「未来予知って具体的にはどんな感じなんだい? ビジョンみたいに脳裏に映るとか、キーワードが出てくるとか、特定のものを服用するとトランス状態になるとか……色々とパターンがあると思うんだけど」
降谷さんはベッドに向かい合い横になったまま、うちの額やほっぺたにキスを繰り返している。
公安って大変やんやな……原作からして薄々ハニートラップを使ってるんやないか、ベルモットとただならぬ関係なんやないなって思っとったけど……。
好きでもない相手にこうやって媚をうって、色恋を武器にして仕事をしている。
……組織内でもそういう手練手管は必須みたいな諜報部隊も居ったけど、うちはテキーラが『コイツはスナイパー一筋で育て上げるから余計な手出しをするな』っちゅうてハニートラップの方法とか仕事については教わらんかったし、バイジウからも特に言われたりしてへんな。
「もうキスはええって。ちゃんと話すから。うーんと……なんちゅうか、漫画を読んどる感じかな……。推理漫画を読んで、それに出てくる事件を思い出すと、それが実際に起こる事件で……」
……半分本当で半分嘘や。
うちは前世の記憶、つまり女子高生だった龍絶 藍が愛読していた『名探偵コナン』の世界に入ったらしいから、ここは漫画の世界っちゅう認識。
「……ん、ふ……そうなんだ……漫画ね。画像による情報の取得が近いかな」
また口の中に何か入ってきた。
「……ん……やから、キスはやめえ……」
女子高生の龍絶 藍だった、っちゅう記憶自体も何処の高校に通っていたとか、どういう容姿でどんな性格だったのか、両親はいたのかや友達に関すること、何が原因で死んだのかとか、そもそも死んでしまってこの世界に転生したのか、生きていて白昼夢の中にいるのかすらも分からん曖昧なもの。
「ふ、ごめん……それでその漫画の結末は知っているのかい?」
降谷さんに頭を撫でられると背中を抱き寄せられ、また額にキスをされた。
……知らん、結末なんて知らん。
原作の何巻まで読んだのか、アニメの何話まで見たのか、考えようとすると白い靄が掛かって分からなくなる。
「……知らない。……ただ、うちは……起こる事件の一部と、その事件で誰が亡くなるかが分かるだけ……」
降谷さんは何も言わずに髪を手櫛で梳いている。
……暇なら円周率でも数えとったらええのに。
……こうやって自分で整理してみると、うちって無力やな。
ただ情報を知っとるだけでは『事件発生の有無、犯人、凶器、動機、被害者、派生すること』しか分からん。
それは『事件があるから回避しろ』と伝えるか『事件が起きたから犯人を当てる』くらいの用途にしか使えんのと同じ。
溜息をついた瞬間、ドンッという音が扉から聴こえた。
「……零、ぶっ殺してやんよ」
「あ、松田さん!! ちょ……」
松田さんが真っ赤な薔薇のブーケを地面に叩きつけると、隣で寝転んでいる降谷さんに馬乗りになって殴り始めた。
「どうした松田、一足遅かったんじゃないか?」
降谷さんも笑みを浮かべながら殴り返し、取っ組み合いの乱闘になっていく。
「ご、誤解や!! 降谷さんも、なんでそんな挑発すること言うねん!!」
明らかに血飛沫が舞っていて、このままでは殺傷沙汰になってしまう。
「俺の女を傷物にしやがって……殺してやる……」
松田さんはサングラス越しでも本気の殺気が分かる。
「お前は傷物になった程度で捨てるのか? なら僕が貰おうかな」
だからなんで火に油を注ぐんや!!
「松田さん!! うち、キスしかされてへんよ!!」
取っ組み合いをする二人がピタッと止まった。
「……アア!? 零、テメー……越えていい一線を軽々しく超えてんじゃねえ!!」
松田さんがサングラスを床に投げ捨てて思い切り右ストレートで降谷さんを殴りつけた。
ならさっきの殴り合いは何だったん!?
「……松田、久し振りにやろうじゃないか。……本気の喧嘩をな」
……喧嘩で憂さ晴らしするためのキッカケが欲しかっただけなんかい!!
「もう止めーや二人とも!!」
殴り合いを続ける二人は止めても無駄みたいやったから、花束を拾って形を整えた。
綺麗な薔薇やな……11本ある。
リボンを結び直すと、中からメッセージカードがひらりと落ちた。
「……あ! 龍絶、それに触るな!!」
拾おうとすると形勢逆転して降谷さんの下で殴られている松田さんが声を荒げた。
「え、うん……」
メッセージカードには『最愛の人へ』という一文が見えた。
……もしかして、交通警備隊の千速さんにプロポーズしに行く途中だったんかな。
「悪い悪い、遅れた……って、なあにやってんの二人とも……。はい、龍絶ちゃん、着替え買ってきたよ」
扉から萩原さんが顔を覗かせると、ショッピングバッグを渡してくれた。
「ごめんね龍絶さん……遅れ」
諸伏さんが萩原さんの背中から姿を見せると、うちの姿を見て固まり、降谷さんの首根っこを掴んで松田さんから引き剥がすと、見たこともない形相で睨んだ。
「おうおう……一人の女のために血気盛んだねえ……。って降谷!? なんでガウンなんか着せてるんだ馬鹿野郎!!」
伊達班長が降谷さんのネクタイを掴みあげると、扉から従業員の人の声がした。
「すみませんが……扉を閉めてからやってもらえませんかね……」
「……てな訳で、龍絶さんの『未来予知』について整理していこうと思う」
服がよれてボロボロになった降谷さんが事前に用意してあったらしいホワイトボードをベッド下から取り出すと、皆が座る中央で解説を始めた。
一、未来予知が可能であるか
「うーむ、まず非科学的でオカルトなものを到底信じられんが……。萩原を助けに行った事実があるからな……。とりあえず、可能という断定で進むぞ」
伊達班長がチェックマークを付けた。
ニ、未来予知の方法
「これについては『推理漫画を読み、その事件が実際に起こる』という感覚らしい。これで合ってるよね? 龍絶さん」
降谷さんの問いかけに頷いた。
「荒唐無稽だなぁ……。なら、俺が主人公で爆弾事件に遭うって話だったのかな?」
萩原さんが笑いながらも真っ直ぐな目線を向けた。
「ちゃう……萩原さんはあの爆弾事件で死ぬって話だったんや……」
下を向くと、諸伏さんが肩に手を置いた。
「……その未来を龍絶さんが変えてくれたんだね」
優しい問いかけに涙が溢れた。
「ちゃうねん……萩原さんを救ったから訓練監督が代わりに死んでしまったんや……せやから松田さんが救われたかは分からんし、伊達班長や諸伏さんの未来も変わったか分からん……」
すると、松田さんが立ち上がった。
「なんで俺の名前が出てくんだよ……」
……だって……。
「松田さんは萩原さんの仇討ちのために動いて強行犯一係に配属された3年後に同じ爆弾犯の罠で死ぬっちゅう話で……それを止めたくて爆処に入ったんやもん」
場がしんと静まりかえると、松田さんが拳を握りしめた。
「……なら、テメーは俺達が将来死ぬ運命だと分かってて、嘲笑いながら警察学校に入ってたっつうことか。俺達のプライベートな事や起こることを知りながら、素知らぬフリしてニコニコ嗤ってたってことじゃねえか!! ずっと俺達を騙してたんだな。……見損なったぜ」