二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン   作:おじさん

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第4話 生きている実感

 数日、湖での釣りを楽しんだ。そして眠った。

 

 安宿で目を覚まし、いつものように一階の食堂に向かった。

 

 雑さをウリにする獣人の女給が何も言わず、ドンッと朝食プレートを俺の前に置く。

 

「今日は魚か」

「海の魚か、湖の魚かは分からないけどね〜」

 

 出自が不明な魚がプレートの中央にいて、申し訳ないぐらいの野菜、明らかに硬いパンが脇を彩る。

 

 俺は目を擦りながら、フォークで魚の身を解した。

 

 口に入れると、美味くも不味くもない。ただの塩味だ。

 

 あれ? そういえば昨日も同じ朝食だった気がする。いや、一昨日もか?

 

 得体の知れない魚を食べて、湖に釣りに行って、釣った魚を食べて、寝る。

 

 昨日と今日の境目が曖昧になる。

 

 俺は本当に生きているのか?

 

 急に不安になった。

 

 自分が何度も繰り返される幻術のなかに囚われた登場人物のように思えてくる。

 

 カチリ。と、現実に引き戻されるような硬い音がした。

 

 視線を上げると、向かいのテーブルにあの老翁がいた。更にフォークを置いた音だ。

 

 食事を終えたのか、空の木杯を置き、じっとこちらを見ている。以前、湖の釣り場を教えてくれた只者ではない雰囲気の老人だ。

 

 俺は恐る恐る、話し掛けた。

 

「生きている実感を得られる場所はあるか?」

「……ある」

 

 老翁は懐から素早く紙を取り出し、卓上の羽ペンで地図を書き始めた。

 

「……ここに、行くがいい」

 

湖を教えてもらった時と全く同じように、俺は重々しく羊皮紙を受け取り、食堂を後にした。

 

 

 

 

「ここは……」

 

 老翁の地図が示した場所。木造二階建ての建物には、見覚えのある看板が掲げられていた。

 

 二本の剣を重ねた意匠は、旧大陸で「冒険者ギルド」を表したものとよく似ている。

 

 恐らく、この建物は新大陸の冒険者ギルドだ。

 

 老翁は俺に「退屈なら冒険しろ」と遠回しに伝えたかったのだろう。

 

「冒険か……この歳で……」

 

 だが、安宿の往復よりは刺激があるかもしれない。兎にも角にも、入ってみよう。

 

 そう思い、立て付けの悪そうな木製の扉を開く。

 

 もわっとしたむせ返るような熱気と、汗の匂いが中から溢れてきた。

 

 外の新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んでから、中に入った。

 

 途端──。

 

「テメェらがこの依頼受けられるわけないだろ!? ゴブリンだって碌に倒せないくせに! まずはゴブリンの耳を三十個集めてきな! そしたら他の依頼を受けさせてやるよ!」

 

 受付カウンターから、ギルド職員の野太い怒声が響いた。

 

 そこには、見覚えのある後ろ姿が三つあった。

 

 赤髪、青髪、金髪。

 

 湖で出会った、アレン、ゼノス、ミリアの三人組だろう。

 

 三人とも揃って背中が丸まっており、覇気がない。おまけに装備まで泥と煤でボロボロだ。

 

 たった数日で、どうしてあんな姿になるんだ……。

 

 職員の剣幕に押し負けたのか、三人は踵を返し、トボトボと冒険者ギルドの出口へと向かって歩き出した。

 

 ふと、顔を上げたミリアが、入り口に立つ俺を見つける。

 

「あっ、釣りの……」

 

 その声に、アレンとゼノスも重い足を止めた。

 

「あぁ、おっさんか……」

「お前達、随分とボロボロだな。何にやられたんだ?」

 

 俺の問いに、アレンとゼノスが気まずそうに口籠る。ミリアを見ると、恥ずかしそうに視線を落として呟いた。

 

「……ゴブリンです」

 

 どうやら三人は、あれからずっとゴブリンに手こずっているらしい。それにも関わらず、焦ってさらに報酬の高い依頼を受けようとして怒られたのだろう。

 

 実力に見合わない依頼を職員に断られるのは当然──。

 

 ぐうぅぅぅ。と、盛大な音が鳴り、俺の思考を遮った。

 

 音の出所であるミリアが、顔を真っ赤にしてお腹を押さえている。

 

 見れば、三人とも目の下にうっすらとクマを作っていた。まともにメシも食べていないようだ。

 

 こんな状態でモンスターと戦っても、碌なことにならないだろう。

 

「お前ら、暇か?」

「暇なわけないだろ!」

 

 ゼノスが強がって食ってかかってくる。が、俺は無視した。

 

「朝食に付き合ってくれないか? 一人だと味気なくてな」

 

 本当は、さっき安宿で不味い魚を食べたばかりだが。

 

 三人は顔を見合わせる。最初に口を開いたのはアレンだった。

 

「仕方ないなぁ~。寂しいオッサンの朝食に付き合ってやるか~」

「ちょっとアレン、言い方!」

 

 ミリアはアレンを諌めながらも、またぐうぅぅ、と腹を鳴らした。本当に限界まで空腹らしい。

 

「よし、行こう」

 

 俺は苦笑しながら背を向け、三人を引き連れるようにして冒険者ギルドの外に出た。

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