「恪大而親、粗而驕、非持久之才也。ヤン・ブルドン。貴方は存外、即物的でありなが俗物的で矮小な行動指針と目的意識を持っているようですね」
コウメイさんが静かに語りかけると、バイジウの額にある青筋は増えていった。
「……コウメイ、君も警察組織の人間なら『情報と資金源』の重要性は理解しているでしょう? 隠れ蓑に使う家屋の建設費に火薬や危険物の材料費に保管に係る維持費、それに戸籍の改竄や新薬の開発に投入せざる負えない莫大な設備管理費。……ノックリスト……つまりスパイリストがあるだけでも公安警察の動きや家族構成や友人関係を掌握できるんだよ? ……未来の動向が分かるということは全てを掌握したのと同じ事」
バイジウはテーブルに爪を立てて激しい苛立ちを表した。
「……うちは、『神である原作者への反逆』やとか『運命論を操作して神になる』とか言い出すんかと思っとったわ……」
するとバンッと大きな音を立ててテーブルを叩いた。
「……は? 僕を『在り来りなサイコパスキャラ』だとか『厨二病拗らせたニヒリスト』だとでも思ってたの? ……心外だな。……11月7日の件で『キーキャラクターの死者が出る内容』でも別のモブキャラが死ぬから問題ないと観測出来たし、実際に萩原 研二が生きていても何ら世界に支障は出ない。プラーミャを7年前に使って死亡させても空間が捩じ切れて世界が終わるなんてことも無かった」
……確かに、うちの知っている世界ではもう無くなっている。
「誤解なされているようですが、プラーミャ……いえ、クリスティーヌ・リシャールは生存しています」
コウメイさんが付け加えると、バイジウは口を開けて唖然としていた。
「は? 殺してなかったの? ……ガッカリだなあ。なんだ……メスカルはプラーミャを超えたわけではなかったのか。……なら、もういいかな。メスカルのお陰でベルモットがシルバーブレットだのエンジェルに肩入れしたり、アイリッシュがピスコを殺害された復讐に動くとか、感情的な動機が分かったからさ。……死亡日はアニメ版の『1月6日』にしてあげるからね」
バイジウはスマホを操作して、再び兄に通話を掛け始めた。
『なんだよヤン……今交渉中。何? ちゃんと言われた通り、全員に一発ずつくれてやったが、防弾チョッキを着てるのか心臓をぶち抜いても倒れない』
受話口からは銃撃戦や激しく争う物音は聴こえない。
よかった……死者はまだ出てないんや。
「また二丁拳銃縛りしてるの? 日本のSAKURAは使いづらいでしょう。僕が助太刀してあげる」
『スコッチとぉ……あっ、バーボンはぁ……ノックぅ……ああ……』
スマホで通話アプリとは別窓でうちが自白剤で情報を語ってしまっている音声が流れた。
SAKURAで二丁拳銃なら充填は5発と5発で10発になるはず。
伊達班長に松田さん萩原さん、降谷さん諸伏さんの同期6人組の5人で5発。
爆処の同期6人と毛利探偵、鬼塚教官で8発、計13発は必要になるんじゃ……。
「あはは、これでメスカルはもうお終いだね。男共から蔑まれて可哀想。男共は戦う理由が無くなった。戦意喪失、意気消沈ってね」
一瞬、通話が途切れたのかと思うほど静まりかえると、受話口から呆れたような声が静かな空間に落ちた。
『はぁ……火に油を注いでどうするんだよ。向こうさんブチギレて怒髪天を衝いてるぞ。……面倒くさ……俺はもう帰るから。約束通り薬品類は貰っていくからな? じゃあな、ヤン』
バキッというスマホを踏み抜いた音がすると、受話口からの通話が切れた。
「はあ!? 普通、手垢に塗れた傷物だって分かったら欲しく無くなるだろ!!」
バイジウが初めて見る怒りを帯びた絶叫をすると、腰に手を当てて拳銃を抜こうとした。
