナラアルハイゼンを引っ張り続けて、やっと目的地に着いた。

 窮屈そうに身を縮めて家に入ったカレを、アランラジャは優しい顔で迎えてくれた。

 

「おお、ナラを見るのは久しぶりじゃのう。ヴァナラーナへようこそ、ナラアルハイゼン。キミがアランラミャたちを助け、外のキノコンたちをやっつけてくれたことは聞いておる。ゆっくりしていくといい」

「初めまして、アランラジャ。それらのことは偶然居合わせただけで、善意でやったことではない。しかし迎え入れてくれたことには感謝する」

 

 腕を組みながらそう言ったカレに、アランラジャは面白そうに笑った。

 

「これはまた、へんてこなナラじゃのう」

「ナラアルハイゼンはへんてこだけど、とってもいいナラだ」

「そうか、そうか。それで……アランラミャのアランラカラリについて聞きたいんじゃったか?」

「うん。アランラカラリが変なんだ。ほら、ナラになっちゃう」

 

 両手を広げてナラになった体を見せる。でも、アランラジャはふむふむと頷くだけだった。

 

「どこも変ではないのう。ずっと昔から同じアランラカラリじゃったよ」

「ええっ!?」

 

 びっくりしすぎて土に潜るとこだった。

 

「でもアランラミャ、使った記憶なんてないよ」

「うーむ……ああ、そうじゃ。大きな災難の時、アランラカラリのことまで一緒に忘れてしもうたんじゃったな」

 

 ナラアルハイゼンが「大きな災難?」と頭を傾けて聞き返す。教えてあげたかったけど、アランラミャもその物語はよく知らない。

 ふむ、とヒゲを撫でたアランラジャが語り始める。

 

「ずっとずーっと前のことじゃ。空が真っ黒になり、おぞましい赤色の雨が降り注ぎ、黒い怪物があちこちに現れて木々をなぎ倒していった。大勢の子供がサルバに還り、マハールッカデヴァータでさえもサルバに帰還なさった……しかし、怪物に立ち向かい、なんとか戻ってきたアランナラもおった。その中のひとつがアランラミャじゃ」

「全然覚えてない……」

「アランラミャは休眠して、干からびた種になっておったからのう。なんとかナラヴァルナに起こしてもらったが、その時にはもうすべてを忘れておった」

 

 昔のアランラミャは頑張ってたらしい。怪物に立ち向かうなんて信じられない……。

 知らない自分の話に、なんだか不思議な気持ちになる。

 手を口元に当てて、考え事をしていたナラアルハイゼンが口を開いた。

 

「――アランナラは休眠することがある、とは昨日アランラミャから聞いた。具体的にはどのような状態のことを休眠と呼ぶんだ? 干からびた種と言っていたが」

「休眠はアランナラが命の危険にさらされた時や、すごく怖い思いをした時にするんじゃ。すべての記憶と夢をひとつの小さな種に凝縮させ、夢のない眠りに落ちるんじゃよ」

「……なるほど」

 

 アランラミャもそれに続けた。

 

「普通なら休眠しても記憶は失わない。でも、アランラミャは全部忘れてた。だからきっと、種になる前にアランラカラリを使いすぎちゃってたんだと思う」

「記憶を元にして使う力、だったか? ……それなら、君はもうアランラカラリを使わないほうがいいんじゃないか」

「ええっ! そんなあ」

 

 それじゃあ、もうナラの姿で遊んじゃダメってこと?

 ぎゅっとナラアルハイゼンの服を握ると、カレは「君の負担が大きいかもしれないと推測しただけだ。まだ決まった訳じゃない」と言ったのでちょっと安心した。

 

「どれくらい記憶を使うかはワシにも分からん。あの時の記憶はもうワシのものではなく、アランラミャのものでもないからのう。しかし、アランラミャとよく話していたアランパカティやアランマニなら、まだ覚えておるかもしれん」

「あ、そっか! アランパカティたちなら、きっとアランラミャのことも分かるはず」

 

 ナラアルハイゼンが「彼らはここに居るのか?」と聞いたので、大きく頷く。

 

「では、そのアランナラたちに話を聞きに行こう」

 

 ふたりでお礼を言うと、アランラジャはにこにことヒゲを揺らした。

 

