「松田さんのアホ……うぅ……」
自分でも子供っぽ過ぎるオーバーリアクションだっちゅうのは分かっとる。
それでも無性に悲しくなって涙が止まらない。
「龍絶……泣き止むまで昔話でもするか……こっちに来いよ」
松田さんが手招いたのは車のトランク部分だった。
「はあ? ……アホちゃう……トランクに閉じ込める気なんや……」
手を引かれるままにトランク部分に座らされると、松田さんはトランク部分に寝転んでシートを叩いた。
「俺も入るから安心しろ。ここで寝ると秘密基地みたいで落ち着くからよ。ものは試しってことで……」
トランク部分、広さはあるけど二人入ったら密着するし……。
「それこそ松田さんが如何わしいことしてくるやつやん……」
涙を手の甲で拭うと松田さんは八重歯を見せて笑った。
「バーカ!! 警察学校内で同意のないエ……悪いこと出来るわきゃねーだろ!! ……俺を信じろ」
松田さんの眼にいつものいたずらめいた駆け引きは感じられず、そのままトランクに身体を押し込むと、目の前が真っ暗になった。
「わ……真っ暗や」
トランクの中は静かで、仄かに熱を帯びていた。
「な? 案外居心地悪くないだろ?」
松田さんの声が頭の上から落ちてくる。
「……映画とかでトランクに監禁される人ってこんな気分になるんやね……でも、うちは一人やないから心細くないけど……誰もおらんかったら寂しいやろうな……。おんなじトランクの中なのに……」
同じ場所でも人、状況、時間、シチュエーション、様々な要因で持つ意味合いが変わる。
義兄妹という意味も健全な関係から少女漫画的な恋愛関係、暗殺稼業的な師弟関係と、全く異なってしまう。
……もしかしたら、松田さんが指摘してくれたけど、その前の大学生活中や義兄が居ると伝えた人達の中には、うちらをそういう目で見ていた人もいたかもしれない。
「……落ち着いたか? ……悪かったな。俺も『親父が殺人犯だ』っていうレッテルを貼られて生きてきたのに……龍絶の家族にもレッテルを貼っちまった……」
上から落ちてくる声は低く優しさを帯びていて、それを受け取る度に涙がスッと引いていく。
松田さんもお父さんの冤罪で苦労したんよな……。
「……うん。落ち着いた。……ありがとう、松田さん」
髪を手櫛で梳くように撫でられたのが分かってくすぐったい。
「龍絶……」
声が小さく近づいてきた瞬間に辺りが明るくなった。
「松田!! 何やってるんだ!! 今、バンパーが引っ掛かった車を引きずるようにトラックが暴走してるんだ!!」
慌てて二人してトランクの上に座り直した。
「陣平ちゃん!! いちゃついてるとこ悪いけど臨場するよ!!」
「よお大将!!」
「待たせたな!!」
鬼塚教官のRX-7 FD3Sに萩原さん、松田さん、降谷さんとうちの4人で乗り込んで、暴走するトラックを追う伊達班長と諸伏さんが乗るバイクと並走を始めた。
「いいのか? 入校者の車の運転は禁止されてんのに!!」
そないなこと言うてお蕎麦屋さんのバイクを運転しとる伊達班長も保険やらで色々と言われるで!
「あ? 車のエンジン音が煩くて聞こえねーよ!!」
助手席に座る松田さんが笑って吹かした。
「どうにかしてトラックを止めないと……」
降谷さんが焦りを隠せていない。
運転手が意識のない状態の暴走するトラックをどうやって?
先回りして侵入車両停止装置を仕掛けるとか?
でも、そんなん積んでなかったよな……。
「それなら話は簡単だ!! ぶつけりゃ物理的に止まるっしょ!!」
……え、ちょ……はあ!?
萩原さんは勢いよくハンドルを切るとトラックに体当たりを始めた。
「駄目だ!! 重量が違い過ぎる!!」
その前に車体がおかしなるって!!
