「おいメスカル!! よそ見をすんな!!」
いきなり頭に拳骨を喰らった衝撃で尻もちをついてしまった。
「痛ったーい……何すんねんクソボケテキーラ!!」
目の前に星がチラついて頭をそっと撫でるとたん瘤が出来ていて、触れるだけで痛い。
うちに鉄拳を振り落としたのは上司であり育ての親にあたるテキーラ。
2m以上ある高い背から落ちる男の拳という威力はとんでもない。
「お前がちんたらしとるからターゲットが埠頭裏に逃げたやろ!!」
ライフルのスコープを覗くと、ターゲットのサラリーマンの姿は消えていた。
「テキーラが邪魔するからやろ!!」
いつも通りのやり取りをしながら場所を移動すると、倉庫裏でサラリーマンがいかにもな自由業風の男にトランクを渡して頭を下げている。
「今や!! サラリーマンを撃て!! アイツの頭脳こそが邪魔なんや!!」
テキーラの大声に手元が狂ってトランクを打ち抜くと、男達は爆風に飛ばされて木っ端微塵になってしまった。
「え……なに? どうゆうこと? 爆弾?」
恐る恐るテキーラの顔色を伺うと、テキーラは冷や汗をないて青ざめている。
「えらいこっちゃ……アイツ、爆弾で取引先を爆破するつもりやったんか……」
普段見せることのない狼狽えた表情に、背筋が凍った。
……なんだか、見覚えがある。
爆風、破片、そしてテキーラの怯えた声。
──テキーラ、生きてんねんな。
……なんや、今の……テキーラは現役バリバリの構成員やで?
そんな、テキーラが死ぬみたいな……。
──テキーラは満天堂の爆発事故で死ぬやん。
その時、脳内に流れ込むように映画フィルムの断片に似た記憶が再生され始めた。
……テキーラは『ゲーム会社殺人事件』で死ぬ。
そして、名探偵であるコナンが黒ずくめの組織に繋がる情報を得るチャンスを失う。
テキーラの登場は劇場版の『黒鉄の魚影』で姿が描かれたのが最後だ……。
「な、何!? 何なの!? 頭が……頭が痛い!!」
鈍器で殴られたような頭痛が吐き気を伴って襲ってくる。
「どうしたんやメスカル!? 任務に失敗したから言い訳……唇真っ青やないか!!」
目の前が真っ暗になると、自分の身体が地面に倒れて擦れる感覚を覚えた後、意識を失ってしまった。
「おいメスカル!! しっかりせえ!! 起きろや!! 察が来る前にずらかるぞ!!」
「起きたか? メスカル」
目を開けると医務室の無機質な天井と、その脇で心配そうな顔をして覗き込むテキーラの姿があった。
「うち、どないしたん? ……頭が急に……」
唇を動かそうとすると、近寄ってきた男性医師のガリアーノに唇の前に指を立てられた。
「メスカルは慢性硬膜下血腫で頭に血溜まりが出来ていたんだ。早くに発見出来て良かった。テキーラに感謝をしなさい」
……え、それテキーラに拳骨喰らってたからとちゃうの?
それよりも、このガリアーノって誰?
……そもそも私……メスカルって何?
「気分が悪いんか? 俺とガリアーノは現場に戻るさかい、バイジウを寄越すから暫く世話になっとけや。連絡は俺からする。分かるな? メスカル」
テキーラはよく覚えている。
コナンの初期にたった数ページ描かれて亡くなったコードネーム持ちのキャラクターだから。
「テキーラ!! お前、絶対に満天堂には行くなや!!」
するとテキーラは驚いた様子で口を開いた。
「満天堂……? 何処の会社やそりゃ……頭を手術したんや、大人しく寝とき!!」
……満天堂がまだ知名度を持っていない、テキーラが作戦を行う場に選ばれていないなら……。
「ガリアーノ!! パソコン使わせてえな!!」
必死に叫ぶとガリアーノは苦笑いをした。
「君はパソコンを触れないだろう?」
そう言って指差したのは古いブラウン管のようなモニターをしている旧型パソコンだった。
「それで調べてや!! 満天堂!!」
二人は顔を見合わせると、ガリアーノが回転椅子に座ってキーボードを叩き始めた。
「……満天堂、と」
ピーヒョロロロという音がすると、モニターには古いAltaと読める検索エンジンが表示され、入力された文字が検索結果に表示されるのが異様に遅い。
「いや、遅っそ!! 電波入ってないんとちゃうん!?」
ツッコミを入れるとテキーラが溜め息をついた。
「何言うとるんや? 組織のなかでもダントツで速い回線やないか!!」
もしかして……今は作中の時間軸より早い年代なの?
