「はぁ……車の運転なんて免許取って以来やわ……」
バイジウの車を借りて、目的地の空港まで太陽が落ちてすっかり夜になった道を走った。
そんでもって、備え付けのCDプレイヤーから流れるのは『モリタート』……正直、好きな音楽やないからラジオに変えた。
『続いて海外のニュースです。またもやロシアで爆発事件が起こり……』
……物騒な話題しかないんか。
仕方なくオーディオを切って、窓を少し開けて夜風を切る音だけを聴くことにした。
宮野 志保ちゃんか……どんな子なんやろ。
……バイジウの部下なら組織のラボの研究員の娘さん。
……それにしてもバイジウ、うちと年齢大して変わらんはずなのに娘さんが二人いる部下がおるんやな……。
前に諸伏さんか降谷さんが言っとったけど、飛び級とかめっちゃしたんかな……所謂天才とかいう……ようわからん。
もしかして組織やのうてATFの部下が来日しているから送迎を……なんてことあるわけ無いか。
組織のこととか……親御さんの研究内容とか知っとるんかな。
「考えとっても仕方ない!! 前を向かんと!!」
、、、
「えっと……あなたが志保ちゃんでいいんかな?」
空港の駐車場に着くと、茶髪の女の子が真っ直ぐ歩み寄ってきたので慌て運転席から降りて会釈した。
「はい。……宮野です」
志保ちゃんは歳の割には大人びた口調を使い、落ち着いていてこちらの様子を伺っている。
「志保ちゃんって呼んでもええ? それとも宮野さんって言った方がええかな」
多分やけど、馴れ馴れし対応や子供扱いされるのが嫌いな子。
……けど、組織の人間が送迎き来るって知らされていたはずや。
うちのことを怖い暗殺者やと思って嫌な思いさせるよりは、失礼でおちゃらけた人間やと思われて少しでも安心させてあげたいから。
「……どちらでも構いません」
助手席の扉を開けると、志保ちゃんはそれを無視するように後部座席の扉を開けて手早く乗り込みシートベルトを締めた。
……こういう嫌な大人からの送迎に慣れとるんやな。
「じゃあ志保ちゃんって呼ぶわ!! なあなあ志保ちゃんは好きな番組ある? うち教育番組の『バラしてあそぼ』が好きでな? かけてもええ?」
志保ちゃんは何も答えずに、ただ窓の外に流れる夜景に目を落としている。
取りあえず教育番組をかけると、代わりにみんなのうたが流れ始めた。
これ、『月のワルツ』やん……うちが好きな歌や。
「……私に気を使わなくていいわよ。アナタが下手に出て懐柔を試みるつもりなら、私も敬語を使わないから。……アナタ、名前は?」
意外な返答にバックミラー越しに志保ちゃんを覗き込むと、じっと出方と真意を見極めようとしている。
「うちは龍絶 藍!! 苗字は翼がない方のリュウに絶景のゼツ、名前は藍より青しのアイや!! 好きな呼び方で呼んでな!!」
「……そう。リュウゼツランに近い名前ね。……なら蒸留酒になってしまうけれど、アナタのコードネームはプルケ? ライシージャ? バカノラ? それともメスカルかしら?」
……よく知っとるな。
基本的に組織の命名は男性が蒸留酒、女性がワインやカクテル。
ただし、役職や名前の分かりやすさや特別な事情から法則と異なる命名基礎になることもあるけど。
「ピンポン!! メスカルや!! まあうちの場合は……」
順序が逆で、元々呼ばれていた仮の名前が名無しの権兵衛という意味の『ジェーン・ドゥ』で、コードネームはテキーラの娘のような立ち位置やからと同じリュウゼツランから取る『メスカル』を与えられ、警察学校に潜入するために『龍絶 藍』を名乗った。
……なんでこの名前にしたんやったか……全然思い出せへんけど。
「そう、メスカルなの……大層な名前を貰ったわね。リュウゼツランから造られる酒の総称じゃない。……たくさん人を殺したのね」
