二つ名が恥ずかしくなって新大陸へ逃げたオジサン、師匠ムーブしていたら再び有名になり始める 作:おじさん
始まりの港町の冒険者ギルド。
三十日ぶりに訪れたその場所は、旧大陸から一攫千金を夢見る冒険者がさらに押し寄せているのか、以前よりも随分と人が増えていた。
荒くれ者たちが放つ特有の熱気と、汗と酒、それにむせ返るような魔力の匂いが空間を覆い、ひどく息苦しい。俺のような中年の肺には全く優しくない環境だ。用事だけ済ませて、いち早く外に出たい。
しかし、若者達にとっては違うらしい。
アレン、ミリア、ゼノスの三人は、ギルド内に渦巻く冒険者達の野心的な熱意に当てられ、負けるものかと瞳を爛々と輝かせている。
そして全身から、三十日前とは見違えるような鋭い覇気を放ちながら、三人は男性職員の待つカウンターへと迷いなく近づいた。
アレンが背負っていたリュックを下ろし、中から大きな魔石を幾つも取り出して、ドンッ、ドンッとカウンターの上に並べていく。
そして、確固たる自信を込めて言い放った。
「この魔石、買い取ってくれないか?」
カウンターの向こうにいる男性職員が、ゴクリと喉を鳴らし、目を大きく見開いた。
「……いつの間に、こんなデカい魔石を持つモンスターを狩れるようになったんだ……?」
その言葉は、アレン達を疑っているというより、彼らの異常な成長速度に心底驚愕しているようだった。
それもそのはずだ。少し前までゴブリン相手にボコボコにされ、ギルドを追い出されていた三人組が、マッドボアをはじめとした強力なモンスターの魔石を平然と幾つも並べたのだ。驚くのは当然だろう。
「師匠に扱いてもらったんだ! もう、今までの俺達じゃないぜ!」
「師匠?」
職員が怪訝そうに首を傾げる。それと連動するように、ミリアがクルッとこちらを振り返り、ビシッと俺を指差した。
途端に、ギルド中の冒険者たちの視線がいっせいに俺へと集まる。
「私達の師匠、ヴィルさんです! 初級魔法と初級スキルだけで無双するイケオジなんです!」
やめてくれ、ミリア! 頼むからその紹介はやめてくれ!
旧大陸の痛すぎる二つ名とはまた別の角度で、魂がゴリゴリと削られる!
俺が胃のあたりを押さえて顔を引きつらせていると、反応に困った様子の職員は「お、おぉ、そうか……」と棒読みで返した。
「魔石、買い取ってくれるか?」
「当然だ。ちょっとまっていろ」
アレンの問いに答えた職員は、気を取り直したようにテキパキと動きだす。魔石の純度を測り、重さを量り、そしてすぐに金貨が入っているだろう麻袋をカウンターに置いた。
ゼノスがそれを受け取り、冷静な手つきでしっかりと中身の額を確かめる。
「……確かに受け取った」
職員は頷いてから、ふと疑問に思ったように質問を加える。
「モンスターの肉や素材はどうした? あれだけ魔石があったんだ。それ以外も山ほどあっただろ? 買い取りはいいのか?」
「お肉は泊まっている宿に直接卸しているので大丈夫です! 素材は師匠に保管してもらっています!」
またミリアが得意げに俺を指差す。また視線が集まる。だからやめてくれ……マジックポーチの容量が異常なことまでバレたくないんだ。
「なるほどな。素材を売りたくなったら、ちゃんと冒険者ギルドに来てくれよ? 旧大陸から来た商人に直接売っても、難癖つけられて安く買いたたかれるだけだからな?」
職員の言葉の半分は本当のことだ。狡猾な商人と対等に交渉できる冒険者は少ない。足元を見られることはよくある。ただ、それだけではない。冒険者ギルドの独自の利益を護るための、釘刺しの言葉でもある。
「わかったよ! ところで、誰も受けたがらないような依頼はあるか? そろそろ本格的に依頼をこなしていきたいんだ!」
アレンが気炎を上げる。三十日間の地獄のしごきを生き抜いた自信が、彼を後押ししている。
職員は依頼掲示板の方をちらりと見たあと、表情を引き締め、ゆっくりと口を開いた。
「あるにはあるが……、相当危ないぞ? いくら成長したといっても、駆け出しのお前たちには紹介できない」
たしかにギルド職員の立場からすればそうだろう。全滅されてはギルドの信用問題にも関わる。
しかし、冒険者としてさらなる高みへ成長するには、安全な狩りだけでなく、大きな壁を超える経験が必要だ。
俺はゆっくりとカウンターに近付き、三人の横に並び立った。
「依頼には俺も付き添う。とりあえず、内容だけでも教えてくれないか?」
職員は黙って、俺の身体を足先から頭まで、舐めるように視線を這わせた。立ち姿の重心、筋肉の付き方、そして俺の身につけている装備の素材の質を値踏みするように。
「……ヴィル、って言ったか? あんた、腕が立つのは間違いなさそうだ」
「当然です!」
ミリアが自分のことのように胸を張って得意げに答えた。
「いいだろう。……依頼内容を説明する」
職員はカウンターの奥に厳重に仕舞われていた特別な依頼票を取り出すと、俺達に見えるように広げた。
「北の伐採場に現れる、巨大な蜘蛛型モンスターの討伐依頼だ。もう既に五つのパーティーが挑み、全て失敗している。今、この依頼を継続して受けているのは、とある大手冒険者クランだけだ。……それでも、お前たちは受けるのか?」
モンスターの正式な名前が告げられない。旧大陸の文献にもない、新大陸特有の未確認の個体なのかもしれない。
三人は僅かに息を呑み、互いの顔を見合わせ、そして力強く頷きあった。
「その依頼、うけるぜ!」
アレンの迷いのない言葉に、職員は重々しく頷いた。
「では、詳細を話そう」
職員は声を落とし、静かに、その未知の蜘蛛型モンスターがもたらした災害級の被害について語り始めた。