「大丈夫ですか? 龍絶さん」
放心状態で空を見上げていると、コウメイさんが屈んで顔を覗き込んできた。
「コウメイさん……よく家が分かりましたね。山道やから……宅配の人とか困って電話してくるのに……」
コウメイさんが肩を脇に抱えて立たせてくれた。
「私は長野に永く住んでいますから、これしきの山道を抜ける事は造作もありません。しかし、奇妙な地形をした立地ですね」
降谷さんが住所を教えたんやろか……。
うちから詳しい住所を5人に教えたことは、多分ない。
もし突然押しかけられた時、バイジウと鉢合わせになったり、組織の構成員と出くわしてしまったら不味いから。
「あの……住所……」
出どころを聞いたところで、何も変わったりせえへんけど。
……あかん、弱気になってしまっとる。
些細なことでも見逃したり聞き洩らしたらあかんのや。
「住所については、私個人の裁量でヤン・ブルドンの戸籍を調べました。越権と言われぬよう、爆弾事件の捜査に関わる者の身辺調査という名目の下で」
……バイジウ、マークされるようなヘマをしたんか?
「なんで兄貴を調べとるんですか?」
今組織やとバレたら、うちも捕まってしまう。
「彼と初対面の際に『童顔ですね、髭でも生やしたらどうですか?』と聞かれたのです」
……外でもめちゃくちゃ失礼なコミュニケーションしとったんか。
……コウメイさんには『未来ではコウメイさんは口髭はやしてます』って言っとらんし。
「ごめんなさい。兄貴が失礼なことを言って……」
どないしよ、全然糸口が見えへん。
「彼は精神的に幼い。然し、入職までに厳密な審査と試験要する正規のATF職員であり実力は本物。ならばアメリカでの飛び級や生活状況に起因する歪みではないかと考えたのです」
確かにバイジウはなんかこう……上手く言えないけれど、変だ。
「何か分かったんですか?」
コウメイさんは家には入らずに肩を抱えながら道を下った。
「彼の母である和歌・ロウは日本人とイギリス人のハーフであり検察官、父であるハイ・ブルドンは中国人とアメリカ人のハーフであり外交官でした。兄のエルダー・ブルドンも成績優秀者として曇りの一点もない理想の一家です。経歴に誇りの一つすら見当たらない」
……そうなんや、エリート一家やったんか。
全然知ろうとしてこんかったな……。
「そうなんですか……」
下を見ながら項垂れた。
そんな完璧な人間に勝てるんかな……。
「気づきませんか?」
コウメイさんが肩を軽く揺すった。
「気づく……?」
何に?
完璧過ぎるから怪しいってこと?
「夫婦別姓なんですよ。ご両親も」
「ご両親……も?」
言われている意図が分からず、地面の小石を見た。
『も』って、何?
「彼はお会いした際に結婚指輪を嵌めていました。尋ねると『5年ほど前に結婚している』とだけ言って、その場は終わりました」
……知らんかった。
自分の義兄妹であるバイジウが結婚しとったなんて……。
「そうなんですか、お相手は誰だか聞きました?」
もしかしたら、そのお嫁さんも組織の人間やったりするんかな……。
「やはり、そうでしたか。景光や友人達にも確認を取りましたが、彼と接触した空港と居酒屋では指輪を外していて、名乗りは『ヤン龍絶』と言ったそうですから」
意味がよく……分からない。
「それが……何なんですか……?」
怖い……聞いたら後戻り出来なくなりそうで……。
「婚姻相手は、龍絶 藍さん、貴方です」
息が出来ない、苦しい。
そんなわけ無い、義兄妹やって、そうやって……『家族になろう』って……。
「あ、あ……義兄さんで……義兄妹……やって……『家族になろう』って……言って……」
うちは組織の人間で、警察に潜り込むには先ず大学入学をしなくちゃいけんくて、うちは名無しの権兵衛……ジェーン・ドゥやから、戸籍を六親等まで改竄せんといけんからって……。
「日本で義兄妹になるには、どちらかが親にならざるおえません。両親が健在でその後亡くなった場合の義兄妹でも『苗字』は同じになります。通名というパターンもありますが、その場合ならば龍絶さんの方が通名を名乗る方が一般的です」
指先が震えて、過呼吸が止まらない。
「あ、あ、あ、兄貴……兄……」
嘘や、うちとバイジウが結婚してるわけない。
「『苗字』が別のままで公的な書類を通すなら、アメリカ国籍のヤン・ブルドンと日本国籍の龍絶さんが婚姻してしまえば済んでしまうのです」
結婚してたら、今までのやり取りは何だったん……。
結婚してたら、うち……もう……誰とも結婚できへんやんか。
「うち、結婚、し、離婚、離婚……」
最初から、全部全部全部、最初からうちの人生は詰んでたっちゅうこと……?
「それに加えて彼の職種的に、FBIの捜査協力等と並行して二重国籍を政府機関の管理下で取得している可能性も考えられた。そして、確認した日本での戸籍では貴方と彼は義兄妹となっていて、アメリカでは婚姻関係にある。彼は歪んでいます」
「大丈夫ですか?」
コウメイさんに抱きかかえられながら山道にある木にもたれ掛かった。
うちは、組織のナンバー3の手のひらの上で踊らされていたピエロやったんや。
原作知識を覗かれたっちゅうことは、アポトキシンや解法のバイカルについて、のちに組織入りする諸伏さんや降谷さんのこともみんなバレてしまっている。
だから、プラーミャを使って死ぬ運命だった萩原さんと松田さんにあの脅迫文を当てたんや。
……うちが『二人を助けるため』に動いたから、その次の結果がどうなるかを見て楽しんでいるんだ。
「……大丈夫やない」
悔し涙がポロポロと流れ出てくる。
ずっと、うちは馬鹿な女やと嘲笑われていたんや。
……ふざけんなや。
うちもズルをした、ズルをして大切な人たちだけを救おうとしとるクズや、自分が見たいストーリーにしようとしとるワガママをしとる。
それに、大切な人たちに組織のスナイパーとして人を殺害している事実を明かしていない大罪人や。
せやけど……うちは、うちのワガママを通したる。
「無理に貴方にとって不利な情報を話して頂く必要はありません。段階を踏みましょう」
多分やけど、コウメイさんはうちの薄暗い過去まで見通している。
それなら、それに甘えよう。
「ありがとうございます。兄貴は歪んでます。香水の匂いから交友関係をしつこく聞いてきたり、探りを入れるような人間です。でも今は、目の前の事件について話してもいいですか?」
肩を抱えてくれているコウメイさんは静かに頷いた。
「『我は太陽に手を差し伸べられた重騎兵なり。哀れで滑稽な警察諸君に告ぐ。来たる日に運命の女神を嘲笑う愉快な花火を打ち上げる。止めたくば我が元へ来い。七十二番目の席を空けて待っている』この脅迫文の意味は原作からして地図記号を示しています。『重騎兵』は博物館のマークがサレット兜に見えるから、『太陽に手を差し伸べらた』は太陽に見える発電所。わざわざ太陽を選んだんや、ツクバのソーラー発電所はこの時代ならまだ数百くらい。なら七十二番目に作られた発電所がプラーミャが実際に待ち受けている場所やと思います」