二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める 作:おじさん
蜘蛛型モンスター討伐の依頼を受けて冒険者ギルドを後にし、俺達は少しの贅沢を求めて新しく出来たレストランにきていた。
旧大陸の何処かの国で宮廷料理人をしていたとかいう人物が、最近始めた店らしい。
美味いモノに目がないミリアが「今日は魔石を売って沢山お金をもらったので! たまには贅沢しましょう!」と強く主張し、皆で向かうことになったのだ。
そして今、俺たちは四人掛けのテーブルについている。
ランチには少し遅い時間だったが、定員三十人ほどの店内は人で溢れていた。
新大陸に渡ってくるような連中は、皆、新しいもの好きなのだ。
「ヴィルさん! メニューを読んでもどんな料理か想像できません! どうしましょう!?」
給仕が水と一緒に持ってきたランチメニューを熱心にみていたミリアが、瞳を輝かせながら声を上げた。
「流石は宮廷料理人だな! メニューもなんか凄い!」
ミリアからメニューを受け取ったアレンも楽しそうに続く。
ゼノスも静かにメニューを見て、珍しく首を捻っている。
「かしてみろ」
メニューを受け取り、眺める。羊皮紙には、達筆な文字でこう書かれていた。
『薄切り黒毛獣と玉葱の甘辛煮込みの湖 ~純白の穀物山に寄り添って~』
『黄金色に輝く大地の衣を纏いし豊穣豚の揚げ焼き ~細切り翡翠菜と発酵大豆のスープを添えて~』
『琥珀色の秘伝清湯スープに泳ぐ黄金の細線 ~煮込み豚肉と発酵竹の子の調和~』
『真紅の海神の切り身と白銀の穀物からなる二重奏 ~漆黒の雫を垂らして~』
『灼熱の鉄板で踊る牛挽肉の円盤 ~目玉焼きという名の太陽を乗せて~』
……全然わからないな。
無駄に単語が長く、情景描写ばかりで、全く味の想像がつかない。いったい、どんな料理が出てくるんだ?
「ご注文はお決まりになりましたか?」
タイミングを見計らって給仕の女が来た。まだ全然決まってないのに……。
「……お勧めのランチを四つ」
「かしこまりました」
結局どれも分からないので、無難な答えを返し、その場をやり過ごす。給仕はスッと離れていった。
「明日から討伐依頼でしばらく野営する可能性がある。食事を終えたら、足りない備品がないか、よく確かめるんだぞ?」
「はい! 師匠」
ミリアが素直に返事をする。
「しかし、どんなモンスターだろうなぁ」
「五つのパーティーが失敗……。強敵なのは間違いない」
アレンの問いに、ゼノスが静かに答えた。
「私達にやれるでしょうか?」
ミリアの少し心配そうな声。俺が勇気付ける言葉を選んでいたら、不意に隣のテーブルから知らない声が飛んできた。
「お前達みたいなガキが、やれるわけないだろ」
冷たく、そして鋭い声。
隣の四人掛けのテーブルで食事をしていた、冒険者達の内の一人だ。銀髪に浅黒い肌。黄金色の瞳が印象的な男が、忌まわしいものを見るような視線を俺達に向けている。
「……なんていった?」
短気なアレンが怒気を込めた声で返す。
「ガキ三人とピークを過ぎたジジイが、高難易度の依頼を達成出来るわけないだろ? あの蜘蛛型モンスターを倒すのは、俺達の大手冒険者クラン【終焉を刻む者(エンドカーヴァー)】だ」
終焉を刻む者(エンドカーヴァー)。
……ブッ。危ない、出されたばかりの水を吹き出しそうになった。
なんて痛いクラン名だ。かつての俺の二つ名『影を喰らいし虚無の暗殺者(シャドウイーター)』とタメを張るレベル。
「終焉を刻む者? 知らねえなぁ」
「まだ新大陸に来たばかりのお前達に教えてやろう。【終焉を刻む者】は新大陸で急激に勢力を伸ばす新鋭の冒険者クランだ。複数の街に拠点を持ち、その影響力は日に日に増している。冒険者達が今一番、所属したいと憧れるクランが【終焉を刻む者】だ」
嫌だ。絶対にそんな恥ずかしい名前のクランに所属したくない。依頼票にサインするたびに顔から火が出る。
「興味ねえなぁ。俺達のパーティー名は【不可視の境界線(インビジブル・ボーダー)】。いずれ、この新大陸中に轟くことになる名前だぜ」
アレンが負けじと言い返す。
エンドカーヴァー対インビジブル・ボーダー。やめてくれ。いたたまれなさで呼吸が苦しくなってきた。
「ふふふ。よく吠えるガキだ。この場で実力の差を分からせてやろうか?」
銀髪の男がナイフとフォークをテーブルに置き、拳を握る。
「ガーランド、やめておけ。もう行くぞ。集合時間に遅れる」
仲間の一人に窘められ、銀髪の男、ガーランドは渋々といった様子で拳を収めた。
「命拾いしたな。もっとも、あの蜘蛛に挑むのなら、その命、長くはないだろうが」
そう言い残し、ガーランドと【終焉を刻む者】の三人は席を立ち、レストランから去っていった。クランハウスに戻ったのだろうか。
緊張感が霧散し、ミリアが「ふう」と息を吐いた。
「嫌な感じの人達でしたね。師匠のこと馬鹿にしてたし」
「奴等より先に依頼を達成して、吠え面をかかせてやろうぜ!」
「ああ。俺達がやつらに終焉を刻んでやろう」
三人が意気込んでいると、「お待たせいたしました」と給仕が料理を運んできた。
運ばれてきたのは『黄金色に輝く大地の衣を纏いし豊穣豚の揚げ焼き ~細切り翡翠菜と発酵大豆のスープを添えて~』らしきお勧めランチ。
要するに、分厚い豚肉にパン粉をつけて揚げたものと、山盛りの千切りキャベツ、そして発酵大豆スープと白米のセットだった。旧大陸の東部で有名なメニュー、「とんかつ定食」であった。
「うわぁ! お肉がサクサクで美味しいです!」
「衣に甘みがあって、ご飯が進むぜ!」
「この発酵スープも、五臓六腑に染み渡る……」
三人は宮廷料理という思い込みで、目を輝かせてトンカツを頬張っている。
俺もサクッと一切れかじってみる。……うん、油が少し重いが、ジャンクで気取らない美味さだ。労働者の味方という感じがする。
「細切り翡翠菜と発酵大豆のスープはお替りができます」
すっと現れた給仕の声に三人は大喜び。キャベツの千切りと発酵大豆スープを何度もお替りする。
俺は一人食べ終えて、食後の茶を啜りながら、先ほどの銀髪の男の顔を思い浮かべていた。
……面倒なことにならなければいいが。
未知のモンスターの討伐に、痛い名前のクランとの競争。
俺は小さくため息をつき、もう一口、茶を啜った。