「満天堂は地方の菓子屋と呉服屋に旅館くらいしかないけど」
ベッドから身を乗り出してモニターをみると、検索結果の表示があまりにプレーンテキストで……ビルダーで作られたWEBページみたいだった。
「そ、そっか……なんや……早とちりしたわ……すまん」
「やあメスカル、頭が悪かったんだって?」
テキーラとガリアーノが席を外すと金髪に緑目のイケメンがニコニコ笑って近づいてきた。
「なんやの!? 頭が悪かったって!? 言い方気いつけてや!!」
……ここが名探偵コナンの数年前にあたる世界だと、なんとなくわかったけれど。
うち、メスカルって……黒ずくめの組織サイドの人間やないの!!
思い出したことはコナンの知識と自分が『龍絶 藍』という名前で女子高生をエンジョイしていたことたけ。
目の前にいる男が誰だかすら分からん。
「……もしかして、僕のこと忘れちゃった?」
鋭い指摘に冷や汗が垂れた。
頭を打ったからって、記憶が無くなったとは言ってない。
「あ、ま、まあなー。うち、ちょっと記憶が曖昧で……ど、どちら様やったっけ?」
頬を掻きながら作り笑いを浮かべると男はニコリと笑った。
「僕はATFに勤めるヤン・ブルドン。バイジウだよ」
いや、知らん。
ATFって何なん?
バイジウがコードネームでええの?
「バイジウねーバイジウ……知らんな……」
コナンの数年前、しかも黒ずくめの組織側の下っ端構成員なんて把握出来んから……。
「僕は君を知ってるよ。メスカルはスナイパー。テキーラの娘のような存在」
……この男、既知情報しか喋らんな。
「なあバイジウ、日本の警察が死亡した事件リストみたいなん調べられる?」
もし、運良く爆弾事件の起こる前だとしたら……。
推しの萩原さんと松田さんを救えるかもしれんやないの!!
「良いけど……具体的には? どんな事件?」
……別に絞り込まずにざっと事件があったか無かったかを調べるだけやし。
「爆弾処理で若い警官が殉職した事件……」
バイジウは目を細めて笑った。
「へえ……随分とピンポイントだね。事故とか銃撃とか、ふんわりとしたニュアンスかと思ったよ」
回転椅子に座ってタイピングをするバイジウの背中を見ながら考えた。
もし、事件が起こっていなければ彼らを助けられる。
でもどうやって?
『あなたは爆弾処理に失敗して死にます』
これは流石に信じてもらえんやろうし、どうやったって不審者になってまう。
『数々の事件を解決したうちの意見を聞きなさい』
コナン君がいる時間軸ならトリックを先に当てて事件解決していけば可能性はありそうやけど、この過去の時間軸に起こる事件には『それ原作で読んだところだ!! 知ってる!!』が出来へん。
『爆弾魔を始末しておきました』
難しい、『ハロウィンの花嫁』でも手こずったんに……。
『私が代わりに爆弾処理をします』
……これや!! うちが警察にスパイとして潜り込んで二人の代わりに爆弾処理をすればええ!!
そしたら仲も深まるし……あわよくば……。
「なあバイジウ、バイジウって爆弾処理に詳しい? うちに教えてほしいんやけど」
首を傾げるとバイジウは笑った。
「うん。いいよ」