「わぁ……流石に長野の冬は寒いな……」
いっつもメールをしてくれるコウメイさんに挨拶しに長野に来るのは2回目やけど、からっ風の冷たさには未だに慣れへん。
新幹線から降りて長野県警に足を進めると、背後から声を掛けられた。
「もしかして、貴方が噂の諸伏刑事の想い人?」
振り返ると、7年前……つまりうちと同じ22歳の上原 由衣さんがそこに居た。
「わ、上原さん!?」
驚いて、つい『原作知識』を口走ってしまった。
「あら、よく知ってるわね」
あかん、この癖……改めへんと……。
「ご、ごめんなさい。前に長野県警に立ち寄ったときに名前を呼ばれているのをお見掛けしたので……」
上原さんは少し考えた後、ニコッと笑った。
「諸伏刑事に会いに来たのよね?」
それはそうなんやけど、なんで想い人っちゅうことになっとんねん……。
「はい! あ、けど……あの、うちは想い人ではないです」
ほっぺたを掻きながら苦笑いすると、上原さんはうちの肩をポンポンと叩いた。
「心配しないで? 私は人の恋愛に口を挟まないから……。諸伏刑事、貴方のことを話すとき……すっごく真剣になるのに、不思議と表情が柔らかくなるの」
……それは……公安から囲い込みをされて、うちの秘密を共有しとる人やからな……。
「それは色々とお世話になったからであって……」
あかん、上手く説明できへん。
「ああ!! お前がコウメイの女か!!」
大きい声に振り向くと、隻眼になる前の大和警部……今は刑事か……彼が立ってズカズカと歩いてきて、うちの顔を覗き込んだ。
「な、なんでそうなっとるんや……」
そういえば、コウメイさんは原作では女っ気を描かれていた記憶があまりない。
今は原作とは違う何もかもが予測出来ない道やけど……。
「コウメイが毎日メールするような相手はお前くらいだ!! ちんちくりんの赤毛の爆処勤務!!」
あ、そっちか。
メールはコウメイさんからの提案で、組織を『織姫』公安を『彦星』という暗語にして、日常の変化を報告しとるだけなんに……。
「女性に対して失礼ですよ。敢助君」
その後ろから、コウメイさんが静かに歩いて近づいてくる。
「誤解してます!! うちは、ただ『今日は霜柱が立ちました』っちゅうことを報告しとるだけで……」
そんで、毎日やから書くことがなくなって、日常で起きた出来事や思ったこと、感じたことや季節の話題を話している。
「霜柱!? え、そんな内容を諸伏刑事と毎日? えー……」
上原さんが口に手を当てて目をパチクリしている。
「はい。彼女には東都の現在の様子を伝えてもらっています」
コウメイさんがフォローしてくれると、大和さんは唸るような声を上げた。
「……本当にそれだけか?」
一気に場が緊張感を帯びた。
……もし公安や組織の繋がりを見抜かれたら……。
「はい! これが証拠です!!」
『今日は霜柱が立ちました! 踏むとジャクジャクと音がして、何だか切なくなりました。コウメイさんの方は霜柱は何センチくらいありますか?』
携帯電話の画面を見せると、上原さんの声がはずんだ。
「あら本当……写真付きね。ふふ、可愛らしい」
何が可愛らしいんか分からんけど、誤解が解けたなら良かった。
「わざわざ貴方から訪ねて来ずとも……。私から訪ねるべきところをご足労いただきありがとうございます……。頬が赤い、外は寒かったでしょう。……手指の先まで冷たい。長野の冬は寒いですから……」
……あ、やっぱり急な訪問は失礼やったかな。
刑事さんやから、いついるか分からへんし……予定を空けてもらうわけにもいかへんから……会えたらええな、くらいの感覚で来てもうた。
「ご、ご迷惑でしたか?」
顔を見上げると、コウメイさんは穏やかな表情で答えてくれた。
「……いいえ。それよりも、コーヒーはいかがですか? 立ち話もなんですし、応接室に参りましょう」
スタスタと歩みを進めるコウメイさんの後ろについて歩いた。
「なんだ、本当に警察内部のお友達だったのね」
「……どうだかな」
「なんでうちが想い人になっとるんやろ……」
応接室でコーヒーを頂きながら、疑問を口にした。
