爆処 其の三
「うち……そんなに駄目なやつやったんか……」
同僚達からの裏表の無い率直な評価を受け取って、退勤時間を迎え長く永遠に思える部署から続く廊下を歩いた。
協調性が無く、無意識的に人を見下す態度を取っていて、周囲の人間関係に関して配慮に欠けている。
うちは5人に並びたくて、追いつきたくて、皆を守りたいから技術力と知識を研いとったつもりやった。
それだけじゃ頂には上がれんらしい……。
「そんなん言われても……うちには『成功か失敗か』しか無かったもん……」
組織の暗殺者……暗殺稼業では対象を暗殺出来たか出来ないか、かかった時間とコストに経費と対象者から波及する影響くらいしか考慮されん。
究極を言ってしまえば、スナイパーは対象を狙って仕留めるか仕留められないか、1か0の答えしかない。
ミッションに関する内容だけを考えて、それ以外の余計な感情は捨てなければならない。
対象に余計な情を抱いてしまったり、勘繰ってミッションの内容に疑念や雑念を浮かべないために。
「どうしたらええねん……」
今更『出来ません』なんていうたら余計に火に油を注いでしまう。
……なんでうち、こんなに頑張っとるのに。
うちばっかり……うちが何をしたっちゅうねん。
ただ人よりも修業して練習して訓練して特訓しただけ。
ただ人一倍、目一杯努力しただけやん。
……なんでなん?
もう嫌や。
全てを放り出してバイジウに泣きつき終わりにしてしまいまいたい。
そうしたら、楽になれるんかな……。
「……って、何考えとんねん!! うちは5人とずっと一緒におるんやから!!」
思いっきり両方のほっぺたを手のひらでパチンと叩いた。
さっきの評価、フィードバックを元に改善すればええねん!!
これくらいの事で悄気たりめげたりしたらあかん。
ここは警察学校やない、職場であって『成績優秀者』を決めるんやなく『縦と横の連携』に重きを置いて『事件の解決』を目指す本物の警察の中にいる。
そんでもって、うちは機動隊で爆発物処理班の一員や。
頑固ではダメ、臨機応変に対応しないといけんって卒業式の日に5人から教わったやないの!
嫌われているのは仕方がない。
嫌われてるなら……次は好かれるしかないんやから。
悪評は良い評価で上塗りしていけばええねん!!
「よし!! 心機一転、頑張るで!!」
「龍絶ちゃん、吹っ切れたみたいだねえ」
帰り支度を済ませて更衣室から出ると、頭の上に温かい物が乗った。
「わっ!? 萩原さん!!」
温かい物はスッと消えたかと思うと目の前に差し出された。
「はい、缶コーヒー。……少し二人で話をしない?」
いつにも増して真面目なトーンに黙って頷いた。
、、、
「風が少し涼しくなってきた気がする。……えっと……萩原さん」
萩原さんと帰り路の途中にある河に架かる橋で沈みゆく夕焼け空を眺めた。
そういえば、萩原さんと一対一で話すの初めてかもしれん。
「……警察学校にいた頃からさ、ずっと言うまいか迷っていたんだよ。……君は浮世離れしてるところがあるから、他者から反感を買いやすいって」
そうやったんか……萩原さんはうちのこと、ずっと世間知らずやと思ってたんやな。
「……そうみたいです。うち、自分が一番になることしか考えとらんかったから……。周りの人がどう思うかとか全然気にしとらんかった」
貰った缶コーヒーを開けて、苦味を口に含んだ。
「猪突猛進で周囲を顧みなくても、龍絶ちゃんは成果と信頼が後から付いてきた。でも、事情を知らない人達は『過程を知らずに結果だけを見る』からさ、結果だけを見たら『龍絶ちゃんはズルしてる』って受け取られちゃうんだ」
コインランドリーでの爆弾解除も、花火大会の見立ても他の人は知らない。
そもそもうちがスナイパーで爆発物と危険物のスペシャリストだと言うことすら隠している状態で、いきなり訓練監督官が出すミッションをこなしてみせたらそうなるのは当たり前や。
「……うち、ズルしてるかも。……ってずっとモヤモヤしとるんです。なんか上手く言えへんけど……」
胸の奥にトゲが刺さっているような気がして、落ち着かない。
「龍絶ちゃんはズルしてないでしょ。全部君自身がやったことだろ。……自信を持ちな。けど、過信はよくないし実力を発揮せず手抜きしろとも言ってないからね。……なんていうかさ、俺の親父の会社が倒産したとき周囲は笑ったんだ。調子に乗って手を広げすぎたんだって。……親父の努力を知らない奴らはそう言って嘲笑した。でも、俺は今でも親父を尊敬してる。会社の経営だって並大抵の努力じゃできないからね」
頭をポンと撫でられて、なぜか急に胸が苦しくなった。
「はい!! うち、頑張ります。萩原さん!!」
缶コーヒーを両手に持って笑顔を作ると、ほっぺたをぐにっと摘まれた。
「そうそう、サークルの姫って言われるのに関しては擁護出来ないからね? 諸伏ちゃんも陣平ちゃんも龍絶ちゃんに甘過ぎるんだよなあ」
……やっぱり未熟者の扱いもされとるんやな。
伊達班長や降谷さんには厳しくされたり……暗殺者であることを悟れそうになっていたから感覚が麻痺しとった。
「なら萩原さん!! うちに辛口で対応お願いします!!」
ペコリと頭を下げようとすると、ほっぺたを伸ばされた。
「こら、人からの対応を自分本位で変えられると思わないようにしないとダメでしょうが」
「ただいま、バイジウ。……って、うわっ!! 玄関開けたら立っとるとか……ホラー映画やないんやから!!」
家に帰ると玄関先でバイジウが無表情で立っていた。
「おかえり、メスカル。君には仕事をしてもらうよ」
……とうとう組織の依頼が再開してしまったんか。
「仕事……誰の暗殺なん?」
玄関の戸を開けて中に入ろうとしてもバイジウの高い背丈が邪魔して入れない。
「ああ、今回は暗殺じゃないよ。僕の部下に当たる女性の二人の娘さんのうち一人が海外に留学していて、一時帰国することになったから、送迎をしてもらいたいんだ」
そっか、暗殺やのうて子供の送迎か……。
「そ、送迎!? えっ!?」
……は?
理解が追いつかへん。
「メスカル、せっかく運転免許を取ったんだから活かさないと損だよ。車は僕の車を貸してあげるから」
そう言ってバイジウに車のキーを手渡された。
「ちょ、まって? まず誰? 歳は幾つなん?」
確かラボの総責任者みたいなポジションやとは言っとったけど。
やっぱり名ばかり役職やったんやな。
せやなかったら、部下の子供の送迎みたいなことをわざわざ上層部から経由して実行するはずないし。
「……宮野エレーナ」
……てことはハーフなん?
「えっと、エレーナちゃんを迎えに行くん? 行き先はラボ?」
頭の中がこんがらがってハテナマークしか出てこうへん。
「……そっか、やっぱりそうか。……ふふっ、宮野 エレーナは僕の部下、娘さんの名前は宮野 志保。11歳だよ。空港からいつもの埠頭まで送ってくれたら、後は別の人間が引き継ぐから安心して」
11歳って、確か小学校5年生くらいやろ?
その歳で親元を離れて海外留学なんて、心細かったろうに。
そんな小さい子が頑張ってるんやから、ますますくよくよしてられんな。
「志保ちゃんね? 分かった!! 安全運転で行ってくるで!!」