またソロ攻略ですか? ――アインズ様の作戦だけが失敗するようです――   作:ブンチョウ

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第14話 アインズは、回収車列を止める

 木片を嗅いだ獣は、伏せなかった。

 

 卓上のそれへ鼻先を寄せ、短く息を吸うと、そのまま扉へ向かった。

 

「待て」

 

 アウラが呼ぶ。

 

 獣は止まらない。

 

 森で嗅いだ炭。染物倉庫の古い紙。馬の汗。藁。川霧。

 

 そして、夜のうちに新しく重なった、湿った土の匂い。

 

「追える?」

 

「うん」

 

 アウラは獣の背を見やった。

 

「倉庫から来た匂いじゃない。倉庫を通って、どこかへ出ていった匂い」

 

 デミウルゴスが、卓上の木片へ視線を落とす。

 

「監査とは別に、移送が動いている可能性がありますな」

 

 染物倉庫の帳場で、監査欄に出発予定の印が置かれたのと、ほとんど同じ頃。

 

 別の車列が、町から人間を運び出していた。

 

 黒帳側は、一つの手だけでは動いていない。

 

 アインズは立ち上がった。

 

「アウラ、マーレ、セバス。出る」

 

「はい」

 

「うん」

 

「承知いたしました」

 

 デミウルゴスが一歩前へ出る。

 

「村の監視は、私にお任せください。外周にはすでに配下を置いております。監査の動きが見えれば、村へは入れません」

 

「頼む」

 

 アインズは木片を見た。

 

「追え。相手が次の受け渡しを終える前に」

 

     *

 

 夜の街道は、月の光をほとんど返さなかった。

 

 両側には黒い森が続き、遠くでは川の流れる音がしている。道は峡谷へ入り、やがて古い石橋へ繋がっていた。

 

 石橋の向こうは三叉路だった。

 

 北へ行けば町。

 

 東へ行けば山越え。

 

 南へ行けば、地図に名も載らない湿地帯へ入る。

 

 道端には、腰ほどの石標が三つ立っている。

 

 苔に覆われ、旅人なら見落とす程度のものだった。

 

 先にいたアウラの獣が、橋の手前で低く唸った。

 

 その先を、幌馬車が走っている。

 

 一台。

 

 二台。

 

 三台。

 

 四台。

 

 どれも黒い幌を被せ、車体に紋章はない。

 

 御者の背には革の外套。護衛は馬上に二人ずつ。鎧は揃っていないが、全員が腰に同じ形の短剣を差していた。

 

 そして馬車の車輪には、木札が結ばれている。

 

 炭で引かれた、短い線の群れ。

 

「見つけた」

 

 アウラが小さく言った。

 

 その横で、マーレは橋を見ていた。

 

「橋、古いですね」

 

「落とせるか」

 

 アインズの問いに、マーレはすぐには答えなかった。

 

 石橋の厚み。

 

 川の流れ。

 

 馬車の速度。

 

 幌の重さ。

 

 そして、その中にいるかもしれない人間。

 

「落とせます。でも……落としたら、中の人も落ちます」

 

「橋は落とすな」

 

「はい」

 

 セバスが、静かに一礼した。

 

「中に人がいるかどうか、私が確認いたします」

 

「待て」

 

 アインズは前方を見る。

 

 四台の車列は、橋の手前でわずかに間隔を空けた。

 

 先頭と二台目。

 

 三台目と四台目。

 

 それぞれが、妙に離れている。

 

 偶然ではない。

 

「アウラ。匂いはどうだ」

 

 アウラは目を閉じた。

 

 獣たちが、街道の左右へ散る。草を踏み、泥を嗅ぎ、車輪の跡を追う。

 

 しばらくして、一匹が橋の北側へ走り、別の一匹が南側の林へ入った。

 

「変だ」

 

「何がだ」

 

「四台とも、人の匂いがする。でも……同じじゃない」

 

 アウラは馬車を見比べる。

 

「一台目は、怖がってる匂いが薄い。二台目は濃い。三台目は……よく分からない。四台目は、子どもがいる」

 

 セバスの目が、わずかに細くなる。

 

「分散させていますね」

 

 黒帳側は、ナザリックの存在を知っているわけではない。

 

 それでも、強者に止められることを前提に動いている。

 

 一箇所を押さえられても、全部を失わない。

 

 一台を止められても、残りが進む。

 

 人間を荷物として扱う者なら、当然の発想だった。

 

