二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン   作:おじさん

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第3話 不可視の境界線

「こんなところで魚なんて焼いていると、モンスターを呼び寄せることになる。浅はかだな」

「ちょっと、ゼノス」

 

 ローブの女が、ゼノスと呼ばれた青髪の斥候を諌めようとする。

 

「ミリアは黙っていろ」

 

 ゼノスがピシャリと言い、ミリアは黙った。ゼノスは仲間に対しても厳しいタイプのようだ。

 

「お前達は冒険者だろ? モンスターが現れたら頼む」

「情け無いオッサンだな!」

 

 赤髪の男、アレンが笑いながら言った。チラチラと焼いた魚を見ている。腹が減っているのかもしれない。

 

「食べるか?」

「えっ? いいのか? ラッキー」

 

 ゼノスと違い、アレンは短絡的らしい。

 

 アレンは勢いよく地面に胡座をかくと、俺が差し出した串焼きを受け取り、まだ熱い身に豪快にかぶりついた。「あつっ、でも美味え!」と声を上げながら、骨の周りの身まで器用に平らげていく。

 

「もう! アレンったら!」

 

 注意しながら、ミリアはハフハフとうまそうに焼き魚を食べるアレンに羨ましそうな視線を向けた。

 

「食べるか?」

「えっ? いいんですか?」

 

 どうやら腹が減っていたのはアレンだけではないらしい。ミリアもさっと地面に座り、熱さを気にしつつも上品に、しかし確かなペースで魚を食べ始める。

 

「お前は?」

 

 ゼノスに水を向ける。

 

「俺はいらない……。毒でも盛られるとたまらないからな」

 

 ならば仲間が食べるのも止めろ、と思うが、ただの強がりなのだろう。アレンとミリアが食べる様子を羨ましそうにみている。

 

「おっさん、新大陸は長いのか?」

 

 あっという間に塩焼きを食べ終えたアレンが沈黙を埋めるように尋ねてきた。

 

「いや、昨日ついたばかりだ」

 

 アレンが大きく目を開く。

 

「おっさんもそうだったのか!? 実は俺達も、昨日新大陸についたばかりなんだ! そして早速、冒険者ギルドに行ってモンスター討伐の依頼を受けたってことよ」

「なるほど。旧大陸でも冒険者を?」

 

 アレンが「まっていました!」とばかりに話出す。

 

「俺達三人は『不可視の境界線(インビジブル・ボーダー)』って名前で活動してたんだ。南部連邦では少しは知られたパーティーだったんだぜ?」

 

 胸を張りながら、アレンは答えた。

 

 不可視の境界線……三十代になったら絶対に後悔するパーティー名だ。

 

 それまで、同じメンバーで、やっているかは別だが。過去の自分を見ているようで、少しだけ胃のあたりがキリキリと痛む。

 

「そうか……。俺はヴィル。ヘルム王国の出身だ」

「ヘルム王国といえば──」

 

 カサリ。下草が揺れる音がした。

 

 視界の端に、姿勢を低くしたゴブリンが見えた。

 

「──船が難破したって聞いたけど、オッサンは大丈夫だったのか?」

 

 ジリジリとゴブリンが、近寄ってくる。しかし、三人は全く気付く様子がない。

 

 仕方ないな。

 

「それより、何か音がしなかったか?」

「えっ?」

「そうですか?」

 

 アレンとミリアがキョロキョロと辺りを見渡す。ゼノスは背負っていた弓を慌てて構え、矢をつがえた。

 

「何もいないけ──」

「ギャギャギャ!」

 

 下草の中から飛び出してきたゴブリン。随分と筋骨隆々だ。空気に含まれる魔力が濃いからだろう。

 

「くそっ、いつの間に!」

 

 アレンが慌てて腰の長剣を抜いて前に出る。だが、油断していたせいで踏み込みが浅い。

 

 対する新大陸のゴブリンは、太い丸太のような棍棒を咆哮とともに軽々と振り下ろしてきた。

 

「おもたっ……!」

 

 剣で受け止めたアレンの顔が歪み、膝が折れ曲がる。

 

 すかさず後方からゼノスが短弓を引き絞り、矢を放った。

 

 しかし、ゴブリンは面倒くさそうに棍棒を横になぎ払い、飛来した矢をあっさりと叩き落としてしまう。

 

「ウガァァッ!」

「うわぁっ!?」

 

 力任せのなぎ払いを食らい、アレンがたまらず後方へ吹き飛ばされた。

 

 前衛が崩れたことで、ゴブリンの濁った瞳が、後衛で震えているミリアへと向けられる。

 

「ひっ……!」

 

 腰を抜かしたミリアへ、ゴブリンが凶悪な笑みを浮かべて飛びかかった。

 

 まったく……。

 

 見かねた俺は小さくため息をつき、手元の魚の骨を捨てるふりをして、指先だけで魔力を練った。

 

 狙うのは、ゴブリンの足元に伸びる影。

 

 影魔法【影縫い】。長年研鑽を積んだ俺のそれは、詠唱の気配も魔法陣の光も一切伴わない。

 

 ゴブリンがミリアへ棍棒を振り下ろそうとした瞬間――その足元の影が、見えない杭を打たれたように地面に固定された。

 

「……ギュ?」

 

 突如として足の自由を奪われたゴブリンは、勢い余って前のめりに大きく体勢を崩し、無様に地面に突っ伏した。

 

「い、今だっ!」

 

 ゴブリンが不自然に転んだ理由など知る由もないゼノスが、その隙を見逃さずに二の矢を放つ。

 

 今度は弾かれることなく、矢はゴブリンの無防備な背中に深々と突き刺さった。

 

「ギャアアアアッ!」

「うおおおおおっ!」

 

 苦悶の声を上げて蹲るゴブリンの首筋へ、立ち上がったアレンが渾身の力で短剣を突き立てた。

 

 ビクン、と大きく痙攣したのち、ゴブリンはついに動かなくなった。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 三人は荒い息を吐きながら、へたり込んだ。

 

「なんで、ゴブリンがこんなに強いんだよ……」

 

 アレンはゴブリンの死体を見下ろしながら、茫然と呟く。

 

「もしかしたら、大気に含まれる魔力の濃度が関係しているかもしれません」

 

 ミリアは勉強しているようで、正しい見解を述べた。

 

 アレンとゼノスの顔が暗くなる。それを見て、ミリアは焦って助け舟を出す。

 

「長旅の疲れが残っていたからじゃないかな? 本調子なら、ゴブリンなんかに遅れを取るわけないよ?」

「……そうかも……」

「……今日はもう港町に戻って、休養することにしよう」

 

 三人は青い顔をしたまま、湖畔から去っていった。

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