「あーあー、あーあー、よかったなあ姫さんよ。男心を弄んで手玉に取って伊達班長以外全員の同期を堕としやがって。さぞチヤホヤされて楽しかろうよ!!」
松田さんが床を蹴って煙草に火をつけ始めた。
「気にすんな藍ちゃん。松田は『自分が愛する相手も漫画に描いてあったシナリオ通りで運命にただ従って生きていたんじゃないか』って受け取って苛々して八つ当たりしているだけだから」
うちを抱きしめたまま、萩原さんが頭を撫でてくる。
「えっと……さっきも言ったけど、うちは漫画に存在しないキャラクターやし、萩原さんが生き残った時点でうちの知っとる漫画の展開やない。……それに、松田さんには千速さんっちゅう想い人がいるって知ったから……」
それを聞くと松田さんは顔を真っ赤にして肩を掴んだ。
「な、まさか心情とかモノローグで語ったりとかしてねえだろうな!?」
こんなに慌てるなんて……本当に好きなんやな……。
「ええと、『萩原の姉である千速が初恋相手、事あるごとに「付き合ってくれよ」と言っていた』って情報だけやな。本編には詳しく描かれてへん……」
事実を答えると松田さんは深く息を吐いて、整え直したブーケを掴んでゴミ箱まで歩いた。
「……止めだ止めだ。こんな状態じゃこんなもん……クソ食らえだ」
手が離される瞬間、萩原さんの腕を振りほどいてブーケをキャッチした。
「要らんのやったらうちがもらう!! 松田さんの千速さんへの想いは本当やと思うから……」
うちが千速さんへのプロポーズに水を差してしまった。
11本の薔薇はうちが責任を取ってドライフラワーにして、『自分がズルをした結果、みんなを困らせる事態になった』という戒めの印にする。
「龍絶さん、かなり混乱しているみたいだな。現状が見えていない。一旦落ち着いて、情報整理に戻ろう。……龍絶さんが今一番脅威に感じているものはなんだい?」
降谷さんがサインペンを手渡してくれた。
「……7年後のハロウィンに来る、ロシアの爆弾魔プラーミャや。こいつを早くにどうにかせんと大量の人が亡くなってしまう」
ホワイトボードのプラーミャを丸で囲って、指が止まった。
「……プラーミャについて、情報はあるのか?」
伊達班長が組んだ腕をほどいて肩を叩いた。
「プラーミャは世界各国を渡り歩く爆弾のプロ。対人戦闘もトップクラスで銃火器の扱いにも長けていて、ワイヤーアクションやパルクールを使った素早い身のこなしをする。ペストマスクとフードを被っとるけど女で今の時代なら20代のはず。偽名の一つがクリスティーヌ・リシャールで、こいつを追ってるナーダ・ウニチトージティっちゅう自衛団が居る」
知っている情報を粗方話終えると、降谷さんと諸伏さんから静かな溜息が落ちた。
「どうやら、此処まで来ると『爆弾解体と日時を当てたのは偶然だ』とは言えなさそうだ」
「やっぱり信じてくれへんよな。うちが逆の立場だったら信じられへんもん」
降谷さんもハニートラップで『本気で未来予知だと言っている頭を打っておかしくなった女』やと確信しとっても信憑性が無いからな。
諸伏さんもうちを好きやと言ってくれるのと、オカルトめいたものを信じてくれるのとはまったく別の話やから。
「大いに疑念は残るし、情報を何処かから秘密裏に仕入れているだけだという可能性も充分に有り得るからね。……でも、うちの部署でも追っているプラーミャの自衛団の情報……それに『女性ではないか』という憶測の域を達しない、しかも限られた人間しか共有していない情報もセットで提示されるとなると話は変わる」
降谷さんはサインペンをうちの指から抜き取って矢印を書き足した。
「龍絶さん、そのプラーミャはどうやって現れたのかな? 姿を見たものは殆ど居ないから、アドバンテージになる」
諸伏さんもうちの顔を覗き込んだ。
「えっとまず、3年後に松田さんが亡くなる前の日に萩原さんのお墓参りに4人で行くんよ。その帰りに廃ビルでプラーミャと4人が対決して、伊達班長が助太刀に入っている間に松田さんがプラーミャの爆弾を解体して、降谷さんが追い詰めて諸伏さんがプラーミャの右肩を撃つんよ。……それがプラーミャの逆鱗にふれて7年後のハロウィンで降谷さんと諸伏とナーダ・ウニチトージティを誘き出して一網打尽にする計画になる」
すると萩原さんがまたぎゅうっとうちを後ろから抱きしめながら肩に顎を乗せて話し始めた。
「陣平ちゃんと俺の命日が一緒だったとはねえ。よく一人でプラーミャの爆弾を解体出来たな。偉いぞ漫画の中の陣平ちゃん」
その言葉に松田さんはうちの後ろにいる萩原さんに向かって怒鳴り声を上げた。
「当たり前だろうが!! 俺は分解魔だと萩原、テメーが一番よく知ってるだろ!!」
うちを盾にして萩原さんは軽い笑い声を上げた。
「萩原さんのお陰でもあるんよ。プラーミャは混合爆弾を使ったから、噛んだチューインガムで混ざるのを防いだんや。萩原さんが前に同じ事をやっていたからって」
「混合爆弾……? まさか、爆弾の種類も分かっているのか?」
伊達班長が声を上げると、場は静まりかえった。
「漫画的な表現やからぼかされていたけど、ピンクと水色の液体が混ざると紫色の炎になり爆発するものやった」
萩原さんを振りほどいて、ホワイトボードの前に立った。
「ここからは爆弾解体のスペシャリストとしての、うちの推測。水色の方がとろみがあったからニトロメタンでピンクがエチレジアミンのPLXをベースに硝酸ストロンチウムでピンク色、液体酸素で水色を作り出しとったんかな。……と思ったんやけど『中和して無害化する』っちゅう話から水酸化ナトリウムと硫酸かもしれん。……せやけど服が溶けたりせえへんかったから酸性やアルカリ性の話だったり液体の色は漫画的な描写かもしれんくて」
ここまで話すと松田さんが挙手をした。
「アマトールやらオクトールみたいな軍用混合爆弾は安全管理とコストの面から一旦除外するとして、TATPみたいに過酸化水素とアセトンみてえな水溶性無機化学物を使ってんじゃねえか? それなら材料を国内で調達しやすいだろ」
そして萩原さんも手を挙げた。
「チューインガムで液体が止まったんだろう? なら液体は油分を含まない水溶性無機化学物質を使っているでほぼ確定していいんじゃないか?」
すると降谷さんが顎に手を付けて唸り始めた。
「しかし、炭鉱用に使われる含水爆薬を応用したものだった場合も考慮しないと……爆発の規模は?」
……そこまで詳しくは見てへんかった。
「……でもどうして日本の廃ビル何かにプラーミャがいて爆弾なんか仕掛けたんだろう。まさかビル解体の依頼で来たとかじゃないよね?」
諸伏さんが顔を近づけながら質問を続ける。
「自衛団のナーダ・ウニチトージティがプラーミャに爆弾の設置依頼をしたんよ。そして、設置しているプラーミャを確保しようとして返り討ちに遭って、4人が到着して助けんねん。そこで松田さんが強行犯一係の名刺をナーダ・ウニチトージティの一員に渡すんや」
「何ぞ其の粕を餔ひて、其の醨ヲ歠らざる。そのお話、私にもお聞かせ願えませんか」
聞き馴染みのある落ち着いた声に目線を上げると、口髭のないコウメイさんが居た。
「ぎゃあああ!? 出たああああ!!」