「マーレ」

 

「はい」

 

「二台目を止めろ。馬を傷つけるな。幌を倒すな」

 

「分かりました」

 

「セバスは二台目へ。中の者を確認しろ」

 

「承知しました」

 

「アウラは、三台目と四台目の動きを見ろ。先頭は後回しでいい」

 

「うん」

 

 アウラは一瞬だけ、先頭馬車を見る。

 

 速い。

 

 だが、速さに切迫がない。

 

 逃げている者の匂いではない。

 

「了解」

 

 アインズは橋の中央へ出た。

 

 幌馬車の御者が、ようやくこちらへ気づく。

 

「何者だ!」

 

 返答はしなかった。

 

 馬車は止まらない。

 

 護衛が馬を走らせ、アインズへ向かう。

 

 剣が抜かれた。

 

 その瞬間、石橋の上で地面が沈んだ。

 

 崩れたのは橋全体ではない。

 

 二台目の前輪が乗った、石畳一枚分だけだった。

 

 車輪が半ばまで沈み、馬車が大きく傾く。

 

 御者が悲鳴を上げ、手綱を引いた。

 

 馬は転ばない。

 

 だが、荷車は止まった。

 

「止まりました」

 

 マーレの声は、小さかった。

 

 その直後、セバスが動く。

 

 護衛の一人が馬車へ飛び移ろうとした。

 

 セバスはその足首を掴み、引いた。

 

 相手の身体が宙で止まる。

 

 次の瞬間には、石橋の上へ静かに置かれていた。

 

 剣は落ちた。

 

 腕は折れていない。

 

 だが、起き上がれない。

 

 もう一人が短剣を振るう。

 

 セバスは半歩だけずれた。

 

 短剣は空を切る。

 

 白手袋の手が、相手の肘を押さえる。

 

 護衛の肩が沈み、膝が石畳へ落ちた。

 

 音はほとんどしなかった。

 

「無駄な抵抗は、おやめください」

 

 セバスは言った。

 

「あなた方が持つ情報も、命も、現時点では必要です」

 

 幌の中から、弱い咳が聞こえた。

 

 セバスは幌を開ける。

 

 中にいたのは、女が三人。

 

 子どもが二人。

 

 そして、毛布に包まれた病人らしい老人が一人。

 

 全員の手首に、木札が結ばれていた。

 

 名前は書かれていない。

 

 短い線だけが並んでいる。

 

「外してください……」

 

 女の一人が、震える声で言った。

 

「お願いです。これを、外して……」

 

 セバスは木札へ手を伸ばした。

 

 だが、触れる寸前で止まる。

 

 札の縁に、薄い黒い光が走った。

 

「アインズ様」

 

 声が低くなる。

 

「木札に術式がございます」

 

 アインズは視線を向けた。

 

 単純な呪縛ではない。

 

 木札。

 

 車列。

 

 石橋。

 

 進行方向。

 

 そして、おそらく次の受け取り地点。

 

 複数の条件が繋がっている。

 

「切るな」

 

 アインズは言った。

 

「無理に外せば、何が起きるか分からん」

 

 女は唇を噛んだ。

 

「じゃあ、私たちは……」

 

 セバスは答えなかった。

 

 その時だった。

 

「アインズ様!」

 

 アウラの声が飛ぶ。

 

 三台目が、橋の手前で急に止まった。

 

 御者が荷台から何かを投げる。

 

 小さな黒い筒。

 

 石橋の上で割れた。

 

 中から、濃い煙が広がる。

 

 煙は人間の目を潰すためのものではない。

 

 馬だけが激しく暴れ始めた。

 

 四台目が、横道へ向きを変える。

 

「分かれた!」

 

 アウラが叫ぶ。

 

 三台目は北の街道へ。

 

 四台目は南の湿地帯へ。

 

 先頭馬車は、東の山越えへ向けて、そのまま橋を越えようとしていた。

 

 三方向。

 

 全てを同時には追えない。

 

 アウラの獣が、三台目へ走る。

 

 別の獣が四台目の馬へ飛びかかる。

 

 だが、先頭馬車も止まらない。

 

 木札の術式が、外から加えられる強い魔力にどう反応するかは、まだ分からない。

 

 広く巻き込む魔法は、救出ではなく移送を早める可能性があった。

 

「アウラ!」

 

「四台目に子どもがいる!」

 

「マーレ、先頭を止めろ!」

 

「はい!」

 

