「良かった……龍絶さんが無事で……」
犯人は合計4人居たらしく、対岸のスナイパーと監視役、それが失敗した場合の渡し船の弓矢の射手、アルミトラスで状況を把握して指示をする者に役割分担されていたらしい。
「ヒロの旦那……そりゃねえぜ!! あのなあ、『みんなが無事で良かった』だろうよ!!」
警察の人達に事情を話して犯人達を引き渡したあと、事情聴取をされて鬼塚教場だと分かると詳しいことは後日ということで解放された。
「だって松田達が殴られたりしても大して問題ないじゃないか。もちろん皆が無事で良かったと思ってるよ」
……うち、対人戦闘力が皆無だと思われとるんやな。
教場での成績は女子ではトップクラスやのに……実際の現場では明らかに弱くなっとる。
これでも組織のスナイパー、メスカルとしてテキーラと組んで何件も暗殺を請け負ってきた。
なんで?
大学に入る前はバイジウに基礎の暗殺技術を叩き込まれておったし、大学生活中もホリデーにはバイジウから鬼トレーニングを受け取ったし、バイジウが居ない時には警察学校に入る前まで自主トレをしとったのに。
スナイパーが足音を聞き逃すなんて以ての外な致命的ミスを2回もしとるし、爆弾解体は松田さんに指示されながらの降谷さんのタイムとほぼ近い体たらく。
……警察学校に入校してから弱くなってしまったん?
大学に入る前の暗殺稼業をしとった時にテキーラがいつもの漫才で邪魔をせえへんかった場合で、うちとタメを張れるスナイパーはコルンとカルバドスくらいなもんなのに。
なんで、なんでなんよ……。
「どうした? 龍絶。お前の大手柄だぞ? 何気を落としてる!!」
伊達班長に肩を叩かれてピシッと背筋が伸びた。
「う、ううん。何でもないよ」
こんな弱体化をしてしまったら、みんなを救えへんよ……。
……救う……何でうちは弱いのに、こんなにも『5人を救いたい』って思っとるんやろ。
『来たるべきその日に備える』
『大切な二人を爆発から救う』
この記憶が何か特別な意味を持つような気がする。
その日って結局何なん?
大切なって……爆処の二人を救うん?
もう何がなんだか分からへんよ……。
「……龍絶、お前……。……あのなあ!? 祭りは終わってねえんだ!! 楽しまないでどうする!!」
下を向くと手を松田さんに引かれた。
「そうだよ!! 思いっきり楽しもうよ!!」
空いている方の手を諸伏さんが引っ張った。
……今夜だけは、何も考えずに場に流されてみてもいいのかもしれん。
「……うん!! ありがとう!!」
「龍絶さんは何か取って欲しいものあるのかな?」
諸伏さんが射的の的屋に並んで玩具のライフルを持つとフニャフニャと笑った。
「えっと……」
……『ぬいぐるみが欲しい』なんて言ったら子供っぽいって笑われるかな。
「……あの猫のぬいぐるみを取るね」
そう言って諸伏さんがライフルを構えると妙な胸騒ぎがして冷や汗が垂れてくる。
たかが的屋の玩具のライフル……なんでこんなに怖いんや。
「……お……よし!! 取ったよ龍絶さん!!」
的屋のおじさんが撃たれて落ちた猫のぬいぐるみを拾い上げて渡してくれた。
「わぁ……ありがとう諸伏さん。……大切にするわ……」
初めてやわ……自分一人だけのぬいぐるみ。
猫のぬいぐるみを抱きしめると涙が溢れた。
「な、泣かないで龍絶さん。……そんなに喜ばれると……えへへ……嬉しいな」
すごく胸が苦しい。
兎に角、的屋から離れたい。
「へぇー、ヒロの旦那は猫のぬいぐるみを2発で取ったと。……なら俺は龍のぬいぐるみを1発で取ってやんよ!!」
