「龍絶ちゃん、起きたみたいだね」
知らない天井……淡いミントグリーンのカーテン。
チュンチュン言ってるスズメ……。
まさか……もしかして!?
ベッドから起き上がろうとして、視界と脳が揺れてまたボフッとベッドに沈んだ。
「駄目だよ寝てなくちゃ。龍絶ちゃんは短期間に2回も頭をぶったんだから……念のためCT検査の他にMRI検査をしたんだけど、良性の脳腫瘍が奥の方にあるみたいなんだ」
萩原さんの隣には鬼塚教官が腕を組んで立っていた。
「ご家族に連絡と医療機関にかかる許諾は取ったが、仕事の都合上近々での帰国は出来ないらしい。この髄膜腫は手術が難しい位置に有るということなんだが、手術をする程の悪性腫瘍ではない。……というのが脳神経外科医である塞本先生の診断だ」
……塞本?
それってテキーラに拳骨喰らった時に居た、組織に所属しとる医者……ガリアーノの潜伏名やなかった?
そういえばあの日、『慢性硬膜下血腫で頭に血溜まりが出来ていた』って手術したはず……。
っちゅうことは組織の医者がヤブで、衝撃が加わって再発したってことやないの?
「命に別状はないんですね? ……良かった……」
うちが今死んでしまったら、二人を死なせてしまうから……。
……二人、またよく分からん記憶が湧いて出てくる。
「龍絶は大事を取って暫く入院をすること!! もちろん入校者として退院後にカリキュラムと試験をこなせば卒業も……」
「嫌です!! うちは大丈夫です!! 直ぐに退院してみんなと一緒に学びますから!! 退院させて下さい!!」
今、5人から離れてしまったら……一生後悔する気がする。
「まあまあ龍絶ちゃん、二、三日くらいは入院しなよ。鬼塚教官も悪いようにはしないって。ね? 鬼塚教官」
萩原さんが鬼塚教官にウインクすると、コホンと咳払いが静かな病室に響いた。
「……詳しくは医師と他の教官達との相談の上で決める。私としても三爆処トリオが欠けると歯車が噛み合わんようで調子が狂う。……養生しろ」
鬼塚教官が穏やかな口調で宥めるようにうちを見た。
「「三爆処トリオって!?」」
萩原さんと声が揃うと、鬼塚教官は呆れたように溜息をついた。
「笑い上戸の萩原、怒り上戸の松田、泣き上戸の龍絶……機動隊の爆発物処理班に内々定を受けたお前たちの教官間での呼び名だ」
……それって、いいあだ名? 悪い悪名?
「アハハ!! 三爆処トリオと来たもんだ!! ……帰ってくる場所はあるんだから、ゆっくり休んでよ。……藍ちゃん」
、、、
「うーん……今のうちに、分かってることを手帳にまとめるか……」
一、起こったこと
・コンビニ強盗に襲われて頭を殴られた
・トラックの追跡時に頭を打った
二、結果として単語や記憶が浮かんできた
・原作知識、チートという漫画用語
・名探偵コナンという名前
「名探偵コナンはコナン・ドイルからかな? でもそれは作家の名前で、作品名はシャーロック・ホームズ……。別の派生作品かもしれん……」
三、知らない記憶
・来たるべきその日に備える
・大切な二人を爆発から救う
「大切な二人……。爆発といえば爆発物処理班やから……萩原さんと松田さん……?」
四、今の目的
・最強の暗殺者になって爆発物処理班に潜伏する
五、懸念事項
・バイジウの組織の地位と職務について
・バイジウに誰かの死亡事故について調べて貰った
「分かってるのはこのくらいか……。まとめてみると、このまま警察学校に通って機動隊に入る道筋に何ら問題は無さそうやな」
「お!! 龍絶!! 退院してきたのか!? もう具合はいいのか?」
警察学校の門をくぐると伊達班長に声を掛けられた。
「うん!! 平気平気!! もう何ともないから、心配させてごめんなさい」
ペコリと頭を下げてお辞儀をすると、ポンッと肩を叩かれた。
「俺達の仲じゃないか。心配くらいさせてくれ」
肩に乗った強く温かい手に涙腺が刺激されてしまう。
「うぅ……伊達班長……」
包容力のある眼差しに涙が流れると怒鳴り声が響いた。
「ああ!? バカ女!! 退院すんなら俺に一報入れろ!! 彼女持ちのリア充班長に絆されてんじゃねー!!」
声のする方を見ると松田さんが猫を追い立て回しながら走り寄ってきた。
「だってスマホ持っとらんかったし、連絡先を登録したガラケーは寮室に置きっぱなしやったから仕方ないやん!!」
叫び返すと、伊達班長と松田さんはハトが豆鉄砲食らったような目をして顔を見合わせた。
「スマホ……ってなんだ?」
「ガラケー? 何言ってんだお前……」
スマホって、あれや……あの……スマートフォン……ガラケーはガラパゴスケータイ……。
……そんなもの、どこにあるん?
