まるで夢の中のように身動きが取れない。
彼はソコでじっと、石のように固まっている。
しがない勇者のお供、レムナードはたった今宇宙(ソラ)に浮かんでいた。
「ひええええええ!?勇者さまぁぁぁ!?ここドコですかぁ!?
勇者さまいないんですかランさんもですかぁ!?」
暗雲よりも暗く黒い銀河の狭間、
レムナードは真っ白なローブのダボダボな袖と短い茶髪をこれでもか!と振り乱してもがくが、
どこからともなく起きあがった潮流によって身動きも取れず、ずるずると流されてゆく。
向かう先は目を背けていても眩いほど真っ赤な【太陽】。
《いらっシャイーン!☆彡》
「ちょっとぉぉぉ!?どうなってんですかコレはぁぁ!?まさかココは宇宙ですか、あれは太陽ですかぁッ!?
ボク生粋の地上っ子なんで美味しくないですよやめぇテェェっ!?あ、アヅッッッ!?」
あの【死神】よりも恐ろしい、魂を呑み込む引力。
鉄よりも熱く、生母の胎内よりも奥ゆかしい”ゆりかご”はレムナードという存在を魂ごと抱き着くして、
そして…。
「はッ!こ、ここは!?」
「おきた?」
《ミーンミンミンミ~ン》
四方から鳴り響くセミの音、降り注ぐ温かな光。
縁側。
そして目の前の少女。
夢だったのか、と己の醜態に顔を赤らめる間もなくレムナードのカラダは全体がユデダコになって沸騰した。
「ちょ、ちょい、ちょ!きみ、ムネ!見えてる!」
「あ…まあ別に~わたし胸ないし、ぺたーんだしー」
「そ、そこに服があるじゃないですかァーーーー!?」
「あついし、あせくさいし」
少女の発したその言葉にレムナードは”むべなるかな”と頷きそうになるがぐっと抑えた。
「とりあえず服着て下さい、ボク死んじゃいますよ」
ぴゅーと鯉の滝登りのような勢いで鼻血を噴出する彼を一瞥して、少女は不服そうにいそいそと着替える。
その様子を、レムナードは目を覆った指の隙間からこっそりと見た。
てっぺん、キラキラとした金髪のポニーテール、
まんなか、黄色のキャミソールにちらりとのぞくちいさな赤、真っ青なオーバーオールそしてジーンズ、
つまさき、皮のサンダル。
まるでカウガールのような、
勇者ヤマダなら「カウガールっぽさは半分だけ、つまり半カウガールだが四捨五入すればカウガール」
といった姿で彼女は佇む。
少女がくしゃりと折り曲がったツバのボウシを正面のポケットから取り出し、汗を拭った。
くりくりとした眼、長いまつげ、瑞々しいくちびる、まっしろなほっぺた。
野生的な服装に対して、その顔は全くもって愛らしいの一言で表現できる。
かわいい。
レムナードはその瞬間、間違いなく彼女に”ホレた”
「あ、あの!」
先程の醜態をなかったことにするかのようにレムナードは叫ぶ、
まるで運命に出会ったかのような真剣な表情で。
「なに?」
少女がレムナードを見る、まっすぐな目で見られて彼は初めて気づいた。
この子、タレ目だ…。
わずかな既視感。
野性的な”カン”が”何か”をレムナードに訴えるが、
彼が熟考する間もなく少女が鋭く声を投げかけた。
「もしかして、見てた?」
「あ、いや見てません!絶対に見てません!神に誓って」
「へんたいだね」
「だから見てません!絶対に!」
「へぇ、じゃあオレに誓える?」
今の少女のセリフでレムナードは凍り付いた。
このキザったらしく、にやにやとしたヒトを挑発する嘲笑うような笑顔。
「ゆ、ゆ、勇者さまぁァァっっ!?ってことは、ボク勇者さまのムネに、チ、チクビに興奮して…オェーーーーーッ!!!!」
「やっぱり見てたんだなァ~!へーんったいっ!へーんーたいっ!
