二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める 作:おじさん
「大断裂」とは、実によく言ったものだ。
鬱蒼と茂るスギの森を無慈悲に分け隔てる、地面に走った巨大な亀裂。
樹々の間から差す陽の光すらも、その亀裂は貪欲に吸い込み、決して底の様子を窺わせない。一度落ちれば、永遠に這い上がれない闇の底へと引っ張り込んで帰さないような、異様な圧迫感があった。
「凄い亀裂だな……! 一体、どこまで深さが続いているんだ……!?」
アレンが地面に膝を突き、身を乗り出すようにして亀裂の縁から暗闇の中を覗き込む。
「危ないわよ。落ちたらどうするの、やめなさい」
ミリアが背後からアレンの服の裾を掴んで心配そうに諭すが、アレンは取り憑かれたように「大断裂」の底を見つめている。
「ゼノス」
「はい」
名前を呼んだだけで意図を察したゼノスが、アレンの横で「大断裂」の縁に膝を突いた。そして、目を閉じて暗闇の底に向けて魔力波を放つ。何度も、反響を確かめるように慎重に。
「どうだ、分かったか?」
「垂直の深さは、大人十人分ぐらいですね。そこから底の部分で、横穴が無数に枝分かれして広がっている感じです」
ゼノスは魔力波の反射を脳内で処理し、見えない地形まで正確に掴めるようになっていた。
これは地図のない未踏のダンジョンを探索する際、パーティーの命綱となる極めて重宝される技術だ。ゼノスは早くも魔力波による探知を完全に自分のものにしようとしていた。
「大人、十人分かぁ~。なぁ師匠、足元に魔力盾を展開したまま飛び降りて、着地の瞬間に衝撃を音に変換すれば、ロープなしでも大丈夫じゃね……!?」
「アレンは、わざわざ大音量を鳴らして、遺跡中のモンスターをいきなり俺たちの元へ呼び寄せるつもりか?」
俺が呆れた声で指摘すると、アレンはハッとした顔をした。どうやら自分の新しい技術を試したいだけで、その後のことは何も考えていなかったらしい。
「普通にロープを使って降りよう。ギリギリ、長さは足りるだろう」
未知の遺跡探索に向けて、三人は武具だけではなく、野営具やロープなどの様々な探索道具も十分に買い揃えていた。「三つ編み武具店」で浮いた装備代を、すべてこちらに回した形だ。
「それぞれ、頑丈なロープを近くの太い木の根に縛り付けて降りよう。先行は俺とゼノスだ。アレンとミリアは、俺達が下から合図するまで、地上で待機していてくれ」
三人は静かに頷き、手際よく準備に取り掛かる。
ゼノスは腰のベルトに魔石ランプを括りつけ、いつでも降下できる状態だ。
いくら【夜目】のスキルがあるとはいえ、光が全く届かない完全な暗闇では、ゼノスが俺の背中を見失うとマズイ。俺もベルトに小型の魔石ランプをしっかりと取り付け、太い麻のロープを両手で握りしめた。
俺とゼノスはロープを両股に挟み込んで摩擦を作り、崖を蹴りながら、ゆっくりと「大断裂」の亀裂の中へと降りていく。
地上から数メートルも降りると、周囲の温度が急激に下がったのが分かった。
冷たく湿った空気が肌にまとわりつき、真昼だというのに、まるで冷たい泥水の暗闇の中に身体ごと沈んでいくような、ひどく不気味な感覚に襲われる。
やがて、ブーツの底が硬い岩盤を捉えた。
「着きましたね」
ゼノスが腰の魔石ランプの光量を上げ、辺りを照らし出す。
そこは、ひんやりとした空気が滞留する巨大な地底空間だった。
ランプの灯りが届く範囲だけでも、亀裂の壁面には大小いくつもの不気味な横穴がポッカリと口を開けている。
ゼノスが再び目を閉じ、周囲の横穴に向けて円周状に魔力波を撃ち出した。
「……周囲に、モンスターが潜んでいる気配はないようです」
「よし。上の二人を呼ぶか」
俺は右手で極小の魔力を練り上げ、淡く光る魔力弾を作った。
それを点滅させながら、ゆっくりと地上の縁に向かって上がっていくように放つ。
事前に決めていた「周囲に危険はない。降りてこい」という合図だ。
しばらくして、頭上から衣擦れの音とロープの軋む音が聞こえ、二人が無事に「大断裂」の底へと降り立った。
アレンとミリアは、それぞれの魔石ランプで岩肌や横穴を照らしながら、興奮したように瞳をキラキラさせている。
冷たい空気の中に漂う、旧大陸にはない未知の匂いに、大いなる『遺跡』の予感を感じ取っているのかもしれない。
「うわぁ……沢山、横穴がありますね。一体、どの穴に進むのが正解なのかな?」
「あの穴が、一番奥の遠くまで続いてそうだ」
ミリアの問いに、ゼノスが最も奥にある、ひと際大きな穴を指さしながら答えた。
丁度、大人が立ったまま並んで進めるほどの大きさの横穴だ。人工的にくり抜かれたように形が整っており、ここからなら、あのメタルアラクネの巨体が這い出てきたとしてもおかしくはない。
「よし、進もう」
三人が小さく、しかし力強く頷いた。
魔石ランプの頼りない光を先頭にし、未知の暗闇に向かって、ゆっくりと歩みを進め始めた。
柄にもなく、胸を弾ませながら。