「な、なあバイジウ……帰って早々やんやけど、変なこと聞いてもええかな?」
米花町の家に着き、荷解きをする為に自室に入ったバイジウを追いかけるようにして部屋の扉をノックした。
「うん。いいよ。リビングで待っててね」
……覚悟を決めんといけない。
このままなあなあで済ませてしまったら一生後悔する。
ふと、久しぶりに帰ってきた家の窓ガラスが外の景色を映し出していることに気がついた。
……掃除されとる。
警察学校に通っとる間、家に帰ったのはバイジウから頼まれた書類を公衆電話越しやけどジンに届けたっきり。
……バイジウは裕福そうやし、大学入学から警察学校入学まで衣食住をサポートしてくれとったんやから、ハウスキーピングとして外部の人を雇うお金くらいあるか。
……それでも、うちにひと言くらい言ってくれれば週末に帰って掃除したんに。
組織の人間が自宅の掃除を外部の人に任せとるなら、やっぱり重要な役職に就いとらんのかな。
ボーッとしながら紅茶を入れながら、アメリカからの手土産……質量のある黒いどっちゃりとしたチョコレートケーキの上に更にミルクチョコレートが乗った甘い匂いの爆弾みたいなものを開けて時計の針を見た。
……よく、飛行機に乗ってきたんに崩れへんな。
飛行機ってケーキもオッケーやったんやな……生のものは駄目やとばかり……。
……保冷剤があるにしても、これ……。
「お待たせメスカル。それで、何の話?」
ソファの背後から声を掛けれて飛び上がってしまった。
「ヒッ!? 後ろに立たんでよ!! ビックリするやろ!!」
あかんあかんあかん!!
また背後を取られてしまうなんてこと……花火大会での教訓を活かせてない。
「あはは。ケーキは僕が切り分けるね」
バイジウはナイフを縦ではなく横から入れて真っ二つにすると器用にミルクチョコレートが乗った部分を取り皿に別けた。
「相変わらず変な切り方するなぁ……」
元々掴みどころがないっちゅうか、不思議ちゃんみたいな所があるし……ケーキは空港内の土産物店で買ったのかもしれん。
うちの世話をしてくれる物好きやし、悪い奴やない……。
……組織の人間やかは、悪いことはしとるけど。
それをいったらうちも同じ穴の狢、暗殺稼業っちゅう殺人という罪を重ねた犯罪者や。
「そう? 上の者が利益を得る最適な切り分けの方法だと思うよ。兄さん以外、皆は口を揃えて『変』っていうんだ。等分なんて実力がイーブンの者同士の場合にしか使えない不適格な切り方なのに」
「あ、あんな? ……バイジウって……組織内でどんなポジションなん? ……信用してないとかやなくて、純粋に家族としてちゃんと把握しておくべきかなって思って……」
ティーカップを持つ指が震えそうになるのをじっと堪える。
「……ポジション?」
これ以外で聞きようがあらへん。
組織内の地位と職位なんて仕事を組まされた時に互いに名乗り合うか、外聞からしか聞かれへんし。
「そ、そうや……事務員さんとか会計係やったりするん?」
バイジウからは爆発物の設計から解除、危険物等の暗殺稼業に使う知識、対人戦闘訓練を教わったから……流石に『何もしてない一般職』やとは言えへんはず。
「僕は組織のナンバー3だよ。……なんて、普通は簡単に組織内の序列を明かせないからね。ジンやテキーラとは何回か仕事をしたかなぁ」
そらそうか、『自分は上層部だ!』なんて複数人がいる場で証言を取らないと嘘八百の出鱈目をいってライバルを蹴落とす人間もおるかもしれんな。
「そうなんや、組織内では何を担当してるん? うちはスナイパーなのは知っとるよな? 教えてな」
バイジウはチョコレートの塊を口にした後、ポツリと語りだした。
「僕は組織内のラボの設立と研究企画の初期段階から携わっている研究者ってところかな。今は総責任者ってことになってるけど、メインはメスカルにしたようにスパイ養成用として身元の偽造と書類の改竄を行なったり、警察組織に捕まってしまったスパイに対する漏洩事項のヒアリングを……心理学っていうよりカウンセリングをしてる。催眠療法を使ったり薬剤を使ったりね」
……ようわからんけど、仲間のケアに回っとるってことか。
「なんや、安心したわ……。ゴノレゴ13みたいな世界を飛びまわっとる敏腕スナイパーやったりしたらどうしようかと……」
ホッとして胸をなで下ろすと冷たい声が落ちた。
「……どうして僕がスナイパーだと困るの?」
……答えられん。
組織内にいる以上悪事に手を染めているのは明白で、ジンもバイジウはうちの仕事を肩代わりしとると言うとった。
……確実に殺人を犯していることは確かや。
「う、うちより凄腕のスナイパーがおったらイラッとするな……って話や」
冷や汗を隠しながらスポンジ部分が露出したケーキをフォークで刺した。
「そっか。メスカルは負けず嫌いだからね」
自分で出した話題なのに早く終わらせたくて仕方がない。
『誰かの死亡事故について調べて貰った』
これに関しては今直ぐに聞く必要はあらへんし……。
「……そうや!! うちは最強の暗殺者になるんやから!! なって……」
なって……どないするん?
5人と一緒に居続けるため、組織に貢献して融通を利かして貰う?
「……ふふっ、メスカルは本当に面白いね」
「龍絶ちゃん、入隊初日から顔色真っ青でどうすんの」
入隊後、爆発物処理の実務研修中に萩原さんに肩を組まれて、ボーッと上を向いた。
「緊張して全然眠れなかったんや……」
本当はバイジウとのやり取りで心が全然休まらなかった。
それでもバイジウの素性が分かっただけでも儲けものやけど……。
「バカ女!! 体調管理が出来なくてどうすんだよ!! まったく、しょうがねえな……」
頭を軽く叩かれて、ムッと顔を上げると鼻同士がつくくらいの近さに松田さんのニヤケ顔があった。
「ヒャッ!? 何考えとんねん!!」
身体を遠ざけようとしても萩原さんにガッチリと肩を固定されて動けない。
「真っ青だった顔が茹でダコみたいに真っ赤になっちゃったねえ」
ぐ……萩原さん、うちが松田さんの事が好きやって気づいとるな。
「ちゃ、ちゃうわ!! 誰やって顔を近づけられたら驚くやん!!」
下を向いて啖呵を切ると、前から怒鳴り声が響いた。
「コラ!! 萩原!! 松田!! 龍絶!! お前たちは鬼塚教場で成績優秀者だったとは聞いているが、実務経験では話が変わる!! どうせだったら模擬爆弾を解除してから私語をするんだな!!」
訓練監督の人が他の爆発物処理班に配属された同僚達を掻き分けて、床に直置きされた簡単な置き時計型の爆弾を三人分見て廻った。
「はあ? なら私語はしていいってお墨付きを貰ったってことで」
時計型は短針と長針が揃うと通電して起爆する初歩中の初歩の設計で、配線を見るとかダミー火薬をどうにかする以前のものだったから松田さんも萩原さんも揃って訓練が開始すると直ぐに解体してしまって、時間を持て余してしまっとった。
「すみませんねえ。俺達、爆処トリオは実務でも結構いい線行っちゃうみたいです」
萩原さんが苦笑いして頭を下げて、うちも慌てて頭を下げた。
講師の人を蔑ろにしてはダメや。
「ごめんなさい!! 初期過程と基礎知識こそ大切にするべきやったのに、基本を疎かにしてしまいました。これからは構造が単純なものも丁寧に解体していくので、ご指導ご鞭撻下さい!!」