二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める   作:おじさん

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第7話 師匠になる

 グガァァアアアアア……!! と鳴り、床が震える。

 

 いつもの朝。いつものイビキ。今日もお隣さんはご存命なようだ。なかなかしぶとい。これが、生命力というやつか。

 

 一人で感心しながら硬い寝床から起き上がり、そのまま部屋を出る。

 

 一階の食堂に行くと、いつもと違う風景があった。赤、青、金色の頭が並び、丸テーブルで朝食をとっている。

 

 最初はミリアが俺に気がつき、連動するようにアレンが立ち上がり元気よく手を振った。ゼノスは静かに座って軽く会釈をしている。

 

 どうやら、今までの宿からこの安宿に移ってきたようだ。

 

「ヴィルさんもこの宿だったんですね! 一緒に朝食食べませんか?」

「そうだな」

 

 ミリアに呼ばれて、同じテーブルにつく。

 

「昨日はありがとうございました! 魔弾の使い方、少しだけ分かった気がします」

 

 獣人の女給にドンッと運ばれてきた朝食プレートを前にして、ミリアはニコニコと話す。

 

「俺も、丸盾の使い方が上手くなった!」

 

 アレンは謎の肉を頬張りながら、昨日の戦いを振り返っている。ゼノスは静かに、得体の知れないスープに浸した硬いパンを食べていた。

 

 他愛もない会話をしながら、全てが謎の食材で作られた朝食を食べ進める。

 

「ところで……ヴィルさんって、何か目的があって新大陸に来たんですか……?」

 

 ミリアが上目遣いで聞いてきた。アレンやゼノスは、興味深そうにしてじっとこちらを見ている。

 

「目的……」

「はい! 目的です」

 

 まさか、二つ名が恥ずかしくなって旧大陸から逃げてきた、とは言えない。

 

「何か新しいことを始めてみようと思って……」

 

 適当である。特に何も考えず、誰も俺の過去を知る人がいない土地に来たかっただけだ。

 

「何かやりたいこと、見つかりました?」

 

 ミリアの試すような視線。アレンやゼノスは何故か、ピンと張り詰めたような緊張した顔になっている。

 

「いや、まだ何も見つかっていない」

「それなら──」

 

 溜めをつくるミリア。小さく空気を吸う。

 

「──私達の師匠になってくれませんか……!?」

 

 えっ。

 

「師匠?」

「はい、師匠です!」

 

 ミリアの、今日一番の澄んだ声が安宿の食堂に響く。

 

「俺が、師匠……」

「ヴィルさんの戦い方は、今まで見てきたどんな冒険者よりも洗練されていました。高等なスキルや魔法を一切使ってないのに、圧倒的な強さでした。それで、昨日の夜、三人で話し合ったんです。次、ヴィルさんに会う機会があったら、師匠になってくれないかお願いしてみようって」

 

 ミリアの言葉に、アレンとゼノスも力強く頷く。

 

 どうやら、昨日の俺の戦いが彼らの心に響いたらしい。妙に嬉しい気分になる。自分でも意外な程に。

 

「俺はどこかの流派の剣を修めたわけでもないし、高名な魔法使いに師事したこともない。全て自己流で、這いつくばるような泥臭い戦い方しかできないぞ」

 

「全然構いません! 私達は、この新大陸で生き延びて、成功を掴みたいんです!」

 

 三人の瞳に熱い力が籠る。

 

「頼むよ、オッサン!」

「……お願いします」

 

 アレンとゼノスも真っ直ぐな目で続いた。

 

 こんな純粋に、人から求められたのは久しぶりな気がする。

 

 旧大陸では暗殺か、モンスター討伐の依頼ばかり。俺自身はただひたすら、周囲から恐れられていた。

 

 金を積まれ、命を奪う。ただ血の匂いだけが付き纏う。

 

 それが俺の全てだった。誰かを育て、導くことなど考えたこともなかった。

 

「なってあげなよ。師匠に。どうせ、暇なんだろ?」

 

 ポン、と肩を叩かれ、声を掛けられた。

 

 食堂のフロアを回している獣人の女給だ。空いた皿を片付けながら、笑いかけてくる。

 

「暇じゃない」

「嘘ばっかり。毎日、湖に釣りに行くだけじゃん」

 

 余計なことをいう女だ。

 

「受けるがいい」

 

 少し離れたテーブルからも、重々しい声が掛かる。

 

 いつも食堂にいる、あの老翁だ。

 

 老翁は朝食プレートを食べ終えると、フォークをカチリとテーブルに置き、静寂を纏った瞳でじんまりと俺をみた。

 

「師匠になってやれ。それが、其方のためでもある」

「俺の……」

 

 俺の為。

 

 今まで積み上げてきた殺しの技術、生き残るためのノウハウが、誰かに引き継がれる。

 

 それは、家族を持たず、偽名で隠れ住む俺にとって、確かな生きた証を残す重要なことなのかもしれない。

 

「……わかった。引き受けよう」

「ありがとうございます!」

 

 ミリアが勢いよく頭を下げる。アレン、ゼノスも弾かれたように深く頭を下げた。

 

「よし。じゃあ早速、森に行くぞ。部屋に戻って装備を取ってこい」

 

 三人は「はいっ!」と声を揃えて立ち上がり、バタバタと階段の方へ駆けていく。

 

 獣人の女がニヤニヤしながら俺を見ている。

 

「なんだよ」

「ふふふ。なんでもない。いい顔になったねって思っただけ」

 

 変な奴だ。

 

 俺は立ち上がり、一足先に宿の外へ出た。

 

 潮風が吹き抜ける港町の朝は、今日も騒がしく活気に満ちている。魔力の濃い、重たい空気の匂い。

 

 少しして、宿の扉が勢いよく開き、武器と防具を身につけた三人が飛び出してきた。

 

「お待たせしました、師匠!」

「へへっ、しごいてくれよな、師匠!」

「よろしくお願いします、師匠」

 

 三者三様の呼びかけに、俺は思わず小さく吹き出し、それから誤魔化すように口元を引き締めた。

 

「まずは生きて帰るための基礎の基礎からだ」

「「「はいっ!!」」」

 

 俺の過去を知らない若者たちを引き連れて、歩き出す。

 

 隠遁生活から一転して始まった師匠業。俺の平穏なスローライフはどこへやら、だが……。

 

 雲ひとつない新大陸の空を見上げながら、俺は悪くない気分で、森へと向かう歩みを進めたのだった。

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