「かわいいかわいい藍ちゃんは俺を助けるために病室から抜け出てきちゃんだんだよなあ?」
頭がボーッとしとる。
何故かうちは萩原さんの腕の中にいて、汗まみれのほっぺたを擦られている。
「……はあ? ……はあ……うちは……萩原さんの命を救うために此処におるんやから……」
夢……もしかしてあの世?
「うんうん……命を助けてもらったよ……藍ちゃんは俺と一緒にいたいって泣いちゃうくらい俺が大好きなんだよねえ?」
そうや……うちは5人と一緒にいる為に今まで努力したんやもん……。
「え……? うん……みんなと一緒にいたい……」
汗ばんだ髪の毛を手櫛で梳くように撫でられとるけど……。
「藍ちゃんは俺に見限られることを覚悟して……わざと嫌われるようなこと言っちゃったんだよねえ?」
なんか……抱きしめられてるみたいで……。
「それは……そうやけど……」
何なんやこの夢……早う醒めんと、爆弾犯AとBがどうなったかを確かめんといけんのに……。
「上司の訓練監督を説得してまで俺のところに来た……まるで王子様だなあ……」
萩原さんの胸をグッと押して離そうとしても、力が入らんのかびくともしない。
仕方ない、無理やり覚めるか。
自分のほっぺたをぺしっと叩いても目の前にある鼻と鼻がぶつかりそうなくらい近い萩原さんの顔が消えない。
「夢よ覚めろ……早うして、うちは萩原さんの無事を確認せんといけんのや……」
何度もぺしぺしと叩いても萩原さんが消えない。
「……藍ちゃん……。いや、藍。俺と結婚しろ」
あはは、少女漫画でもいきなり求婚は無いわ……。
「何言っとんの……? うちはそんな事しとる暇は無いから……」
爆弾犯AとBが居のうなっても『ハロウィンの花嫁』で出てくるプラーミャをどうにかせんといけんし……。
でも、萩原さんが生き残ったんならバイジウに『予知能力じみたものはない』って証明できた事になる……。
「職場で公開プロポーズ……しかも爆弾事件が起こった直後で……でもまあ、龍絶の成果だ。おめでとう!!」
はは……まったく、そんな馬鹿な話が……。
……目を擦って左右を見ると、特殊車両の外から先輩らが拍手をしているのが見える。
まさか、本物やないよな?
恐る恐る手のひらで萩原さんのほっぺたを触ると、親指を噛まれた。
「ぎゃああああ!? 本物!? なんで!?」
意味がわからん!!
なんで萩原さんに求婚されんねん!!
好感度上がるようなことしてへんやろ!?
それに諸伏さんからのプロポーズを断った話とか知っとるし……うちが松田さんを好きなこと気づいとるんやなかったん!?
……やっぱり夢か、寝よう。
「ん? キスしていいってことかな? オーケーだと判断するよ? いい?」
……あかん。
「今はそんな話をする場合ちゃう……から……。まって、頭くらくらする……」
「はーぎーわーらー!? テメー俺の女に手え出すなっつったろうが!! 何勝手に公認カップル気取ろうとしてんだよ!!」
松田さんの声がして、振り向こうとするとぎゅっと抱きしめられた。
「はあ? 陣平ちゃんにはいくらでもチャンスがあっただろ……。まだ誰とも付き合ってないんだからさあ……。親友の女を奪ったってわけでもあるまいし……」
苦しい、息ができない。
「ああ!? テメーこら調子に乗るなよ!! 萩原!!」
「松田こそ煮え切らない態度で藍ちゃんを翻弄してんじゃねえよ!!」
こんなん少女漫画の『私のために争わないで』やんか……。
「二人ともうっさいねん!! ……ここは……職場で……現場や……から」
、、、
「起きた? メスカル」
瞼を開けると、バイジウが顔を覗き込んでいた。
まって、ここは家の……ソファの上?
「な、なんで家に……」
さっきまでの少女漫画的なやり取りは……?
「メスカルが勝手に病室を抜け出して爆弾処理に向かったって聞いて飛んでいったら、メスカルは気を失っているし同僚は『俺の女だ』とかほざいているからさ、驚いて同僚二人を半殺しにしちゃった」
……ウソ、まさか……本当に……。
「ま、まって、あの二人には勝手に手出ししないでって約束したやん……」
結局、萩原さんが死ぬ運命を変えられなかったってこと?
「……なあんて、嘘だよ。驚いた? ははっ、この世の終わりみたいな顔をして……メスカルは面白いなあ」
心臓がバクバク言っとる……。
目の前にいる男は組織のナンバー3で……自白させることに特化しとる危険人物……。
うちに原作知識があると知れば、何をしでかすか分からん……。
萩原さんが今日死ぬ運命だったとは流石に覚えていないはず、覚えとったら現場に行くとか、うちが病室から抜け出さんように監視しとくとかしとったはずや。
「じょ、冗談キツイわ……バイジウに半殺しなんて死よりもキツイからな……」
対人戦闘訓練を本格的につけてくれたのはバイジウで……暗殺術や危険物の取り扱いを教え込んだのもそう……。
本気のバイジウと対人戦闘でやりあえるのは……それこそアイリッシュかプラーミャ、4年後の4……5人くらいなもんや……。
「評価してくれてるの? ありがとう。そうだ、爆弾処理班には休暇を取らせてもらったからね。流石にボロボロだし、看過できないから」
「な……なんでなん!? そんなん……うちは働ける!! 勝手に休みとか申請せんでよ!! 義兄からの申請が受理されるわけ無いやろ!!」
うちが勤めとるのは警察やぞ!?
「僕はATFだし、忖度じゃないのかな、日本はアメリカの警察組織の顔色を窺うからさ」
……あり得んやろ……暴論や……。
「ふざけんなや!! うちは……」
うちは爆弾処理班で……。
「組織のスナイパーでしょう?」
……そうやけど。
あかん……怒らせて逆鱗に触れたら5人に危害を加えるかもしれん。
「……休みの申請、うちも改めて申請しに行くから。そしたら休むわ……」
虚偽の申請で無断休暇扱いにされたて不利な状況にされたり、何か吹聴されて人間関係を混乱させようとするかも知れん。
「なら決まりだね。ゆっくり休みなよ。……あ、ポストの方から音しなかった? ……ちょっと見てくるから待っててね」
バイジウはゆっくりとソファから立ち上がって、玄関に向かって歩いていった。
「はぁ……。……ん?」
ソファから起き上がって目をこすると、バイジウのスマホが黒画面になる前の状態でソファ脇に挟まっていた。
チラッと玄関を見るとバイジウは扉を開けて外に出ていくタイミング。
今ならバイジウの弱みを握れるかもしれん。
音を立てないように立ち上がり、しゃがみながらスマホをタップするとメール画面タブが開きっぱなしになっている。
『ロシアで頻発している爆発事件の犯人の目星を伝えます』
そこに書かれていたのは、明らかにプラーミャの実態と潜伏先に関する断片的な情報。
……もしかして、組織はプラーミャを使って何かしようと企んでる?
なら、絶対に阻止しないといけない。
4年後に起こる爆発事件未遂。
爆弾犯Aを手引きして、降谷さんが危機に陥るハロウィンを回避しないと。
メールの文章を何度も確認して、スマホのタブを元に戻してソファに挟み直した。
「……ハロウィンのポストカードが届いていたよ。時期外れだね」
バイジウの声に今さっき立ち上がったふりをして笑顔を向けると、バイジウも笑っていた。
「差出人の人、うっかり屋さんやなぁ……」