たとえば家の中にラスダンが生えてしまった場合の対処法。 作:埃の山。
もし、家の中に誰も知らないダンジョンが現れたなら?
様子を見る? それとも潜る? はたまた国に通報する?
……まぁ、当たり前ながら正解は一番最後の通報なんだけど、それは一旦置いといて。
なんにせよ、創作好きなら少なからずこう思うはずだ。
──俺は選ばれたのだ。と。
ああ、勘違いしないで欲しい。これは特別だとかそういう話じゃない。
どれだけ自分を戒めようと、そういった浮ついた思いは掻き消せないというだけの話。
自分だけが入れるダンジョンに人知れず潜り続け、圧倒的な力を手に入れてウハウハハーレム。
そうじゃなくても、昨日まで見下してきたいじめっ子を見返してみたり。
はたまた配信とかで話題になって、世間様に見つかったり。
それができる立場にいなかったとしても、そんな妄想を一切しないなんて、ある程度のオタクであればあまりに無理のある話。
勿論悪いなんて言わないさ。
特に年頃の男であれば少しは考えて当然だろうし、そんな状況になったらほとんどの人は少しくらい舞い上がる。
ああでも、一つだけそこで考えなきゃならないことがあるとするなら。
その時与えられた配役は、愚かな道化ではなかったか、ということ。
もし、配役が主人公だなんて思い上がろうものなら──。
「っ、にげ、なきゃ……!」
それは抗いようのない死神となって、命を奪い去りに来るのだから。
千切られ存在しない左腕を抑えながら、壁を伝って必死に逃げる。
高層ビル一つは収まろうかというほどの洞窟の中で、今出せる全速力で叶わぬであろう生存を願う。
音はない、気配もない。狩人は玩具の逃亡をカタカタと首を傾げてあざ笑った。
獲物とすら認識しない、意志ある人形の腕を捥ぎ取り反応を楽しむかのような悪辣さ。
それでも逃げざるを得ない己の弱者ぶりを心の底から嘆きながら、一歩一歩逃げていく。
「カカカカカカ」
ああでも、それはソイツが圧倒的強者だからこそできること。
一メートルにも満たない牛骨の怪物は、瞬きの間に俺の前へ現れ首をカタカタと鳴らす。
……追いかけっこはもう満足らしい、クソッタレ。
痛みですばやく動けない俺の前で、牛骨の口がゆっくりと開いていく。
これで最後だと、絶望に顔を歪める俺の前で断頭台となる顎が上がり切った。
……これが最後かよ。
乾いた笑いを漏らしながら、数刻前の出来事を走馬灯のように思い出す。
こうなってしまった、最悪の経緯を。
「……ん、ぁー! よく寝たー!」
八月一日。
今日から中学最後の夏休みということで、昼前に起きた俺は伸びをしながらベッドからのそりと起き上がる。
時計を見れば十一時過ぎと言ったところ、いつもなら母さんに頭を叩かれそうな時間だ。
でも今日に限ってはあり得ない。だって母さん、いや両親共に外出中なのだから。
「……確か今日からだっけ、母さんたちが太平洋ダンジョンに潜るの」
太平洋ダンジョン。世界でも五つしかない「Sランクダンジョン」の一つ。
余りの難易度からパーティではなく、クラン総出で出撃し遠征を行うのが主流となっている規格外ダンジョン。
そこに遠征する一流クランのメンバーとして、両親が所属しているのはなかなかに誇らしいことだ。
……まぁ、あんまり実感はないんだけど。
「あー、俺も早く探索者なりてー」
ダンジョンが現れてもう三十年は経つ。
探索者高校に入らないと探索者になれない、なんて法律だって当然あるわけで。
来年からようやく探索者としてダンジョンに潜ることができると思うと……まぁ、期待はしすぎないほうがいいんだろうけどさ。
とりあえずは、今日の朝食……いや昼食? なんにせよ、適当に作って食べなければ──そう思いながら階段を降り。
「……えぇ、なにこの煙。火事……じゃないよな? 別に焦げ臭くないし」
なんか、一階が薄く黒い煙……いや、モヤ? に覆われているんだが。
「え、なにがあったの? これ吸っても大丈夫なやつ? ダメだったら俺降りれないんだけど」
だれに言うわけでもなくぼやきながら、恐る恐る滞留するモヤに足を差し込む。
なんか異変が起きたらどうしよう、なんて思ったが……なにも起きない。
せいぜいちょっとひんやりする程度。
……え、毒じゃないよね怖いんだけど。
「……まぁ大丈夫か? というか何が原因だよこれ」
頭を掻きながらゆっくりと一階へ突入。
だれかがいる……ことはないだろうけど、体調に異変が出たらあれだしちょっと息を止め気味に。
そのままささっとリビングに突入したところで原因発覚。
「……えぇ?」
息を止めていたのも忘れて、まるでMAD素材みたいな声を出してしまったのは悪くない筈。
だって、明らかに禍々しい真っ黒の門がテレビの前に佇んでやがる。
しかもご丁寧に閉じられた扉の隙間から黒いモヤが噴き出してるし、なんだこれ。
「いや、まぁダンジョンだろうけど……えぇ? 家の中に発生するか普通?」
というかその位置だとソファーに座ってテレビ見れねぇじゃねぇか。
まぁ、ダンジョンに何言っても仕方ないか。
「……とりあえずは情報だけでも確認すべき、だよな? 通報すること考えても」
運がいいことに、俺は一つだけスキルを持っている。
幼少期の頃、父さんに連れられてダンジョンに行った時、ステータスを授かると同時に手に入ったスキル『迷宮鑑定Lv1』。
なかなかのレアスキルで、最初から持っていることはそうそうない……というのはどうでもいいか。
ともかくこのスキルがあれば、この黒い門のこともある程度分かるかもしれん。
使ったことないからどんな風に表示されるのかわからないけどさ。
そう思って、『迷宮鑑定』を使用して。
【迷宮門・黒
危険度:Ex
スタンピードまで:70:55:18
リセット条件:モンスター討伐 ×1】
「ッスゥー……、マジ?」
見たことも無いExとかいう危険度、そして明らかにやばそうな「スタンピードまで」のカウントダウン。
考えたくもない色々に意識が遠くなりながら、俺──新堂イズナは一旦現実逃避を決めた。
仕方ないだろこんなもん。
どうしろってんだ、ふざけんな。