二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン   作:おじさん

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第5話 若者にメシを奢るおじさん

 

 魔石のランプが薄暗く照らす、路地裏の小汚い大衆食堂。俺が新大陸初日に訪れた店だ。

 

 分厚い木の扉を開くと、強烈な獣の匂い——煮詰められた豚骨の香りが暴力的に襲いかかってくる。

 

 店内を見渡すと、酒を飲んでいる輩は居ない。人間の冒険者も、屈強なドワーフですらも、皆一様に無言で麺を啜っていた。

 

 どうやら新大陸には、朝からガッツリと麺を腹に入れる文化があるらしい。

 

 四人でベタつくテーブルに座り、壁に貼られた煤けたメニューに目をやる。

 

「……濃厚豚骨麺、普通盛りで」

「俺も」

「私も」

 

 三人は一番安く、シンプルなメニューを選んだ。手持ちの金がなく、金額を気にしているのがありありと伝わってくる。

 

「当然だが、俺の奢りだ。わざわざ俺の用事にお願いして付き合ってもらっているんだから、もっと好きなものを頼んでくれ」

 

 その言葉に、アレン、ゼノス、ミリアの目がカッと見開かれた。アレンなんて、頼む前からゴクリと喉を鳴らしている。

 

「じゃ、じゃあ俺は豚バラ三枚乗せ! 麺は大盛りで!」

「俺も!」

「私も!」

 

 店員を呼び、濃厚豚骨麺大盛り豚バラ肉三枚乗せを三つ。それと、俺用にエールと塩茹で豆を頼む。

 

「……オッサンは、豆だけでいいのか?」

「あぁ、歳をいくと朝から油物はキツくてな。食事は少な目でいい」

 

 というのは建前で、単純に宿の朝食をしっかり食べてきたからだ。追加で頼むほど腹は減っていない。

 

 しかし、三人は何かを勘違いしたらしい。「本当は金がないのに、無理して見栄を張って奢ってくれているのではないか」とでも察したような顔になり、申し訳なさそうにグラスの水をチビチビと飲み始めた。

 

「お前達、新大陸での稼ぎはあまり上手くいってないのか?」

 

 俺の問いに、三人は悔しそうに下を向いたまま、小さく頷く。

 

 無理もない。確かにこの大陸のモンスターは強力だ。同じ種でも、旧大陸とは基礎能力に雲泥の差がある。旧大陸でそこそこ名を馳せていたとしても、ここで即戦力として活躍するのは難しいだろう。

 

「ヴィルさんは、上手くやっているんですか? 新大陸で」

 

 沈黙を破ったのはミリアだった。

 

「そうだな。ゆったりとした暮らしは出来ている」

「釣りをしながら、ですか……? モンスターに襲われたりはしないんですか? あの湖はモンスターの水場にもなっている筈ですけど」

 

 純粋な疑問の目を向けてくる。

 

「ちょくちょく襲ってくるモンスターはいるが、ゴブリン程度なら問題ない。一人で対処できる」

 

 その言葉に、アレンとゼノスの顔がサッと険しくなった。

 

「オッサンにやれるものか! 俺達三人でもあいつらには苦戦するのに!」

「そうだな。どうせ、何か強力な魔道具でも使って安全に対処しているのだろう。俺たちだって金さえあれば……」

 

 どうやら二人は、冴えない中年が自分たちの苦戦しているゴブリンをあっさり対処しているのが気に食わないらしい。新大陸の壁にぶつかっている苛立ちが、言葉の端々に滲み出ている。

 

 そんなことを言われても、流石にゴブリンなんて素手でも瞬殺なのだが。下手に言い返してプライドを折るのも大人げない。

 

 返事に困っていると、タイミング良く湯気を立てるどんぶりが三つと、冷えたエール、塩茹豆が運ばれてきた。

 

「ほら、冷める前に食え」

 

 俺が促すと、三人はプライドも苛立ちも一旦忘れ、どんぶりに夢中になってガツガツと食べ始めた。

 

 意外なことに、食べるのが一番早いのはミリアだ。細い身体に似合わず、かなりの大食いなのかもしれない。

 

 俺は三人の見事な食べっぷりを見ながら、エールを呷る。若者の食いっぷりをつまみにして飲む酒は、なかなかどうして美味い。

 

 ズルズルと麺を啜り、ハフハフと熱い豚バラ肉を食む。その気持ちのいい音に、思わずエールが進んだ。

 

 やがて、一番にスープまで飲み干したミリアが、真剣な眼差しでじっと俺の顔を見た。

 

「あの、ヴィルさん。ヴィルさんの戦い方を、見せてもらってもいいですか?」

「戦い方?」

「はい。私達、今まで全て自己流でやってきて……。熟練した人の戦い方を、間近でしっかり見たことがないんです。それが行き詰まっている原因のひとつだと思うんです……」

 

 藁にもすがるようなミリアの懇願。アレンとゼノスを見ると、一瞬不満気な顔をしたものの、反論は出てこない。

 

 二人にしても、今のままでよいとは思っていないのだろう。プライドよりも、現状を打破したいという渇望が勝っているようだ。

 

「今日も釣りにいくつもりだから、場所は湖でいいか? 釣りのついででなら、全然構わないぞ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

 パァッと表情を輝かせて礼を言ってくるのはミリアだけだが、他の二人もどこか期待するような目を向けている。まぁ、いいだろう。少しばかり先輩風を吹かせてやるか。

 

「じゃ、二人が食べ終えたら湖にいこう」

「はい!」

 

 アレンとゼノスが食べ終わると、四人で席をたち、森の湖へと向かうことになった。

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