二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める   作:おじさん

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第13話 閃光と影

 ドスンッ! という重たい地響きと共に、メタルアラクネが丸太の山から伐採場へと降り立った。

 

 周囲にいた小型のメタルスパイダー達は、主の降臨に合わせるようにすっと距離を取る。まるで、これから起こる凄惨な惨劇に巻き込まれるのを恐れるかのように。

 

 エンドカーヴァーのメンバー達は、首を失った仲間の亡骸を前にして、完全に戦意を喪失したようにガタガタと震えながら立ち尽くしている。動ける者は誰もいない。

 

……これは、俺達がやるしかないな。

 

「スピードに乗せると厄介だ。俺とアレンで動きを止める。ミリアとゼノスは奴の脚を潰してくれ」

「「「はいっ!」」」

 

 三人がそれぞれの役割を果たすべく即座に動くのを確認し、俺とアレンはメタルアラクネの正面へと躍り出た。

 

 隣に立つアレンの息が荒い。初めて対峙する圧倒的な強敵を前に、その身体は緊張で強張っている。ほんの三十日前のアレンなら、一瞬で消し飛ばされていただろう。

 

 だが、元々アレンにはタンクとしての類稀なる才能があった。どんな凶悪なモンスターを前にしても、決して背を向けずに正面からぶつかる圧倒的な胆力。こればかりは後からどれだけ訓練しても鍛えられるものではない。これがあるからこそ、アレンはパーティーの強固な盾として急成長出来たのだ。

 

 二人で深く腰を落とし、左腕の丸盾に魔力を纏わせる。魔力制御により、盾の表面に不可視の強靭な魔力盾が形成されていく。

 

 メタルアラクネが、その無数にある蜘蛛の複眼でじっと俺達を観察していた。やがて、その人型の顔がニヤリと醜く笑って歪む。

 

「来るぞ!」

 

 瞬間、メタルアラクネの巨体が弾かれたように突進してきた。鋼鉄の脚が地を削り、凄まじい質量兵器となって正面から激突してくる。

 

 俺とアレンは並び立ち、寸分の狂いもないタイミングで魔力盾を突き出した。

 

 ゴオォォォォオオオンッ!!!

 

 激突の瞬間、大気を震わせる巨大な鐘の音が伐採場に鳴り響いた。アラクネが放った文字通りの『致命的な一撃』の運動エネルギーが、魔力盾のクッションによって強制的に爆音へと変換される。

 

 強烈な衝撃波の音がアラクネ自身の脳髄を揺らし、その圧倒的な突進がピタリと力ずくで止められた。

 

「今だ!」

 

 俺の鋭い号令に、後衛の二人は返事をする代わりに、極限まで練り上げた魔弾と矢をそれぞれ同時に放った。

 

「ギ、キシャァァァッ!」

 

 金属の強固な装甲の僅かな隙間、その関節の薄い皮膜を縫うように、ミリアの回転魔弾とゼノスの魔力矢が完璧に着弾し、アラクネは耳を劈くような悲鳴を上げた。

 

 初めて痛みを知ったかのように驚愕の表情を浮かべ、アラクネはたまらず俺とアレンから距離を取るように大きく後退する。

 

「さぁ、どうする? 逃げるのか?」

 

 あえて挑発するように声をかけると、メタルアラクネはキッと黄金の瞳を剥いてこちらを睨みつけた。激怒した証拠に、その巨体に禍々しい赤黒い魔力が揺らめき始める。大気が目に見えて歪むほどの、圧倒的なプレッシャー。

 

「ブシャァァアアアッ!」

 

 アラクネが再び地を蹴った。一回目とは比較にならないほどの速度と、凶悪な魔力を纏った突進。

 

 俺とアレンはもう一度盾を合わせ、全魔力を注ぎ込んで受け止める。

 

 バガァァァァァァンッ!!!!