もしかしてオレが初恋になっちゃった?ごっめーん☆」
「オエエエエエエエエエッ!」
■◆■◆
《ミーンミンミンミ~ン♪》
「はうっ!う、オエッ…」
レムナードは自分が【暴れ馬事件】にて気絶したこと、
悪夢を見たその後、当面の目的地だったここ【辺境都市テイラ】の宿屋で目覚めたこと、
そして”ホレた”少女が勇者ヤマダであったことをセミの鳴き声によるフラッシュバックで自己嫌悪に陥りながらも、
やっとのことで涙をちょちょ切らせながら受け入れると、カラダを駆け巡る罵詈雑言を呑み込んで目の前であぐらをかく勇者に対峙し心底の疑問を吐きかけた。
「どうしてそんな恰好してるんですかッ!?」
「Humm…それはワタシも知りたい」
縁の外側からランが顔を覗かせて、びよ~んと逆さまに降りてレムナードの横で停止する。
魔力を代わりに使う贅沢な命綱により魔力は刻一刻と減って、
その度にヤドヌシたる勇者ヤマダから満タンまで供給されまくるが
ヤマダは大して気にもせずチッチッチ、と指を振る。
「そもそも、そもそもだ…どうしてオレたちは辺境に来ているんだったかな?」
といいつつヤマダはボウシの中から、わざとらしく封蝋の切れた手紙を取り出してみせた。
「それは勿論その手紙に書いてあるボクらのお国の依頼ですよね、
特に姫様の要望だとか言ってましたけど…勇者さまは」
「そうだ、その通りだ珍しく偉いぞレムナード!普段はどうしてあんなにズッコケなんだァー!?もしかしてアレか、オレの教育が悪いのッかァッ~!?ごめんなさーい!!!!ヒッグエグッ!なんもかんもあの全身ピンクで乳の薄い巻きすぎたロールのあの姫が悪いんだァよーッ!”行ってちょうだ~い♪”の一言でオレを辺境に、イヤァーッ!」
発狂しつつもてきぱきとボウシから縦長の封筒を出し中身を開くヤマダ、
ソレを見たレムナードは目をかっぴらいて驚愕した。
「辺境都市テイラにて”双夢蝶ドリブライの鱗粉”通称【エデン】の取引の痕跡アリ、
勇者ヤマダはこれを解決されたし…」
■◆■◆
《ミーンミンミンミ~ン…》
蝉の声と、木の葉が風に揺れて擦れる音だけがレムナードの耳元に響き渡る。
勇者ヤマダの開いた封筒の中身、その内容に驚愕し
びゅう、と吹いた風が誘うかのようにして縁側は雲の影に包まれた。
「つーまりッ!これはレムナードが気絶した後、
辺境都市テイラの関所で渡されたあの”巻き過ぎたロール姫”の親書というわけだナァ…ファー!」
ヤマダのあっけらかんとした声に釣られぼんやりと固まるレムナード。
彼の頭の中で
どうして姫様から、とか
どうしてボクらに、とか
どうして勇者に、とか、不確かな疑問のピースが浮き上がる。
それらすべてが遅れて起動したレムナードの頭脳によって組み合わせられ
”ああたぶん姫様、勇者さまが暇そうだから思い付きで依頼したな”、
”勇者さま実力はあるから多分結構な重大案件だな”、と
レムナードの頭の中にお国の姫の貞淑な居住まいにドギツイピンク風体が掛け合わされた下品な模様のパズルが出来上がり、
彼はすぐさま放心した。
「レムナードどうしたァ!?やはり初恋が夢破れて傷心なのカァ!?なんだその”遠い目”はァー!?