松田さんが諸伏さんと場所を交代すると全長60cmある龍のぬいぐるみを狙い始めた。
「お!! 松田は威勢がいいな!! 宣言通り1発で仕留めろよ?」
伊達班長が発破を掛けて煽ってるけど、曲がりくねった胴体を支える重心からして……1発は厳しい。
「……あ……くそ……待てよ……おい……なんでだよ!!」
結局、龍のぬいぐるみはグラついて場所が少しずつズレていっただけで松田さんは5発分全弾使い切ってしまった。
「陣平ちゃん、大見得切った割にはスカしちゃったね〜」
萩原さんに肩を組まれて松田さんはギャンと噛み付いた。
「……なら、うちが仇を取ったる!! オジサン、300円や」
オジサンにお金を払って玩具のライフルを構えた。
実際のものとは遠く及ばんけど、二人の射撃を見ていて弾の軌道と速度とトリガーを引いた直後のタイムロスが分かったから。
「松田さんがずらしてくれたから、ぬいぐるみの角度が変わった。……ここで胴体、尾、頭を打てば確実に倒れる。……1、2、3……取ったで!!」
龍のぬいぐるみを受け取って松田さんに渡すと、背後から冷徹さを帯びた降谷さんの声がする。
「ずいぶんとライフルの扱いに長けてるね。……猟銃の免許でも持ってるのかな? ……なんて。猟銃の免許の受験資格は20歳以上だから、警察学校に入る前に取っていてもおかしくはないね」
「まあまあいいじゃない。それより帰りの客でごった返す前に電車に乗っちゃわないと」
萩原さんに背中を押される形で色々とあった花火会場を後にした。
「龍絶、綿あめやるよ」
「龍絶さん。りんご飴買っておいたよ!」
いつの間にか松田さんと諸伏さんは別の屋台から買い物を済ませていた。
「後で僕にお金を払ってくれよ。ヒロ、松田」
あ、買い物にいっとったのは降谷さんやったのか。
「うん!! あとでお金払う……あ、ああ!? あかん!! 浴衣を返却せんと……皆先に電車で帰っといてえな!!」
浴衣、すっかりレンタルしていたことを忘れとった。
「はあ? なんで返却する必要があると……浴衣は俺達からのプレゼントだ。龍絶、気にせず受け取れ」
伊達班長に駅の改札に押し込まれながら肩を叩かれた。
「な、なんで? うち……何もしとらんし。何もしてへんよ……。何もお返し出来へんから……」
振り向こうとすると萩原さんに肩に腕を回された。
「男はこういう時見栄を張りたいもんなの! 素直に受け取りな? 龍絶ちゃん」
駄目や……涙が……泣いたらいけんと言われとるのに。
「ちょうど電車が来たみたいだ。……まだ座れそう。龍絶さん、座ろうか」
諸伏さんに手を引かれて座席に座ると、隣りには松田さんが座り、三人はつり革を掴んで立った。
「ありがとう……ありがとう……」
ぐしゃぐしゃになった顔を隠すように下を向くと両肩に重さと温もりが乗った。
「どうやら二人とも疲れてしまったみたいだ」
涙が手の甲に落ちては弾ける。
うちは……みんなを騙してる……組織の人間なんに……。
「あ! 席、空きましたよ」
「ん、席……どーぞ」
ぱっと顔を上げると松田さんと諸伏さんが後から乗り込んできた老夫婦に其々席を譲った。
「あ、うちも……」
席を立とうとすると伊達班長の大きな手の平に制止されてしまった。
「お前は座っとけ。次の駅で譲るべき人が乗ってくるかもしれないだろ」
……うち、うちは……。
「お若いのにご親切にどうも。お嬢さん、いいお友達を持ったねぇ」
「ありがとうねぇ。いい友人は一生の宝だよ。大切にするんじゃぞ……」
老夫婦に語りかけられながら、うちを見下ろす5人を見あげた。
……うちも……そっち側に立ちたかった。
「はい……。大切にします……」