 

 鼓膜が破れんばかりの爆音が炸裂し、凄まじい衝撃の余波で、俺とアレンの足元の地面が円形に大きく陥没した。

 

 しかし、アレンは歯を食いしばり、一歩も退かずにアラクネの質量を支えきってみせた。これほどの威力をまともに止められるとは夢にも思わなかったのだろう、アラクネの顔に明確な驚愕の色が走る。

 

 その隙を、優秀な弟子たちが逃すはずがない。

 

「いっけぇぇぇええっ!」

 

 ミリアが放った超高回転の魔弾群と、ゼノスが放った精密無比な三連射の矢が、アラクネの左前脚の関節へ容赦なく集中砲火を浴びせた。

 

 ベキバキィッ! と金属がへし折れる凄まじい破壊音が響く。

 

「ギ、キシャァァァッ!」

 

 アラクネの太い脚の内、一本が根本からへし折れ、だらんと力なく地面に転がった。

 

 じわじわと削られていくアラクネが、焦ったような金切り声を上げる。

 

 いける。確かな手応えが手の平から伝わってくる。

 

 どんなに硬く、どんなに速い強敵であっても、前衛が確実に動きさえ止めてしまえば、ミリアとゼノスの的確な攻撃は確実に通る。この連携を愚直に続けていれば、俺達の勝利は間違いない。

 

 三度目のアラクネの突進も、俺達はなんなく受け止める。脚を減らしたことで、奴の踏み込みのバランスが完全に狂っているのが分かった。さらに一本、二本と、ミリアたちの連携によって鋼鉄の脚が容赦なく破壊されていく。

 

 アラクネの動きが目に見えて鈍った、まさにその瞬間だった。

 

「今だ、エンドカーヴァー! 前へ出ろォ!」

 

 突如として、野営地の端からガーランドの声高らかな号令が響き渡った。

 

「うおおおおっ!」

 

 それまで竦んでいた十人以上のメンバーが、一攫千金の手柄に目を眩ませて一斉に動き出す。その意図は明白だった。俺たちが完璧に追い詰め、削りに削った獲物の「トドメの美味しいところだけを刺しに来た」のだ。

 

 エンドカーヴァーのメンバー達が俺たちの前に割り込み、アラクネを遮るようにして大盾を構えて強引な壁を作り出した。

 

「邪魔だ、どけ!」

 

 アレンが怒鳴り声を上げるが、欲望に目の眩んだエンドカーヴァーの壁は微動だにしない。ガーランドがその隙間から真正面へと強引に突っ込んでいく。

 

 しかし、アラクネはまだ完全に弱り切ってはいない。窮地に陥ったことで、かえってその凶暴性を限界まで跳ね上げていた。

 

「キシャァァアアッ!」

 

 アラクネが残った五本の脚で不気味に身震いすると、人型の手から、周囲の光を吸い込むような漆黒の魔力の糸を大量に放出した。

 

「な、なんだこれ!? 手が動かない!」

「くそっ、絡みついて身動きがとれねえ!」

 

 手柄を焦って密集していたエンドカーヴァーの壁は、回避するスペースもなくその粘着質の魔糸に絡め取られ、一瞬で芋虫のように身動きがとれなくなってしまった。

 

「これはマズイぞ……」

 

 また死人が出る。そう直感した瞬間、アラクネは残った脚を軸にして、独楽のように凄まじい速度で大回転を始め、鋼の脚による全方位の薙ぎ払いを放った。

 

「ぎゃぁっ!」

「うわぁぁあっ!」

 

 無惨な悲鳴が夜の空に木霊する。糸で拘束されていたエンドカーヴァーの数人が、盾ごと叩き割られて紙屑のように宙を舞い、四方へと吹き飛んでいった。

 

 一撃で完全にパニックになったエンドカーヴァーの陣形が崩れ、生き残った連中が四散する。

 

 それに呼応するかのように、夜空の月が厚い雲の向こうへと完全に隠れてしまった。

 

 明かりが消え、一瞬だけ、アラクネの巨大な姿が闇に溶けて曖昧になる。

 

「ヒィ!」

 

 その直後、後方からミリアの短い悲鳴が上がった。

 

 しまった……。完全に油断した。

 

 アラクネは、自身の脚を次々と破壊した「一番の脅威」であるミリアに完全に狙いを絞っていたのだ。

 

 エンドカーヴァーが引き起こした最悪の混乱に乗じ、アラクネの鋭い前脚が、闇に紛れて彼女の華奢な身体へと肉薄していた。

 

 あまりの恐怖にミリアは棒立ちとなり、その視界を完全に覆い尽くすように、鋼鉄の巨体が迫り来る。

 

「ミリアッ!」

 

 アレンとゼノスの、届かない場所からの悲痛な叫び。

 

「――師匠」

 

 絶体絶命の瞬間、尻餅をついたミリアは、恐怖の化け物ではなくただ真っ直ぐに俺を見つめ、一切の疑いを持たない、確かな信頼の光を瞳に宿して俺の名前を呼んだ。

 

「……仕方ない」

 

 二つ名がバレるのは本気で御免だが、弟子を死なせるわけにはいかない。

 

 俺はマジックポーチの中に手を突っ込むと、旧大陸の特製『閃光弾』を取り出し、アラクネの頭上に向けて全力で投げつけた。

 

 カッ……!!!

