『龍絶さん! オレたちは君の兄さんを追って先に家に向かうから、君は普段通りに買い物に出かけたフリをして帰宅してくれないかな』
千速さんに体勢を戻してもらって直ぐに『Xファイルのメインテーマ』の着信音が鳴り、諸伏さんからの連絡があった。
「兄貴には気づかれてへん!? ……うちの兄貴、組織のナンバー3で……うちの対人戦闘訓練をしとった相手なんや……接近戦は不利やから飛びもので……ちゅうより、確保には何か電気銃とか麻酔銃とか特殊なもんを使ったほうがええ」
兄貴は3番目の爆弾をうちが見つける前に爆処で動いていた松田さんと萩原さんに爆弾解体の指南をして、解体を見届けて帰宅したらしい。
『諸伏、電話を貸せ!! まったく……テメーの兄貴、「アンホ爆薬と硝安爆薬の違いって端的に言うと何か分かりますか?」みてえなウゼー聞き方で集中力を削ぎ落としてきやがって……わざとヒントを教えつつ揚げ足を取ってくる陰湿な根暗ヤローだな!!』
……バイジウなら煽ってミスを自然と誘導するやろな……。
特に松田さんみたいなタイプとは一番相性が悪い。
「ごめんなさい。……とにかく、先遣部隊と合流して……多分、任意同行としても絶対に警察を『何の容疑で、何の事件の捜査で』って説き伏せてくるし、プラーミャと繋がっていた明確な証拠が無いと『うちが自作自演してプラーミャに爆発物設置を依頼した』ってでっち上げるから……」
プラーミャの証言だけだと、うちが自作自演の犯人になる。
けど必ず連絡手段があったはず。
電話やメール、手紙でも必ず証拠は残る……。
『松田、電話を貸して。龍絶さん、君の疑念通りプラーミャとヤン・ブルドンとの接触した痕跡は無かったよ。恐らくは一方向通信……手紙の投函や指定場所での他者や物を介したり、最初に連絡手段を決め打ちしていたんだろうね。詳しい事はプラーミャに尋問しないと背景は洗い出せないと思う』
降谷さんがそこまで言うなら、プラーミャが自白しない限りバイジウからはなんのホコリも出ないに違いない。
パソコン、スマホからもアプリや通信履歴は既に削除されているはず。
「分かった。うちが第一容疑者なんやろ? ……うちを捕まえる前に……うちの兄貴を捕まえてえな。組織の情報を吐かせられたら、必ず近い将来……うちらに情報戦で有利に働くから」
うちが逮捕され、極刑に処された後で……5人が組織を壊滅させる為に。
『降谷、電話を代われ!! 龍絶!! 班長からの指令だ。……お前は俺達の仲間だ。背負ってるもん……俺達にも背負わせろよ』
「伊達班長……うち……。直ぐに向かいます。……家に居ない事は既に察知していると思います。異変を察知したら必ず何かしらの策に出てくるはずです。……うちも仲間や!! 待っとってな!!」
電話を切ると、千速さんからヘルメットを受け取ってバイクに跨った。
「またあの分かりづらい獣道のような道を進むのか……。藍、飛ばすぞ!?」
千速さんの背中は、とても頼もしくて……温かく優しい。
「お願いします!! 千速さん!!」
、、、
「あれ……? こんなに枝が伸びてたっけ……?」
家に通じるコンクリート道路から先の山道には萩の枝が覆うように行く手を阻んだ。
「藍……本当にこの道で合っているのか? 航空写真にはこの道の表示もない。隣りにある二つの道のようなものが正しい道なんじゃないか? 街灯もなく真っ暗で……さっきまで死と隣り合わせだったから……土地勘が鈍ったんじゃないか?」
そんなわけ無い、うちは4年間この家から大学に通ったし、最近は警察学校で留守にしていたけれど約5年間は住んだ家。