「うむ、また困ったことがあったらいつでもおいで」

 

 アランラジャに手を振って、大きな家を出る。まずはアランパカティに会いに行くことにした。

 水溜まりの上を歩きながら、アランラミャはカレにアランパカティのことを教えてあげた。

 

「アランパカティはね、四つの『お兄ちゃん』がいるんだ。アランチャトラ、アランサカ、アランパス、アランファラ……でも、今はみんなアランパカティに追い出されてる」

「ほう、なぜだ?」

「ちょっと前、『お兄ちゃん』たちがナラの料理を再現しようとして、いっぱい煙を出したんだ。ヴァナラーナが煙だらけになって、みんな怖がって逃げ回った。アランラミャも逃げた。勇敢なアランマが煙を懲らしめてくれたから助かったけど、アランパカティはそれですっごく怒ったんだ」

「なるほど。アランナラは煙が……いや、恐れているのは火か。森林の精霊なら致命的だろう」

「うん。火って聞くだけでも恐ろしい……」

 

 うう、と体を震わせる。それでも懲りずに外で火を使う『お料理修行』をしてるらしいから、ある意味アランパカティの『お兄ちゃん』たちは勇敢なのかもしれない。

 家に近づくと、目が合ったアランパカティが外に出てきた。

 

「おかえり、アランラミャ。こんにちは、ナラアルハイゼン。アランマから話は聞いてる、いいナラだって」

「ナラアルハイゼンは歩くキノコやメガトン大鉄塊を一瞬でやっつけるし、おいしくて甘いものも沢山くれる」

「わあ、すごい!」

 

 ナラアルハイゼンが褒められると、アランラミャも自分のことのように嬉しい。ふふんと自慢げに胸を張った。

 

「こんにちは、アランパカティ。俺たちはアランラミャのアランラカラリについて、君が覚えていることはないか聞きにきたんだ」

「アランラミャのアランラカラリ? ナラになる、今の姿のことだよね?」

「うん。でも、アランラミャは使ってたころのこと、何も覚えてない。元の姿に戻ったら記憶が消えちゃうかもって、心配なんだ」

 

 アランパカティは何度か頷いた。

 

「アランパカティもアランラミャも、すっごく長く生きてきた。森はすべてを覚えてるけど、ワタシたちの記憶ではなくなることもある」

「そうだね。アランラミャの記憶はきっと草や木に、それを潤す川になって流れていった」

「アランパカティが覚えてるのは、アランラミャがナラのことばっかり見て、ナラたちと沢山話して、アランラカラリをいっぱい使ってたこと」

「ナラのことばっかり見て、ナラたちと沢山話してた!?」

 

 ずっとずっと昔はナラに会っても平気だったってこと?

 ……そんなに勇敢だったんだ、昔のアランラミャは。でも今は……ナラに会うのが怖い。きっと記憶と一緒に勇気も流れていっちゃったんだ。

 しょんぼりしてたら「注目すべきところはそこじゃない」とカレがアランラミャの背中に手を置いた。

 

「アランラカラリを沢山使っていたと言ったな? では、当時は何度使っても負担がなかったのか」

「はっ! そ、そうだ」

「うん、アランラミャは全然忘れっぽくなかった。大きな災難で記憶は流れちゃったけど、アランラミャはまた記憶を集めてる。きっと今なら、自由に使えるはず」

 

 それを聞いて嬉しい気持ちになった。よかった、まだナラの姿でナラアルハイゼンと遊べる。

 ぴょんと跳ねて「じゃあ、今から使ってみる!」と言ったあとで、あることを思い出した。

 

「や、やっぱり待って!」

 

 大きな声を出してから、どうしようって焦ってしまった。

 記憶がなくなっちゃったときのために、アランラカラリを使う前にナラアルハイゼンへお花をあげたいって思ったんだ。でも……。

 

「えっと……えと……」

「アランラミャ、がんばれ! ここで言わなかったら、すっごく情けない」

 

 何をしようとしてるのか分かったらしいアランパカティに応援されたけど、やっぱり言い出せない。両手の指をぐにぐに捏ねて俯くことしかできなくて、うう……とさらに情けない声を出してしまった。