いつも一緒にいるとかならまだしも、よう分からん。
「毎日のメール、言い換えれば文通を男女の仲だと捉えているのでしょう」
そっか、恋文ってやつか。
「コウメイさんはうちの近況を知るためにメールしとるだけなのに……組織と公安に動きがなかったかを暗語で報告しとるだけで……」
確認する限り、監視カメラや盗聴器は無い。
「貴方の秘密は同期5人と毛利探偵、鬼塚教官、それと私だけです……。それと、千速さんも個別に呼び出されたようですが……。ですから、彼らにはそう映ってしまうのだと思います」
あ……千速さんもやったんか……。
だからあんなに優しくしてくれてたんやな……。
「……コウメイさんは嫌じゃないですか?」
普通、新人の警察官にベテランがうつつを抜かしとるなんてされたら、嫌やと思うから……。
「……はい」
また気を使わせとる……。
「ごめんなさい……ご迷惑をおかけしてしまって……」
うちは、ただ居るだけで人の負担になってしまうんや……。
「……貴方は人に頼り甘えることを覚えなさい……。私の前なら我儘を言う等身大の女性の姿を見せても構わないのですよ」
コウメイさんはソファの隣に座って、ぎゅうっと手を握ってくれた。
「ありがとうございます……。諸伏さん……景光さんといいコウメイさんといい、優しい兄弟ですね」
包容力のある言葉に、思わず泣いてしまった。
「……ところで、宿は取っていますか? 午後から大雪が降り新幹線が止まる予報になっていますが……」
えっ!?
長野の新幹線って7年前でも大雪で止まったりするんか。
てっきり遅延位で停止はせんとばかり思い込んどった。
「あかん!! 長野の天気マーク見てへんかった!! 早く帰らんと!!」
慌てて立ち上がると、握られた手を引かれた。
「……このあと、食事を予約していたのですが……。残念です……」
食事……どうしよう……コウメイさんの善意を無駄にしてしまう。
「う……」
ドタキャンしたらお店にも迷惑がかかる。
「それに、宿のことなら心配ありませんよ」
もしかして留置所を使わせてくれるんかな?
「そうなんですか?」
それなら宿を気にせんでええか。
「はい……。ゆっくりと寛いでください……。東都から離れたのだから、貴方が背負っているものを降ろしていいのです」
本当に至れり尽くせりで申し訳なくなる。
「……はい! ありがとうございますコウメイさん!」
「食事美味しかったです!! ……あれ、でもうち……コウメイさんに来ることを伝えてなかったのに……。よく予約が取れましたね?」
コウメイさんが用意してくれたお店は漫画で見るような高級料亭だった。
「何のためのメールか分かっていますか? 貴方の心情変化は文章から伝わっていましたよ」
流石、軍師コウメイ……全部お見通しか。
「さすがや……うち、その……組織」
「……その話は部屋でしましょう」
耳元で囁かれてゾワッとしてしまう。
「あ、危なかった……はい!! コウメイさん!!」
、、、
「あれ? ……コウメイさんも泊まるんですか? 浴衣……」
案内されたのは、いかにもな高級旅館だった。
「はい」
まあ、刑事にも休みは必要やから。
「それで……組織からは未だ何も……」
「……何かあれば隠語で教えてください」
また耳元で話しかけられて飛び上がってしまった。
「お、織姫からは何も……」
心臓がバクバクいって、苦しい。
「……そろそろ温泉に浸かってきてはどうしょうか?」
せやった、露天風呂やったな。
「はい!! コウメイさん!!」
、、、
「あれ? 布団が二組ある……。旅館の人間違えたんかな……。おっちょこちょいやな」
宿部屋に戻ると布団が二つ隣り合わせに敷かれていた。
「……私と間違えてみますか?」
背後から耳打ちされて、背筋が伸びた。
「ま、間違える?」
振り向くと、コウメイさんが顔色を変えずにうちを見ていた。
「間違う……? えっと、コウメイさんとなら間違えても大丈夫やと思います!!」
よう分からんけど、コウメイさんとなら安心やから。
「言質……取りましたよ? ……今の私は貴方を組織と公安のしがらみから守り解放する為だけに動いてはいませんので……」
