爆処 其の三
「うち……そんなに駄目なやつやったんか……」
同僚達からの裏表の無い率直な評価を受け取って、退勤時間を迎え長く永遠に思える部署から続く廊下を歩いた。
協調性が無く、無意識的に人を見下す態度を取っていて、周囲の人間関係に関して配慮に欠けている。
うちは5人に並びたくて、追いつきたくて、皆を守りたいから技術力と知識を研いとったつもりやった。
それだけじゃ頂には上がれんらしい……。
「そんなん言われても……うちには『成功か失敗か』しか無かったもん……」
組織の暗殺者……暗殺稼業では対象を暗殺出来たか出来ないか、かかった時間とコストに経費と対象者から波及する影響くらいしか考慮されん。
究極を言ってしまえば、スナイパーは対象を狙って仕留めるか仕留められないか、1か0の答えしかない。
ミッションに関する内容だけを考えて、それ以外の余計な感情は捨てなければならない。
対象に余計な情を抱いてしまったり、勘繰ってミッションの内容に疑念や雑念を浮かべないために。
「どうしたらええねん……」
今更『出来ません』なんていうたら余計に火に油を注いでしまう。
……なんでうち、こんなに頑張っとるのに。
うちばっかり……うちが何をしたっちゅうねん。
ただ人よりも修業して練習して訓練して特訓しただけ。
ただ人一倍、目一杯努力しただけやん。
……なんでなん?
もう嫌や。
全てを放り出してバイジウに泣きつき終わりにしてしまいまいたい。
そうしたら、楽になれるんかな……。
ポケットから携帯電話を取り出して、耳障りな『モリタート』の呼び出し音を警視庁の外の路地裏でただ聴いていた。
「バイジウ……早くでてよ……兄貴……」
呼び出しの何も進まない時間が延々と続くような気がして、震えるほど怖かった。
『もしもし、ヤンです。御用のある方はピーッという発信音の後にお名前とご要件をどうぞ。ピーッ』
「ふざけんなや!! 今……今うちがどんな気持ちで……」
必死に堪えていた鬱憤が爆発したように受話口の向こうを怒鳴りつけた。
『……ごめんごめん。そんなに思い詰めて、何かあったの?』
普段の飄々とした態度とは裏腹に、優しい声色で気遣われて涙が溢れ出てしまう。
「うち……うち……爆処に向いてへんって……人間関係も作れないクズやって言われて……うち……どうしたらええんやろ……」
もう辞めた方がええんかな……。
『……お義兄ちゃんがそばにいる。早く帰っておいで』
「……そっか、上司と同僚に目を付けられて、イジメられちゃったか。メスカルは優秀だから目の上のたんこぶ扱いされちゃうんだね」
家に帰るなり甘ったるいチョコレートケーキの匂いが充満しているリビングのソファに座らされた。
「うち、ペーパーテストでも実技でも1位だったんに……頭ごなしに否定されて……うちが悪いんやのうて、実力が無い人らが上を目指せばいいだけやろ……」
うちは組織の暗殺者として過酷な訓練を積んだんや、人よりも秀でていないとあかんのや、最強のスナイパーになるんやから……。
「うん。メスカルは何も間違っていないよ。努力を怠った人間が努力をした人間を引きずり降ろそうとする。それが人間社会の縮図だね」
そう言ってバイジウはティーカップに鮮やかなエメラルドグリーンをした半透明の飲み物を注いだ。
「……なんなんこれ? 透きとおった緑……」
匂いは甘い香りが邪魔をしてよく分からず、口に含んで見ても味らしい味はしない。
「メリーピュルティ8100。メスカル、気分は落ち着いた?」
なんやろ……からだがぽかぽかしてきた。
「は、はい……。めりー?」
なんの……おちゃ?
「ああ、これはカウンセリング用……催眠療法として洗い浚い情報を引き出す、ただの自白剤だから気にしないで」
かうんせりんぐ?
「……あ、はい……かうんせ……っんあ……」
からだがゆれてる、ゆりかごみたい。
「『名探偵コナン』にはバイジウの名前は登場しない?」
なにもきこえない。
「……ん、しらない……」
まっさーじ?
「ナンバー3についても出てこない?」
くすぐったくて、きもちいい。
「あっ……あぅ……しらない……」
おふろみたいにあったかい。
「11月6日に亡くなる人間は? いずれ組織にはいるバーボンとスコッチは警察だね?」
ゆらゆらしてる。
「っ……はぁ……らない……」
あたまがまっしろになる。
「アポトキシンがなにか分かる? 幼児化するんだよね?」
くものうえにいるみたい。
「……んっ……しらない……」
なにもみえない。
「……ふう。やっぱりピンポイントでこの世界の知識が消えてるみたいだ。強盗にあった時にガリアーノの居る警察病院に運ばれていたら……。起こったことは仕方がない。充分過ぎる程カードは手元に揃った」
ひとりぼっち。
「メスカル、お義兄ちゃんに慰めて貰って君は寝てしまい、ぐっすり眠ったら今のやり取りを忘れちゃうから大丈夫だよ」
「龍絶ちゃん、顔色悪いけど大丈夫? 他の同僚とは上手くコミュニケーション取れた?」
言えへん……せっかく萩原さんに会話のキッカケをもらったのに、結局は訓練監督と同僚三人からボロクソに扱き下ろされて悪夢を見ていされたなんて……。
「その……」
口籠っていると、肩に腕を回された。
「いちいち気にすんなっての!! 信頼は後から付いてくるもんだ!!」
顔を上げると、ニカッと八重歯を見せて笑う松田さんの顔があった。
「そ……そやね……実務経験を積んでいけば周りも納得してくれるはずや……」
うちがミスしたり問題起こしたわけやないし、周りがうちに追いついてくるまで待てばええねん。
訓練室の扉を開けると、空気がどんよりと濁っていた。
「どうしたどうした!? 暗い顔しちゃってえ」
萩原さんが男子二人と女子一人に声を掛けた。
……あれ?
昨日うちが相談を持ちかけた男子一人と女子二人のグループが居らへんな。
「なんかさ……訓練監督、女子二人に手を出してたんだって。しかも結婚してるから不倫だよ? 信じられなくない?」
……え?
訓練監督、新人に手を出すようなスケベおやじや無かったのに……。
「げぇ……マジかよ。人を見る目がないオッサンはお手つき出来る女を選んで依怙贔屓してただけなんじゃねえのか?」
松田さんが呆れたように両手を開いてみせた。
その女子二人も、真面目で真剣に訓練に取り組む人で、キッパリと物事を忖度無しで言える人達やった……。
「じゃあ、男子はどうなったんだよ」
萩原さんが眉を顰めると、三人は顔を見合わせた。
「……首を吊って自殺したらしい。……成績優秀者だったのに、なんていうか……『自分より優秀な人間がいる事を知り、世の中が嫌になりました』って遺書があったって話だよ……」
……それって、うちが実力を見せつけたから……死んでしまったっていうこと……?
「あ、龍絶さんは気にすることないよ!! 龍絶さんの実力を私達だって見てるし、確かに『自分は落ちこぼれかも』って悩んだけど、それ以上に龍絶さんが努力してるだけだって分かるからさ!!」
うちが能力を発揮すればするほど、周りは嫌な思いをするん?
すると、訓練室の扉がガタッと開いた。
「龍絶、松田、萩原!! 人員が足りなくなってしまった穴埋めに貴様らを現場に配置する!! 準備しなさい!!」