 ナラアルハイゼンがしゃがんで、また視線を合わせようとしてくれる。

 

「言いたいことがあるなら、遠慮せずに言うといい」

「うう……でも、ナラアルハイゼンが嫌だったらどうしよう……」

「俺は君に対して嫌だと思ったことは一度もない。どちらかと言うと、毎回こうして聞き出さなければいけないことのほうが面倒だ」

「そ、そうなの……? じゃあ、思ったこと全部言ったほうがいい?」

「ああ、そのほうがとても助かる」

「分かった……アランラミャ、約束する。ちゃんと全部言う」

 

 ナラアルハイゼンがそう言うなら、きっとそうなんだ。アランラミャは勇気をいっぱい振り絞ることにした。

 お花を取り出して、しゃがんだままのカレにそっと差し出す。

 

「ナラアルハイゼン、お花を受け取ってくれる?」

「これは?」

「アランナラとの友情の証だ。これを持ってたら、アランラミャがうっかり記憶をなくしても、ナラアルハイゼンがアランラミャの友達だってすぐに分かる」

「そうか。……ありがとう、アランラミャ。嬉しいよ。大切に保存しておこう」

「う、うん!」

 

 カレはちょっとだけ笑って、丁寧にアランラミャのお花を受け取ってくれた。

 これでナラアルハイゼンとアランラミャは大事な友達だ!

 喜びが体中を駆け巡り、抑えきれなくなってぴょんぴょん跳ねる。

 

「えへへ……ナラアルハイゼンが、受け取ってくれた! アランパカティ!」

「おめでとう、アランラミャ!」

 

 アランパカティがぱちぱちと手を叩いてくれる。

 この嬉しさと一緒に踊りたかったけど、それは我慢することにした。まずはアランラカラリをどうにかしなくちゃ。

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ナラアルハイゼンとアランパカティが見守ってくれてるから、きっと大丈夫だ。

 そう信じてぎゅっと手を握りしめ、えいっ! と力を使った。

 

 するとどんどん手足や体が緑っぽい水色になって、大きな笠がついて、頭の上のお花がくるくる回った。

 

 ――アランナラの、アランラミャだ。

 

 ナラアルハイゼンがいつもより大きく見える。カレはじっとアランラミャを見下ろしていた。

 ……うん。カレに助けてもらったこと、家に行ったこと、ナツメヤシキャンディを食べたこと、全部覚えてる。

 

「大丈夫だった! 全部覚えてるし、なんとなく使い方も分かった気がする。これならいっぱい使えそうだ」

 

 そう言うと、カレはふっと小さく息を吐いた。

 

「君に負担がなさそうで安心したよ」

 

 触ってもいいかと聞かれたので頷くと、カレはアランラミャを大きな手で掴んで持ち上げた。真剣な顔でぷにぷにといろんなところを押される。

 

「ふむ……なるほど……なかなか……」

 

 どうやらアランラミャを触るのが楽しいみたいだ。仕方ないので、アランラミャは掴まれたままアランパカティにお礼を言った。

 

「ありがとう、アランパカティ」

「どういたしまして。ナラアルハイゼンと仲良くね」

「うん!」

 

 アランパカティとの話が終わると、ナラアルハイゼンはアランラミャを掴んだまま立ち上がった。

 

「君のアランラカラリについての問題はとりあえず解決したが、俺はもっと君のことが知りたい。最初に予定していたアランマニにも話を聞きに行っていいか?」

「うん、ナラアルハイゼンがそうしたいならいいよ。案内してあげるから……下ろしてくれる?」

「すまない。触り心地が良かったんだ」

 

 今の姿を気に入ってくれたのは嬉しいけど、ぷにぷにされるとちょっと邪魔だ。

 

 やっと解放されたアランラミャはふわっと浮いて、アランマニのところまで案内する。

 アランマニは、ヴァナラーナの入り口に向かう途中にいる。葉っぱのカバンを背負った姿が見えて、おーいと声を掛けた。

 

「げ、アランラミャだ」

「げ、アランマニだ」

 

 いつも通りの挨拶をすると、アランマニは不思議そうに体を傾けた。

 