ぐっと顔が近づいて、ジーッと見つめられた。
「それってどういうことですか? うち、よくわからへんから……教えてください!!」
「あら、龍絶さんどうしたの? 諸伏刑事の背中に隠れちゃって」
ダメや……恥ずかしくて人の顔を見られへん……。
「彼女と近々婚約を考えています。それを昨夜話した途端、こうなってしまって……」
昨日の夜の出来事を思い出そうとしすると耳まで熱くなってしまう。
「やっぱり付き合ってたんじゃない!! 昨日言ってくれて良かったのに……もう……」
あかん……頭が回らへん……。
「……コウメイ」
大和さんの低い声がした。
「……何でしょうか」
凍てつくような緊張感が場を凍らせた。
「……なんでもねえよ」
、、、
「龍絶さん……公的な場でも下の名前でお呼びしてもいいですか?」
応接室で二人っきりとか、耐えられへん……。
「あ、あ、う……」
腕で顔を隠すと、コウメイさんに腕を掴まれた。
「藍……顔を見せなさい……」
優しくも低い声に、また泣いてしまった。
「う……う……コウメイさん、仕事やからって……何もこんなことまで……。うちは結婚しちゃあかんのに……」
涙が溢れ出てきて止まらない。
「それは誰が決めたんですか? 上ですか?」
首を横に振った。
「うちが……うちは恋人作ったり幸せになったらダメだから……」
うちは殺人を犯した大罪人やから……。
「ならば、立場が上の私からの命令です。私の伴侶になりなさい」
コウメイさんは腕を降ろしてグイッと迫った。
「う……でも」
「上に逆らうのですか? 貴方の立場から各組織に対する情報を管理をする者が必要です」
せやけど……。
「そうしたら、コウメイさんの幸せが……」
「私を幸せにしたいなら、貴方が私の隣で幸せになりなさい」
……どうしてそこまで……。
「……雪が溶けるまで……宿に泊まりましょうか……」
顔が近づいて、思わず背けた。
「う、わかりましたから……」
もう逆らわんから……。
「安心しなさい。宿はもともと七泊で取ってあります」
……な、七!?
「コウメイさん……うち、一泊で充分です……帰りますから……」
そんなん耐えられへん……。
「……残念です」
コウメイさんが眉を下げた。
恩人を困らせたらあかんのに……。
「……う、帰りません……」
「……気まぐれですね」
どうしよう、うちがコウメイさんを振り回しとる? 「う……ごめんなさい」
涙が頬を伝うと、耳元で囁かれた。
「……私は貴方を腕に抱きたくて宿を取ったのに……」
……まって。
「……間違いはもう……誰からも咎められません……」
……頭が回らへん。
「……貴方のペースで構いませんよ」
「はい……。コウメイさん……」
「コウメイ、どうしたの? 僕はそろそろアメリカに帰るんだ。まあ、僕の罪なんかないからすぐに解放されるだろうけど」
留置所から移送手続きの準備に入ったヤン・ブルドンの元を訪れた。
「私は藍を抱きました」
そう一言述べると、落ち着き払っていたヤンの額に青筋が浮いた。
「……はあ? コウメイってそんな下品な冗談言うんだ。尋問のつもり?」
ヤンは感情を仕草に出さぬようにと神経を尖らせている。
「藍は可愛らしい女性だ。彼女に『堪忍して』『いやや』と言われてしまえば、男の理性は簡単に千切れます」
彼の指先がわなわなと震えだした。
「……ああ、そうやって僕の怒りを引き出したいと。残念だけど、その手には乗らない。手垢の傷物なんてお古に情欲を向けるとか……」
爪が無意識に空を掻いている。
「『コウメイさん……来て』と泣かれたときなど」
「メスカルは僕の物だ!! 僕の嫁に手を出すなど許されない!! 裁判でお前を潰す!!」
ヤンは留置所の柵に飛び掛かって怒鳴り声を上げた。
「彼女の日本の国籍は貴方と義兄妹、何の問題もないはずです」
彼は箍が外れた獣のように怒り狂っている。
「アメリカでは僕達二人は結婚してんだよ!! 法廷で待っていろ!!」
その言葉を待っていた。
「裁判所に出廷していただけるとは。その時まで、貴方をお待ちしています」