 

 強烈な白い閃光が伐採場を真昼のように爆発的に照らし出し、敵味方問わず全員が思わず目を激しく庇う。

 

 そして、その強すぎる光は、メタルアラクネの足元の地面に「ハッキリとした濃く太い影」を強制的に生み出した。

 

 俺は指先だけで極小の魔力を鋭く練り上げる。

 

【影縫い】

 

 ズンッ、と。

 

 アラクネの巨体が、足元に伸びた自身の影に見えない大釘を打たれたように、完璧にその場で完全硬直した。空間そのものに固定されたかのように、ピクリとも動かない。

 

「な、なんだ!?」

 

 何が起こったか分からず、目を擦りながら狼狽える周囲の冒険者たち。

 

 だが、その強烈な光の陰で、息を潜めてチャンスを狙っていた男が一人だけ、この絶対の隙を見逃さなかった。

 

「もらったァァァァッ!!」

 

 丸太の影から弾かれたように飛び出してきたガーランドが、完全硬直して無防備になったアラクネの複眼めがけて、真横から一直線に突進した。

 

 ズブゥッ!

 

 ガーランドの長剣が、唯一装甲の無いアラクネの眼球へと深々と突き刺さる。さらに彼が狂ったように剣に全魔力を込めると、刃から激しい炎が噴き出し、アラクネの頭部を内部から容赦なく爆発的に焼き尽くした。

 

「ギ、ギャ、ガァァアアア……ッ!」

 

 内部からドロドロに溶けるような断末魔の絶叫を上げ、巨大なメタルアラクネはついに力尽き、地響きを立ててその場に崩れ落ちて沈黙した。

 

「はぁ、はぁ……見たか! 俺が、この新鋭クラン【終焉を刻む者(エンドカーヴァー)】のガーランドが、この化け蜘蛛を仕留めたぞ!」

 

 ガーランドは血と煤に塗れた剣を高く掲げ、勝ち誇ったように自分の手柄を大声で宣言した。

 

 割り込み方は最悪だったが、あの刹那の隙を見逃さずに仕留めたあたり、それなりの実力はあるらしい。しかし、あまりにも面の皮が厚すぎる。

 

「ふざけるな! テメェらが邪魔しなければ、俺たちだけで完璧に倒せてたんだぞ!」

 

 アレンが顔を真っ赤にして激怒し、ガーランドの胸ぐらをつかまんと詰め寄ろうとする。

 

「アレン。やめろ」

 

 俺はアレンの肩を上からガシッと掴み、静かに首を振った。

 

「師匠! でも、あいつら……!」

「トドメを刺せなかった。それが冒険者ギルドにおける厳然たる事実だ」

 

 俺は周囲を見渡す。ガーランドの一撃は見事だったし、結果として俺の影魔法の件も有耶無耶なった。

 

「俺たちがまだまだ未熟だった、ただそれだけのことだ。……仕方がない。全員が生き残っただけでも良しとしようじゃないか」

 

 俺が静かな、大人の余裕を含んだ声で窘めると、アレンは悔しそうに奥歯を噛み締め、拳を小刻みに震わせながらもゆっくりと剣を鞘に収めた。ミリアとゼノスも、悔しさを滲ませながら無言で深く俯いている。

 

 彼らにとってはひどく苦い経験になっただろうが、新大陸という理不尽な地で生きていくなら、こういう泥をすするような結果も飲み込まなければならない。それが成長への糧になる。

 

 やがて、遠くの山の稜線が白み始めた。

 

 冷たい夜風が伐採場を吹き抜けていき、激闘の余韻を残した戦場に、静かで美しい夜明けの光が差し込み始めていた。

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