二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める   作:おじさん

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第11話 決戦前夜、ステーキを焼く

 旧大陸から新大陸に人が移り住むようになってまだ十数年。

 

 新大陸では今も物凄い速度で、至る所に集落が作られているらしい。

 

 そのため、住宅用木材の需要は凄まじい。

 

 人々は住宅用の木材を奪い合うような状況だとか。

 

 ギルド職員にこの話を聞いたとき、俺はふと疑問を持った。

 

 始まりの港町から三十分も歩けば、鬱蒼とした森がある。木材には全く不自由しなさそうだが、なぜ奪い合うのか? と。

 

 しかし、話はそれほど単純ではないらしい。

 

 人間に向き不向きがあるように、木にも向き不向きがあるそうだ。

 

 真っ直ぐで、圧縮に強い木材が大工には好まれる。

 

 その辺の森の木を適当に伐採して使えばいい、というわけではないらしいのだ。

 

「見えてきたな」

「はい」

 

 天に向かって真っすぐ伸びる樹々が、視界を覆うように広がっていた。

 

 住宅用建材として新大陸で重宝されている「スギ」の森だ。

 

 始まりの港町から南へ一時間ほど行ったところにある。

 

 今回、蜘蛛型モンスターが現れるという伐採場は、このスギの森を切り開いて作られたものだ。

 

 恐らく、モンスターのテリトリーの奥深くにまで、木こりが無理に伐採場を広げてしまったのだろう。

 

「ゼノス、モンスターの反応は?」

 

 歩きながら魔力波による探知を行っていたゼノスに尋ねる。あの特訓以来、ゼノスは斥候としての技術を飛躍的に高めていた。

 

「近くにモンスターの反応はありません。ただ……」

「どうした?」

「人間がいます。二十人ほど」

 

 アレンとミリアが顔を顰めた。

 

 五つの冒険者パーティーが壊滅させられるようなモンスターが現れる危険地帯に、一般の木こりがいるわけがない。

 

 ゼノスが見つけた二十人はおそらく冒険者。それも、俺達と同じ討伐依頼を受けた奴等だろう。

 

「【終焉を刻む者(エンドカーヴァー)】か!」

 

 アレンが忌々しそうに声を荒げる。

 

「随分と大所帯なのね」

 

 ミリアの言う通りだ。どうやらレストランでガーランドが豪語していた通り、本当にエンドカーヴァーは新鋭の大手クランらしい。

 

「よし! さっさと行くぞ!」

 

 手柄を先を越されるのを恐れているように、アレンが駆け出す。

 

「戦闘を行っている気配はない」

「それでも急ぐぞ!」

 

 ゼノスが冷静に言っても、血の気のあるアレンが聞き入れる様子はない。

 

「仕方がない。追いかけよう」

「はい!」

 

 小さくなるアレンの背中を見失わないように、俺達はペースを上げて後を追った。

 

 

 

 

 森を抜けると、不自然にぽっかりと開けた空間に出た。

 

 枝を綺麗に落とされ、住宅用として加工しやすい長さに切り揃えられた真っ直ぐな丸太が、あちこちに整然と山積みになっている。ここが目的の伐採場だ。

 

 だが、本来なら木こりたちが汗を流しているはずの広場には、物々しい武装をした集団が陣取っていた。

 

 広場の中心には、立派な布地で作られた天幕がいくつも張られ、野営地が形成されている。二十人規模のクランが拠点にするには十分な設備だ。

 

「おい、誰か来たぞ」

「なんだ? 冒険者か?」

 

 アレンを先頭にして俺達が伐採場に近づくと、野営地を警備していたエンドカーヴァーのメンバー達が、剣の柄に手をかけながら威嚇するような視線を向けてきた。

 

「ガキ共、本当に来たのか?」

 

 天幕の一つから、銀髪に浅黒い肌の男――ガーランドが、面倒くさそうに首を鳴らしながら歩み出てきた。「さっさと帰れ」とでも言いたげな態度だ。

 

「当たり前だろ! 俺達も討伐依頼を受けたんだ」

 

 アレンが臆することなく言い返す。

 

 ガーランドはアレンから鼻で笑って視線を外すと、後ろを歩いていた俺をねっとりと睨みつけた。

 

「おい、おっさん。こいつらを連れて帰ってくれ。目障りだ。お前みたいなロートルは、大人しく引っ込んで庭木でもいじってな。こんなところにいても、ガキ共もろとも、蜘蛛の餌になるだけだぞ? それとも、俺たちが蜘蛛を倒した後の戦利品でも拾いに来たか?」

 

 随分な言いようだ。

 

「断る」

「どうしてもか?」

「あぁ」

 

 俺が面倒くさそうに、しかしハッキリと拒絶してじっと睨み返すと、ガーランドの顔から一瞬だけ余裕が消えた。

 

 旧世界時代の威圧感を、無意識の内にほんの少しだけ漏らしてしまったかもしれない。

 

「……チッ。まあいい、死にたきゃ勝手に死ね」

 

 ガーランド達は毒づきながら根負けしたように背を向け、自分たちの天幕へと引き返していった。

 

「よし。俺たちも野営の準備をしよう」

 

 俺が指示を出すと、三人はすぐに動いた。三十日間のしごきは戦闘技術だけでなく、野外活動の基礎にも及んでいる。

 

 アレンとゼノスが手際よく丸太の陰に風避けの天幕を張り、ミリアが手頃な石を集めてきて、あっという間に立派な竈を組み上げた。

 

「師匠、火の準備できました!」

「では、メシにしよう」

 

 俺は腰のマジックポーチに手を突っ込み、本日の夕食の食材を取り出した。

 

「わあ……! それ、この前倒したマッドボアのお肉ですか!?」

 

 ミリアが歓声を上げる。

 

「ああ。討伐してからしばらくマジックポーチの中で寝かせておいた。いい具合に熟成されているはずだ」

 

 分厚く切り分けられた、霜降りの赤身肉。それを俺は、熱した竈の網の上に豪快に乗せた。

 

 ジューーーッ!

 

 途端に、暴力的なまでに食欲をそそる脂の焼ける音と、香ばしい煙が伐採場に立ち上る。

 

 マジックポーチから取り出した旧大陸の岩塩と黒胡椒をパラリと振りかけると、肉の旨味がさらに引き出され、周囲一帯に堪らない匂いが漂い始めた。

 

「ごくり……」

「すげえ美味そうな匂い……!」

 

 アレンとゼノスが、網の上のステーキを凝視して喉を鳴らす。

 

 ふと視線を感じて振り返ると、遠くの天幕で硬い干し肉や豆のスープを啜っていたエンドカーヴァーの連中が、こちらを憎々しげに――いや、明らかに羨ましそうに睨みつけていた。

 

 野営における美味い飯は、何よりの士気向上に繋がる。

 

「ほら、焼けたぞ。食え」

「「「いただきます!!」」」

 

 俺たちは焚き火を囲み、滴る肉汁に舌鼓を打ちながら、英気を養った。

 

 やがて太陽がスギの森の向こうへと沈み、伐採場に深い夜の闇が降りてくる。

 

 遠くで鳴く夜行性のモンスターの声と、パチパチと爆ぜる焚き火の音だけが響く。

 

 決戦を控えた、静かな野営の一日目が、こうして更けていった。

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