レムナード戻ってこいレ゛ム゛ナ゛ー゛ドッ゛!゛まさかオレが嫌いだからとかじゃないよネ?もしも~し…」
「uh…双夢蝶ドリブライといえば…」
「ああ、それは10時から王国テレビで放送される【よくわかる魔物解説】を見ればわかるので見ろッ!レムナードは目を覚ませッ!ランは分かっていても見るんだよぉッ!素人の解説などで時間は取りたくないのだァ~!」
ランが得意満面になって腹部の格納庫から辞典を取り出そうとした時、
ヤマダが部屋の隅にあったブラウン管テレビの電源ボタンをポチっと押した。
「皆さまごきげんよう、よくわかる魔物解説の時間です。今回は【双夢蝶ドリブライ】について教えていくよ~?」
時計はきっかり10時、新発売のジュースのコマーシャル明けにドギツイピンク色の風体の貞淑な仕草の解説者による解説がテレビ画面に映し出される。
レムナードとランに解説を見せながら勇者ヤマダは珍しく思考を巡らせていた。
”双夢蝶ドリブライ”といえば、あの【悪名高い四勇者】の中でも一際”いやらしい”とされる
無能の勇者『ポエミィ・ムート』のもたらした魔法由来の魔法動物【魔物】だ。
彼の性質はヒトからすると酷く悪質で、
ただひたすらにドリブライ自身の寿命が尽きるまで
魔力の干渉できる範囲に限りであるが【対象の意識を体から引き離す】のだ。
カラダの状態は影響を受けた時点から必須栄養の代用となる魔力をヤドヌシの双夢蝶から供給されるため
飲まず食わずでも生きて居られるが外傷には弱く、原生動物にかじられたり、病に罹患したりして
犠牲者のカラダの殆どは見るも無残な状態で放置されている。
意識を剥がされたヒトは眠りにつくこともできず、ドリブライからも離れられず、
原生地の森林で目前を優雅に舞う蝶々の命が尽きるのを乞い願う人生を送る、
勇者ヤマダのいう所には危険度AAA(トリプルエー)の超危険な魔物である。
なので、そんなチョー危険な魔物の素材となると市井ではお目にかかれないシロモノであり、国家が勇者に発行する【許可証】がなければ所持はできないキマリなのだ。
自分の経験では市井で魔物の素材などという取扱いの難しい品目を取引することは殆どなく大体は行商人が売るのみであるからと、行商人による取引だとヤマダは推測する。
しかし、本来であれば商工会に属さない勇者ともツテのないただの行商人には許可証など持てないはず、勇者が【許可証】を譲る際にも国の許可が必要なのは二つ目のキマリだ。
推測の中でムジュンが生まれ、ヤマダはさらに深く思索の海に潜ってゆく。
そもそもの話、”双夢蝶ドリブライの鱗粉”通称【エデン】がこの辺境都市テイラで取引の痕跡アリ、これを解決されたし、などという文字の羅列は酷く主語を欠いている。
危険な魔物の素材が取引されたとはいえ、なぜ解決すべき事件なのか。
「そッ…そうかッ!そうだったのかぁッ…!」
その推測が結論に至り、番組を見ていた勇者ヤマダはそっと囁いた。
「何者かが勇者から許可証を奪った…ということか…であればまさか勇者が犠牲になっている事件だとでも言うのかァーーーッ!?巻き過ぎたロールの姫ェェェーーーッ!?」
ヤマダがおもちゃ売り場でダダをこねる子供さながら転げまわる。
手に持った新聞紙を畳に叩きつけ放り投げた挙句、机の脚にぶつかりうずくまった。
その間、テレビの姫は何らヤマダに反応するとなくしめやかに番組恒例、
【魔物のえかきうた】コーナーを取り仕切っていた。
「はーい、本日はこれにて解説を終了します。民の皆様、魔王の皆様、勇者の皆様、今日も一日頑張りましょ~!
