「コウメイさん……」
コウメイさんと会えるのはせいぜい月に一、二度くらいの頻度やったけど、群馬県警に会いに行くたび死角をついて不意打ちのキスをしてくれる。
キスといっても軽く唇が触れる程度。
微笑んだり耳打ちしたりはせず、ただうちをジッと観察していた。
キスされるたび身体が熱くなり、どう対応していいか分からなくなる。
このままだと、うち……メロメロの骨抜きにされてしまう。
うっとりしながらコウメイさんを見つめていると、廊下の反対側からツカツカと早歩きして向かってくるブーツの音が聞こえた。
「高明!! コウメイは居るか!!」
聞き慣れた美しい声に振り向くと、山百合のブーケを手に持った千速さんがコウメイさんに向かって怒鳴り声を上げた。
「なっ……私の藍にふしだらなことをするな!!」
千速さんは眉間にシワを寄せてコウメイさんに迫る。
「あの、千速さん。前に報告した通り、うちとコウメイさんは婚約して……」
「誰が許した!? 私は許さん!!」
そう言ってブーケを渡してくれた。
「おや、千速さんは私達に婚約に反対されると……。理由を伺っても宜しいですか?」
コウメイさんが顔色一つ変えずに言葉を返すと、千速さんは大声で宣言した。
「私が藍と寝た初めての人間だからだ!!」
廊下の向こうにいる警察官の何人かがビクッと跳ねた。
「藍……どういう事か説明してください」
コウメイさんに耳打ちされて、恥ずかしさと申し訳無さで一杯になる。
「……二人でお泊り会をして……千速さんが手をつないで寝てくれました……」
うちは千速さんに恩義がある。
でも、婚約を破棄なんて出来ない。
「コウメイ!! お前は立場を利用して藍を食い物にしようとしているだけだろう!! 愛しているなら証明してみせろ!!」
千速さんが叫ぶと、コウメイさんはうちの顎を引いてディープキスをしてみせ、何事も無かったように言い放った。
「これで証明足り得るでしょうか」
……コウメイさん、千速さんからしか見えない死角やからってこんな大胆なことをする人やったんやろか。
……それとも、うちが未来を改変してしまったから性格が変わってしまったんやろか。
ふと目線を戻すと、千速さんの綺麗な顔に青筋が立ち始めている。
「……誰が公衆の面前でキスしていいと言った!!」
怒髪天を衝いたようになってしまった千速さんは、コウメイさんの襟首を掴んで怒号を放った。
「婚約者ですので……。確かにプライベートな空間で行うのが常識」
「何も女を悦ばせられるのは男だけではない!! テクニックがあれば女が女を愛してやれる!!」
千速さんはそう言ってうちをお姫様抱っこした。
「へ? へ?」
状況を飲み込めないうちのおでこに千速さんが何度もキスをすると、そのまま廊下を走り始めた。
「コウメイ!! 出来るものなら私を結婚目的略取罪、結婚目的誘拐罪で捕まえてみろ!!」
「藍……私と共に人生を歩んではくれないか?」
廊下を走る間、笑顔を絶やさない千速さんから問い掛けられた。
「うち……うちにはコウメイさんっていう婚約者が居るので……」
千速さんがうちを想ってくれるのは、公安から別途事情を聞かされたからであって、本当の恋慕や親愛ではなく……義務感からだ。
「ならば、婚約破棄して私と結婚しよう。いずれ日本も同性婚が可能になるはずだ」
千速さんは一旦止まると、軽く唇にキスを落とした。
「へ? へ!? えっと、うちは……ち、千速さんには松田さんが居るし……」
目を白黒させながら答えると再び口づけをされた。
「それは今関係ない。……夜の方の心配か? 安心しろ、私はコウメイ以上に藍を満足させられる自信がある」
そう言ってまた深いキスに近い口づけをされた。
「ま、まって!! 千速さんは情愛やと勘違いしとるだけ!!」
あかん、うちを『コウメイさんとの七泊のお泊りでそういうことを仕込まれて色ボケになっている』と勘違いされとる。
「……私が藍を守り慈しみ大切にして悦ばせたいと思う気持ちを『愛』と呼ばずに何というのだ」
どうしたらええんや……。
パニックになっていると、向かい側から懐かしい声が掛けられた。
「龍絶!! ここにいたのか!! 千速まで一緒か!!」
目を向けると、鬼塚教官がズカズカと歩み寄ってきた。
「お、お久しぶりです。鬼塚教官……あの時はお世話になりました……」
鬼塚教官には無茶を言ってバイジウとの戦いに巻き込んでしまったから、負い目がある。
「婚約したと聞いて安心したぞ!! 爆処にも立ち寄ったが、お前の同期達も『これで4人との不適切な距離感が解消された』『セクハラが収まった』と胸をなで下ろしていたらしいからな!!」
不適切な距離感……セクハラ?
もしかして、うちが『姫ポジション』とか『ベタベタして嫌われていた』っちゅうのは伊達班長以外と距離感が近かったせい?
