二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める 作:おじさん
伐採場での三日目が終わろうとしていた。
開けた空は深い茜色に染まり、その名残惜しそうな光が俺達の顔にまで届く。
赤い光と、長く伸びる黒い影だけの世界が広がった。
陽が沈むにつれ、急激に気温が下がる。
「寒くなってきましたね」
ミリアが竈門で火を起こし始めた。
夕食の準備も兼ねて、ちょうどいい。
スギの丸太の横に積まれていた間伐材を竈門に焚べると、すぐにパチパチと心地よい音がし始める。
すっかり火が安定した頃、周囲の偵察に出ていたゼノスとアレンが戻ってきた。
「どうだった?」
俺が尋ねると、ゼノスが周囲を警戒するように声を顰めて話し出す。
「……生き物の気配が、極端に少なくなっています」
「まるで、何かから逃げ出したようにか?」
ゼノスは無言で頷く。後ろに立つアレンも、いつになく険しい顔だ。
「よし。さっさと夕食にして夜に備えよう。今晩は長くなるかもしれない」
「はい」
ゼノスが前日に狩りで仕留め、血抜きをしておいた野鳥の肉を使い、素早く鍋を作る。
冷えた体に温かい出汁が染み渡るはずだが、今日ばかりは全員、味をほとんど感じていないようだった。手早く胃袋に詰め込み、すぐさま臨戦態勢を整える。
やがて、完全な夜が伐採場にやってきた。
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「焚き火を見るな。目を闇に慣らしておけ」
【夜目】のスキルを持たない三人に、静かに注意を促す。
「そうでしたね」
強張った顔のミリアが、弾かれたように焚き火から目を逸らし、漆黒に沈んだスギの森に視線を向けた。
ゼノスが感じた森の異変。
それはきっと、この生態系の頂点に立つ強力なモンスターが現れる前触れだ。
夜が深まるにつれ、三人は口数が極端に少なくなっていた。
「【終焉を刻む者】の奴等、いつも通りだな」
張り詰めた緊張を誤魔化すように、アレンがぽつりとこぼす。
確かにその通りだった。
少し離れた彼らの野営地では、見張りが五人出ているものの、呑気に煌々とした焚き火を囲んで楽しそうに談笑している。これでは暗闇から忍び寄る脅威に気づけるはずがない。
残りのメンバーは天幕の中で寝息を立てているのだろう。いや、立てている。魔力で聴覚を強化した俺には、その無防備な音がはっきりと聞こえてくるのだから……。
「……ッ!」
突如、スギの森に向けて絶え間なく魔力波を打ち続けていたゼノスが、短く息を呑んだ。
魔力波が、無数の『何か』にぶつかって乱反射しているのだ。
「抜け」
俺の短い指示に、三人が一斉に武器を構える。
アレンが盾を前に出し、ゼノスが矢をつがえ、ミリアが両手で杖を握り締める。そこに一切の無駄な動きやパニックはない。三十日間のしごきは、確実に彼らの血肉となっている。
「数は?」
「……三十、四十、五十……いや、もっとです。群れが、一気に押し寄せてきます!」
ゼノスがいつになく感情を昂らせた。先制攻撃の機会は今しかない。
「ミリア、魔弾を」
「はいっ」
ミリアが森に向かって、真っ直ぐに杖を構える。
回復魔法と補助魔法しか使えないミリア。唯一、攻撃として使えるのは、ただ魔力を丸く固めただけの初級魔法【魔弾】だけだ。
しかし、同世代としては飛び抜けて膨大な魔力を持つミリアにとっては、それで充分だった。
右手に構えた杖の前方、中空に極限まで圧縮された高密度の魔弾が数十個、円陣を描くようにズラリと並ぶ。
ただ撃ち出すだけではない。一つ一つの魔弾が、ドリルちっくに凄まじい速度で回転している。俺が教えた「貫通力を高める基礎の応用」を完璧に体現していた。
ゼノスが前方の一点を指差す。そして、鋭く口を開いた。
「撃て」
ドドドドドドド……!!