諜報活動の訓練を兼ねて崖と高低差のある山で、爆発物や危険物の訓練をしても周囲から怪しまれないないように木々が茂って、対人戦闘訓練を模した銃の発砲音が鳴っても近隣から苦情が出ないように住宅街から離れている。
そもそも爆発や煙、火災や放水などが外から丸見えになったら訓練どころやないからな。
宅配の人が困るからうちが出迎えとったけど、それくらいで……。
流石にこの一帯の山道や崖にある石だとか木の種類を全て把握していたり、全ルートの網羅は出来とらんけど……いうて都内にある普通の山や。
「はい!! こっちの道で合ってます!! 千速さんは後続部隊が道に迷わないように案内役してくれますか?」
千速さんはクスッと笑って頭を撫でてくれた。
「藍……。私を危険地帯から遠ざけようとしているな?」
……見透かされとる。
松田さんと両思いになった千速さん。
本来は二人は疎遠になる話だった……その相手に怪我をさせるわけにはいかんねん。
二人には新しい未来があるんやから。
「ち、違います!! 本当に道が入り組んでるんです!!」
慌てて訂正をしようとすると唇に指が立てられた。
「……そういう事にしておこう。……藍、生きて戻れよ」
「え……本当に先遣部隊も萩原さん達も到着しとらんの?」
家の電気は消灯していて、物音一つしない。
けど、麓の車庫にバイジウの車はあった。
……車を乗り捨てて、国外に逃亡した?
もしかしたら国内に潜伏するためどこかの宿に……いや、森にいる?
まさか、この山に……?
拳銃を構えて玄関の扉に手を掛けると開いている。
ワイヤーや紐による仕掛けによるトリガーが設置されていないことを確認して中に入った。
「兄貴〜おるか〜?」
まあ、返事なんかないんやけど。
「いるよ。早くおいで」
返ってくるはずのない応えに背筋が凍った。
急いで臭いを嗅いだ。
硝煙の臭いや鉄の臭いもなく……危険物特有の臭いもないけど、無臭のものかもしれない。
……先遣部隊は此処には来て居ない。
敗北しただとか罠で拘束されているだとか、隔離されていない。
……階段をゆっくりと上がって行く。
確実にバイジウの部屋で待ち構えている。
直ぐに発砲にはしないはず、うちを躊躇なく銃殺してしまえばそれこそ殺人の現行犯になってしまう。
……いや、うちがプラーミャと連絡を取っていた容疑者だと把握しているから『正当防衛』で撃ったとされる可能性もあるか。
扉を開けると、仕掛けはなく真っ暗な闇のなかでスマホの灯りに顔を照らされたバイジウが立っていた。
「遅かったじゃないか。メスカル」
バイジウはうちを見ずにスマホを眺めている。
「……どういうトリックや。なんで一人でおるんや……」
うちの問いかけには表情ひとつ崩さない。
「え? 簡単だよ。メスカルの取り巻きは『ミラーリングハウス』にいる兄さんと交戦してる。……多分、あの5人じゃ何人かが死ぬんじゃないかな」
……み、ミラーリング?
「な、何をいうとんねん。はあ? ……ミラー?」
ミラーリングって、鏡合わせ……?
「麓の3本の道からそれぞれ同じ景観になる家を三軒建てて、室内も同じにしただけ。簡単なことだよ? メスカルも隈なく山道を歩いて実地調査をしないズボラだったからさ。灯台下暗し。諜報員あるある『自分のテリトリー内の把握を疎かにしがち』ってやつ。古典的なトリックさ」
……は?
小さな一軒家でも、三軒って……金はどないしたんや。
「は……か、金は? ……な、山丸ごと買い取ったんか? ……馬鹿ちゃう?」
バイジウはスマホをテーブルに置いて、つまらなそうに呟いた。
「金? 君の『名探偵コナン』の知識に勝る金脈などないよ。君を囲い込み、漏洩させない為だったら数億円などはした金だからね」