うち、男女の仲については警察の性加害の研修で『勝手に触ったら痴漢』『性加害されたら恐怖で声が出なくなる』『嫌な相手でなければセクハラではない』っちゅう認識になっとった……。
だから、うちが嫌な顔をせんから『セーフ』なんやと思ったんかもしれん。
……うち、またやらかしてもうた。
もし警察学校時代に指摘されていたら、うちは4人に『注意された』と言ってしまっていたやろうし、4人に言ったら……4人に直接言うのは難しかったやろうな。
伊達班長に言うにしても必ず4人のうち誰かが居ったやろうし……。
……それをオブラートに包んで指摘して相談中に注意してくれた爆処の同期には感謝やな……。
嫌われ役を買ってまで指導してくれたんやもん。
「藍……セクハラという具体的な内容を話せ」
千速さんの顔が笑顔のまま引き攣った。
「えっと……肩や腰を抱かれたり、後ろからハグされたり膝枕をさせられていたことやと思います」
降谷さんから拳銃の握り方、諸伏さんに包丁の持ち方について教わる時に背中が密着したし、萩原さんはしょっちゅう『龍絶ちゃん、疲れちゃったから膝枕して?』って言うからしていて……。
松田さんは『あぶねっ!! ……お、クッションがあったからセーフ……目眩がするからしばらくこのまま』って何度もドジっ子に巻き込まれた。
……そういえば伊達班長が居たときにはされてへんな。
チラッと顔を見上げると、聞いた事のない低い声が放たれた。
「……つつみ隠さず話せ」
……あかん、正直に言わんと後々大変なことになる。
「あとはご飯をあーんしたり……松田さんが胸に顔を押し当てることが何回か……でも違うんや! 松田さんは二人っきりになるとドジっ子になってしまって、よう躓くから押し倒したりする体勢になったり、胸がクッション替わりになることがしょっちゅうあっただけで……」
松田さん、うちの前ではおっちょこちょいになるんよな……。
あんなに手先が器用で目がいいのに。
それを言った瞬間、千速さんの額に大きな青筋が立った。
「……。……万死に値する」
そう言ってうちを降ろすと、何処かに走り去ってしまった。
「千速さーん!! ……疾風のように去ってもうたな……」
「……千速はまいたな。高明、話がある」
鬼塚教官が千速さんが立っていた場所に話しかけると、すぐ後ろにコウメイさんが佇んでいた。
「はい。応接室で伺います」
三人で場所を移動すると、鬼塚教官がドサッと腰を降ろした。
「……警察病院で働いていた塞本……コードネームはガリアーノだったか。しばらく失踪していたようだが、今日群馬県と長野県警の堺で遺体で発見されたと上がっているだろう?」
……え、知らん。
コウメイさんの方を見ると、うちとは目を合わさずに鬼塚教官に語りかけた。
「ええ。彼がヤン・ブルドン……バイジウの配下だというのは藍の情報提供があった際に把握をしていましたが、ヤンが確保される前後に姿をくらましていたようです。……恐らく、ヤンが失策する前提のプランだったのかと。兄エルダーの逃亡も準備が整いすぎている」
確かに、うちが原作知識が戻ったとは知らんかったはずで、ガリアーノやバイジウを警察に売るとは考えてはおらんかったのか……?
それとも裏切りを予期して家で待ち伏せた……5人と毛利探偵、鬼塚教官と爆処同期6人が家に来るって分かっていたなら兄に『13人始末して』と言えばよかった。
まさかコウメイさんが先回りしとるとは思わんかったけど……。
「……あれば自殺に見せかけた他殺。それも『諸伏高明』に対する報復と挑戦状だ。……警戒を強めろ。私に出来ることはないか?」
だから長野県警まで出向いてくれたんか……。
「今のところはありません。……彼の性格から、この数ヶ月で決着がつくかと。……来るべき時を待ちましょう」
、、、
「諸伏高明!! 殺してやる!! 恥をかかせてな!! 強姦強盗強請贈賄横領ありとあらゆる罪を犯したクズとして漫画に刻んでやる!!」
バイジウは日本からアメリカに帰国するなり癇癪を起こしたガキみてえに『諸伏高明』っつう日本の刑事を殺害する話をジンの兄貴に駄々をこねるようにしていた。
「バイジウ、理由は何だ? なぜ組織に関わり合いの無い兄を使って日本の警察を始末しようとした? どうして日本の拠点の一つであるボロ小屋を燃やした? ……メスカルがプラーミャを討ち取った組織のナンバー1スナイパーなんだろ? なぜ殺そうとした」
兄貴は淡々と子供を嗜めるように質問を返した。
「はあ!? 僕の嫁に手を出すクズ共を始末したかったからだよ!! 爆弾のスペシャリストにまでなったメスカルを国外に逃がしてATF職員として立ち回る筈だった!! メスカルが依頼したっていう理由でプラーミャにより自宅に爆弾が仕掛けてあったってことにして!! 分かれよ!!」
バイジウはナンバー3でありラボの総責任者としての威厳を忘れて喚き散らした。
「……日本の警察をやるときはナンバー2のラムか、『あの方』による指示を仰ぐのがルールってもんじゃねえか?」
兄貴が鋭い眼差しを向けると、バイジウはあっけらかんとして答えた。
「はあ? 『あの方』? 新薬を抑えた以上、どうでもいいよ。それより『諸伏高明』を不定で法廷に出」
言い終える前にパンッという乾いた音がして、バイジウの眉間を赤い血が滴った。
「……は? な、に? 僕を撃っ……」
ドサッとバイジウが地面に転がると、兄貴は低い声で失望の念を吐いた。
「組織が第一だろうが……。『あの方』を疎かにする奴なぞ裏切り者だ……。あの世でおねんねしてろ、バイジウ」