二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める   作:おじさん

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第8話 指導開始

「ゼノスはどうやってモンスターの位置を探っているんだ?」

 

 修行の地──例の湖──に向かう途中、俺はいつも静かにしているゼノスに問い掛けてみた。

 

 少し躊躇うような表情を浮かべてから、ゼノスは話し始める。

 

「……魔力によって聴力と視力を強化し、周囲から得られる情報を増やすことによって、モンスターをいち早く発見出来るようにしています」

 

 ゼノスの答えに、ミリアとアレンは「当然」という顔をした。

 

 確かにゼノスの言った方法は定番だ。魔力量が上がるにつれて精度も増す。

 

 斥候役で、これをやっていない奴はいない。いつも静かにして周囲を警戒しているのは、自分の声がノイズになるからだろう。

 

「ふむ。ここから百歩の範囲にいるモンスターの数を言ってみてくれ」

 

 ゼノスは辺りを見渡す。

 

 港町からほど近い森の中。

 

 生物の気配は多い。その中から、モンスターだけを抽出するのは難しい。

 

 しばらく目と耳を凝らした後、ゼノスは口を開いた。

 

「三体でしょうか?」

「八体だ」

「えっ……」

 

 恐らく、自信があったのだろう。予想外の答えにゼノスは狼狽える。

 

「斥候がモンスターの情報を掴み損ねると、パーティーを危険に晒す。旧大陸よりモンスターが強力で数も多い新大陸では、尚更だ」

「はい……」

 

 何か思い当たる事があったのかもしれない。ゼノスの瞳が暗く沈んだ。

 

「魔力波を使ったことはあるか?」

「いえ……」

 

「魔力波」と聞いて、三人は不思議そうな顔をした。そんな時代遅れの話を持ち出してきて……という反応だ。

 

 しかし、それは間違っている。

 

 俺は前方に右手を突き出して指先に魔力を込め、静かに擦り合わせた。

 

 不可視の魔力波が指向性を持って飛び出し、障害にぶつかると戻ってくる。

 

「魔力波が戻ってきたのを感じたか?」

「はい、なんとなく」

 

 戻ってくる魔力波は、ぶつかった対象が持つ魔力によって微かに変質する。

 

「人間とモンスターの持つ魔力は違う。魔力波がモンスターにぶつかって戻ってきた場合、そこには邪な気配が混ざっているんだ。それを感じることによって、目や耳からだけでは得られない情報を得ることが出来る」

 

 もう一度、右手を前に構えて指を弾く。魔力波は大気に細波を作り、すぐに戻ってきた。モンスターの気配と一緒に。

 

「ボアだな。この先の茂みに、マッドボアが潜んでいる」

「モンスターの種類まで? そんな馬鹿な……」

 

 三人から疑いの視線が向けられる。

 

「経験を積むと分かるようになるんだが、信じてないようだな。行ってみよう」

 

 俺は静かに歩き始める。

 

 三人は十歩ほど離れてついてきた。マッドボアが現れた場合、固まって動くのは悪手。

 

 巨体による突進の的を絞らせないためのセオリー。それは理解しているようだった。

 

 しばらく歩くと、深い茂みが眼前に迫ってきた。

 

 もうここまで来れば、魔力感知に優れているものなら分かるだろう。マッドボアの凶暴な気配が。

 

 背後の三人にハンドサインを出す。

 

 右手に魔力を込め、魔弾を生み出す。俺はそれを放物線を描くように放った。

 

 魔弾はふわりと浮き上がり、茂みの上に到達する。

 

 そこで、鋭い音を立てて弾けた。

 

 パーンッ! という爆音が茂みを激しく揺らす。

 

 中から、パニックになったマッドボアが飛び出し、明後日の方向に突進した。

 

 そのまま太い巨木に突っ込み、脳震盪を起こしてクラクラしている。

 

「本当にマッドボア……」

 

 一方のゼノスは呆気にとられていた。

 

 普段ならここで一気に距離を詰め、急所を一突きして終わりにするところだ。

 

 しかしそれでは教えにならない。面白くない。

 

「アレン、一緒にやるぞ。隣にこい」

「はい!」

 

 立ち直ったマッドボアが俺たちに狙いを定める。旧大陸ならただの雑魚だが、新大陸では違う。

 

 ベテランでも対応を誤れば一撃でやられてしまうほどの相手だ。

 

 はち切れんばかりに盛り上がった筋肉からは湯気が上がり、充血した瞳が俺とアレンを睨んだ。

 

「アレン。俺の前に立って丸盾を構えろ」

「えっ……!?」

「俺を信じろ」

「はい……!」

 

 アレンは素早く俺の前に立って腰を深く下ろし、丸盾をしっかりと構える。

 

 俺はアレンの肩に手を置く。そして、自身の魔力とアレンの魔力を微かに同期させた。

 

「えっ……熱っ!?」

「これから俺が、アレンの魔力を操って丸盾の上に魔力の盾を張る。魔力の盾で衝撃を受け止め、それを音に変換する」

「全然意味がわかんねえ……!」

「ブモォォオオオッ!!」

 

 マッドボアが地鳴りを響かせて突進してくる。大木すらへし折る、圧倒的な質量と速度。

 

 アレンの顔が恐怖に引きつるが、逃げ出さずに盾を構え続けた。その胆力は褒めてやろう。

 

 激突の瞬間、俺は同期したアレンの魔力を編み上げ、丸盾の表面に不可視のクッションを展開した。

 

 直後、マッドボアの牙が盾に触れた。

 

 ゴアァァアアアアアアンッ!!!

 

 まるで巨大な鐘を至近距離で打ち鳴らしたような、凄まじい爆音が森に響き渡る。

 

 運動エネルギーを強引に音波へと変換する初級魔法の応用。

 

「うおっ!?」

 

 アレンは一歩も後ろへ下がることなく、マッドボアの突進を完全に受け止めていた。

 

 一方のマッドボアは、自身の突進の衝撃を至近距離の爆音として浴び、完全に意識が飛んで白目を剥いている。

 

「やれ!」

 

 俺の合図に一番最初に反応したのはゼノスだった。

 

 素早く射線を確保し、短弓を引き絞る。放たれた矢は寸分の狂いもなく、立ち尽くすマッドボアの右目を深々と射抜いた。

 

「もらったぁっ!」

 

 アレンもすぐさま動き出す。

 

 盾をずらし、身を屈めながら踏み込むと、逆手に持った短剣をマッドボアの残った左目へと容赦なく突き立てた。

 

 脳髄まで達した刃が、巨体の命を完全に刈り取る。

 

 ドスンッ、と地響きを立てて、マッドボアは崩れ落ちた。

 

「はぁっ、はぁっ……やった……!」

「……見事な一撃だ、アレン」

「ゼノスの援護が、あったからだ……」

 

 息を切らす二人は、互いの健闘を讃え合うように軽く拳をぶつけ合わせた。

 

 うん、良い連携だ。

 

「あの、ヴィル師匠!」

 

 後ろで見ていたミリアが、興奮した様子で駆け寄ってきた。

 

「さっきの魔弾は何ですか!? 何で弾けてあんな音を立てたんですか!?」

「あぁ、あれか。魔弾の構造を二重にして、内側の圧力を外殻で一気に破裂させるように編むんだ。そうすれば初級の魔弾でも大きな音が出る」

「……全く分かりません!」

 

 ミリアが清々しいほどの笑顔で言い切った。

 

 俺は思わず苦笑し、新大陸の空を仰いだ。先は長そうだ。

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