「僕と付き合わないか?」
降谷さんから公園に呼び出されて、開口一番がこれだった。
「なんでよ、降谷さんはうちのこと好きでもなんでもないやろ」
疑問を口にすると、降谷さんは溜息をついてベンチに座った。
「……車とラブホテルで散々あれだけのことをしたろ? ……だからさ……」
……そういうことか。
自分もベンチの隣に座って会話を続けた。
「ハニートラップのことやろ? 全然気にしとらんから心配せんでええよ。……まさかファーストキスを奪ったから責任取らなあかんとかやないやろな。そないなこと言っとったらハニートラップなんかしてられんよ?」
降谷さんは両手で顔を覆って下を向いた。
「……ハニートラップについては、それは……そうなんだけど。……龍絶さん、全然僕のこと意識してないよな。……僕ってそんなに男として魅力無いのかな……」
あかん、ハニートラップのスキルを不安視しとる。
「魅力? あるに決まっとるやろ!! いつもの優しい降谷さんやったら女子の心はイチコロや!!! 夢中になってメロメロになるんやない?」
悄気る背中を軽く叩いた。
「君は全然……僕に関心が無いじゃないか……」
そう言われてもな……。
「あんな? こないだのハニートラップはうちやったからセーフやったも同然や。強引に迫れてキュンキュンなんかせえへんねん!! うちすら怖くて泣いてしまったやないか!!」
すると、降谷さんは両手を膝において頭を下げた。
「……それについては……申し訳ないことをした。……君は同期6人組だから……このままいけるかなって……」
降谷さんの背中を思い切り叩いた。
「親しき仲にも礼儀ありや!! うちはハニートラップやと分かったからええけど……せや!! うちがハニートラップの方法を伝授したるからついてきて!!」
頭を下げたままの降谷さんの腕を引いた。
「え……うん」
「回転寿司や!! 値段を気にせず注文してな?」
降谷さんは拍子抜けしたよう呆然と席に座った。
「うん。……えっと」
「あ!! イクラが来たから取ってえな!!」
回転寿司のレーンに載って運ばれてくる皿を指さした。
「……はい、イクラ。えっと……」
「うち、海老天巻きとエビと甘エビと海老軍艦注文するな? はい、次は降谷さんが注文してえな」
導入されたばかりのタブレットを降谷さんに渡すと、降谷さんは無言で注文を終えた。
「……龍絶さん」
降谷さんが溜息交じりに低い声を出した。
「何? ……はい。正直に言います。ハニートラップの方法なんて組織で教わってへんから何もわからんよ。ただ、降谷さんとお寿司食べたくて来たんや」
暫く間があった後、降谷さんが口を開いた。
「龍絶さん、君が好きだ。僕と付き合ってほしい」
降谷さんは両手を伸ばして、うちの手を握った。
そう来ると思っとったわ。
「降谷さんは多分、誤解しとるんよ。きっとうちを『自分を理解してくれる人』やと思い込んどる」
手を握る力は、ぎゅっと強くなった。
「君を好きな理由を君に否定される筋合いは無いよ」
ジーッと目を見つめられて気圧されそうになるのをグッと堪える。
「あんな? 降谷さん、うちが『未来予知』して降谷さんの未来の少し先を知っとるって分かっとるやろ? うちはズルして降谷さんのことを他の女子たちより知ってんねん。『自分を理解してる人』はうちがいて当たり前なんや。だから『うちだけが降谷さんを分かったような口を聞いてしまう』んよ。それは真の理解者ってことやない。……うちはズルしてんねん」
降谷さんはただ只管にうちを見つめて、目線を一向に逸らす気配がない。
「君が知っていることは知っている。でも僕の人生録全てを知っているわけでもなく、7年後の途中までで終わってるんだろ?」
なかなかしぶといな。
「まあ確かに、降谷さんが主人公やなかったから少ししか知らんけど、情報的に優位な立場なのは分かるやろ? ……まあ、裏を返せば『降谷さんがどんな状況に陥っても、うち一人だけでも真意を分かってくれとる人がいる』ってだけで心理的には楽になるんちゃう? ……だからうちを好きなんやと無意識に思い込んどるんや」
降谷さんが口を開こうとすると、レーンに注文した皿が乗ってきた。
「……確かにそうかも知れないな」
お皿を取りつつ、苦笑いしながらほほ笑む降谷さんにニコッと笑った。
「あんな? うち、未来予知やないけど……降谷さんには優しくて可愛くて元気一杯な素敵な女性が現れる予感がすんねん!! ……せやから安心して自分が心から好きになった相手と付き会うたらええよ!!」
うちは知っとる。
降谷さんが『安室 透』として喫茶ポアロで『榎本 梓』さんと出会うこと。
そして、お互いに大切な存在になっていくんや。
「……龍絶さんも、充分素敵な女性だよ」
「お寿司やから早く届けんと……」
降谷さんの車の助手席に乗り込んで、シートベルトを締めた。
「……あのさ、やっぱり責任を取るよ。付き合おう。もちろん結婚を前提として」
……あかん。