「松田さん!! 血!! 血ぃ!!」
左側のサイドミラーが壊れた衝撃で松田さんの頬には真新しい創傷が鮮血を流して付けられている。
「いちいち気にするな龍絶!! ……おい、萩原。……あれ、出来るか?」
そう言って松田さんがグローブボックスから取り出したのはパトランプだった。
「フッ……上等!!」
何をするつもりなんか、サッパリ見当がつかへん!
「「アレって?」」
降谷さんと声が揃うと、松田さんが笑ってトラックに引っかかっている車両に乗った老夫婦に声を上げた。
「おい!! サンルーフを開けろ!!」
な、何を……するつもりなん?
「いったい何を」
降谷さんが狼狽えた瞬間、松田さんに襟首を掴まれた。
「藍……舌、噛むんじゃねえぞ……」
舌を噛むってまさか急発進急ブレーキ!?
「この状況でいったい何をやろうって……」
まさか、前方に回り込んで後部をぶつけて減速させるつもり!?
「そいつは……見ての……お楽しみだぜ!!」
萩原さんが不敵な笑みを浮かべるとハンドルを切って斜め走行をし始めた。
「ちょ!! 嘘やろ!!」
「藍ちゃん!! シートベルトをに掴まってて!!」
言われた通りにシートベルトに掴まると、斜め走りをしながら松田さんがパトランプを前方に投げ、車体が宙に浮いた。
「ぎゃあああ死ぬ死ぬ!!」
浮き上がった瞬間に松田さんはシートベルトを外して降谷さんを引きずり降ろして引っかかっている車両の上に飛び乗った。
そしてRX-7 FD3Sは車両防護柵に当たってバウンドし、高速道路にタイヤ痕をつけながら走り続けた。
「舌噛んじゃうよ!? 大丈夫だった?」
なんちゅうドライビングテクニックや……。
組織内でもこんな技術を持っとる奴なんて聞いたことあらへん。
「俺はバンパーを外す!! お前はトラックの運転手を!!」
松田さんの叫び声が風にかき消されながら僅かに聞こえてくる。
「サイドブレーキだ!! 目一杯引いてバンパーを引き千切れ!!」
バキィッという金属音がすると、引っかかっていた車両は前方が破壊されてふらふらと速度を落として豆粒大になっていった。
そして前方を向くと高速道路の道の先が無かった……無い!?
「降谷ちゃん!! 急げ!! もう道がない!!」
このままやと急ブレーキをしたとしてもトラックの運転手と降谷さんは確実に落下してしまう。
「萩原さん!! うちらもや!! 自分達で道を切り開かんと!!」
どうにかして助かる方法を考えんと……車、エンジン、アクセル、ブレーキ……。
「……!! アクセルだアクセルを踏め!! 踏めっ!! 零!!」
運転席に飛び乗った降谷さんと萩原さんがアクセルを踏み込むと同時に、分断された道をトラックとRX-7 FD3Sが宙を舞った。
「みんなを助けて……運命の女神様」
ガコンという鈍い音と衝撃が全身に走ると、シートベルトをしていても身体が浮き上がって頭を打ってしまった。
「藍ちゃん!?」
痛い……またや、また……大切な何かを忘れてまうみたいで……。
……頭が割れるように痛い……大切な二人を爆発から救う……って、何、何の記憶?
大切な二人って誰……。
シートベルトを外してふらふらと車外に出ると、降谷さんが乗ったトラックが横転していた。
「……降谷さん、生きとる……?」
萩原さんが隣に立って肩を抱き留めてくれている。
バラバラになったガラスが舞う車内の中で、降谷さんがグーサインをしていた。
そして、萩原さんも向こう岸の三人もグーサインを返した。
「君のアドバイスは的確だったよ。アレがなきゃ今頃は……」
トラックの運転手を抱えながら降谷さんが語りかける先には、何処となく吹っ切れたような顔をした萩原さんの顔があった。
「いや、俺じゃなく……アイツならそうするだろうって」
……良かった。
萩原さんと松田さんが生きててくれて……。
……い、いや、ちゃうわ……降谷さんとトラックの運転手が生きていてくれて良かったっちゅう……。
駄目や……また……目眩がしてきたわ……。
「龍絶ちゃん!? やっぱりさっき、頭を打ったみたいだ……。彼女も病院に連れていこう。降谷ちゃん、後は頼んだぜ」