二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める   作:おじさん

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第14話 勝者だけが称えられる

 伐採場から戻り、始まりの港町の宿で泥のように眠ったら、もう次の日の朝だった。

 

 まるで現役時代に戻ったかのような徹夜の強行軍。

 

 頭では分かっているつもりでも、四十歳に差し掛かろうとする老体にはなかなか応えた。

 

 ギシギシと軋む身体を無理やり起こし、硬いベッドから降りる。

 

 俄かに腹の虫が鳴り空腹を覚えたため、一階の食堂に向かうと、すでに赤髪と青髪、金髪の三つの頭が並んでいた。

 

 ミリアがすぐに俺に気がつき、花が咲いたような笑顔で手を振ってみせる。

 

「おはようございます!」

 

 やはり若者は回復が早い。昨晩、あの絶望的なメタルアラクネとの死闘を繰り広げたのが遠い昔だったかのように、元気にしている。

 

 テーブルにつき、アレンとゼノスの様子を伺った。

 

 アレンはどこか不貞腐れたように頬杖をついており、ゼノスはいつも通り無表情だが、僅かに目元に疲労の色が残っている。

 

「アレン、腕は大丈夫なのか?」

「ミリアに回復魔法を掛けてもらったから平気だ。痛みも全然ねえよ」

 

 アラクネとの戦いのあと、アレンは盾を構えていた左腕を激しく痛めていた。大質量の突進を真正面から何度も止めた代償だ。普通なら、腕の骨が粉々に砕けていてもおかしくない衝撃だった。

 

「ゼノスは?」

「身体は平気です。ただ、持っていった矢の大半を失ったのは痛いですけど」

 

 矢羽の消費問題は、弓使いにとっては常について回る死活問題だ。アラクネの討伐報酬を期待していただけに、懐事情としては辛いところだろう。

 

「アラクネ討伐の功績は持っていかれたが、俺たちが倒した小蜘蛛の魔石や素材があるから、当面の資金はその辺で大丈夫だろう。蜘蛛の装甲を武具屋に持っていけば、そのまま鋭い鏃に加工してくれるはずだ」

 

 俺の言葉に、ゼノスは少し安心したように無言で頷いた。

 

「よっ! 若者とおっさん! 今日の朝食プレートはお前らが昨日狩ってきたマッドボアが食材だぞ!」

 

 獣人の女給が、頼む前から山盛りの朝食プレートを運んできた。豪快な肉の匂いと共に、一気にテーブルの雰囲気が明るくなる。

 

「おい、赤毛の! なんでそんなクサクサした顔してんだよ!?」

 

 獣人の女給は、冴えない顔のアレンの背中をバンバンと叩いて弄り始めた。

 

「俺達が限界まで追い詰めたモンスターを、別の冒険者クランに横取りされたんだよ」

 

 昨晩の理不尽な光景を脳内で思い出しているのか、アレンの顔にありありと悔しさが広がる。

 

「へっ、ツメが甘いね! ダセーの!」

「なんだと!」

 

 二人はワイワイと言い合いを始め、食堂を朝から賑やかにした。

 

 それを見ながら、俺は朝食プレートの肉を平らげる。

 

 ふと、あたりを見渡すと、いつもの席で茶を啜っている老翁と目が合った。俺は立ち上がり、淡い期待を込めて話し掛ける。

 

「この町で、おすすめの武具店ってありますか?」

「ふむ」

 

 老翁は予めその質問が来ることをわかっていたかのように深く頷き、懐から羊皮紙を出してサラサラとメモをしたためた。

 

 そして静かに立ち上がり、俺達のテーブルにそのメモをコトリと置き、「ここへ行くがいい」とだけ残して、風のように食堂から立ち去っていった。

 

「一体、何者なんでしょう?」

 

 ミリアが俺の心を読んだかのように、老翁の背中を見送って呟いた。

 

「旧大陸では、それなりに身分のあった人かもな」

 

 どんな安飯を食っていても崩れない上品な振る舞いや、隙のない歩き方がそう思わせた。

 

「さっ! 冒険者ギルドに魔石を売って、その武具屋に行こうぜ!」

 

 アレンがプレートを平らげ、勢いよく立ち上がる。

 

 腹を満たしたことで少しは気分が晴れたようだ。俺達は身支度を整え、朝の活気に満ちた港町へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 世の中には、どうしようもなくタイミングの悪い奴がいる。

 