そんなんハニートラップをした女性に毎回してたら二股三股どころではなくなってまうよ。
「はぁ、だからええってば……。あの時、うちが気を利かせて『降谷さんは狼やったん!? うちは赤ずきんちゃんやないから食べへんといてえな!!』みたいに言えてたら……ちょ、まって……」
またあの日みたいに運転席から身を乗り出した降谷さんに何かを入れられるキスをされた。
「待てない……」
シートベルトを外そうにも手で防がれて上手くいかない。
「降谷さ……ふ……ハニー……ハニート……トラップは……もうええから……は」
口が塞がれて言葉が繋がらない。
「……ハニートラップ……」
顔が離れると、降谷さんは一瞬考えた後眉を下げてクスッと笑った。
「……そうだ、龍絶さんは公安の協力者になっただろ? 公安のハニートラップの練習相手になってくれないか? もちろん誰にも秘密。……女性を落とせるか確信が持てないと困るから……まだ入りたての新人だからスキルがあるか分からないんだ」
そっか、うちも対人戦闘訓練はバイジウにやってもらったし、対人は練習相手が必要……。
「はい! ええで! 降谷さん達の役に立てるなら何だってやるから安心しい!!」
、、、
「スコッチ!! 寿司買ってきたから食べて!! 風向きからして臭いは乗らんし、漁港やから大丈夫やろ!!」
諸伏さん達はまだコードネームを与えられていないけど、あだ名として呼んでコードネームになったっちゅう因果になればええかなって、そのまま呼んでいる。
「メスカルさん!! 嬉しい……ありがとう」
そんで、何の因果かうちがスナイパーの師匠役として諸伏さんに付くことになった。
プラーミャのドローンを変な体勢で狙撃したのがうちやと、組織内部では既に知れ渡っていたからやと思う。
「ねえねえ諸伏さん、今回は船の狙撃なんやろ? どんなミッションなん?」
降谷さんも諸伏さんも、公安の仕事も組織の仕事も上からの指示がない限り、うちには教えてくれへん。
当たり前やけど、何に関わっているか知らないと不安で仕方がなくなる。
「だーめ、いくら龍絶さんでも教えられないよ」
諸伏さんが頭を撫でてくれたから、降谷さんがしたようにハニートラップのキスをしてみた。
「教えてえな、だめ?」
すると諸伏さんはうちを抱っこして背中に手を回した。
「……だめだよ、こんなところで……この続き……外でするの恥ずかしくない? 大丈夫?」
何が恥ずかしいねん。
「え?」
諸伏さんはポケットに手を突っ込むと眉を下げた。
「……ごめん、忘れてきちゃった。龍絶さんは爆処で長期の休み取れるの? オレはまだ休みを取れないからさ……」
何を言ってるのかよく分からない。
「なんの話? 公安のハニートラップはこうやるんやろ? せやからミッションの内容少しでええから教えて?」
その瞬間、穏やかな顔がラブホで見せたような形相に変わった。
「……ゼロ?」
なんでいきなり怒ったん?
「え? うん! 降谷さんから教わったんよ」
それを聞いた途端、諸伏さんはうちを置いて走り去ってしまった。
「なんやねん……しゃーない、うちがスコープ見といてやるか」
「会って欲しい人が居る」
伊達班長から呼び出されて喫茶店に向かうと、ナタリー・来間さんがコーヒカップを手に微笑んでいた。
「はじめまして。ナタリー・来間です。……もうすぐ伊達になるんですけれど、それで一目お会いしたくて。無理を言って申し訳ありませんでした」
伊達班長の恋人で、6年後の伊達班長の交通事故死をキッカケに後追い自殺をしてしまう……話やった。
「結婚するんですか!? よかったあ……伊達班長とナタリーさんが幸せになって……幸せに……うぅ……」
原作では故人のイメージが強すぎて泣いてしまった。
「泣くなって!! ……まあ、お前が恋のキューピッドになった側面もあるからな……」
伊達班長は顔を赤らめて腕を組んだ。
うちが『交通事故死する』といったから、早めに結婚ちゅう話になったんか……。
「ふふ……なんだか妹が出来たみたい。賑やかになって嬉しいです。……子供が出来たら、こんな感じなのかしら……」
子供……うちは罪人やから恋人は作れんし子供も持ったらあかんけど……二人の子供を祝福するくらいなら、許されるかな。
「ナタリー……」
「航……」
あかん、二人だけの世界に入ってもうた。
「結婚おめでとうございます! 結婚式の写真、後で見せてな?」
すると二人は同時にうちを見て、同時に言葉を吐いた。
「あなたも来てください!!」
「お前も来るんだよ!!」
、、、
「藍ちゃん、昼めしは何がいい?」
萩原さんに呼び出されて、警視庁近くで待ち合わせをした。
「うどんかそばかラーメンかパスタ!!」
あれから数週間が経ったけれど、うちは長期休暇中のままだ。
「だったら『麺類が食べたい』って言いなさい」
頭を撫でられていると、爆処の同期の女子3人とすれ違った。
「きゃー!! 爆処の王子様、龍絶様と萩原姫がいちゃついてる!! ファンサして!!」
なんで萩原さんが姫になっとるん?