「アランラミャがさっき走ってたの見たけど、変なアランラカラリ使ってたね。ずーっと昔、変なアランラカラリ、もう使えないかもって言ってなかった?」

「えっ、そんなこと言ってたの?」

 

 アランマニがこくんと笠を揺らす。新しい情報だ。

 

「その理由は聞いたか?」

 

 ナラアルハイゼンの質問に、アランマニはすこし考えてから「混ざっちゃった……? って言ってた気がする。でも、何が混ざったのかは知らない」と答えた。

 いったい何が混ざっちゃったんだろう。心当たりは? とナラアルハイゼンに聞かれて、頭を横に振る。

 

「で、でも、今は混ざっちゃう感じなんてしない! だからきっと大丈夫だ!」

 

 アランラカラリを使うなって言われるのが怖くて必死に腕を振る。カレはこちらをじっと見て「……そうか」と頷いた。

 

「アランマニ、他にアランラミャについて覚えていることはないか?」

「うーん。ナラといっぱい話してたことと、アランマニの『商売敵』なことしか分からない。大きなナラ、アランマニの『イチオシの品』を買って」

「あっ、ナラアルハイゼン! アランマニの『イチオシの品』は買わなくていい。アランラミャの『イチオシの品』のほうがずっと新鮮」

「なんだと。アランマニのほうがずっとずっと新鮮だ」

 

 アランマニと喧嘩してたらナラアルハイゼンが「なるほど、商売敵か」と納得したように呟いた。

 

「では、情報をくれた礼としてひとつ買わせてもらおう」

「ええっ、そんなあ!」

「情報に対価を要求されたらしっかりと支払うべきだよ、アランラミャ。知識とは時に、金銭に代えられないほどの価値を持つものだ」

 

 そう言いながら、カレはアランマニからルッカデヴァータダケをひとつ買った。

 情報ってそんなに大事なものなんだ。

 ……そうか、記憶みたいなものなのかな。記憶はとても大切だ。それを分けてもらったらアランナラでもありがとうって言うし、お礼をするときもある。

 カレの言ってることを理解して、アランラミャは大きく頷いた。

 

「分かった! アランラミャ、ちゃんと覚えたよ」

「『まいどあり』。また『イチオシの品』を補充しなくちゃ」

 

 鼻歌を歌いながらお金をカバンの中に入れたアランマニが「あ、そうだ」とアランラミャのほうを向く。

 

「アランラカラリ、使えるようになって良かったね。おめでとう」

「ありがとう。またね、アランマニ」

「またね、アランラミャ」

 

 アランラミャとアランマニはいつも通り、手を振り合った。

 

 

 来た道をずーっと戻り、入り口に着いたところでナラアルハイゼンは足を止めた。

 

「さて……ヴァナラーナは満足するまで見て回ったし、君の問題についても――疑問はすこし残るが、ひとまず解決した。俺はこれからスメールシティに戻るが、君はどうする?」

「アランラミャは……」

 

 ナラは怖いけど、カレは怖くない。それにアランラミャの知らないおいしいものも、楽しい場所も、きっといっぱいある。まだまだ遊び足りない。

 

 言葉に詰まりそうになったけれど、もう言いたいことは全部言うって約束したんだ。だから、勇気を出してえいって口を開いた。

 

「アランラミャも行く! またナラアルハイゼンの家に行って、遊びたい。いい?」

 

 おそるおそるナラアルハイゼンを見上げると、カレはゆっくりと目を細めた。

 

「構わない。好きなだけ俺の家に居るといい」

「ほんと!?」

「俺は君の友人なんだろう? だったら遠慮することはない。……ほら」

 

 ナラアルハイゼンは屈んで手を差し伸べてくれた。

 嬉しくなって、アランラカラリを使ってナラの姿で飛び込む。首に腕を回してぐりぐり頭を押しつけた。ナラの姿だとしがみつきやすくてとても便利だ。

 カレはひょいとアランラミャを抱えて立ち上がった。

 

「えへへ……これからいっぱい遊ぼう、ナラアルハイゼン!」

「ああ。君が人間の中で馴染めるように、いろいろ教えてあげよう」

 

 すごくすごく楽しみだ!

 これからのことを想像したアランラミャは、ナラアルハイゼンの腕の上でご機嫌に歌った。

 

 

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