 アレンか、ミリアか、ゼノスか。三人のうちの誰か。もしくは俺を含めた全員かもしれない。

 

 今回のよくないタイミングというのは、討伐したメタルスパイダーの魔石を換金しようと、冒険者ギルドの扉を押し開けた時のことだ。

 

 ギルドの中心にある受付カウンターに居たのは、見覚えのある銀髪の男。【終焉を刻む者(エンドカーヴァー)】のガーランドと、その取り巻きの仲間達だった。

 

 ギルド内の冒険者たちの視線は、ガーランド達に一点集中している。入り口に立ったこちらに気付くものは皆無だ。

 

 ガーランドは血濡れた依頼票を取り出してカウンターに置いた。そして、その横にドンッと、両手で抱えるほど巨大で、禍々しい輝きを放つ魔石を並べた。

 

 いつもの男性職員が、驚愕で顔を引き攣らせて口を開く。

 

「ま、まさか、もう討伐したのか? あの伐採場の化け物を……!?」

 

 ガーランドは得意げに前髪をかきあげ、ギルド中の注目を集めているのを確かめるように勿体ぶってから、よく通る声で答えた。

 

「あぁ、そうだ。五つのパーティーを全滅させた、鋼の装甲を纏った巨大なアラクネを討ち取ったのは、俺達【終焉を刻む者】だ! その魔石を鑑定すればわかる筈だ!」

 

 すぐさま、ギルド内が熱狂した。

 

「おおおおおおっ!!」

「マジかよ! あんな短期間で!?」

「やはり、エンドカーヴァーはすげえぜ……!」

 

 割れんばかりの歓声とどよめきが響き渡る。冒険者達は口々にガーランド達の武勇を褒め称える。

 

 職員は震える手で鑑定を終えると、たっぷり金貨が入っているだろう重たい麻袋を三つもカウンターに置いた。

 

 ガーランドがその重さを確かめ、ニヤリと傲慢に笑った。

 

「よし! お前ら、今日は派手に飲むぞ!」

「「「うおおおおっ!!」」」

 

 ガーランドに引き連れられて、エンドカーヴァーのメンバー達が英雄のように冒険者ギルドを去っていく。

 

 すれ違いざま、俺達に一瞥をくれることもなく。

 

 かつての俺も、ああだったのかもしれない。強さを誇示し、名声を集め、二つ名を背負って。……今思えば、随分と軽かったな。

 

「……クソッ!」

 

 アレンがブーツで力一杯、ギルドの床を踏み付けた。事情を知らない外野からみたら、ただ嫉妬に狂った哀れな負け犬に見えただろう。

 

「早く換金しちゃおうよ」

 

 ミリアに優しく腕を引かれ、アレン達は静まり返りつつあるカウンターの前に立つ。

 処理を終えたばかりの職員が、アレン達の悔しそうな顔に気付いた。

 

「お前らか……残念だったな。先を越されて」

「あいつら……!」

「やめよう、アレン」

 

 ガーランドの蛮行を喚き散らそうとしたアレンの肩を、普段は静かなゼノスが強く掴んで止めた。

 

 ゼノスは首を横に振り、「言ってもみじめになるだけだ」と目で伝えている。

 

 アレンは奥歯が砕けそうなほど強く噛み締め、乱暴にリュックを下ろすと、小型のメタルスパイダーから回収した魔石をジャラジャラとカウンターに出し、換金を頼んだ。

 

「この魔石は……」

 

 それを見た瞬間、慰めの言葉をかけようとしていた職員の顔色が変わった。

 

 職員は、先ほどガーランドが置いていった「巨大な魔石」の残滓と、アレンが出した「数十個の小さな魔石」を交互に見比べた。

 

 大きさこそ違えど、そこに内包された魔力の波長、金属特有の冷たい輝きの純度が、完全に一致していたからだ。

 

「……お前たち……」

 

 職員が何か真実に気がついたような、鋭い視線を向けてくる。

 

 だが、アレンは最後まで悔しそうに顔を伏せたまま、何も答えなかった。

 

 どれだけ過程が理不尽であろうと、ギルドで賞賛を受けることが出来るのは、結果を残した者だけだ。味方を出し抜き、踏み台にしてでも、最後に成功を掴んだ者が勝者となるのが、この泥臭い冒険者の世界なのだから。

 

 換金された僅かな銀貨を受け取り、俺たちは逃げるように冒険者ギルドを立ち去った。

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