「は、はは……やっぱりうちの頭ン中の原作知識を覗いとったんか。……この変態が」
吐き捨てるように言い放っても、バイジウは表情を変えない。
「メスカルに薬剤を初めて投与したのは、ガリアーノからの処置を受けて『松田 陣平と萩原 研二の両名が爆発事件で殉職したか』を尋ねたあと。ガリアーノから『満天堂の爆発事件』っていう存在しない事件を発言したらしいから、何か他の組織から洗脳されたり薬剤を投与されたかと思って僕を呼んだんだって。そうしたら開けてびっくり、此処は『名探偵コナン』っていう漫画の中の世界で、数年後に起きることを知っている玉手箱だった」
……最初からやったんか。
「で……? アンタは原作通りに二人を殺したいんか?」
拳銃を構えて狙いを定めても、眉一つ動かない。
「え? 別に。そうそう。メスカルに投与したのは『メリーピュルティ8100 / MRPY8100』で催眠療法として記憶を引き出すために使う薬剤だよ。短い期間に何回も使うと廃人化しちゃうし、洗脳用に併用して使う『マッチゴート0410 / MTGT0410』を使わなかったんだよ? 優しいよね」
……何が優しいねん。
「……それなら、何がしたいんや」
すると、バイジウはテーブルの上に置いたスマホを操作し始め、指先に銃口を向けた。
『あっ……アポトキシンのっ……解法……っ白乾児ぃ……』
スマホからはうちのうめき声が流れた。
「僕と『仲良し』してるところ、5人に聴かせてみたらどんな顔するかな?」
……自白剤を打たれて全部の情報を話している事がバレてしまう。
けど、今の5人はうちを信じてくれとるから。
「それが何やねん!! うちが未来予知の情報をアンタに把握されとる事くらい5人共把握しとるわ!!」
怒鳴り声を上げると、初めてバイジウが口を開けた。
「……え? 何その反応……え? もしかして、テキーラが『メスカルはスナイパー一筋に育て上げる』っていう意味……諜報……狙撃手……確保された場合……自決……。はあ、意味が分からないんだけど。流石に引く、キッモ……。だから今まで……キモすぎる。吐き気がしてきた」
眉間にシワを寄せて顔を引きつらせたバイジウを初めて見た。
「うちかてアンタを見てると吐き気がするわ!!」
バイジウは深い溜息をついて、テーブルに手をついた。
「2回目の投与は、メスカルが松田 陣平に振られた後の車で。今の君は原作知識はスッカラカンのはずなのに、11月7日に昏睡状態から目覚めた時に戻っちゃったのかな……」
「記憶が何や……うちには積み重ねた知識と経験がある!!」
テーブルについた手はパッと離れて両脇で開かれた。
「メスカル、原作知識はね? 金のなる木で金の卵を産むガチョウなんだ。死ぬはずの被害者を犯人から論理立てて救い組織に逆らえない状態にするとか、大企業になる銘柄を買うとか、ヒットする商品を先読みするとか。事件から逆算しての資産形成は容易いし、確実に巨額にできる」
……金目的か。
「なんや、結局は組織のナンバー3でも金の事しか考えとらんやないか!!」
深い溜息が落ちたあと、バイジウは胸ポケットから二種類の錠剤を出して見せた。
「僕はラボの総責任者だって忘れちゃた? 宮野エレーナに研究させる前の企画段階だった『APTX4869』の名前が上がった。僕はメスカルが大学生活をエンジョイしている間、アメリカで何をしていたと思う? ……解法からの逆算。完全なる若返り薬『アポトキシン5011 / APTX5011』と成長薬『トリアムパン0140 / TLPN0140』の早期完成さ」
恐れていた事が起こってしまった。
「なら、なんで組織に動きがないねん」
うちが組織の人間や、情報は少なからず耳に入る。
「え? 教えてないし。個人ラボでの開発製造だし、何なら宮野エレーナには予定通りにAPTX4869……シルバーブレットを開発させるよ。そうすれば工藤 新一を江戸川コナンにして原作通りに進むし、ジンに対して『暗殺に失敗したね』って言えるでしょう? 未来のスパイリストも掌握した。……あの方をも出し抜けるかもしれない」
……一体何を考えとんのや。
「バイジウ……組織を裏切るんか!?」
声を荒げると、バイジウは呆れたように溜息交じりに呟いた。
「……やっぱり僕の事をわかってはくれないか。あのさ、自分の立場を理解したら? ……さっきも言ったように18歳の時に情報は得ている。もしかしたら取り零した情報や深掘りが出来ないかと君の脳みそを情報源になる記憶媒体として丁重に扱ってきたけど、原作知識は消えたはずだったよねえ……」
……つまりは、記憶が聞き出せなくなったら……用済みっちゅうことか。
「ああ、確かに一回消えたで? あんなもんは『ズル』の方法が書いてある『カンニングペーパー』くらいにしかならんからな!! 無いままで自力で解決し、一生懸命に努力してきたからこそ今があんねん!!」
叫び声を上げると、バイジウは両手を力なく降ろした。
「馬鹿じゃないの? この世は情報が全て。未来を知る事が出来るのは『チート』だよ? ……未来のスコッチとバーボンを殺し合わせたり、メアリー世良を確保して赤井 秀一や羽田 秀吉を封じたり、色々と面白いことが出来るのに……。頭が悪いって……可哀想」
「可哀想なのはアンタや!! 人の気持ちが分からん人でなし!!」
銃口をスマホから胸に向けると、ひときわ低く冷たい声が静かな部屋に落ちて響いた。
「人殺しに言われたくないなあ」
……反論できる言葉がない。
「……そうや。うちとアンタは人殺しや。……せやから裁かれて罪を贖う他ないねん。罰は受けな」
グリップを握りしめると乾いた笑い声が静寂を劈いた。
「あはは! 僕に殺しの残り香があるわけないじゃないか。プラーミャに依頼したのはメスカルでしょう? 僕を一体何の罪で拘束しようっていうのさ」
「少なくとも、貴方の兄であるエルダー・ブルドンを日本国内に呼び寄せ、ダミーハウスで警察官と応戦させている事実の事情聴取は受けて貰います」
うちの後ろから落ち着いた声色が聴こえ、銃を構えた腕にそっと手を伸ばされて、下に降ろされた。
「……コウメイ。よく本命の道が分かったね。あの3本の道にあった障害物は素人じゃ急ごしらえでも遮る藪を見分けることなんて出来ないはずだけど」
珍しく苛立った口調になるバイジウに、コウメイさんは淡々と続けた。
「私は山登りには慣れていますので。……先ほどからスマートフォンを気にしてらっしゃるようですが、お兄さんからの制圧報告が遅れているのではありませんか?」
その言葉が逆鱗に触れたのか、電話ボタンを押して誰かを呼び出した。
『なんだよヤン。今応戦中。こんなに有象無象が大勢押し掛けるなんて聞いてないからな? 撤退も視野に入れてる。……後で詳しく事情を聞くからな。電話を切るぞ』
受話口から声が途切れると、バイジウの顔中に青筋が立ち始めた。
「……どういう絡繰だコウメイ……。警察本部はATFの僕に対して直接関与をするには手続きが必要だろ……」
よかった。
うちを侮ってくれていて。
「うちが個人的に眠りの小五郎になる前の毛利探偵に依頼をしとったんや。そして毛利探偵と知人である鬼塚教官と爆処の他の同期達6人にも声を掛けてな!! うちが積み上げてきた人脈を考慮せんかった……バイジウ、アンタの負けや」