特に勇者ヤマダはワタクシの命じたメインクエスト【辺境見聞】とついでに送ったクエスト【エデン事件】を頑張っていきましょ~!はいっ!」
「待てェー!?聞こえているんだろうッどうせェ!いや絶対ッ!ならば聞けオレの声を魂から響くこの美声の嘆きをォッ!」
「arr…主人、コレ再放送…」
ランがレムナードの顔にへばりついた新聞紙を開いて見せる、
ちょうど1週間前から番組では【双夢蝶ドリブライ】の魔物解説が毎日放送されていた。
つまりヤマダのこの反応は間違いなく姫の意図するところである。
「やだもんやだもん!あんな期待の重い黒幕気取りの面倒くさい気まぐれ巻き過ぎたロールの姫の術中に嵌りたくないもんからァッ!ラン、レムナードッ!見なかったことにしようではないかァ~!」
「勇者さまあんまりクエストをサボるとペナルティを受けて魔王落ちしますよって前も言ったじゃないですかァー!?」
「レムナード、もう少し寝て置け!オレはサボりたいんだッ!」
「今期はもう何度もサボってるのでこれ以上はダメだって言ってるでしょういつもーッ!あと一回でもヤバイですよ!というかコレをサボったら多分勇者認定外されて魔王落ちですよ、きっと首に賞金まで掛けられますよッ、あの姫様ならやりますよーッ!?だからこのクエストは絶゛対゛に゛や゛り゛ま゛す゛か゛ら゛ね゛ッ!?」
「yes…レっくんに同意、主人が勇者じゃなくなったらワタシはイバれなくなる」
「何ィ!?ランが威張れないと言うことはオレも威張れないと言うことかァッ!?だめだそれはダメだ!というかオレが勇者ヤマダ本名ヤマディータ・ロウデスが勇者でなくなるなどぜぇ~ったいにあってはならないだろうがァ~!?バカかアホウなのかレムナードッ!ということでやろうではないかこのクエストをぉッ!無論オレはもともとやる気があったゆえのこの姿という訳だがな今のゴネはただの”フリ”という訳だ!見ろ!さすが超絶美麗最強の勇者たるオレ変装しても愛らしいぞッ!というわけでさあ行くぞレムナードッ!」
「だからさっきからやりますよって言ってるでしょうがあーもうッ!てかどうしてランさんの威張る威張れないのお話が響いてるんですかッ!?ボクの話を始めから聞いてくださいよッ!?あと勇者さまは番組の解説を見てやる気なくしてたでしょうがッ今更徹頭徹尾やる気があった模範的勇者を装ってももう遅いですからあァーっ!?」
「何ぃッ!?オレはいつでも模範的だッ!というかオレが模範の基準だろうがァッ~!」
「ahh…ふわぁ~」
ランがあくびをして、部屋の隅でカラダを横たえると勇者とお供の言い争いを見ながら眠りについた。
数時間後、ランの目が覚め辺りを見回すとそこには夕陽に照らされた二人の姿があった。
片方は真っ白でリボン付きの可愛らしいパンツをアタマに被り、死んだような目をして虚空を見るレムナード。
もう片方は、何の変哲もないブリーフを右手に握りしめた、何か”やりとげた”ような顔つきで目を閉じて横たわる女装姿の勇者ヤマダ。
「oh…yes…」
狐狸の魔王に化かされたような視覚情報。
混乱の境地に至りそうなランは体の上に置かれていた一枚の紙ビラで言い争いの結論を知ったのであった。
『本日はレムナードと交友を深める故に勇者業はお休みだッ!クエストの解決は明日!起きたらランも混じると良い!この”混沌の宴”にッ!書置きはここまでだ、オレは今からケモノのごとくやりたいことをやるのでなッ!』
ランは文字の羅列をもう一度確認し、この部屋の惨状を二度見すると心から安堵した。
無数に散らかった女児服に、股や胸の部分が際どく切り取られたコスチューム、ムチ、ロウソク、仮面、汗で湿った複数のパンツ。
机の上のピンクの便せんに、【勇者さまは超絶美麗最強ですby勇者さまのお供レムナード13歳】と書かれた歪んだ文字100ケ。
ランが眠っていた時間何が起きたのかは分からない、分からないがきっと分からない方がいいだろう。
勇者ヤマダが起こす事態はいつも、突拍子なく圧倒的なのだから。
yes…!巻き込まれなくてラッキー☆
そんなことをランは思って、ふたたび目を瞑った。
「zzz…見なかったことにしよう」
誰かの思い付きに巻き込まれると面倒くさいことになるのは”面倒くさい勇者”のいる生活を2年経験したランの経験則である。
その後、妙にスッキリとした表情の勇者ヤマダとげっそりと少し老けた顔のレムナードをランが目撃したのは翌日、早朝のことであった。
「oh…レっくん、オトナの階段を登った?」
「登ってませんーッッッ!」
「そうか!お供のアソコの面倒を見るのも勇者の務めだというのかぁッ!?お前は何たる変態を超える超!変態なのカァっ!?レムナードッ!さ、さすがに引くぞ…クッ、仕方ないッ!では麗しのオレの胸元にカム、バァーック!」
「やめてーーーッ!?」
《ミーンミンミンミ~ン♪》
■◆■◆
☆現在のパーティー
勇者:ヤマディータ・ロウデス
お供;レムナード
お供②(魔道人形):ラン・ズルフィクション