ガラケーっちゅうか、ケータイは普通に使っとるけど……まだ頭が混乱しとるみたい……なんか、すっごく気分が悪くなってくる。
「あ、うちの勘違いや……頭打ったから錯語っちゅう後遺症や! ごめんなさい!」
なんで知らん単語ばっかり出てくるんやろ……。
「兎に角……元気そうで……。それより龍絶!! あの猫を追え!! 諸伏が作った教場旗に足跡つけやがったんだ!!」
松田さんが指さす先には薄いグレーに黄色と緑色のオッドアイをした猫が尻尾を揺らしていた。
「任せといて!! 猫を捕まえるのは得意やから!! ……多分」
此方を振り向きながら中庭に逃げ込む猫を追った。
暫くベッドの上で安静状態やったから、いいウォーミングアップになるな。
ゆっくりと小走りを使い分けながらジリジリと追い詰めていくと、袋小路が見えてきた。
そして猫はピンクの花が生い茂る日なたに座り、毛繕いをしている。
「猫ちゃん!! 觀念せい! 御用だ!!」
猫に飛びかかると、身体は花畑に倒れてしまい脇から猫がスルリと逃げ出してしまった。
「何やってんだよ龍絶!! ほんっとお前はドジ……」
松田さんがすまし顔をしてニヤッと笑うと、猫は松田さんの顔面目掛けて飛び掛った。
「ぎゃあ!! コノヤロー!! やりやがったな!?」
そのまま猫は足で松田さんの顔を蹴ってうちに突進してきた。
「きゃあ!! 引っ掻くんはやめて!!」
左腕を上げて防御姿勢を取ると、松田さんが猫を掴もうと両腕を開いて駆け寄ってくる。
「龍絶!! 挟み撃ちにするぞ!!」
「今だ!! 捕まえろ!! ……って、うおっ!?」
松田さんがピンクの花のツタ部分に足を取られて、うちの上に倒れ込んできた。
「ちょ!! 松田さん!!」
こんなんまるで、少女漫画の『押し倒しシチュエーション』のハプニングやんか!?
「あぶねー……足を引っ掛ける罠みたいになってるじゃねぇか……。足がもたついてなかなか取れねえな……」
そんな、ただ立ち上がればよくない?
「し、知らんわそんなん……早く退いて……」
顔を逸らして下を向くと、松田さんは何かゴソゴソと覆い被さりながら何かをし始めた。
……花を千切ってる……何?
暫くその体勢が続くと、ようやく密着していた身体が離れた。
「……たまには童心に還るのも悪くねーかなってな。花輪のブレスレットだ。ま、一日で直ぐ枯れる。遊びだ遊び」
松田さんが腕に嵌めてくれたブレスレットはどんな高価な宝石より輝いて見えた。
「……ありがとう松田さん。……一生大切にする」
ブレスレットを撫でるとデコピンされた。
「バーカ。これくらいで一々喜んでんじゃねーよ……」
そうこうしていると、萩原さんが息を荒くして駆けてくるのが見えた。
「陣平ちゃん、呼び出しておいて……猫はどうしたの?」
我にかえって猫の方を見ると、ふんぞり返って我が物座で中庭を闊歩している。
「そうだった!! 萩原!! 猫をとっ捕まえるぞ!!」
松田さんが我に返って叫ぶと三人で一斉に猫に飛び掛った。
「龍絶ちゃん!! そっちに行った!!」
「え!? 今萩原さんとこの後ろに……」
「萩原!! 横だ!! 横!!」
三人がかりの健闘虚しく、結局猫には逃げられてしまった。
それでも、こんな何気ない日常の1ページが刻めただけで嬉しくなって、不思議と充足感が沸き上がってくる。
「はぁ……ったく、しょうがねうえな……」
松田さんも溜息をつきながら、こころなしか楽しそうで良かった。
このかけがえの無い日常が、ずっと続けばいいのに……。
「龍絶ちゃん、何感無量みたいな顔して涙ぐんでんの!! 猫に逃げられたの、そんなに意義深い出来事だったかな……。ま、龍絶ちゃんは変わってるから仕方がないか!! あんまり無茶だけはするなよな!!」
※念のため
錯語については近々のうちに説明が入ります