萩原さんが指をクロスすると女子達はきゃーきゃー言った後、何事も無かったかのように食事に向かった。
「あのさあ、藍ちゃん……嫉妬してくれない?」
嫉妬って……萩原さんは男前やし優しいしプロフェッショナルなんやからきゃーきゃー言われて当然やろ。
「なんで当然のことにいちいち目くじらを立てなきゃあかんの?」
「でな? 何か知らんけど諸伏さんがバーって走り出してな? 意味がわからんねん!!」
ラーメン屋さんで昼を食べた後、萩原さんは財布をしまわずに路地裏に入って中から個包装されたパッケージを一瞬見せた。
「……何かわかるよね?」
……クイズか。
「オドロキマンシールのおまけ!!」
萩原さんはフリーズして頭を抱えた。
「……やっぱりなあ、そうだと思ったんだ。……藍ちゃん、悪いことは言わない。初彼氏は俺にしときな」
、、、
「……で、それをわざわざ俺に報告しに来たのか? 龍絶」
松田さんはあの後、千速さんとも仲良いいままで……うちは完全に蚊帳の外やから……本当は気まずい。
それでも部屋に遊びに来いと連絡してくれるから、甘えてしまう。
「う……あれが何なのか分からんねん……。松田さんなら何か知っとるかなって……」
本当はただ話すキッカケが欲しかっただけなんて口が裂けても言えない。
指同士を絡ませて下を向くと、タバコの煙を顔に吹き掛けられた。
「これの意味は分かるな? 漫画でいう『夜のお誘い』だ」
煙くて苦しい。
「ゴホッゴホッ、そんなん……ゴホッ……」
噎せていると、松田さんがいきなり背中から倒れかかってきた。
「爆処の王子様なら、俺をお姫様抱っこできるだろ?」
無茶言うなや。
「ぐぬぬ……待てや……抱っこぐらいしたるわ……」
体重が乗り、背が高い図体を支えられない。
必死で支えようとすると、後ろに下がってしまいベッドサイドに追い込まれてしまう。
あかん、このままだとベッドに倒れる。
思いっきり腕を伸ばすと、急に軽くなって顔を背中にぶつけてしまった。
「痛ったい!! いきなり何すんねん!!」
鼻を押さえて松田さんの方を見ると、萩原さんが持っていたような個包装のパッケージを手に持ってヒラヒラとさせて意地悪な笑みを浮かべていた。
「お前、俺に告白したの忘れてねーか? ……これの使い道を教えてやんよ」
、、、
「……で、コレが使い方だ」
「ちょっと陣平ちゃん、知識がない子にいきなりAV見せたら不味いって……」
「知識がなかったせいで、俺達の前でも無防備で隙だらけだったのか……」
「構成員が別組織に捕まった場合や襲われた場合に、ショックで口を利けなくするためだろうね」
「今までよく生きてこれたな……」
「うち、つよいもん……」
「惨いことをしやがるぜ……まったく……」
「……うち、こんな恐ろしいこと誰ともしたくない……」
「龍絶さん、安心して? コレは誇張した部分も大きいし、本当の愛の確認は素晴らしい行為だから」
「龍絶さん、気分が悪くなったのなら二人で外の空気を吸いに行かないか?」
「降谷!! まったく、油断も隙もねえな……」
「……もう嫌や、帰る……うぅ……」
「龍絶!! まだ講義は終わってねえ!!」
「ある程度知識を身に着けておかないと、今後の生活に響くし、かえって危険だよ」
「嫌やぁ!! 千速さん!! 助けに来てえな!!」
「オイ!! バカ止めろ!! 今のタイミングで電話なんかしたら……」
『もしもしどうした……? 藍……今何処にいる』
「松田さんちに居るから迎えに来てえ……怖い……助けて千速さん……」
『……了解した。男共!! 歯を食いしばり正座しながら首を洗って待っていろ!!』
「どうすんだよ……この状況だと完全に俺等が藍ちゃんに悪さしてるって誤解した……冗談抜きで俺達、姉貴に殺されるぞ……」
「……用事を思い出した。俺は一足先に抜けさせてもらう」
「班長!! 地獄に堕ちるなら一緒に堕ちるのが俺達同期6人組だろ!?」