 橋の向こうの地面が持ち上がる。

 

 馬車の前に土の壁ができる。

 

 先頭の御者が手綱を引く。

 

 馬が前脚を上げ、馬車が止まった。

 

 だが、幌の中から人の声はしなかった。

 

 アウラが舌打ちする。

 

「やっぱり!」

 

 先頭馬車の幌を切る。

 

 中にいたのは、石。

 

 藁。

 

 そして黒い帳簿が一冊。

 

「囮だ!」

 

 三台目は北道へ走り抜ける。

 

 四台目は南の林へ入る。

 

 アウラの獣が追う。

 

 マーレは橋の上に残る。

 

 セバスは二台目の馬車を守っている。

 

 アインズは一瞬だけ、全ての方向を見る。

 

 先頭は空。

 

 二台目には六人。

 

 三台目は不明。

 

 四台目には少なくとも子ども。

 

 敵は、こちらに選ばせている。

 

 誰を先に救うか。

 

「アウラ、四台目だ!」

 

「うん!」

 

 アウラが飛び出す。

 

 木々の間へ、獣たちが雪崩れ込む。

 

 その少し後ろで、三台目の車輪が北道の石標を越えた。

 

 苔に覆われていた石の側面に、炭で引かれた短い線が並んでいる。

 

 石標の線が、木札の縁へ走った。

 

 木札が一斉に黒くなる。

 

 その一瞬で、アインズは理解した。

 

 石標が鍵だ。

 

 だが、木札を走った黒い光は、すでに消えていた。

 

 術式は終わっている。

 

 幌の隙間から、小さな手が一度だけ出た。

 

 誰かの声がした。

 

「母さん」

 

 荷台の内側が、大きく膨らんだ。

 

 次の瞬間、そこから気配が消えた。

 

 馬車も、御者も、馬も残っている。

 

 幌の中にいた人間だけが、いなくなった。

 

 車輪は、空の荷台を引いたまま走り続ける。

 

 御者は笑わなかった。

 

 ただ、木札を握り潰す。

 

「回収は失敗ではない」

 

 その声は、夜の街道に落ちた。

 

「分けて終えただけだ」

 

 アインズの魔法が、馬車の後輪の下だけを持ち上げた。

 

 車軸が傾き、荷台は道端の土手へ倒れ込む。

 

 馬の前には見えない壁が立ち、前脚を跳ね上げたまま、石橋の上で踏みとどまった。

 

 御者だけが荷台から引き剥がされ、地面へ落ちた。

 

 だが、遅かった。

 

 三台目にいた者は、もういない。

 

     *

 

 四台目は、湿地へ入る前に止まった。

 

 アウラの獣が馬の前へ回り込み、進路を塞いだ。

 

 御者が鞭を振るう。

 

 獣は避けない。

 

 鞭を噛み切る。

 

 馬が立ち止まり、車輪が泥へ沈む。

 

 アウラが荷台へ飛び乗った。

 

 幌を開ける。

 

 中にいたのは、子ども四人。

 

 女が二人。

 

 全員、手首に木札を結ばれている。

 

 子どもの一人が、声を殺して泣いていた。

 

「大丈夫」

 

 アウラは言った。

 

 言ってから、自分で少し驚いた。

 

 何が大丈夫なのか。

 

 札はまだ外せない。

 

 道も安全ではない。

 

 それでも、子どもがこちらを見ている。

 

「……今は、こっちにいる」

 

 それだけ言った。

 

     *

 

 夜が明ける頃、石橋の手前には二台の馬車が残っていた。

 

 二台目と四台目。

 

 救い出せた者は、合わせて十二人。

 

 三台目から消えた者は、七人。

 

 先頭馬車は囮だった。

 

 捕らえた御者と護衛は、石標の順番と、木札を渡す相手の合図しか知らなかった。

 

 第七保管所の場所も、そこに誰がいるかも知らない。

 

 だが、横転した三台目の荷台から、一枚の紙片が見つかった。

 

 黒い帳簿の切れ端。

 

 そこに人名はない。

 

 短い線が七つ。

 

 その下に、送り先だけがあった。

 

 ――第七保管所。

 

 セバスが紙片を見る。

 

「追いますか」

 

 アインズは、七本の線を見た。

 

 人の名ではない。

 

 だが、七人分だ。

 

 それだけは分かる。

 

「追う」

 

 アインズは言った。

 

「回収先を、相手にだけ決めさせるな」

 

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