「ごめんなさい、降谷さん。うち怖くてできへんからハニートラップの練習台になれへんかもしれん」
アダルトビデオを見てしまい、涙で上手く開かなくなった瞼を腕で擦った。
「ちょ、龍絶さん、今それ言」
ドスッという鈍い音がして、薄目を開けると伊達班長が降谷さんを壁に殴りつけていた。
「龍絶、降谷に何か言われたら直ぐに俺に言えよ」
伊達班長がニカッと笑ってベッドの前で体育座りをしながら泣く、情けないうちの頭を撫でてくれた。
「ゼロ!! 『一回だけだった』って言ったよな!?」
諸伏さんが絶叫しながら降谷さんの襟首を掴んで揺すっている。
「かはっ……それにはわけが……」
タフやな……降谷さん……伊達班長に殴られて喋っとる。
「ここ賃貸だぞ!! 壁に傷をつけんなって!!」
部屋の主である松田さんがビデオを停止しながらヒビが入った壁を見て溜息をついた。
「それよか、姉貴になんて説明したらいいんだよ!!」
萩原さんが頭を抱えると、ピンポーンというチャイムが鳴った。
「うちが出る……」
タッと立ち上がって玄関の扉を開くと、息を切らした千速さんが立っていた。
「千速さん!! 来てくれたんや……うち、怖かったぁ……」
涙がポロポロとこぼれると、ぎゅうっといい香りがする温もりに包まれた。
すごく安心する匂い……。
「待たせてすまない……。藍を傷つける者は弟とて容赦はしないからな」
、、、
「悪い虫は駆除したから安心しろ」
千速さんに『バイクの前で待っていろ』と言われたからボーッと立っていると、松田さんの部屋から鈍い音とパリンという何かが割れた音が聞こえ始め、しばらく経ったら静かになった。
「龍絶、また私の部屋に来るか?」
振り向くと、服に飛沫が散った状態で笑顔の千速さんが立っていた。
「はい……。いつも迷惑かけてごめんなさい」
ペコリと頭を下げると、手櫛で髪を撫でるように梳かれた。
「私と一緒に食事をして、一緒に風呂に入って、一緒に手を繋いで寝よう……な? ……藍……」
女神様のような微笑みに、思わず抱きついてしまった。
「はい……千速さん……うち……」
千速さんは松田さんのことが好きなはずなのに、どうしてこんなにうちに優しくしてくれるんだろう。
「藍は一生、私が守ってやるからな」
額に親愛のキスをされて、心がくすぐったくなる。
「はい……千速さん……大好きです……」
「……龍絶さん、あの……約束通りハニートラップの練習に付き合ってくれないか?」
とうとう練習台として呼び出されてしまった。
うち、あんなこと出来る自信ない……。
でも練習できへんかったら組織のミッションにも公安の密偵にも支障をきたすかもしれん。
そうなったら未来の『安室 透』は生まれないのかもしれへん……。
「はい……」
、、、
「じゃあ……いいかな?」
ラブホに入ってシャワーを浴びて、ガウン姿でベッドの上で対面した状態になると、降谷さんがガウンに手をかけた。
「降谷さん……ごめんなさい……。やっばりうち、あんなこと怖くてできへんよ……」
どうしても怖くなって、降谷さんの腕に縋り付いてしまった。
「……なら……キスだけでも……しないか?」
降谷さんにほっぺたを両手で包まれて、覚悟を決めた。
「本当にええの? ……なら、うち……頑張るから……降谷さんの役に立てるようにするから……」
ぎゅっと目を瞑ると、唇に柔らかいものが触れて、しばらくするとゆっくりと離れて、深い溜息が落ちた。
「正直に言うよ……。君が好きで……そういうことをしたくて……嘘をついて君を騙してしまった……。好きなんだ……どうしょうもなく、たまらなく君が好きなんだ……」
やっぱり回転寿司の告白は、ハニートラップの一環やったんやな……。
「はい。そういう設定やな……分かった」
目を開けると、困ったように眉を下げた降谷さんが目を泳がせていた。
「ち、違うんだ……君を知るうちに本当に君を愛してしまった……好きで……好きで……回転寿司で君に笑いかけられた時……僕だけのものにしたいって……そう思って……」
うち、勝手に『バーボンは強気に攻めるタイプ』やと思っとったけど、『泣き落としで庇護欲をくすぐる』戦法も使うんやな。
