二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める   作:おじさん

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第15話 地下ギルドの緊急会議

 始まりの港町。その裏路地のさらに奥深く、光の届かない地下室に、三人の男女が円卓を囲んでいた。

 

 新大陸における非合法な情報の売買、裏社会の調整を担う『地下ギルド』の幹部たちである。

 

 常に冷静沈着であるはずの彼らだが、今日の円卓を包む空気は、ひどく重く、息苦しいものだった。

 

「――それで? あの『影を喰らいし虚無の暗殺者(シャドウイーター)』が旧大陸からこの町に現れて、はや二ヶ月。何か変わったことはないの?」

 

 ヴィルたちが滞在している安宿の女店主であり、裏では情報屋の顔を持つ女、会員Yが、忌まわしい名前を口にするのすら恐れるように声を潜めて尋ねた。

 

「……ワシが毎朝、あんたの宿の食堂で監視しておるが、今のところは大人しくしておる」

 

 会員G――ヴィルがよく朝食をとる食堂に居座っている、あの老翁――が、額に滲んだ冷や汗をハンカチで拭いながら答える。

 

「最初は海や湖で釣りばかりして、暇を持て余しておったようだが、最近はなんと弟子をとった。あの殺戮マシーンが、弟子の育成に生きがいを感じているらしいんじゃ」

「暗殺者が後進の育成……? 最近一緒に行動している若い冒険者は弟子だったのね。気を付けないと……」

 

 会員Yは腕組みして考え込む。

 

「というより……あんたの宿の食堂で働いとる獣人の娘! シャドウイーターを雑に扱いすぎじゃろ!? 『どうせ暇なんだろ』などと気安く肩を叩いた時は、ワシは心臓が止まるかと思ったわい! いつ首が飛ぶかと、毎日見ていてヒヤヒヤするぞい……」

「仕方ないじゃないか」

 

 宿の女店主である会員Yが、痛む胃のあたりを押さえながら深くため息をつく。

 

「うちの従業員に『あの客は伝説のシャドウイーターだから丁重に扱え』なんて教えられるわけないでしょ。奴はどういう風の吹き回しか、今はただの『ヴィル』というおっさんとして正体を隠したがっているんだから。もし、変に特別扱いして機嫌を損ねたり、奴の本当の姿を広めたりしてみろ。間違いなく、明日の朝には私の宿ごと影に飲み込まれて始末されるわ」

 

「そうじゃのう……。触らぬ神に祟りなし、じゃ」

 

「てか、ジジイ! お前、この前シャドウイーターにウチの武具屋を紹介しただろ!?」

 

バンッ! と円卓を叩いて身を乗り出したのは、会員B。ヴィルたちが訪れた武具屋の屈強な店主だった。

 

「店の奥で居眠りしてたら、いきなりあの死神が『良い武具屋を教えてもらった』とか言って目の前に現れるから、少しチビっちまったじゃねーか! 俺は昔、奴が機嫌を損ねて、たった一人でとある大国の王城を一夜にして影に沈めたのを見たことあるんだよ! その時のこと、いまだに悪夢で見るんだぞ!」

 

「す、すまぬ……! つい、奴に頼まれてな……」

 

 会員Gの老翁が、情けなく身を縮こまらせる。

 

「なんの気無しに尋ねてくるんじゃが……奴に真っ直ぐ見つめられて話し掛けられると、蛇に睨まれた蛙のように背中がピンとなって、聞かれたことを全部ゲロって(答えて)しまうんじゃ! 本人は気配を隠しておるつもりだろうが、その瞳の奥に渦巻く底知れぬ殺気が、ワシは恐ろしくてたまらんのじゃよ……!」

 

「……まぁ、幸いにもウチの店を贔屓にしてくれるみたいだから、文句は言わねえけどよ」

 

 武具屋の親父が、震える手でジョッキの酒を煽る。

 

「ただ、奴が連れている弟子の三人、あれは相当なバケモノになるぜ。なかなか見込みがあるみたいだ」

 

「武具屋のあんたがそこまで言うなんて。そうなのかい?」

 

「あぁ。赤髪のガキの腕に合うように、癖の強い重金属の盾を渡してみたが、どんな難しい素材でも一瞬で自分の魔力を通してみせやがった。青髪のガキもそうだ。金髪の娘に至っては、異常なまでに魔力の扱いが洗練されてやがる」

 

「そりゃそうじゃろうて……」

 

 会員Gが、遠い目をして天井を仰ぐ。

 

「あのシャドウイーターが、毎日付きっきりで基礎を指導しておるんじゃ。魔力の扱いも異常に上手くなるに決まっておる。奴が伝説とされる【影魔法】を無詠唱で扱えるのは、その類稀なる魔力操作の極致あってのものじゃからな。旧大陸では、幾つもの大国が奴を指南役として招こうとして、大金を積んでおったんじゃぞ?」

 

「そんな恐ろしい事実を欠片も知らずに、ただの気さくな『おじさん』だと思ってシャドウイーターの指導を受ける三人……。無知って、ある意味最強ね」

 

 会員Yの言葉に、男二人が深く頷く。

 

「……俺達三人以外、まだ誰も『ヴィル』がシャドウイーターってことに気がついてねえのかな?」

 

「旧大陸にいた頃、奴は人前に出る時は認識阻害のローブで顔を隠すことが多かったからな。近い人間でも、奴の素顔を知ってる者は少ない」

 

 会員Gが、手元の分厚い羊皮紙の束をペラリとめくる。

 

「地下ギルドに極秘で伝わる『絶対に怒らせたら駄目な奴リスト』の最重要項目……そこに記された人相書きを見たことある幹部だけじゃろう。今の奴の素性に気がついているのは」

 

「最近、あの【終焉を刻む者(エンドカーヴァー)】だっけ? 新鋭の大手クランが、シャドウイーターの可愛い弟子に突っかかってるって噂だけど、大丈夫かね?」

 

 会員Yが思い出したように指摘すると、室内の温度がさらに数度下がった。

 

「馬鹿な奴らだ……。死神の逆鱗に触れるとは。弟子の成長を阻害しない程度の横槍なら、奴もあえて『試練』として放置するじゃろうが……」

 

「もし一線を超えて、弟子に手を出したり、本気で怒らせたりしたら……?」

 

「その時は、エンドカーヴァーの連中が一夜にして影に飲まれて消えるだけだ。俺たちは絶対に巻き込まれないように、奴らとの取引履歴を今すぐ消しておいたほうがいいぞ」

 

 武具屋の親父が真顔で提案し、情報屋の女将も無言で頷いて羽ペンを走らせる。

 

「しかし、あのシャドウイーターが『自分の手柄』でも『暗殺の報酬』でもなく、ただ『弟子第一』で行動して、親バカのように面倒を見ているのが一番恐ろしいんじゃが……」

 

「ええ。人間、守るものができた時が一番容赦なくなるからね」

 

 新大陸の裏社会の三人は、ただひたすらに嵐が過ぎ去るのを祈るように、暗い地下室で深いため息をつき合った。

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