……答えられん。
孤児院にいた時に養子としてテキーラに拾われて、養父とは名ばかりだったテキーラは気のいいオッサンやったけど……うちに暗殺稼業に必要なノウハウを叩き込み、カルバドスやコルンに並ぶ程のスナイパーに育て上げた。
組織の三本指に入るスナイパーになったっちゅう事は、裏を返せばミッションと称して大勢の対象……人間を暗殺してきたということ。
……うちは、人殺しや。
「……そうや。たくさん殺したからコードネームを貰ったんや。……うちはいずれ地獄に落ちるよ」
志保ちゃんに龍絶という本名を明かして、うちの正体が露見すれば……うちは法の下で裁かれて……みんなから絶縁されるんやろうな。
うちが5人を助けられた暁に、警察官になった5人に最期の後始末をお願いできたらどんなに幸せか……。
……あかん、また弱気になっとる。
「……そうかもしれないわね。……藍さん。……メスカルなんかより、藍の方がよっぽどいいわ。……送り迎え、ありがとうございました。アナタみたいな人が組織内にもいると分かって良かったわ。さようなら」
『おい龍絶!! 今何処にいんだよ!? お前を探し回って街中探しまわったぞ……。バカ女ぁ……。俺がいねぇと何にもできねぇ女……。何処にいんだよ……』
志保ちゃんを埠頭に送ったタイミングで携帯電話がけたたましく鳴った。
「うち? うちは……夜景ドライブや!!」
松田さん、なんか呂律が回ってへんように聞こえるけど……もしかして酔っ払っとる?
……もしかしなくてもだいぶベロンベロンに酔っとるな。
『あーあー、もしもし龍絶ちゃん? 電話を代わりました。あーあー萩原、萩原研二です。今さ、店で呑んでるから来なよ。来なかったらほっぺにチューの刑ねー。チュー、ネズミ。ネズミと言えばネズミーランド、来週末は6人でネズミーランドに乗り込みまっしょい!! え? 無理? そんな固いこと言うなよ!!』
あかん、萩原さんも完全に酔っ払っとるやん。
酒を呑ませてはいけないタイプやな……。
『すまん龍絶、今5人で呑んでるんだが……同僚二人の尻拭いをしに今から言う店まで来てくれないか?』
受話口から聞こえてくる伊達班長の諦念を含んだ溜息から場の空気を察してしまった。
「う……うん。行くけど……。助けになるかわからんよ……」
……となると、車で行っても酒は入るやろうから車で帰るわけにはいかへんな。
『三爆処トリオの末永い幸せを祝ってカンパーイ!! あれ? さっきもした? してないよー!!』
……そういえば、5人と酒の席を共にするのは初めてやったな。
どうしよう、諸伏さんも降谷さんも酔いつぶれたら、うちと伊達班長だけじゃ収拾つかんかもしれん。
「今から行くからメールで住所送ってくれる? 一旦電話切るから、行くまで待っとってな!!」
混沌としている空間を電話ごと断ち切って、急いでバイジウに連絡を取った。
「もしもしバイジウ? ミッションは無事成功したんやけど……」
志保ちゃんは埠頭に着いて暫くした後、別の車に乗って去って行ってしまったし……。
『ミッションは? ……他に何かトラブルでも起きた?』
重要な内容は無い基本的な報連相やし、別に言ってもええやろ。
「あんな? 同僚から飲みに誘われて……車で行くから、帰りは駐車場に置いてタクシーで帰りたいねん。……明日以降、車を取りに戻るから、置いてってええかな?」
……流石にバイジウに車を取りに来いとは言えへんし。
『……なんだ、そんなこと? 住所を教えてくれれば迎えに行くよ。タクシーを使う必要なんてない。……たまには僕を頼ってよ』
わざわざ車を取りに来て、待っとってくれるってこと?
……やっぱり、組織のナンバー3みたいなのは軽い冗談やったんや。
「ありがとう!! なら帰るときにまた電話する!!」