空気を切り裂く轟音と共に、数十の回転魔弾がスギの森の暗闇へと吸い込まれていく。
「ギィヤァアアアアッ!」
「キチィッ! キギィイイッ!」
直後、木々をへし折る音に混じって、甲高いモンスターの断末魔が暗闇の奥からいくつも弾け飛んだ。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「おい、武器を取れ!」
突然の爆音と悲鳴に、エンドカーヴァーの野営地が一気にパニックに陥る。天幕から飛び出してきた冒険者たちが、寝ぼけ眼で右往左往していた。
カチカチカチカチッ。
無数の硬質な足音が、森の境界から一斉に溢れ出す。
「ひぃっ!? く、蜘蛛だ!」
誰かが慌てて掲げた魔道具の光が、その姿を照らし出した。
人間と変わらない高さの、脚の長い異形の蜘蛛。
その身体は鈍い銀色に輝いており、まるで全身が金属で出来ているかのように、魔道具の光を硬質に反射していた。
「クソ! 斬れねえ、硬いぞ!」
「メイスを使え! 叩き潰せ!」
終焉を刻む者たちへと襲いかかったメタルスパイダーの群れは、彼らの振るう剣を容易く弾き返し、鋭い鋼の脚で次々と冒険者たちに襲い掛かる。ガーランドの焦燥に満ちた怒鳴り声が空しく響いていた。
「アレン、来るぞ」
俺達の天幕の近くにも、メタルスパイダーが数体、カチカチと不気味な音を立てて殺到してきた。
「任せろ!」
アレンが深く腰を落とし、丸盾を構える。
メタルスパイダーが巨体を躍らせ、槍のような前脚でアレンへと突進してきた。
ガァァアアアンッ!!
アレンの魔力と同期した丸盾の表面で、激突の衝撃が爆音へと変換される。
鋼の蜘蛛はその衝撃波をもろに浴びて体勢を崩し、無様にひっくり返った。
「ミリア!」
「はいっ!」
ミリアが杖を振り抜く。
アレンが転がしたメタルスパイダーに、回転力を伴った魔弾が次々と炸裂し、その命を的確に刈り取っていく。
ゼノスもまた、金属の甲殻に弾かれないよう、矢の先端に限界まで魔力を纏わせ、装甲の薄い眼球だけを冷酷に射貫く。
エンドカーヴァーが混乱する横で、俺たちは一歩も引かず、着実にメタルスパイダーの数を減らしていた。先がみえてくる。
「……うん?」
突然、ひやりとした悪寒が背筋を駆け抜け、強烈な胸騒ぎがした。
森の最奥から……これまでの蜘蛛とは比較にならない、圧倒的で邪悪な魔力を感じる。
「師匠……」
「あぁ。来るぞ」
感知に長けたゼノスも、顔面を蒼白にしてその異変に気がついたようだ。
伐採場に、生ぬるく、ひどく淀んだ強い風が吹いた。
「ぎゃぁぁぁああああっ!」
直後、エンドカーヴァーの野営地から、これまでで最も悲惨な男の悲鳴が上がった。
一瞬で空気に濃密な血の匂いが混ざる。
雲が晴れ、月光が伐採場を照らし出した。
高く積み上げられたスギの丸太の上に、その異形はいた。
巨大な鋼鉄の蜘蛛。その頭胸部から、人間の女のなまめかしい上半身が生えている。
アラクネ。
しかし、ただのアラクネではない。メタルスパイダーと同じように、その女の肌すらも硬く冷たい金属の光沢を放っている。
メタルアラクネ、とでも呼ぶべきか。
その絶望的な存在は、冷酷な黄金の瞳で俺たちを見下ろしながら、両手に持っていた『エンドカーヴァーメンバーの首』を、ゴミでも扱うようにポイッと地面に投げ捨てた。
ゴトリ、と。
首が転がる音が、静まり返った伐採場に不気味に響き渡った。