「これ以上、私の教え子を愚弄することは許さん!!」
パンッという乾いた発砲音がすると、バイジウの右肩が撃ち抜かれていた。
「……日本の警察が警告も無しに発砲するな!!」
逆上したバイジウが左腕を上げてナイフを投げようとした瞬間、うちとコウメイさんの間を縫うように銃弾がバイジウの左肩を撃ち抜いた。
「……ったく、鬼塚がどうしてもっつうから嬢ちゃんの依頼を受けたが……。とんだイカれ野郎だな」
うちの背に当たる扉から鬼塚教官と毛利探偵が拳銃を構えて姿を表した。
「……モブキャラの癖に……僕の腕が使えなくなったらどうする!!」
バイジウがテーブルを脚で蹴り上げると、天板を盾にして下に隠されていたマシンガンを足で器用に掲げて構えた。
「あかん!! 逃げて!!」
マシンガンを室内で乱射されたらひとたまりもなく、みんな死んでしまう。
「誰がモブキャラだこのヤロー!! 今まで龍絶が受けてきた屈辱、返してやんよ!!」
窓ガラスが割れると、松田さんがしゃがむバイジウに向かって拳を振り落とした。
「メスカルは僕の所有物!! 要らなくなって廃棄しても僕の所有物のままなんだよ!! 持ち主は何をしてもいいんだ!!」
バイジウが後ろを向いた瞬間、毛利探偵が襟を掴んで地面に叩きつけた。
「一人の人間を物扱いしてるんじゃねえ!!」
「兄さんは勝手に僕のコピーキャットとして成り済ますストーキングを繰り返していただけみたいですね。まさか嫁であり義妹である藍が火薬庫から家を爆破させようとしている爆弾魔だとは思いませんでした。恐ろしいです」
バイジウは警察の取調を受け、推測するにうちらを殺害した後で遺体を別々の保管庫で保管した後で殺害に使った家を解体し、1月6日に綺麗なダミーハウスに移動してから放火することで『1月6日に爆弾魔であるメスカルが監禁していた警察の人間達を殺害した』『メスカルの遺体は見つかっていない』というシナリオにするつもりらしかった。
「……これにて一件落着。というわけにはいかないようです」
日付が超えた頃、うちは公安に呼び出された。
正確には、うちと松田さんと萩原さん、伊達班長に鬼塚教官……そして毛利探偵。
詳しい事情を知らないのに駆けつけてくれた爆処の6人の同期以外、未来予知の情報を見聞きしてしまった5人には公安の連絡網と統制下にならざる負えなくなったから。
うちは全ての知り得る情報と……うちが組織のスパイであり、スナイパーとして標的を殺害してきたこと、バイジウと義兄妹として過ごしてきたこと、同期5人を救いたくて警察学校に入ったことを洗い浚い話した。
「龍絶さんも知っての通り、オレとゼロは組織に潜入することになったんだ。……だから君が存命中の組織のナンバー3の嫁という立場を利用させて欲しい」
不幸中の幸いか、組織で実績を積んでいた事が功を奏したと言うべきか、バイジウが拘束されたという情報をコルンとカルバドスのスナイパー達に通達するとすんなり受け入れられて、組織内では仕事を選べる立場になっていた。
「僕とヒロは例え潜入捜査のスパイという立場だとしても、組織の一員になるということは組織の罪を背負うということになり、加担することになる。……君と同じ、罪を背負うよ」
警察と公安の公式な扱いは『執行猶予つきの有罪』『然し、罪について公開はしない』『公安の協力者として組織に潜入を続けること』として、いずれ近いうちに罪が確定され、裁かれる身になった。
それを受けて、ホッとしている自分がいる。
名探偵の江戸川 コナンはもう生まれないかもしれない。
それでも宮野夫妻や志保ちゃん、明美さんを守ることが出来る道は開けたから。
「はい。……うちは、ずっと……5人の為に生きるから。……これからもよろしくお願いします!!」