確かに、戦法は幾つも持っておくべきや。
「うん。うん」
何度も頷くと、降谷さんはしどろもどろになり始めた。
「本当に好きなんだ……だから、君としたいんだ……。僕……我慢が……出来ないかもしれない……」
そう言って両手をうちの肩に置いた。
「うん。うん」
潤んだ瞳にジーッと見つめられる。
「龍絶さん! 本当の話をしてるんだ!! ハニートラップじゃなくて……一人の男として君を抱きたくて……それで……」
捨てられた子犬パターンとでも名付けるかな。
「うん。うん。……ここで『君だけは特別』っちゅうんやな。分かった」
すると顔が近づいて、冷や汗が流れる鼻と鼻がぶつかった。
「だから、違うんだよ……。どうして君は……。僕はそんなに甲斐性なしな男かい? 男として魅力がないかい? ……僕を選んでくれよ……龍絶さん……」
しゃーない。
うちが教わった通り実践したる。
そのまま降谷さんの肩に手をついて教わったハニートラップのキスをした。
「自信を持て降谷零!! 降谷さんはいい男や!! 泣き落としで子犬の演技をするにはまだ早いで!! ここは攻めんと!!」
降谷さんは固まったまま動きを止めたかと思うと、押し倒してきた。
「ごめん……もうダメかも……我慢の限界だ……」
……せやから、一人で背負い込みすぎなんよ。
「降谷さんは色々と大変なこと抱えとるもんな……。うちには弱いとこ、曝け出してええからな……」
背中に手を回してゆっくりとさすり、頭を撫でた。
「龍絶さん……僕は……」
ほっぺたにぽつりぽつりと涙の雫が落ちて弾けた。
「泣いてええんや……降谷さんも一人の人間なんやから……」
降谷さんの涙……初めて見たな……。
「僕は馬鹿だよ……大馬鹿だ……どうして君に勝てるなんて思ってしまったんだろう……」
押し倒された体勢から、覆いかぶさるハグの体勢に変わった。
「降谷さんは頑張っとるよ……ちゃんとわかっとるからな……」
静かに泣く降谷さんの背中をポンポンと叩いた。
「龍絶さん……やっぱり君が大好きだよ……ずっと前から……これからも君が好き……だから君の隣にいさせてくれ……」
警察学校同期6人組や……ずっと側におるから。
「……うん、一緒にいような?」
「藍ちゃん!? 大丈夫だった!?」
あの後、泣き止むまで撫でて、そのまま添い寝をしたらあっという間に休憩時間は過ぎてしまった。
そんでもって……ずっとなんで4人がラブホ前に居るんや?
「大丈夫やったで!!」
やっぱり公安から指示された練習やったんかな……。
「何もされなかったか!?」
伊達班長が迷子に接するように腰を屈めた。
「キスして寝ただけや!!」
ドシャッという音がすると、降谷さんが伊達班長の拳を受けて道路の向こう側に殴り飛ばされていた。
「……来い」
それを尻目に松田さんが反対方向に腕を引っ張った。
「待てよ松田!! 抜け駆けするより心のケアを優先しろよ!!」
諸伏さんが叫ぶと、松田さんも振り返って叫んだ。
「うるせえ!! 俺は龍絶に告られたんだ!! 残念ながら両思いなもんで!! な? 龍絶?」
あかん、また従業員さんに『営業妨害』やって怒られてまう。
「陣平ちゃん!! 此処は何人たりとも通さないよ!!」
萩原さんが前に出て、両手を広げた。
「退け退け!! 邪魔だ!! 龍絶は俺の女なんだよ!! 泣かしていいのは俺だけだ!!」
これ、少女漫画の……えーっと……何かのシーンやな。
「……止まれ陣平」
凛とした声に振り返ると、千速さんが腕を組んで佇んでいた。
「千速さん!!」
駆け出そうとすると、松田さんに抱き寄せられた。
「千速……いつから居た」
松田さんのタバコの匂いがする。
「藍は私の女だ!! 先に寝たのは私だ!!」
せやった、お泊り会で一緒に添い寝してくれたな……。
「はあ!? 姉貴何してんだよ俺の女だぞ!!」
萩原さんがあたふたし始めると、諸伏さんに肩を叩かれて耳打ちされた。
「……龍絶さん、今のうちに安全なところに行こう?」
それって警察署?
「諸伏!! ドサクサに紛れて連れ去ろうとするな!!」